いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
それに周辺の話題。
時折、プライベートも少々。

カケス婆っぱ (21)

2009-02-07 07:26:51 | Weblog
 行商人や地方からの客を扱う旅館らしく、床の間には旅館案内とともに上野駅発着の列車時刻表が置かれてあったので手にした。
「十一時二十八分発の仙台行きに乗ると四時過ぎには平駅に着くから、それに乗るといいんじゃないけ」
「んだな、その汽車で行くことにすっぺ」
 一息入れてからキクは答えた。
 二人は共に相手の健康を気遣ったが、和起はキクの一人暮らしに関しては殊のほか心配をした。
 いつまでも一人にしておく訳にもいかず、思案したいるところだが今の自分にはどうすることもできない無力さを嘆いた。
 田舎の様子や出来事をキクから面白おかしく聞かされて、しばらくは盛り上がったがいつの間にか会話も少なくなり途切れてくるようになると、キクも和起も心地よい疲労感に包まれて深い眠りに入っていった。
 部屋と外界を遮断する窓の曇り硝子にネオンの灯が万華鏡のように色鮮やかに変化して都会の不夜城を見せ付けていた。

      *
 旅館客が廊下を歩く足音にキクは目を覚ました。
 建物の隙間を掻き分けるようにして朝の青白い光が窓の側まで届いている。
 和起が目を擦りながら、キクが先に起きていることに気付いて胸元に掛かっている蒲団をたくし上げた。
「久し振りに婆ちゃんと寝たので夜中に目が覚めた時には、ここが鹿島のような心地になって凄く田舎が懐かしくなったよ。きっと夕べ寝る前に婆ちゃんから色々と田舎の話を聞いたからだね」
 和起が敷き布団に胡坐をかきながら言った。
 キクがキセルに刻み煙草を詰めながら微笑んだが無言だった。
「汽車の時間までに上野の公園でも歩いてみっけ?」
「昨日の今頃は和起に逢えるということで浮かれていたのに、今日はもう帰る日だなんて呆気ない時間だったな。でも婆ちゃんは、まるで竜宮城にでも来たような錯覚を起こすほど貴重な体験をさせてもらったよ。和起の仕事ぶりも見たし、美味いものもご馳走になった。あとは真面目に仕事を続けて立派な板前になることを遠い田舎で毎日祈っているからな」
 キクは身支度をしながら和起に面と向かって言った。
 和起はジッと聞きながらキクの話し方や仕種に年老いていく祖母を実感した。身体が一回り小さくなったような気がするし、以前に比べて持ち前の明るさと闊達なところが余り見られなくなってきたからだ。
「婆ちゃんはたった一日だけど慣れない東京でバタバタと過ごしたから疲れたんじゃないけ。顔色があまり良くないようだから」
 和起は皺しだの深いキクを見上げた。
 キクは和起の問いに一瞬、躊躇したようだったが直ぐに笑顔になって
「その点は大丈夫だ。心配は要らねえ」
 言葉を返して元気なところを強調してみせた。 《続く》
コメント
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