時系列が逆転しますが、前日は東京から京都で途中下車し、2.5時間の東寺観光一本勝負。「空海展」を訪れる前のウオーミングアップです。東寺には15:15到着。訪問は2018年以来。
(南大門)
まずは、東寺の本丸とも言える講堂の立体曼荼羅や金堂の薬師如来と脇侍の日光菩薩・月光菩薩達とゆっくり対話。オーバーツーリズム影響を心配しましたが、思いのほか参拝者は少なく、落ち着いて対話できました。
今回、ラッキーだったのは、春の特別公開ということで、五重塔の初層(1階)に入室できたこと。入ってみると、55メートルもある塔の1階部分としては、意外に狭い。その密空間は、色落ちこそしているものの壁には彩色の跡が残り、中央には高さ60センチ程の大日如来を正面に四体の如来、八体の菩薩が囲んでいます。密教世界の特別な「気」に溢れています。
閉門時間まで1時間を切り、慌てて宝物館を訪問。こちらも年間通じて開館しているわけではなく、今回は春の特別公開期間と言うことで私は初めて。「南北朝時代の東寺」というテーマで展示がありました。南北朝時代の東寺は、天皇の御座所や足利氏の陣所として使われたことから、争乱の舞台になった」(パンフレット)とか。
南北朝争乱期に足利尊氏が本拠とした食堂(じきどう)の本尊であったという千手観音立像(重要文化財)を鑑賞。5メートル84.6センチの立派で威厳あるお姿です。興味深かったのは、光厳上皇の院宣の展示。高校時代に「太平記」を結構一生懸命読んだので、当時の世相に思いを馳せます。
最後の残り時間20分は観智院を訪問。「鎌倉時代、後宇多法皇によって東寺の寺僧の住房が計画され、南北朝時代の延文4年、1359年頃に杲宝が創建しました。杲宝の弟子、賢宝は、本尊の五大虚空蔵菩薩を安置しました。」(東寺HP)という場所です。落ち着いた家屋は駆け足で訪問するにはちょっと勿体ないぐらい。国宝の客殿内部には、宮本武蔵筆の「竹林の図」が描かれている上段の間があります。
16:30を過ぎると順番に東寺の周囲の門が次々と閉まっていくので、名残惜しいですが境内から退去。無数の名所がある京都ですが、意外と当時は灯台下暗しかもしれません。お見逃しなく。
(5月24日)