相性ってありますよね。ウマがあうとか、ソリがあわないとか様々ですが、こればっかりは当人同士にしか分からないものがあって、第三者からすると、へぇ~、というものが少なくありません。
今日はそんな1枚を――
■Green Dolphin Street / Bill Evans (Riverside)
ジャズの偉人のひとりである、白人ピアニストのビル・エバンスは、生涯に夥しい録音を残していますが、リアルタイムでは公にならなかったもののほうが多いと思われます。
この作品もその中のひとつで、1959年と1962年のセッション音源を使用していますが、公式に発売されたのは1977年になってからでした。それも製作会社のリバーサイドが倒産し、その音源の権利が別レーベルに移ってからオマケ付き2枚組として再発された「エブリバディ・ディグズ」という名盤の、そのオマケ部分だったのです。
それをリバーサイド・レーベル全盛期を想起させるジャケットをつけ、日本先行で単体発売したのが、このアルバムです。
メンバーは、まず1959年のセッションがビル・エバンス(p)、ボール・チェンバース(b)、そしてフィリー・ジョー・ジョーンズ(ds) というピアノ・トリオ♪ そして1962年のセッションはズート・シムズ(ts)、ビル・エバンス(p)、ジム・ホール(g)、ロン・カーター(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds) というワン・ホーン編成になっています――
A-1 You And The Night And The Music / あなたと夜と音楽と (1959年1月19日録音)
このバージョンは後年、テレビCMに使われたほど魅力のある演奏で、それは素敵なテーマ・メロディとビル・エバンスの知的な解釈がポイントだと思います。
実はこの日、同トリオはチェット・ベイカー(tp) のリーダー・セッションにも参加して、同じ曲を演奏しています。それは「チェット (Riverside)」というアルバムに収められていますが、録音の後先も含めて、なかなか興味深いものがあります。
ここでの演奏はフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムスをイントロにして、ビル・エバンスがブロック・コードで魅惑のテーマを提示、その背後ではポール・チェンバースの要所を締めたベースとフィリー・ジョー・ジョーンズのブラシが気持ちの良いをサポート聴かせています。
そしてアドリブ・パートでは随所にエバンス節が出るわ、出るわの嬉しさ♪ しかし厳しいことを言うと、それだけです。後年の完成された演奏に比較すると、まだまだです。いまだハードバップを拭いきれずに意識してしまったような瞬間があり、それはドラムスとベースが当時バリバリの黒人ハードパップの立役者だった所為かもしれません。
ちなみにこの3人は、この頃にマイルス・デイビスのバンドで邂逅とすれ違いを演じていたわけですから、尚一層、興味深く聴けるのでした。
また愕いたことに、普段はかなり喧しいフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムスが、ここではその対極にあると思われる知性派白人ピアニスト=ビル・エバンスのスタイルと相性がバッチリという点、そこに尽きる演奏です。
A-2 My Heart Stood Still (1959年1月19日録音)
モダンジャズ創生に大きな役割を果した天才黒人ピアニストのバド・パウエルが愛奏してから、ピアノ・トリオの定番になったスタンダード曲です。
ここでのビル・エバンスはアップテンポの設定の中、快調に自己主張していきますが、かなり思い切った前衛的なフレーズも織り込んでいます。そしてそれを煽るベースとドラムスも戸惑うことなく余裕のサポート♪ 終盤にはフィリー・ジョー・ジョーンズのドラム・ソロ、さらにはビル・エバンスとの丁々発止もあって、楽しい仕上がりになっています。
A-3 Green Dolphin Street (1959年1月19日録音)
ビル・エバンスの演奏としては、このセッションに先立つ1958年5月26日のマイルス・デイビスとのセッションにおける名演があまりにも印象的なので、ここでも期待してしまいます。
ちょうどテンポも同じくらいですし、最初っからブロック・コード弾きで思わせぶりな展開を聴かせるあたりは、なかなかです。それは甘いばかりではなく、かなり過激で抽象的な表現も含まれており、厳しさも充分なので、硬派なファンも満足させられるはずなのですが、やはり先のマイルス・デイビスとの演奏があるので……。
またポール・チェンバースに覇気と緊張感が不足気味……。ただし、ここでのフィリー・ジョー・ジョーンズのブラシの気持ち良さは唯一無二です♪
B-1 How Am I To Know ? (1959年1月19日録音)
フィリー・ジョー・ジョーンズがマイルス・デイビスのバンドで1955年に録音したこともあるスタンダード曲です。
ここでは、その所為もあってか、フィリー・ジョー・ジョーンズが全篇に絶好調のドラムスを聴かせています。ビル・エバンスも独自のスタイルが明確になっており、当に上昇期の勢い! このアルバムの中で一番良い演奏は、これだと思います。
B-2 Woody 'n' You / take-1 (1959年1月19日録音)
ビバップ時代からの定番ジャズ曲なので、ビル・エバンスもバド・パウエルからの影響を意識せずには演奏不可というところでしょうか、何となくミスマッチの焦りが感じられます。
しかしそれを救うのがフィリー・ジョー・ジョーンズのグッド・オールド・エモーションに満ちたドラムスです。まあ、得意中の得意という演奏パターンなので、当たり前の余裕なんでしょうが、それにしても快適なリズムは心地良い限りです。
そして演奏が進むにつれ、自己を取り戻していくビル・エバンスが本当に憎めないのです♪
B-3 Woody 'n' You / take-2 (1959年1月19日録音)
さらに続けて、ここではそのテイク2が聴かれますが、こちらは最初っからビル・エバンスが飛ばします。そこには荒っぽいところもあって、後にエバンス派と称されるスタイルからは邪道な雰囲気さえ感じられますが、躍動的なベースとドラムスの黒人ノリのリズムの中では正解だと思います。
そして、この2つのテイクのどちらが良いか、あるいは好きか? そういう自問自答も楽しい演奏になっているのでした。
B-4 Loose Bloose (1962年8月21日録音)
この曲だけが1962年のセッションで、ズート・シムズ入りのワンホーン演奏です。
テーマはビル・エバンス作曲による屈折したブルースという雰囲気ですが、アドリブパートではジム・ホールもズート・シムズも本領発揮のソフトバップを披露してくれます。もちろんビル・エバンスは完全に自分だけのスタイルを確立した後の演奏なので、短いながらも完璧なアドリブソロを展開するのです♪
ちなみに、この録音の1ヵ月前にはビル・エバンスの名盤のひとつ「インタープレー (Riverside)」が、やはりジム・ホールとフィリー・ジョー・ジョーンズを含んだセッションで製作されており、この演奏とは兄弟関係にあることが明らかです。機会があれば、そちらもぜひっ! 名演ですよ。
もちろんこの曲も落ち着いた凄さが満喫出来て、私は好きです。
ということで、一般的なイメージは奔放な叩き過ぎドラムスのフィリー・ジョー・ジョーンズと知的なノリに奥深いハーモニー感覚がウリのビル・エバンスでは、ちょっと水と油? というのが先入観念だと思われますが、ところがどっこい、この2人の相性は意外にもピッタリ! この後も度々共演しては名演を残していくのです。
こういう意想外の結果が楽しめるのもジャズの素敵なところですね♪