元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「違国日記」

2024-07-08 06:22:22 | 映画の感想(あ行)
 これは気に入った。派手さは無いが、登場人物たちに対する視線の温かさや、着実で丁寧な作劇と語り口に作り手の意識の高さを感じる。たまたま原作が人気漫画だったからこの企画が通ったと思われるが、内実は気鋭の若手監督のオリジナル脚本による意欲作だと言われてもおかしくない。2時間を優に超える尺ながら、強い求心力で最後まで見せきっている。

 女流作家の高代槙生の姉とその夫が、交通事故で一度に世を去ってしまう。実は槙生と姉とは長い間不仲であり、複雑な感情を抱いたまま彼女は葬儀に出るのだが、そこで姉の一人娘である15歳の田汲朝に久しぶりに会う。だが、無神経なセリフを吐く親戚一同の態度に我慢が出来なくなった槙生は、勢いで朝を引き取ることを宣言してしまう。とはいえ、ずっと一人暮らしを続けてきた槙生は初めて同居人を迎えることになったわけで、勝手が分からず戸惑うばかりだ。それでも友人の醍醐奈々や元カレの助けを得ながら、朝との生活を手探りで築いていく。ヤマシタトモコの同名漫画の映画化だ。



 ドラマティックな出来事は、朝の両親の事故と葬儀が描かれる冒頭近くの展開においてのみだ。あとは事件らしい事件も起こらず、槙生と朝とのまったりとした日々が綴られる。しかし、何気ない時間の中でも確実に当事者たちの微妙な屈託やささやかな喜びなどは発生しているわけで、それを丹念に掬い上げている点は評価が高い。

 しかも、これ見よがしなケレンを廃し、あくまでナチュラルに扱われている。たとえば、朝が両親の不幸を同級生たちには内緒にしようとしたが、あるクラスメートが(悪気がないまま)バラしてしまったというエピソードはいくらでも煽情的に描くことが出来るネタだ。だが、ここでは“そういうことも、間々あることだ”と割り切ってサラリと流している。現実も、たぶんそういうものなのだろう。

 槙生と元恋人の笠町信吾とのやり取りも、少しも肩に力が入っていない。2人の関係は、とっくの昔に決着が付いている。だからこそ、自然なアプローチを可能にさせているのだ。瀬田なつきの演出は実に繊細で、対象に肉迫していながら第三者的なスタンスも持ち合わせているというポジションをキープしている。今後の仕事ぶりをチェックしたくなる人材だ。

 槙生に扮するのが新垣結衣だというのは、観る前は若干の危惧があった。なぜなら、彼女は決して演技派では無いからだ。ところがここでの彼女は自然体に徹して、パフォーマンスに求心力がある。これは“無理をさせていない”ことに尽きるだろう。演技者の資質を見極めた上での作者の配慮が大きくモノを言っている。

 朝を演じる早瀬憩は、ハッキリ言ってかなりの逸材だ。出演時間は主役の新垣よりも多いとも思わせるが、まったく危なげが無い。本年度の新人賞の有力候補だ。夏帆に染谷将太、銀粉蝶、瀬戸康史ら脇の面子も良いし、小宮山莉渚や伊礼姫奈、滝澤エリカといった若手も有効に機能している。四宮秀俊のカメラによる透明感のある映像、高木正勝の音楽も印象的だ。
コメント
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