アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

ゴハチ狩り!いざ関西圏へ

2018-05-30 17:00:00 | 国鉄時代(カラー)

その当時、ハンディタイプの大きさで「国鉄車輛配置表」というマニア向けの専門書があった。毎年更新されては発売されていたと思うが、全ての国鉄型の車両が網羅されているから、客車から気動車、電車、機関車全ての車輛の番号が配置区別に並んでいた。EF58の機番を意識し始めた当時、そのゴハチのページがどんどんボロボロになり、黒くなっていくのがわかった。しっかり撮影を完了した機番に鉛筆で印をつけ、消し込んでいたからだ。

アントンKの場合、普通のゴハチマニアとは異なっていたようで、先に北のゴハチ(宇都宮・高崎二.長岡)の撮影が完了してしまい、どうしても弱い広島や下関、そして竜華のカマを一気に撮影しなければ、全機撮影は困難と考え、そんな思いで関西に出向いたことがある。もっとも鉄道撮影で関西に行ったのは、1975年まで遡れるが、その当時は機関車の機番など感じていなかった。現代を思えば、情報も何もない当時、当然行き当たりばったりで機関車を迎え撃つが、これはこれでくじ引きを引くようで実に楽しかった。白エッチはハズレカマ、大窓機は大当たり!そのたびに一喜一憂して、そんなたわいもない撮影光景が今も思い出される。ここに最近掲載している画像は、どれもアントンKが鉄道撮影してから数年の若かりし頃の駄作ばかりだから、あくまで個人的見解の内容だとご理解願いたい。

今回は、そんな中から関西の撮影名所山崎で撮影したEF58を掲載してみる。アントンKにとっては、ゴハチを撮るなら関西でという思い入れがあり、その当時、関西はゴハチの聖地と思い込んでいた。それを裏付けるように、山崎の大カーブを宮原区のエース53号機が長い14系客車を牽いて近づいてきた時には、興奮し五感がしびれる感覚を味わったのである。

1979-05-05  回204ㇾ  EF5853  急行「雲仙・西海」 東海道本線:山崎付近

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魅力的だったEF58の団臨

2018-05-29 16:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

EF58の撮影で欠かすことの出来なかった列車は、時刻表に記載のない団体臨時列車たちだろう。もちろん、定期で走っていた荷物列車をはじめ、優等列車の先頭に立つゴハチの姿は、いつも凛々しく、どんな日本の風土にもマッチしていて写欲をそそられたものだ。しかし、臨時列車けん引時のゴハチの姿も、さらに魅力的に映り、予期せぬ時間や場所、そして何と言ってもけん引する車輛達のバリエーションは無限であり、一度取りつかれると泥沼のごとく深みにハマってしまう魅力を持っていた。

12系、14系に始まり、大好きだったお座敷編成やオールグリーン編成、オールロネやハネもけん引し、普段見られない光景にカメラを構えながら興奮したものだ。今にして思えば当時は、こういった臨時列車が現在よりはるかに多く設定されていて、目を楽しませてくれたが、時代の流れとともに宗教臨がなくなり、大口の団体列車たちもバスや他の交通手段にお役を奪われ、残念ながら現在では見られなくなってしまった。

EF58の機番を気にかけながら撮影する上で、こういった団臨は絶好のチャンスであり、普段お目にかかれない広島区や下関区のEF58が上京した際には、気合が入って撮影に出たことが思い出される。写真は、日中の根府川を下る20系10連の団臨。よりによって下関区で一番不人気の37号機けん引で、お蔵入り画像のつもりだったが掲載してみる。当日は、早朝からピーカンで天気に恵まれ、夏の強い日差しの中、ミカン山に上り暑さに耐えながら撮影したことを昨日のことのように思い出す。

