アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

カーチュン・ウォン~新時代のチャイコフスキー

2024-09-21 21:00:00 | 音楽/芸術
 相変わらず蒸し暑い東京から横浜みなとみらいへと急ぐ。先々週に続いて、話題の指揮者カーチュン・ウォンの演奏会に行くためだ。前回のブルックナーを鑑賞して思ったのは、アントンKがもう40年以上ブルックナーの交響曲に触れてきた中とは別の、今まで積み重ねてきた鑑賞の良し悪しを根底から覆すというか、全く新しい感覚が生まれ、今までこれぞブルックナートーンとしてきた響きそのものが、新しく生まれ変わったような発見が散見できたということだ。当日の演奏は、もちろん素晴らしいものだったが、同時にこの指揮者で色々他の楽曲を鑑賞してみたいという衝動に駆られたのである。今まで散々聴いてきた楽曲でも、新たな世界へと導いてくれる気がしたのである。クラシック音楽の醍醐味は、まさにその演奏行為によるものであり、何十何百と繰り返し聴いてきたお馴染みの楽曲であっても、新しい光が射し、新たな発見が生まれることにあるからなのだ。
 今回のメインプロは、チャイコフスキーの第4交響曲だったが、まさにアントンKの感が的中し、なかなか聴くことが出来ない演奏に巡り合ったのであった。冒頭のHrn四重奏からして、極端に重厚明解な重奏でホールを満たし、少しずつテンポを揺らしてTrpへ引き継ぐなど、最初から聴き所に溢れていたと言える。主部に入ってからも意欲的な解釈は新鮮だったが、どこかオケが荒く、指揮者に着くことだけに必死になっているので、時に響きが固く鋭角的に聴こえてしまった。それでも、弦楽器群の主張は流石で、明確な指揮者の要求を満たしているように聴いていた。ピッチカートの鋭い主張の要求は、その最たるもので、もちろん第3楽章での妙技には聴いていて圧倒された。フィナーレのコーダ前、TmpのトレモロがPPで始まり、音楽が膨れ上がって来る過程での、低弦の刻みは、今まで聴いたことがなく、一音ごとに大きくなる刻みは恐怖さえ感じるくらい。まるで別の楽曲を聴いているかのようだったのだ。そして順番が逆になったが、前半に演奏されたゲルハルト・オピッツのブラームスの第2コンチェルトは、ドイツ正統派のお手本とでも言うべき演奏で、その響きの中に安心して身を置くことが出来たが、個人的には、この第2はもっと雄大でゴツゴツしたイメージを持っていたためか、全体的にピアノの響きが物足りず、それに合わせたオケの響きも今一つに感じてしまった。きっと指揮者カーチュンがかなりソリストオピッツに合わせた結果なのではないだろうか。そんな印象を持った。
 やはりこのカーチュン・ウォンという指揮者は、単なる若い新人指揮者だけでは済まされない独特の個性を備えていると感じている。まだ、ブルックナーの第9と、チャイコフスキーの第4しか聴いていないが、今後マーラーはもちろんのこと、ベートーヴェンなどの熟知された楽曲をどのように演奏するのか、とても興味をもった次第。今後ますますに楽しみになってきた。

日本フィルハーモニー交響楽団 第400回横浜定期演奏会
ブラームス ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調

指揮        カーチュン・ウォン
ピアノ  ゲルハルト・オピッツ
コンマス 田野倉 雅秋

2024年9月21日 横浜みなとみらいホール
 


あぁ、愛しのボンネット!~181系&489系

2024-09-18 07:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
 国鉄時代の上野駅。ここは夜行寝台列車の発着が多い地上ホームとは違い、山手・京浜東北等のホームがある橋上ホームとなっている。この時代は、昼夜問わず優等列車が到着しては出ていき、鉄道ファンなら1日いても飽きない聖地だった。東京駅のような洗練された雰囲気は当時もなく、地方からやってきた列車たちから下車する乗客は足早に無言で大都会に消えていく、そんな雰囲気だったように思う。
 8番9番線ホームに一瞬だが電車特急が並ぶ。当時アントンKは、引退が迫る大好きだった181系電車を撮影しようとホームにいたが、この日は金沢特急「はくたか」にもボンネット編成が登場し興奮した想いが蘇る。方や上越のクイーンの「とき」、そしてもう一方は碓氷を越えて遠路金沢まで向かう489系「はくたか」。こんな日常の何気ないシーンを、最近はとても懐かしく感じることが多い。
1982-11-08      2019M  とき & 3002M  はくたか  上野駅


