(原題:Into the Wild)ショーン・ペン監督の最良作だ。92年夏。アラスカ州の山岳地帯で廃棄してあるバスの中から若い男の遺体が発見される。死因は餓死で、ヴァージニア州出身のクリス・マッカンドレスであるとの身元も判明した。彼は大学を卒業してから全国を放浪した後、春先からたった一人でアラスカの荒野に分け入ったのだった。実際あったこの事件を元にしたジョン・クラカワーのノンフィクションの映画化である。
粗筋だけを読むと、いかにも“自分探し”にウツツを抜かした若造がヘタ打って野垂れ死に、自己責任だから過度の同情は不要・・・・みたいな感想を抱きがちだが、これがまったくそうではないのだ。
映画は二つの時制を平行して描く。一つは主人公がアラスカの荒野で廃バスを見つけて、およそ4か月後に死ぬまで。もう一つは大学を出てから身の回り一切のものを投げ捨て、アラスカにたどり着くまで。そうすることによって経済的に何不自由ない家庭に育ったクリスがなぜ行方をくらますに至ったのかが、観る者に納得できるレベルで説明することが出来る。
ブルジョワであった両親は結婚するためにエゲツないことをやり、その後ろめたさから夫婦で諍いが絶えなかった。それが主人公の内面に悪影響を与えており、周囲と上手く折り合えない性格に繋がっている。彼の一件“現実からの逃避”とも思える旅は、高圧的な親とは袂を分かち、自分一人でどこまで生きていけるかを見極める“現実への挑戦”であったのだ。
彼は旅の途中にこれまでの人生で会ったことのないタイプの人間たちと関わり合い、刺激を受け、教えを乞い、自分自身の糧とする。旅立つ時には親への反発に凝り固まっていた彼が、やがて周りの者から信頼される度量の大きさを身につけていく過程は、観ていて本当に気持ちが良い。その最後の仕上げがアラスカでのサバイバル生活であったはずだが、不幸なことにちょっとした準備不足から命を落としてしまう。
ただし、逆に言えばそこでいなくなってしまうことで、ひとつの普遍的な“挑戦する若者像”を残すことが出来たのだと思う。私はこの映画の主人公を見て“今、何かをしなくちゃならないけど、何をして良いのか分からない”といった焦りにも似た切迫感を覚えていた二十歳前後の頃を思い出した。たぶんそれは、若い時分に誰しも抱くアイデンティティの確立に伴う悩みなのだと思うし、ペン監督も彼の生き様の中に自分の青春時代を重ね合わせたのであろう。
主演のエミール・ハーシュは体重を大胆にコントロールしているせいもあり、迫真性のある大熱演だ。ナイーヴな内面の表現も申し分ない。エリック・ゴーディエのカメラによる、素晴らしいアラスカの自然の風景。エディ・ヴェダー(パール・ジャムのリードヴォーカルでもある)のフォーキーな音楽。結果としては悲惨な話なのに、観る者に切ない感慨を呼び起こす、青春映画の佳篇である。