元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「エドワード・ヤンの恋愛時代」

2008-09-29 06:43:57 | 映画の感想(あ行)

 (原題:獨立時代)94年作品。数年前、惜しくも世を去った台湾の俊英・楊徳昌(エドワード・ヤン)の代表作である。舞台は現代の台北。大手広告代理店に勤めるOL・チチとその親友で財閥主の娘であるモリー、それぞれの婚約者とモリーの姉夫婦、怪しげな舞台劇で一躍有名になった劇作家バーディなど、様々な人々が交錯するこのドラマは、よくある青春群像劇の体裁をとっている。しかし・・・・。

 映画の種類としては“しゃれた都会派コメディ”ということになるのだろう。ドタバタありシチュエーション・コメディありでかなり笑わせてくれる。だが、ハリウッドのそれと完全に違う点は、喜劇でありながら恐ろしく緊張感が高いことだ。かといってブラック・コメディではなく、この映画独自の喜劇の方法論を完成させている(強いてあげれば一時期のウディ・アレンと通じるものがあるが、同じではない)。

 一見、安定しているような人間関係だが、その実それぞれ人には言えない確執を抱えている。チチは皆に好かれる女の子。親友モリーが経営する会社に就職し彼女の片腕として活躍している。しかし、マジメな彼女の態度は人によって偽善者よばわりされている。モリーは金持ちの家に育ち、何不自由なく毎日を送っているようだが、若くして大会社の社長になった彼女から見れば、近づいてくるすべての人間が何か下心を持っているようで落ち着かない。またそんな風に思ってしまう自分にも嫌気がさしている。

 チチの婚約者で公務員のミンは実直な青年でチチとは似合いのカップルと言われているが、父親が公職に就いていたとき汚職の罪で実刑をくらい、汚名を晴らすために仕事に打ち込んでいるが、滅私奉公的に公務に励み、周囲に同調して個性を殺す保守的な体制に自分を追い込むことが汚職を生む土壌だということに気が付かない。

 モリーの婚約者アキンは大企業の御曹司だが、頭がそれほど良くない。モリーの補佐役で狡猾なラリーの口車に乗ってモリーの会社に投資しているが、若い彼女が事業に失敗したら大株主である自分に頼るようになり、それだけ彼女との婚姻が早まるのではないかと本気で期待している。

 モリーの姉は本来アキンと結婚する予定だったが、大学時代の同級生で当時すでに流行作家だったサエない男と熱烈な恋に陥り結婚。人生は自由に生きるべきだというのがモットーの彼女は、現在テレビの人気ニュースキャスターであり、人生相談のコーナーも持っている。しかし、その夫はかつてあれだけ売れた恋愛小説から手を引き、重苦しい社会派作品を連発。どこの出版者からも見放され、妻との仲も険悪になり別居状態だ。

 劇作家バーディは友人モリーの世話になっていたが、珍妙な台湾オペラ風作品が思いがけずヒットを飛ばし、一躍時の人となる。オーディションを受ける女性には次々と役柄をエサに関係を迫り上機嫌だが、彼には実力はまったくなく、降ってわいたようなこの人気をどう維持するか悩んでいる。

 その他の登場人物も、何か一筋縄ではいかない悩みを抱えている。そしてヒロイン二人のそれぞれの婚約者との仲がおかしくなったことをきっかけに、すべての人々の悩みと不安が一斉に吹き出し混乱が始まる。彼らが持つ人間的弱点の描き方にはまるで容赦がない。性格、行動、主義信条に至るまで、その矛盾点すべてが白日の下にさらけだされる。これはハラハラするような一種サスペンスであり、冒頭“緊張感が高い”と述べたのはそのせいである。しかも、終わってみればこれはわずか二日間の出来事なのである(けっこう野心的な作劇だ)。

 ウディ・アレンの作品のモチーフの一つにユダヤ教があるが、この映画で取り上げられているのは儒教だと思う(パンフにも書いてあったから、たぶんそうだろう ^^;)。あまりの高度成長に儒教の美徳を忘れ去り、右往左往する登場人物だち。しかし単に、“儒教のよさを見直そう”という能天気な主題は提示されていない。西欧的物質文明と東洋的伝統社会が出会うとき、新しい価値観が生まれ、それに対応しようと煩悶するアジア民族の姿を鮮明にとらえようとしている。そして、爽やかなラストシーンは、彼らが持つ真の(プラスの)人間性を信じきっている作者の温かい視点が感じられる。喜劇の体裁を取りながら、実に奥の深いドラマだ。

 楊監督の精密機械のような演出。ハイテックな台北の街の風景を濃密な色彩でとらえるカメラ。ヒロイン二人を演じるチェン・シャンチーとニィ・シューチュンの素晴らしさ。完全にハリウッドの上をいく、世界一洗練された映像がここにある。
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