アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・写真を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

やはり「北斗星」はEF510なのか・・!

2018-08-14 17:00:00 | 鉄道写真(EL)

今回は、同じ「北斗星」でも晩年に撮影したものを掲載。

当初はEF81で運転されていたブルトレ「北斗星」も、2010年になって後継機関車の噂が出だし、それまで日本海側で活躍していたEF510が500番台を名乗って出現した。この時点では、まさかこの先数年で、列車自体が廃止されるなんて夢に思わず、新たな時代を感じていたものだが、無情にも廃止が発表され度肝を抜かされたのだった。今にして思えば、新製されたEF510は、JR貨物への譲渡が最初から決まっていたようで、何とも切ない気持ちになってしまう。晴れ舞台から降ろされた機関車たちではあるが、現在でもEF81に代わり、地道に貨物列車けん引に精を出していることだろう。また違った魅力を探しに会いに行きたいと思っている。

冬晴れの関東に戻ってきたEF510-504「北斗星」。アントンKお気に入りのこの角度、この機関車をベターに見せる角度に思うが如何なものか?日の出前の雪と寒さとの死闘がうかがえる前面。実際最後部のカニ24は雪だるまだった。

 

2013-01-06      2ㇾ  EF510-504  北斗星   JR東日本/東北本線

 

コメント

JRのブルートレイン「北斗星」

2018-08-12 17:00:00 | 鉄道写真(EL)

今回から整理も兼ねて列車名別に並べていきたい。まずは「北斗星」。

国鉄がJRになってから生まれた寝台特急「北斗星」は、青函トンネル開通によって走り始めたといってよい。それまでの青森行き夜行から青函連絡船というルートが直通に変わったことで、当時は随分と画期的に思えたものだ。ブルトレ「北斗星」自体も当初から3往復体制の強気と思われるダイヤだったが、これには時代背景が多分に絡んでいると読み取れる。こうして昨今の不景気にじっと耐え、身に染みたからこそ、当時の事が鮮明に蘇るというものだ。

アントンKも「北斗星」の撮影画像はそこそこ集まったが、個々に画像を見返して不満や落胆の念にかられるのはいつものこと。その時のベストで臨んでいることは間違えないが、こればかりは切りが無く今後もエンドレスで続く気持ちなのだろう。どうしても自分の好みの撮影ポイントでの画像が多くなるが、やはり上野~札幌の区間で、色々なカットを目指すべきだった。何をどう撮るか、と基本姿勢に立ち返ると、それを打ち崩すまでの心の余裕が生まれていなかったのだ。

掲載写真は、運転開始当初の「北斗星」。汚い画像でお恥ずかしいが、まだ専用塗装(星ガマ)ではなく、今でいう原色がけん引している。初期の頃、「あさかぜ」と並んで、ディナーにフルコースを味わえるような豪華列車だったことも思い出した。

1988-11-16 6004ㇾ  EF8194 北斗星4号 JR東日本/東北本線:蒲須坂付近

 

コメント

EF66 ブルトレの軌跡

2018-08-11 20:00:00 | 鉄道写真(EL)

ブルトレも3回目はEF66けん引の画像で締めくくりたい。

あえて似た画像を並べてみたが、こうしてみると貨物機でありながら、特急寝台の先頭に立っても様になっている。いやむしろ他形式より格調高く見えてしまうのはアントンKだけだろうか。長い間見慣れてしまったことも要因だろうが、長い24系25形を牽く姿は、ロクロクとしてもベストの被写体に思えてくる。ここ真鶴も、今では随分ファンが集まると聞いているが、当時はすっきりと列車を捕らえることができ、現状のような街中の雰囲気はなかった。

1990-01-25   8ㇾ  EF6655  富士   JR東日本/東海道本線:真鶴付近

コメント

ED75 ブルトレの軌跡

2018-08-10 19:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

 

JR化目前の85年、九州内のブルトレにヘッドマークが復活、翌86年になり全国のブルトレけん引の機関車にヘッドマークが復活した。常にヘッドマークが装着されていた東海道スジに加えて、装着区間が全国に広がり、当時のアントンKは嬉しい悲鳴を上げていた。それまでに一応全国でブルトレ撮影は終えていたが、ここへきて全て撮り直し、振出しに戻ったのだ。あれから30数年の時間が経ち、残された画像を振り返ってみると、今さらではあるが、色々心に引っかかることも数多く未熟さを悔いている。まあ今後も同じことの繰り返しなのだろう。身の丈にあった趣味活動で精進したい。

今回はED75のブルトレということで、特急「ゆうづる」を掲載。北東北には他にも「あけぼの」や「日本海」がED75けん引で走っていたが、一番の存在感があったのは何と言っても「ゆうづる」だろう。多客臨による機関車回送を兼ねたED75重連「ゆうづる」を狙いによくみちのくを目指したことは今や懐かしい思い出となった。当時はまだブルトレに関してはEF81を寄せ付けず、奥羽線でもしっかりED75700番台がブルトレを牽いていたが、アントンKの好みでは、後期型の700番台より、やはり特急けん引用1000番台の方が相応しく思えてしまう。ただしED75「ゆうづる」は天気に恵まれなかったことが多く、よってカラーのカットが少なく残念。この日も天気予報に反して、今にも泣きだしそうな天候の中の撮影となってしまった。

1986-08-20    5ㇾ ED751018  ゆうづる5号  東北本線:小繋-小鳥谷

コメント

EF65PFブルトレの軌跡

2018-08-09 17:00:00 | 鉄道写真(EL)

東海道本線からブルートレインが廃止されてもうすぐ10年の歳月が流れる。(2009年3月廃止)恐ろしいほどに、時間の経過が早いのだが、改めて東海道ブルトレの歴史を振り返ってみると、機関車は、EF66けん引時代が一番長いことになる。(約22年間)アントンKが憧れて最初にカメラを向けたEF65P型は13年、自分が撮影に切磋琢磨した時代は65PFで、九州ブルトレとしては7年間と一番短かった。もともと特急貨物用で製造されたEF66が一番長くブルトレの先頭に立った訳だが、その間の国鉄が解体や、社会生活の変化が、結果として多大な影響を与えたのかもしれない。

一番撮影機会が多かったのは、やはりEF66けん引時代だろうが、色々な思い出が多いのはEF65PFの方だ。機材もそのほとんどがフィルム時代とダブり失敗も多かった。日進月歩とともに列車自体が衰退してしまったなんて何とも皮肉なものだ。

掲載写真は、夏場によく通った新子安で撮影した特急「瀬戸」。九州ブルトレがEF66に代わっても、「瀬戸」や「出雲」は廃止になるまでEF65PFけん引を保った。

1998-05-31   10ㇾ  瀬戸 EF651110    JR東日本/東海道本線:新子安付近

 

 

コメント