EF64 1000と歩んだ鉄人生

2024-09-11 15:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
 最初から好きでずっと追いかけてきた訳ではない。むしろEF64 1000番台は、アントンKにとって異質な電機に思えた。EF64と言えば、0番台が山男ロクヨンとして君臨しているではないか。1000番台がデビューの頃は、0番台も何台か上越線に来ていたが、あくまでも出稼ぎのイメージが強かったように感じていた。中央線を重連で走るイメージがあったからだろう。それに当時から今でもロクヨンは0番台の方が好みなのだ。ロクヨンを名乗る割には、車体が長く大きくサイドのデザインも非対称になり、何だか別の機関車に感じたもの。ただデビュー仕立てで、まだ新車のロクヨンセンは、古武士EF16をフォローするがごとく、見たこともない光と響きを放ち、新たな魅力を醸し出していたように今は思える。
 デビューを間近で見て、そして全廃を近い将来迎えそうな国鉄型電機は、アントンKにとってこのEF64 1000番台のみだから、そういった意味では、ほかの電機とは思い入れが違って感慨も深くなるのである。
 今回は、EF64 1000番台がデビューしていよいよ定期運用に入り出した時代の画像を掲載しておきたい。上越線で性能試験列車が走った日に石打でバルブした懐かしい画像。この時はEF16の代わりに先頭に立ったEF64 1001だから、心境は何とも穏やかではなかったはず。この地では見慣れないシールドビームが眩しかった。
1980-09-10       660レ EF64 1001+EF15 191        石打にて

話題の二つの公演へ~ブルックナー生誕200年

2024-09-09 09:00:00 | 音楽/芸術
 今年2024年は、A.ブルックナー生誕200年に当たる年で、世界中でブルックナーの演奏会が多く開催されている。日本でも近年比較的落ち着いてきていたブルックナー演奏も、今年はいつになくたくさん取り上げられていて、アントンKも嬉しい悲鳴を上げている。
 ここでは、今月になって聴きに行った中から注目すべき演奏会を備忘録も兼ねて記述しておく。
 まず高関 健氏のブルックナー第8交響曲の第一稿の演奏会。彼の演奏会は前回ちょうどコロナ真っ只中の4年前だった。高関のブルックナーは、この時も第8番を鑑賞したが、今回は新全集版を使用した同じ第8でも第一稿で演奏されるとのこと。ホークショー校訂版の演奏で、今回がおそらく世界初の演奏らしい。第8の第一稿そのものは、今の時代珍しい楽曲ではなく、一般的な第二稿よりは演奏回数が少ないだけで、CD録音も複数発売されているし聴く気になればいつでも鑑賞できるが、今回の新全集でどんな差異があるのかが聴きどころになる。アントンKの印象では、譜面を見ていないので何とも言えないところだが、細かなアクセントやボーイングによる差異は聴けたが、おおよそ今までの第一稿と変わりなかった。知らないフレーズや新たな小節の追加はおそらく無いと思われる。演奏そのものも、オケの東京シティフィルが大健闘しており、記録性の高いこの演奏会にきっちり付いて来ていた印象を持った。ただブルックナー演奏という観点からの印象となると、少し感想は異なってくる。音色や響きそのものが楽譜から離れず、まとまりはよいがスケールが小さく箱庭的な音楽に聴こえてしまう。情熱的な部分、枯れて切ない部分が聴こえないのだ。高関氏独自のブルックナー解釈は、とても分かりやすい演奏だが、そこまでに留まってしまい、アントンKにとってはずいぶんと薄味に感じてしまうのだ。常に譜面を探求して、その当時の歴史を紐解き、数々の演奏記録にまで踏み込んで研究を重ねている高関氏だが、誰よりも楽曲の背景を理解していても、必ずしも感動的な演奏には結びつかないことを今回再確認した気分なのである。
 そしてもう一つの演奏会、シンガポール出身の若手指揮者カーチュン・ウォンのブルックナーの第9交響曲だ。

