歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

岡倉天心記念公園前のゴミ置き場で岡倉先生のお気持ちに思いを馳せたりします

2007年09月04日 | 東京の風景
昨日の続きです。

この日(8/30)の東京行きは、朝の天気予報を聞いて突然決めた為、かなりの睡眠不足でした。

ふつう出掛ける前の晩は、10時から11時頃に床につくことにしています。

しかし、この日は8時頃に寝て1時頃に眼を覚まし、ネットを覗いたり、3時に配達された朝刊を読んだり、そうこうしているうちに朝となってしまい、あまり寝ていませんでした。

突然の東京行き、そして寝不足、そして何となくその場で決た谷中、そして時々雨の降る空模様。

「やっぱり、他を歩いた方が良かったかな?」「やっぱり、事前に調べておけば良かった・・・」と、後悔などして、この日は「いまいちのノリ」でした。

そんなこんなを考えていると、トイレ風と思われる建物が眼に入りました。何故かトイレを見ると尿意を催すのです。



そうだ!尿意と云えば、歳とともに「我慢」が効かなくなり、トイレのドアを開けた瞬間に、気が緩み、蛇口も緩み、猛スピードでチャックを下げる事がしばしば起きるようになりました。

そういう時は、排出量も多く、排出速度も速く、勢いがあります。歳をとると勢いが落ちたり、残尿感があると云われますが、私にはそれはありません。

この頃考えるのですが、「我慢」が効かないのではなく、脳からの「満タン信号」の出るタイミングが、遅くなったのではと思うのです。

満タン信号が発せられた時には、かなりイッパイイッパイの状態になっている、そんな気がするのです。

そうでした。眼の前に現れたトイレの話しです。それで、入って用を足している最中に斜め後方を振り返ると、なかなかケッコウな眺めなのです。



改めて、容器を入れて写真を一枚。なかなか風情がのある公衆トイレです。辺りを見回すと、「岡倉天心記念公園」との案内板がありました。



ナルホド! 日本美術の先覚者、岡倉天心の旧居や日本美術院のあった処だったのです。確かにその「匂い」を感じる公衆トイレです。

この樹を岡倉天心も眺め、幹にも触れたのでしょう、私も両手で触れてみました。しかし、百年近く前ですから、小さな苗木程度だった可能性があります。


それにしても、記念公園の入り口が「ゴミ置き場」とは、岡倉先生もあの世で、『まさか?失敬な!』と怒ってませんかね?

まぁ、公園前のゴミ置き場はよくある風景です。我が家の側の公園の入り口もゴミ置き場になっています。


この奥の「六角堂」に天心先生がいます。


ライトアップされた半身像は太い金網で囲われ、檻に入れられた囚人をイメージしてしまいました。


こちらを見据える眼光はスルドクさすがの存在感です。確かに近代日本美術の先駆者の貫禄です。

岡倉天心記念公園、トイレに、ゴミ置き場に、天心像、面白くなってきました。谷中には、未だいろいろありそうです。


それでは、また明日。。。。。。。



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