アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

忘れかけた光景~EF81

2020-05-30 22:00:00 | 鉄道写真(EL)

一時期、機関車と客車の連結面を狙っていたことがある。

津軽の地で「あけぼの」を撮影。機関車の正面に誇らしげに装着されたヘッドマークに集中した後、直ちに客車の連結面にカメラを向ける。複雑に連結された端面に、力強さと夜行走行への安心感を感じる瞬間。「どうかご無事で・・」EF81へエールを送る心境だ。

廊下側のカーテンが綺麗に降ろされて、デッキの灯りが生きたブルトレの証。こんな光景が懐かしくて仕方がない。

2010-04-30    2022ㇾ  EF81136  あけぼの  JR東日本/奥羽本線:浪岡付近


目が離せなかった米原区のEF58

2020-05-29 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

モノクロ写真をデジタル化するにあたり、どのくらいの大きさで取り込めばいいのか、画像をネットに流して確認しながら決めている。仮に印刷した場合の大きさは、昔聞いたことがあったが、dpiという単位もよく解らないまま作業を続けている。

東海道線のEF58と言えば、まず荷物列車が上げられるのだが、関東在住のアントンKにとっては、午後に上ってくる荷36列車というスジがいつも気になっていた。いつのダイヤ改正からか忘れているが、関東で唯一定期で見られた米原機関区のEF58の仕業だったのだ。ここのゴハチは、どのカマも綺麗に整備され、かつ個性派揃いだった記憶が残っている。特に掲載写真のようなワイパーカバーを付けた機体が数両配置されていて、偶然の遭遇に一喜一憂したもの。現在のように、事前に機体番号が解れば、実に効率よく動けたわけだが、当時は自分の目だけが頼り。とにかく行動し、線路端に立ち、ひたすら待つしかなかった。この荷36ㇾというスジは、西へ向かわないと、機関車に光が入らないため、遠征時には必ずといってよいほど狙っていた思い出の列車だった。掲載写真は、そんな目的のためよく訪れた三島-函南間。ここはご存知竹倉の富士山バックが有名だが、午後の上り列車に対してもすこぶる光線が美しい。編成写真に捕らわれず、低い位置から特徴的なお顔のアップを狙い、運よく好みのカバー付きが飛び込んできた。

1983-11-12    荷36ㇾ  EF58113        東海道本線:三島-函南


時を越えて~EF65PF

2020-05-28 16:00:00 | 国鉄時代(カラー)

巷ではがぜん人気の高い国鉄型電気機関車。もちろん新しもの好きなファンも多く、機関車と時同じくして鉄道ファンとなり、新しい機関車の魅力に捕りつかれている御方も数多く存在する。こう考えると、たとえ国鉄型機関車が全廃になろうとも、鉄道ファンは微動だにしないと心強く思えるのである。

時代とともに、それぞれファン垂涎の機関車という機関車が存在し、今の時代まで繋がっているが、現代ではEF65PFやEF81がそれに当たる。この2機種、国鉄時代でははっきり言って人気があったとは言い難い。もちろん、ブルートレイン等の寝台客車をけん引していた実績があり、当時はそれなりにファンは見かけたものだ。しかし現代のように、1点集中とばかり、ファンが群がることは無かったように思われるし、アントンK自身撮影していて、そんな場面には出くわさなかった。車輛自体の魅力が、枯渇してきたとは思いたくないが、鉄道ファンが増加し、情報が容易に入手できる時代だからこそ、同じ考えを持つファンも増えたのだろう。まあこれもトラブルさえ無ければ良い事なのだろう。

国鉄時代に撮影した、急行「八甲田」を牽くEF65PF。この当時は、それまでのEF58に代わってやってきたEF65PFに対し何の感情も湧かなかった。あれから30数年、心も熟成されたのか、誇らしい1コマに感じる。

1984-12-30   102ㇾ   EF651041  八甲田   東北本線: 蒲須坂付近


武骨な電機「EH10」の記憶

2020-05-27 19:00:00 | 国鉄時代(カラー)

現代の電気機関車の中では、EH200/EH500/EH800と3種類ものH型電機が活躍し、その幅まで広げている。そもそもH型機関車とは、動輪を8軸持つ大型機関車ということになるが、現在活躍中の3種の電機は、それぞれ重連総括運転の回避を一つの目的として生まれた機関車のようだ。EF64の重連運用や、ED75、ED79の総括運転をことごとく駆逐しデビューした機関車たちなのだ。見た目は、連結型とでもいうか、機関車同士が手を組んで常に走行しているのだが、アントンKが今まで見てきた重連運転とは、やはり印象も異なることは否めない。

今回は、H型の元祖とでもいうべきEH10型電気機関車。アントンKが鉄道撮影として線路端に立ち始めの頃、辛うじて撮影はできているが、この電機を目的で行動したことは無く、ほとんど全てが二の次のものばかりで情けない話だ。確かにとても地味な印象だったことは、今でも思うが、当時は数々のスター機関車の存在があり、目が行き届かなかったというのが本音だろう。早朝のブルトレの撮影のため真鶴に行き、合間にやってきたEH10の普通貨物列車。この時代、改めてこの機関車を眺めると、とても淡白で武骨なデザインが国鉄っぽく見えて逆に新鮮さを感じる。華やかさは確かに無いが、底知れぬ力強さは、大いに感じてしまうのだ。

1978-09-17   2166ㇾ  EH1055         東海道本線:湯河原-真鶴

 


越後の国を駆け下りる~EF16

2020-05-25 15:00:00 | 国鉄時代(カラー)

日本全国を見渡して、補機仕業を伴う難所とされるポイントは随分と減ってしまった。それは近代化によって徐々に姿を消し、鉄道趣味の観点からは魅力が乏しくなったと言わざるを得ず、大変寂しい想いに駆られるケースが増えている。大先輩方が残された数々の作品の多くは、蒸機の雄姿であり、重連や三重連で峠を往く姿は、当時のアントンKにとって若き心を熱くしていき、その後自身の撮影に向き合うエネルギーへと変わっていったのだ。蒸機には間に合わなかったが、同じポイントに行き列車に向き合うことで、その当時に遡れるような感覚になったもの。シャッターを切るだけで必死で、その情景から感じる想いなどには無縁だった。しかしそんな想いは長年熟成されて、おぼろげに感じられてくるものなのだということが、最近になって解ってきた気分に浸っている。

掲載写真は、上越国境を下るEF16が補機に就く貨物列車。清水トンネルを頂点として新潟県側は、一気に蛇行を繰り返し下っていくが、ここでもEF16は回生ブレーキを物を言わせながら、EF15と足並みを揃えて確実に走行していく。雪解けのシーンでの流し撮りとなり、綺麗な画像ではなく不満も多いが、EF16の流し撮り自体が限られており敢えて掲載させて頂く。

1979-02-13    791ㇾ  EF1629+EF15128           上越線:越後湯沢-石打