アジアと小松

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小松基地問題研究会

「対テロ戦争」について         

2015年10月19日 | 軍事問題(小松基地など)
 「対テロ戦争」について

 マスメディアには「テロ」という言葉が氾濫し、「テロ=悪」「テロ擁護=非国民」のイメージが現代社会に定着し、「対テロ戦争=正義」として、侵略戦争を正当化する重要なタームとなっている。アメリカは「イラク、イラン、北朝鮮は大量破壊兵器を保有するテロ支援国家、悪の枢軸」として、戦争をしかけてきた。商業新聞やマスコミも唱和してきた。私たちまでもが「反テロ戦争」という帝国主義者の言葉を安易に使っていいのだろうか。

 戦争の性格を挙げると、独立戦争、革命戦争、民族解放戦争、レジスタンス、テロリズム(赤色テロル、白色テロル)、内戦、領土紛争、国境紛争、民族間紛争、人種間紛争、宗教紛争、侵略戦争、帝国主義国家間戦争、帝国主義とスターリン主義の国家間戦争がすぐに思い浮かぶ。これらに「対テロ戦争」を加えることが妥当かどうか、検討の必要があるのではないか。

 歴史上、社会にたいする抵抗や反発から、さまざまな性格のテロリズムが発生してきたが、その内容・性格を厳密に語る必要がある。帝国主義者は中東や北アフリカでの侵略戦争を「対テロ」「対テロ戦争」と呼んでいる。かつて「反ファシズム」の旗を掲げた米英の戦争や「西洋からアジアの解放」「聖戦」を掲げた日本の戦争があり、これと同様、「対テロ戦争」という呼び方は自国の戦争を正義の戦争として押し出すための偽装である。

 具体的に言えば、アフガニスタン戦争やイラク戦争を「対テロ戦争」と呼んでいるが、私は違和感を感じる。なぜなら、アフガニスタン戦争とはアルカーイダの引き渡しに応じなかったタリバーン政権にたいし、アメリカ(有志連合諸国)が北部同盟を前面に立てておこなった侵略戦争である。イラク戦争は「大量破壊兵器の保有」を口実に、イラク・フセイン政権を打倒した侵略戦争である。イスラム国にたいする戦争も同様であり、「対テロ戦争」は建て前であり、本質は侵略戦争である。

 帝国主義者は「テロ=悪」を絶対的基準にして、これらの「テロリズム」を反社会的行動として、一律に撲滅しようとしている。「反テロ戦争」という用語はあくまでも帝国主義による侵略戦争の言い換えであり、侵略戦争の本質を曖昧にし、侵略性を押し隠すために使われている。アメリカや多国籍軍が中東や北アフリカでおこなっている戦争を「侵略戦争」と明確に呼ぶべきである。

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