アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

急行「八甲田」~EF65PF時代

2018-10-05 18:00:00 | 国鉄時代(カラー)

今日は友人とEF65PFの話に花が咲いた。旅客列車や貨物列車と、あらゆる列車に対応しうる万能機関車EF651000番台。EF58を追いやった張本人には間違いないが、やはりその使い勝手の良さ、優秀な性能が、今日まで活躍している由縁なのだろう。旅客会社のEF65は、ますます所帯が狭まりつつあるが、貨物会社所属機は、まだまだ現役。これからの活躍にも期待していきたい。

急行列車つながりで、EF65PFの急行「八甲田」を掲載。当時は黒磯からEF58に代わってEF65PFけん引になり上野を目指していた。アントンKとしては、初期ロットの通風孔付きのEF65PFが好みだが、ここでは、すまし顔の二次型EF651041号機けん引。編成も、末期の「八甲田」編成だから、寝台客車は省略され12系に統一、魅力は半減したが、機関車次位に貨車みたいなスニ41が連結され、唯一定期急行の姿として認知できる。

この時は、そんな編成は無視して機関車を大きく撮影。新しく手に入れたレンズMF Nikkor  135mm F2Sを試したくて、仕上がりをワクワクしながら待った思い出がある。F3のモードラを殺して、シングル一発で仕留める緊張感。今や懐かしくもある。

1984-12-30     102ㇾ  EF651041     急行「八甲田」  東北本線:氏家-蒲須坂

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日本海をバックに~EF58

2018-10-03 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)

関東人にとっては、EF58を海バックでと考えると、当然ながら東海道線沿線でカメラを構え、綺麗な太平洋の海をバックに撮影することがごく一般的だろう。小田原以西は現在でも海をバックに撮影が可能な有名撮影地が点在している。逆に言うと、日本海側で海をバックに撮影することは、ある意味昔から憧れであり、先人の写真を見てはため息をついていたものだ。EF58をどうしても日本海側の信越本線で撮影したくて、海をバックで撮影できる鯨波に行きたかった。今回はその願いが叶い、初めて訪れた時の画像を掲載してみる。

友人と二人、長岡行きの115系に乗り込み、夜明かししながら新潟ローカルの70系電車に乗り換えて鯨波の地に降り立ったのだ。全ての列車が、アントンKには珍しく思え新鮮に映った。長岡のEF58も、上越線で見る時とは違った表情を見せ、どこか厳しい表情に映る。寒冷地仕様であるゴハチが妙にマッチし納得してしまったことを思い出す。どんなに美しくても、大窓機がここを走ったら違和感を覚えるのだろう。

荷物列車のつながりで、信越本線海線を行くEF58けん引荷物列車。地味だが、当時は普通客車列車とともに、無くてはならない列車だった。この角度からゴハチを見ると、とてもスマートでスタイル抜群ではないか。PS14のデカいパンタグラフが溜まらない。やはり今のシングルパンタではしっくりこない。

1978-05-21  荷4047ㇾ  EF5851         信越本線:青海川-鯨波

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ついに始まった貨物列車迂回輸送

2018-09-03 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)

7月に発生した西日本豪雨の影響により、いまだに山陽本線が寸断されたままとなっており、いよいよ物流輸送に多大なる影響が出ているようだ。復旧を急ぐとともに、ついに不通区間を迂回するルートにて貨物輸送が開始されたようで、SNS等が賑わっている。

2か所にも及ぶ不通区間を、伯備線~山陰線~山口線と迂回し貨物列車が上下1往復運転されだしたようで、連日ファンの波が押し寄せていると聞く。風光明媚な区間が数多く点在し、撮影ポイントにも事欠かないはずだろうが、アントンKは相変わらず今一つ足が向かない。かつての有珠山噴火の際のブルトレ迂回に始まり、東日本大震災における石油輸送には、一度も足を向けなかったのだ。写真を記録として捉えるのなら、是非撮影に出向きカメラを向けるべきなのだろう。が、どうしてもその気持ちになれずにいる、心の弱いアントンKなのであった。1日も早い復旧、復興を願い、無事に迂回運転も達成できればと、遠くから祈ることにしたい。

迂回貨物列車には、DD51が集められたというので、伯備線を行くDD51の貨物列車を掲載しておく。もちろん国鉄時代の古い写真。当時はEF64ではなく、DD51がけん引に当たっていた。

1984-10-06          DD511024     伯備線:備中川面付近

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カナキクの大カーブをいくEF58

2018-07-13 16:00:00 | 国鉄時代(カラー)

東海道本線の撮影地の中で、5本の指に入るであろう撮影地、金谷-菊川の大カーブ。関東在住のアントンKにとっては、どうしても小田原界隈の数多いポイントに出向くことが多く、今回の静岡県まで行くことは当時限られていたと思う。特別というか、憧れというか、自分にとっては滅多に来れない撮影地と感じていた。

何といっても、このポイントでの最大のターゲットは、東京を目指す夜行列車達だったから、未明に自宅を出発し、ひたすら西に向かい、まだ明けやらぬ茶畑に着いてから右往左往してポイントを探したのも遠い思い出となった。

今回はブルートレインではなく、ゴハチ繋がりでEF58の荷物列車を掲載してみる。ゴハチ末期のこの時代、下関に集結したEF58が定期の荷物列車で最後の活躍をするシーン。末期の荷物列車は編成が短くなり、スニ40系が主体になってしまったため、貨車と見間違えそうで、あまり好きではなかった。この丘からのポイントも、この編成ならきれいに弧を描けず不適だったと思い返している。木製ポールが続き現在とは見違えてしまうほどだが、この雄大な線形だけは今も変わらない。

1984-02-19    荷31ㇾ  EF58146    東海道本線:金谷-菊川

 

 

 

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EF58~上越スキー臨での活躍

2018-07-12 19:00:00 | 国鉄時代(カラー)

上越線内でEF58を狙う場合、まず群馬県側で下り列車を狙ってから、谷川を越える撮影パターンをよくやっていた。下り列車は、いわゆる送り込み回送列車で、EF16の補機は付かないものの、当日日帰りする場合は、移動するのに何かと都合が良かったのだ。もちろん撮影のメインは、上越国境でEF16とEF58 の重連で走るスキー臨だったが、その前座と言っては今となっては贅沢な話になる。

掲載写真は、高崎から12系を引き連れてスキーヤーを迎えていくEF58133号機。高崎第二機関区所属。前日に付いたであろう雪化粧がそのまま残っている。長岡区のEF58を含めても、同じような形態だった北のEF58だが、やはりこう見ると雪化粧が最も似合うゴハチだった。

1982-02-07  回9723ㇾ  EF58133      上越線:津久田-岩本

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