五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

カウンセラーとの付き合い方「自己カウンセリング9」

2011年03月24日 | 第2章 五感と体感
クライエントが自分に起こった事象を解決することが最終目的であっても、カウンセラーは、それを目標にはしていません。

これを読んで「えっ?」と思う方もいるかもしれません。

もし、カウンセラーが、クライエントの問題解決の答えに率先して踏み込んでいたとしたら、それはカウンセリングではありません。

カウンセラーの役割は、クライエントの感情に添いながら、クライエント自身が自分で自分の感情を受容していくことの付添人をすることだ、私は解釈しています。

そのためには、クライエントの感情を理解する努力が必要です。

その作業の際、カウンセラーが自分自身の成育史上の何らかの問題、または傾向を自己分析し自己受容できていなければ、必ずカウンセラー自身が自己の「防衛機制」によってアイデンティティの不統合に陥っていきます。
(私のブログ・フロイトの14の防衛機制・2009年9月下旬に解りやすく連続掲載しています)

現場では、クライエントが自分の感情を意識化し、それに対する防衛機制に気付きだし、自己概念の解釈を再構成しだしたら、私の役割はおしまいです。

自己概念の再構成によって、必ず自分の内に内在している答えが見出されていきます。
その答えにクライエント自身が腑に落ち、納得していれば、もう悩むことはないはずなのですから。

「あなたは、こうだ、ああだ」と云いだすカウンセラー、やたらと感情移入してクライエントの感情に土足で踏み込んでいくカウンセラーに出会ってしまったら、さっさと逃げ出しましょう。

心に苦しみを抱えている人ほど、嫌な人のすぐに分別は付くはずです。

「好き」「嫌い」は、人の原初感情と云うそうです。

自分の不安感が増長していても、最低限「好き」と「嫌い」を意識することができれば、一歩前進だと思います。

おまけ:自己受容というのは、「嫌いな自分を好きにならなくちゃいけない」とか、「自己概念における善い事を考えなくてはならない」とか、「倫理道徳の中に自分の身を置く」ことが自己受容ではありません。
嫌いな自分。。。倫理道徳からはみ出している自分、善い事が出来ていない。。。と思う自然に湧き出す感情をそのまま受容することが「自己受容」であると私は解釈しています。

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