知覚には、常に存在するものを背景のノイズとして処理し、弱めると言う傾向がある。
だから、自分の体臭は感じないし、衣服や眼鏡が肌に触れていることも忘れている。
考え直してみよう、というような感覚が起こるのは、それに値する知覚を呼び覚ますなんらかの事件が起こっている。
常に与えられていることで忘れていたものが、今までは何も感じなかったものが、急に存在感を持って迫ってくる時がある。
感じなくなっていることで、そのありがたみを忘れるという癖を我々は持っている。
今までやってこれたのは、わたしが ということではなく、その人たちがいてくれたおかげだ。
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