元・副会長のCinema Days

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「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」

2024-07-15 06:30:01 | 映画の感想(は行)

 (原題:THE HOLDOVERS )登場人物たちの微妙な内面が活写され、実に見応えのある人間ドラマに仕上がっている。しかも感触は柔らかく、余計なケレンは巧妙に廃され、全体に渡って抑制の効いた作劇が徹底されていることに感心した。さすがアレクサンダー・ペイン監督、その確かな仕事ぶりは今回もいささかも衰えていない。

 1970年、マサチューセッツ州にある全寮制のプレップスクールは冬休みを前に浮ついた空気が充満していた。そんな中、生真面目で皮肉屋で皆から疎んじられている古代史の教師ポール・ハナムは、休暇中に家に帰れない生徒たちの監督役を務めることになる。当初は5,6人の生徒が居残るはずだったが、結果として寮で過ごすことになったのは母親が再婚したアンガス・タリーだけだった。そして自分の息子をベトナム戦争で亡くした食堂の料理長メアリー・ラムが加わり、3人だけのクリスマス休暇が始まる。

 ポールは独身で、孤高を決め込む狷介な者のように見え、周囲からもそのように思われているようだが、実はそうでもないのが面白い。皆がクリスマスを楽しんでいる時期に一人でいるなんてことは、本当は彼にとって耐え難いのだ。

 アンガスとメアリーを連れて、建前上は禁止されている外泊を決行する彼だが、外出先でかつての同級生に会った時には自身を偽ってしまう弱さを見せる。ポールは有名大学を出た秀才だったのだが、自らの難しい性格と優れない体調のせいで出世コースから遠く離れてしまう。そんな彼でも。かろうじて残された矜持にしがみ付かざるを得ない。どうしようもない懊悩を無理なく表現する演出と、演じるポール・ジアマッティの力量が強く印象付けられる。

 アンガスの両親の離婚原因は深刻だ。彼は休暇中に入院している実の父親に会うのだが、その顛末は切ない。アンガス役のドミニク・セッサは、これが映画初出演とはとても信じられないほどの達者なパフォーマンスを見せる。端正なルックスも併せて、本年度の新人賞の有力候補だ。対して、本作で第96回アカデミー賞で助演女優賞を獲得したメアリー役のダバイン・ジョイ・ランドルフの演技はそれほどでもない。ただし、役柄のヘヴィさはアピール度が満点であったことは伺える。

 70年代初頭という時代設定も秀逸で、ノスタルジックでありながらベトナム戦争が暗い影を落とす世相が、登場人物たちの造型に絶妙にマッチしている。マーク・オートンによる音楽は万全だが、それよりもキャット・スティーヴンスやオールマン・ブラザーズ・バンド、バッドフィンガーなどの当時の楽曲が効果的に流れていた。

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