1978-07-23    8111ㇾ  EF5837      20系   東海道本線:根府川付近

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時代は繰り返す~EF57/EF58

2018-05-28 16:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

過去の画像を整理しながら振り返っているが、つくづく時代は繰り返していることに気が付かされている。古い画像を見て、自分も見てみたかったとか、撮影してみたかったと思うことは、あらゆる年代のファンに存在する意識ではないだろうか。アントンKの場合も同じで、あと10年早く生まれていたら・・と思うことがかつてはしばしばあった。まわりの諸先輩方の作品を拝見して羨ましく思う訳だが、いつの日かそんな思いは消えていった。趣味の世界で後悔はしたくないのだが、自分なりに没頭してきたから、過去を振り返っても切りがないことを悟ったのである。もっとも10年も早く生まれていたら、海外でフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュを鑑賞し、別の人生を歩んでいたかもしれない。想像しかできないアントンKの世代だが、あれほど精神性の高い演奏を実演で接したとき、自分がどうなってしまうのか考えるだけで身体が熱く高揚してしまうのだ。

まだゴーナナ現役の時代のゴハチの画像。当然この時は、ゴハチが奥の森から顔を出しがっくりしたのだろうが、40年以上も時間が経ってしまうと、全てが新鮮に見えてしまうから不思議なものだ。ゴーナナ亡き後、宇都宮区で一番気に入っていた73号機の牽く臨時急行「津軽51号」。まだ普通列車が客車で残っていた時代だから、普通の雑系客車8連で来られても、ごく当たり前で、かえって当時は12系客車の方が嬉しかった思い出がある。

1975-11-02 8408ㇾ  EF5873  津軽51号   東北本線:白岡-久喜

 

 

 

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EF58定番撮影地~新子安

2018-05-27 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

現在も東海道線の撮影地として未だに現役の新子安。学生時代、この駅は上下線ともホームより撮影が可能だと当時の先輩に助言され、それまで大井町や大森界隈が多かった撮影場所が、一気に神奈川県下へと移り、それ以後アントンKの定番となった場所である。ゴハチの時代は、番号がはっきり写るような構図で撮影した記録写真がほとんどだったから、この新子安はその点都合が良かった。中望遠レンズぐらいからの長めのレンズで構えると、中線1本おいて左頭の理想的な構図が得られ、大変記録には重宝したのだ。PENTAX67導入後は、この構図のために300mmがどうしても欲しくなり、バイトに明け暮れた日々が懐かしい。

一番頻繁に通っていたのは、やはりEF58の消滅が囁かれ出した1983年~84年の頃。仕事でほぼ毎日この駅を使う幸運にも恵まれ、ちょうど昼休みに通過する荷33列車は、お昼のプレゼントとばかりよく撮影したもの。従来の浜松区のゴハチ運用から、ゴハチ自体下関に集結した時代だったから、色々なカマが登場し目が離せなかった。現在このポイントは、ホーム先端にある陸橋の足場の位置が移動し、また線路端にロープが張られているようで、同じような角度では撮影出来なくなってしまったことが残念。

掲載写真は、ゴハチ晩年の頃ではなく、番号を意識し始めた頃の荷33列車。編成だけ見ても、貨車のようなスニ系は少なく、シルヘッダーの付いた旧型客車が並んでいて時代を感じてしまう。浜松区には、ゴハチのトップナンバーを含んだ初期車が連番で配置されていたので、気が抜けなかった思い出が甦る。

1978-10-18  荷33ㇾ  EF585      東海道本線:新子安にて

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黄昏の浜川崎

2018-05-26 22:00:00 | 鉄道写真(EC)

日が延びると行きたくなる浜川崎界隈。

特に梅雨前の今の時期は、空気が澄んで美しい夕日を拝むことができる。それは普段の光景が別世界に変わり、ファインダーの中が真っ赤に染まるスペシャルな時間帯。複雑に絡んだレールも、まさに浜川を主張して、思わず線路に向かい想いを馳せる。そんな時、いつもと変わらぬ電車が通り過ぎていった。

2018-05         東海道貨物線:浜川崎付近にて

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