元・副会長のCinema Days

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「ザ・ホエール」

2023-04-29 06:07:03 | 映画の感想(さ行)
 (原題:THE WHALE )冒頭タイトルが出るまで、この映画の監督がダーレン・アロノフスキーであることを知らなかった。だからその瞬間、本作が宣伝文句にあるような“心震わすヒューマン・ドラマ”などでは断じてなく、一筋縄ではいかないヒネクレ映画であることを予想した。そして実際その通りだったのだから世話はない。もっとも、これは決してケナしているわけではなく、変化球を駆使した快作として大いに評価できる。

 アイダホ州の地方都市に住む中年男チャーリーは大学の国文学の教員をオンラインで務めているが、教え子たちには自分の姿を絶対に見せない。なぜなら、彼は肥満症を患っており体重は270キロにもなる魁偉な容貌の持ち主だからだ。しかも、心臓が弱っていて余命幾ばくも無い。今は同性の恋人だったアランの妹で看護師のリズの世話を受けながら何とか生活が出来ているが、彼は命が尽きるまでに疎遠だった高校生の娘のエリーと和解したいと思っている。劇作家サム・D・ハンターによる戯曲の映画化だ。



 元ネタが舞台劇であるため、カメラはチャーリーが住むアパートの一室をほとんど出ることはない。また、登場人物が少なくそれぞれに大きな役割が与えられていることもあり、観る側にとっての圧迫感は相当なものだ。加えて、主人公の職業を反映してかハーマン・メルヴィルの「白鯨」が大きなモチーフになっており、この小説自体が旧約聖書からの象徴的な引用が多いことから、年若い聖書のセールスマンのトーマスというキャラクターを用意して宗教的なアプローチも垣間見せる。

 エリーが書いた「白鯨」に対する感想文がドラマのキーポイントになっているようで、実はそうでもない。「白鯨」のエイハブ船長がモビィ・ディックを倒せば総て救われると信じているように、エリーは父親の存在を否定することが自身の人生を切り開く第一歩と思い込んでいるようだ。しかしそれは違う。

 当の彼女が小説「白鯨」に対してネガティヴな印象を持っているように“信じる者は救われる”というようなオール・オア・ナッシングなスタンスで世の中が割り切れるはずがないのだ。この映画は執着的な思い込みから登場人物たちが“解脱”していくプロセスを重層的に綴った作品だということが出来る。ずっと暗鬱だった画面が明るくなる終盤の処置がそのことを如実に示しており、また感動的でもある。

 アロノフスキーの演出は、こういうギリギリまでに追い詰められた人間たちを描く段になると無類の力強さを見せる。特殊メイクで巨漢になりきったブレンダン・フレイザーの大熱演も相まって、各キャラクターに逃げ場を与えない。エリーに扮した新鋭セイディー・シンクや、リズ役のホン・チャウ、妻メアリーを演じたサマンサ・モートン、トーマス役のタイ・シンプキンス、皆目を見張るようなパフォーマンスだ。ロブ・シモンセンの音楽とマシュー・リバティークによる撮影も万全で、これは本年度のアメリカ映画では見逃せない一本だ。

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