アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

米原機関区撮影会にて

2019-03-20 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

機関車の撮影会と言えば、昨年久々に姿を現したEF5861の禁断の撮影会が思い出される。もっともこれは、夏休みのイベントとして大井工場が行った純粋なものではないが、アントンKも久しぶりにこの手のイベントに参加して、そのファンの多さ、年齢層の広さに驚いた。

アントンKも、長年鉄道写真は撮影してきたが、機関区内での撮影はほとんどしてこなかった。撮影してきた大部分が、走行写真と呼ばれる分野になり、動いている列車を写しとめるといったもの。これが基本だった。もちろん国鉄時代には、機関区内で許可をもらい至近距離での機関車の撮影を楽しんだこともあるが、撮影の醍醐味や緊張感は、走行写真の比ではなかった。しかし現在のような、秒単位でカメラを構えてせわしなく撮影する撮影ではなく、もっと納得するまでわがままが言えるような、良き時代だった気がしている。

今回は、米原機関区で行われた撮影会の中から1枚掲載。九州のブルートレイン撮影旅行の往き返りに山口線へ立ち寄り、最後帰京の前に米原の撮影会に顔を出した時のもの。すでにこの時、荷物列車からはEF58は消滅しており、それまで活躍をしていたゴハチが集められ、最後の晴れ姿を我々に披露したのだ。生粋の米原機36号機、そして御召仕様?の74号機の並びを載せておく。

1984-08-04   EF5836  EF5874      米原機関区にて

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現実逃避の一瞬を求めて・・

2019-03-19 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

古い画像を並べては、その当時の想いを忘れないうちに書き留めておく事が続き、何だか自分のための備忘録のようになってきた。世の中も大きく変わり、趣味の考え方も多種多様となり、ネット環境でのブログという物の使い方も人それぞれだ。アントンKもこの先どのくらい継続できるのか、よくわからないでいるが、今はこんなスタイルで書き進めればと思っている。演奏会でも、直近のレビューのみならず、過去の思い出の演奏会や、お気に入りのレコードなども書き残していけたらと考えている。将来自分自身で読み返して、その時また新たな発見があるようなものを書きたいが、駄文の羅列に呆れてしまうだろうか・・・

社会人になり数年も経つと、すっかり時間の使い方にも余裕が生まれ、仕事の合間にチョコチョコっと撮影する時間を持つことができた昭和時代。そういった意味では、当時は恵まれていたかもしれない。仕事で毎日のように出入りしていた横浜守屋地区。ここの近くには、今でいう高島貨物線が通っていて、新興駅という貨物駅があった。当時アントンKは、この新興駅をほぼ毎日のように横目で見ながら職場へ向かっていた。必要以上に大きなカバンを涼しい顔をして持ち歩き、必要とあれば、コソッとカメラを構える。スーツにネクタイ姿だが、そんなことはお構いなし!最寄り駅は、新子安駅ということもあり、お昼休みには、荷33ㇾと場合により8111ㇾの2本のゴハチを仕留めて、満足して戻る至福の時間が持てたのだった。当時世間では、この2本の列車のことを「昼のプレゼント」と言っていたが、好みの機番が現れればウハウハで、その日一日がハッピーデーに変わった単純な自分。とても懐かしく思い出される。そんな時代だが、ある時、高島貨物線にゴハチが通ったことがある。その時の写真を掲載してみたい。記録帳には「ミステリー鉄道記念日号」と記述があるが、EF5861が旗を左右に掲げてゆっくり現れ、度肝抜かれたことは昨日のことのようだ。この時、撮影ポイントもままならず、入れ替え中のDE10に邪魔される形で、思うように撮影できなかったのだ。憎きデーテンが行きかう中だから、よく考えればなんてことないはずだが、そんな悔しい想いが今も湧き出る画像を戒めの意味で載せておく。30年以上前の痛恨の1枚だ。

1986-10-14   EF65861 ミステリー鉄道記念日号  高島貨物線:新興駅付近

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ついに引退!189系電車

2019-03-17 20:00:00 | 鉄道写真(EC)

