歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

牛久を歩く “女化道標は狐の悪戯”

2009年01月19日 | 女化道標問題
先週の続きです。

カントリーラインを左折して、牛久の市街に向かって歩いています。

道の傍らに“南無阿弥陀仏”と刻まれた石を発見。


道が二股に分かれる分岐点。


脇に牛久市教育委員会作製の説明板があります。「女化道標(どうひょう)」とあります。「どうひょう」の振り仮名の語感と、辺りの風景とに隔たりを感じます。

「どうひょう」よりも「みちしるべ」の方が、「田舎道」に相応しいと思います。


まぁ、それは兎も角、分岐点の道標を観察します。


表面に、「宝暦・・・、南無阿・・・、左りゅうがさき、右わかしば・・・」と、説明書きにはあるのですが、


確認できるのは、「すぐ」と、


「道」の3文字だけで、他は判読できず。


それではと、裏側を見ると、「南無阿弥陀仏」、「宝暦十四年」の文字が鮮明に彫られています。


でも、しかし! 説明書きには、


“すぐは水戸道・・・・・・”と、書かれているのです。

そうなのです! 「説明書き」と「現物の道標」は逆になっているのです。

分岐点の道標ですから、こちら側が当然に表面です。地理的方向も間違い有りません。


道標の「表と裏が逆」になっているのです! 

ここで、道標を見つめ考えました。何たって「女化」の道標です。狐に「つままれた」可能性が考えられます。

じっくり、落ち着いて、何遍も、何遍も、説明書きを読み、「オモテは、ナムアミダブツで、ウラはスグニミトミチ」と、呟きつつ、何遍も、何遍も道標の裏表を確認したのです。

この後ろ姿の女性、遠くからずっと、道標の周囲をウロツキ、しゃがみ込み、覗き込む私に不審の視線を送りつつ、通り過ぎて行きました。


思わず、後ろ姿の女性に向かって、

「おじさんは怪しくありません! 怪しいのはこの女化道標です!」と、小さく呟いたのでした。

それでも、何か? 狐に“つままれている???”・・・・・・・、そんな気が今でもしているのです。

たぶん?原因は、道路の拡張とか整備工事の際に道標を移動し、工事終了後に裏表を逆に設置したと思われます。

たぶん? アルバイトの「ヒロシ君」が、先輩の「吉田さん」から、

「おぃ。ヒロシ!生コン流す時あの石じゃまだから一旦、退かせ!」と、云われて、方向など気にせずに引き抜いたのです。

そして、何日かして、型枠を外し、

「おぃ! ヒロシ。退かした石、元の場所に埋めとけ!」

「ハィ。判りました吉田さん」

「終わったら、昼飯だ!ヒロシ」

何て事で、退かした時も、何も考えず、戻した時は昼飯に何を食うかだけ考え、道標を埋めた可能があります。

道路工事は「土木課」の仕事、土木課も工事で道標の移動は想定していなかった為に、教育委員会へは連絡していなかった?

工事で道標が移動された事を知っているのは、「吉田先輩」と「アルバイト」の「ヒロシ君」だけ?

まぁ、そんな、こんなを想像させる、何とも、よく判らない、とても怪しい、女化道標なのでした。

それでは、また明日。


コメント
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