ギリシャ神話あれこれ:パエトンの墜落

 
 その昔、私が初めて知ったギリシャ神話が、太陽神の息子パエトンの物語だった(これがギリシャ神話だとは、そのときは知らなかったのだが)。
 私はもう小学生で、地球が丸いことも、自転することも知っていた。なのに、太陽の戦車を御し、炎となって舞い落ちる少年の話が印象的で、ショックを受けたのだった。なら、夜空の白鳥座が逃げ出すことも、天の川が氾濫することも、あり得えないとは言い切れないような気が、本気でしたものだった。

 少年パエトンは、母クリュメネとつましく暮らしていた。自分の父はエチオピアの王メロプスだと思っていたところが、いつしか、本当の父は太陽神ヘリオスだと知るようになる。が、あるとき、友人のエパポスたちにそれを口外し、一笑に付されてしまう。
 傷ついたパエトンが母に問いただすと、母は、自ら太陽神に尋ねてみるがよい、と答える。

 で、利かん気のパエトンは、東の果てまで赴いて太陽神の神殿を訪ね、ヘリオスに対面する。ヘリオスは大いに喜び、パエトンを我が息子と呼んで、その証拠に何でも望みを叶えてやろう、と誓う。
 パエトンは、では太陽神の炎の戦車に乗せてください、と申し出る。
 
 ヘリオスはパエトンの途方もない望みに驚き呆れる。この太陽神の戦車は、天馬たちが牽いて天空を翔ける四頭立ての馬車で、太陽そのものだった。
 ヘリオスは、この戦車は大神ゼウスにさえ御せないのだから、とパエトンを諭す。が、利かん気のパエトンは強情にねだる。
 とうとうヘリオスも折れた。パエトンは望みどおり炎の戦車へと乗り込むと、父の心配顔などよそに、心を躍らせて天空へと翔け上がる。

 To be continued... 

 画像は、リス「パエトンの墜落」。
  ヨハン・リス(Johann Liss, ca.1590 or 1597-ca.1629, German)

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ギリシャ神話あれこれ:眠れる美男

 
 エリスを建国した、ゼウスの血を引くエンデュミオンは、人間とは思えないほど優れて美しい容姿だった。つまり、世界一の美男。
 エリス王のはずなのだが、羊飼い。彼は山で牧羊し、羊たちと戯れながら眠るのだった。あるとき、山の頂に眠るこの世にも美しい青年を、たった一目見た月の女神セレネは、たちまち恋に落ちてしまう。

 逢瀬を重ねるセレネだったが、別離はつらいし、エンデュミオンが老いていく姿を見たくはない。人間はやがて醜く老い衰えて、不死の女神を残して死んでいく。その悲嘆のさまを、セレネは、妹エオスの数多くの経験を見て知っている。
 で、セレネは愛人エンデュミオンの不老不死を、ゼウスに乞い願う。この願いは叶えられたのだが、人間の不老不死には、どこかしら欠陥がある。エンデュミオンの場合、それは、彼が眠り続けるということだった。

 こうしてエンデュミオンは、生きて永遠に眠り続ける。それは死の眠りに等しいのだが、エンデュミオンは息をしている。肌も温かい。心臓も打っている。いつまでも若く、美しいまま。
 そしてセレネは、夜な夜な、ラトモス山中の洞窟に眠るエンデュミオンを訪れる。月光に照らされて眠る愛人に寄り添い、愛撫し、抱擁する。

 月の女神に愛されて、永遠の眠りを眠る美青年。……絶世の美男アドニスよりも、エンデュミオンのほうがはるかに絵になるのは、月の女神と、夜と月光、そして眠りという一連の神秘性。
 けど、考えてみれば、それだけの話。

 画像は、ポインター「エンデュミオンの夢」。
  エドワード・ジョン・ポインター(Edward John Poynter, 1836-1919, British)

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ギリシャ神話あれこれ:月神セレネ

 
 我が家の黒猫の名はルナルナという。ドラゴンズのホームランバッター、エクトル・ルナから、相棒が命名した。私はもっと、濁音の混ざった意味ありげな名前がよかったんだけれど、相棒は柔らかい響きのほうがいいと言い張って、ペネロペだの、キーラだの、ウィノナだの、エマだのと候補を挙げる。……全部、女優の名前じゃんか。
 結局、黒いからって理由で、ドミニカ出身のパヤノだのブランコだのと挙げ出したので、ルナで手を打った。ルナには月という意味があるから、黒猫っぽいかもと思ったんだ。

 月の女神セレネ(ルナ)は、太陽神の兄ヘリオス、曙神の妹エオスとともに、世界を照らす光明の3神の一神。
 彼らはそれぞれ手ずから手綱を取って、二頭立ての黄金の馬車を御して天空を駆ける。太陽神ヘリオスを曙神エオスが先導し、月神セレネが後に従う。セレネが天を駆けているあいだは、夜というわけ。

 ヘリオスが昼、太陽に照らされた世界で起こる事件をあまねく眼にするのと同様に、セレネは、夜の出来事をあまねく見護る。月の光は夜闇を照らし、夜陰に迷う者を導き、夜陰に乗じる者を明るみに出す。
 同じく月の女神として、アルテミスやヘカテと同一視され、満ちゆく月、満月、欠けゆく月、という三相を持つ一体神のうちの一神と見なされることもある。月に関わる権能から、女性の生理的周期、つまり生命の繁殖も司る。

 浮気な兄ヘリオスや、恋多き妹エオスとは異なり、セレネが自ら(しかも一方的に)恋慕った恋人は、約一名、かの有名なエンデュミオンだけ。
 セレネは絶世の美男エンデュミオンが老いていくのを嫌い、生きたまま永遠に醒めない眠りを与える。そして、夜ごとエンデュミオンのもとを訪れて、眠る彼に寄り添い、眠る彼を愛で、眠る彼と交わる。で、メネと呼ばれる50人もの暦月の女神たちを生んだという。
 ……どうも神さまのやることは不自然だよね。

 画像は、ハレ「ルナ」。
  エドワード・チャールズ・ハレ(Edward Charles Hallé, 1846-1914, British)

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