カーチュンは2016年にマーラー国際指揮者コンクールで優勝して以来、急速に頭角を表してきたらしく、今や日本フィルの常任指揮者に任命されている。アントンKも雑誌やSNS等で、その存在は認知していたが、なかなか演奏に触れる機会がなく、今回のブルックナーが初の味見となった訳だ。
 で、その演奏だが、アントンKにとっては強烈なブルックナー演奏だった。プログラムが第9交響曲のみというのも気に入ってホールへ向かったが、舞台に現れてからの集中力が凄まじい。オーラとまでは言わないが、カーチュンから発せられる気が聴衆を包み込んでいることが解るくらい。指揮台に上がってから指揮棒を下ろすまでの間がここまで長いのはいつ以来だろうか。ホール内の音を無にしてから、PPで弦楽器が入って緊張の度合いが半端ない。アントンKにも久々の感覚だった。そして出てきたHrnの雄叫びといったら想像を絶し、ウィーンフィルかと聞き間違うくらいの分厚い響きをブチかましたのである。感心したのは、ただ分厚い大きい響きというだけではなく、常に弦楽器をはじめ、特にベースを基本に重心が低く、音色がバランスされているので、響きが飽和しないことだった。テンポは遅く、オケの各声部が明確な主張をもって音色を作り上げている。特にアントンKには、1mov.の第二主題が印象的であり、かつてのシューリヒト=VPO盤を思い起こさせた。カーチュン自身の指揮ぶりも印象的で、何をどうしたいのか明確に大袈裟にジェスチャーするので、見ているだけでも引き込まれてしまうのだ。スケルツォでの集中と爆発。アダージョでの隔世観。特に後半の不協和音後のパウゼの長さ。カーチュンはすでにブルックナーをも手の内にしているのかもしれない。日本フィルも大健闘であり、こんなに響くオケだったか?とイメージが変わるほど。
 とにかくまだお若い(1986年生まれ)カーチュン・ウォンという指揮者だが、アントンK自身衝撃を未だに受けている状態が続いている。彼の指揮でまた別の楽曲を鑑賞したいが、こんな気持ちにさせてくれる指揮者っていつ以来だろうと嬉しい気持ちで一杯になっている。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 NO.372定期演奏会
 ブルックナー 交響曲第8番 ハ短調(第一稿・ホークショー校訂版)
指揮   高関 健
コンマス 戸澤 哲夫
2024年9月6日 東京オペラシティコンサートホール

日本フィルハーモニー交響楽団 NO.763 東京定期演奏会
 ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調 
指揮   カーチュン・ウォン
コンマス ロベルト・ルイジ
2024年9月7日 サントリーホール

上野駅地上ホームにて~急行「越前」EF62

2024-09-05 21:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)
 夏休みの上野駅は、いつにも増して乗降客で賑わっていた。
この日は、上越線を走る夜行列車のバルブ撮影を実行するため水上まで行き、EF16が付いた夜行列車の撮影をすべく上野駅地上ホームに降り立っていた。急行「鳥海」「天の川」「能登」、特急「北陸」と4本の夜行列車が国境で行き交う。これを夜通し撮影しようという作戦。夏冬で2回ずつくらい撮影しただろうか。ちょうどEF16も引退が近いということもあって、アントンKにしては、珍しく気合が入っていたが、身内だけで同業者の方々はほとんど見当たらなかったと思う。現在に置き換えれば夢のような環境だったかも。1枚の写真から色々思い出している。
 ここでは、水上へ向かう前にスナップした同じ夜行急行でも信越線へと向かう急行「越前」号の写真を掲載する。機関車を確認すればロクニのトップナンバーで、慌ててカメラを出したことを思い出す。ホームに無造作に座り込む若者たちや開けられた窓を外から覗き込んで見送る人々など、いつの間にか忘れてしまったシーンが写っているが、当時は当たり前だったこんな光景すら今ではもう見ることはできない。あの頃は、鉄道が輝いていた時代だったんだと当時に想いを馳せている。
1980-07-16      603         急行「越前」   上野駅14番線