親子、夫婦、恋人、友人、その関係性において、だいぶ、様子が違いますが、結論から言えば愛し合える可能性があります。<愛し合いたい>と願う人も居れば、もううんざり、と言う人もいるでしょう。愛し合いたいと願う人はその心地よい経験があるからですが、経験がないと、そんな願いは生まれません。愛し合う幸福感があれば、あとは人間観で勝負が決まります。人間とは<魂と心と身体>で構成されていて、心と身体は飽きがきますが、魂は永遠の存在で愛そのものである、と言う哲学を信じて、魂を中心に解釈していけば、心と身体を含めて永遠の幸せが保証されます。この意味を解釈するのが正統派比較宗教学で、信じて見えてくるもの、見えなくなるもの、という領域の話です。
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