元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「わが母の記」

2012-05-12 06:52:03 | 映画の感想(わ行)

 原田眞人監督の新境地を確認出来る意欲作にして秀作。今までアメリカナイズされた(?)娯楽作を中心に手がけてきた彼だが、この映画は初の純然たるホームドラマだ。しかも、原作は井上靖の自伝的小説である。

 劇中のセリフで「東京物語」が引用されるように、原田は往年の小津安二郎監督による家庭劇を意識している。一見ミスマッチとも思える題材だが、本作は小津作品のようなペシミズムに彩られてはいない。エンタテインメント性をしっかりと確保した、とことんポジティヴな家族の再生劇に仕上がっている。

 小説家として名を成した伊上洪作は、連れ合いを失った後に認知症が進んだ母・八重を東京の家に引き取ることになる。洪作には幼い頃に一人だけ自宅以外の場所で育った経験があり、しかもその預け先は何やら“訳あり”である。そのため、彼は母から捨てられたとの思いを抱きながら生きてきた。洪作は封印された過去に初めて向き合うことになる。

 主人公は今でこそブルジョワ然とした生活を送っているが、家族との確執を平気で小説のネタにする“物書き”としてのヤクザな気質を当然の事ながら持っている。そのために妻からは“あなたはお母さんから捨てられたと思っていて良い。それで素晴らしい小説を書けるのならば”とかいう辛辣なセリフを浴びせられたりもする。しかし、いくら生臭い文壇の中に生きていようとも、人並みの家族の紐帯を求める気持ちを抑えられない。

 ハッキリ言って、洪作は恵まれた境遇にいることは確かだ。伊豆の実家では妹夫婦が母の面倒を見てきた。東京の実家でも目立った嫁VS姑の確執は発生していないようだ。3人の娘はそれぞれ多少の問題は抱えているものの皆“いい子”であり、ボケ始めている祖母の相手をイヤな顔ひとつせずに引き受けてくれる。

 さらに仕事上でのスタッフ達が主人公をバックアップし、母を一時的に預け入れる別荘や身の回りの世話をする使用人も手配されている。彼らが関わる姿勢の人々も、誰もが親切だ。先の見えない不景気や少子化に悩まされ、老老介護を余儀なくされているケースも目立つ今の世相から考えると、まるで別世界である。

 しかし“浮世離れしているモチーフばかり並べているからダメだ”とは決してならない。作者は、洪作にとっての母親の認知症は“誰でも一つや二つ直面している問題”に過ぎないと言い切っているようだ。踏み出す勇気があれば、必ず解決する。それが本来の家族像というものではないのか・・・・そう提言しているかのようだ。

 さらに、高い演出力と各キャストの頑張りが観客を引き留めるだけのパワーを発揮している。語り口に弛緩したところはなく、気の利いたエピソードが次々と積み上げられ、退屈するヒマがない。母と子が和解する感動のクライマックスまで、目を離せる箇所は存在しないと言える。

 洪作役の役所広司は実に渋みの効いた好演で、海軍大将を所在なげに演じた近作での失態から見事なリカバリーを見せる(笑)。八重に扮する樹木希林はまさに圧巻。ユーモアと屈託を両立させた名演で、このベテラン女優の真骨頂を見る思いだ。三女役の宮崎あおいもサスガの好リリーフ。序盤のセーラー服姿が異様によく似合っていたのには苦笑してしまった。芦澤明子のカメラによる奥行きの深い映像、バッハの楽曲を使用した音楽も映画を盛り上げる。本年度の日本映画の収穫だ。

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