このダイヤ改正を境に引退した車輛の一つに189系特急型電車がある。1980年代前半、老朽化した181系電車の後継として生まれた183系1000番台。その派生形式として誕生したのが189系だった。183系が上越線の「とき」なら、この189系はもちろん碓氷峠を越える特急「あさま」用だった。アントンKは、その衰退と誕生をリアルタイムで目撃した年代でもあることから、183系や189系というと思い出もそれなりに多い。

もちろん碓氷線が廃止されてから、もう20年以上も経ってしまったから、昨今の189系といってもあまり食指は動かなかったことも事実で、6両編成に短縮され、短区間をコトコトと走る姿にはかつての栄光を感じることはできなかったのだ。豊田電車区に配置されていた189系が消滅し、そして最後の一編成である長野の189系が今回引退、いよいよ国鉄型特急電車の消滅が現実味を帯びてきてしまった。せめて最後のお別れに出向きたいと思うが、果たして叶うのだろうか・・

掲載写真は、晩年の信越特急「あさま」。横川まで峠を下り、いよいよフルノッチで加速していく怒涛の雄姿。気合を入れてバケペン一発勝負で挑んだ1枚。

1994-10-15  3010M  特急「あさま」  JR東日本/信越本線:西松井田付近

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「うっ!喰われるっ!」~電機の離合

2019-03-16 20:00:00 | 国鉄時代(モノクロ)

ダイヤ改正日を迎え、また新たな1年が始まった。今の時代、事前に色々な情報が飛び交い、必要以上にドギマギしてしまうが、果たして実際どのようになったのか楽しみでもある。今までにない新たなシーンが生まれている可能性もあり、そんな事を仲間同士で妄想するのも楽しい時間なのだ。これからの数か月、アントンKも楽しみたいと思っている。

今のダイヤでは、機関車同士の離合は中々見られなくなった。旅客は電車が基本の時代で、客車列車は無いに等しいから、離合を狙うとするならば、かなりの難易度となってしまうだろう。もっとも離合は、いわゆる「カブリ」であり、撮影者にとって避けたい事だろうから、これをあえて狙うファンは稀だろうか。アントンKも、進んで離合シーンを狙ったことは無かったが、撮りたい被写体が枯渇してきた現在、ファインダー内に多種多様な列車達が寄り添っているシーンにも憧れが沸いてきた。そんなシーンも今度の新たな課題にして撮影していきたい。

ご存知、米神のカーブで急行「銀河」を狙っていると、後ろからEF60牽引の貨物列車がファインダーに飛び込んできたシーン。アントンKにとってゴハチが、宮原区でもワースト3に入る55号機だったからか、全く撮影したことも記憶になかったが、今こうして振り返ると、こういった機関車の離合も良き思い出にと変わってしまう。古き良き華やかりし時代の東海道線を感じられるではないか。

1979-09-20     104ㇾ  EF5855 急行「銀河」 東海道本線:根府川-早川

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御召電車157系の魅力

2019-03-15 20:00:00 | 国鉄時代(カラー)

EF57を狙いに東北線に繰り出した時、偶然にも御召列車に出くわしたことが何度かあった。アントンKは、当時157系電車は好んで撮影しており、東海道線の特急「あまぎ」、そして吾妻線の特急「白根」には注目していたものの、いきなりやってきた御召電車には驚きを隠せなかった。

クモハ157のマーク無しに遭遇したのも、この時が初めて。何とも間の抜けたお顔立ちに思えて、あまりの印象の違いにびっくりした。菊のご紋の付いたクロ157は、編成の中央に連結されているが、一号編成のような輝きは感じなかったように思う。せめて前面に日の丸を掲揚していれば、随分とイメージも変わったのだろう。後年の御召列車のことを考えれば地味に思えるのだ。

157系引退後、電車の御召列車は、183系、185系、そして現代のE655系へと様変わりしていくことになるが、そう考えると、初代157系の御召電車が一番厳かに思える。

掲載写真は、元荒川橋梁をいく157系御召列車。あくまでもゴーナナ撮影の次いでの収穫であり、当時あまり感激も出来なかったのが正直なところ。まだ駆け出しのアントンKにはこんなところだろうか・・

1976-08-13     御召列車 Mc157-1    東北本線:蓮田-白岡

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