ハードボイルドの魅力は優しさと硬派な部分のバランスの良さでしょうか? 自分もそうなりたいと願いつつ、これがなかなか難しく、下心があると下手をうつばかり……。
そこで本日の1枚は、それが絶妙なこの人のアルバムを――
■Landscape / Kenny Barron (Baystate)
ジャズ喫茶の人気者、それは硬派が第一条件です。
ジャズそのものには、1960年代からのジャズロックやソウルジャズ、1970年代に入ってはクロスオーバー&フュージョンと、常にコマーシャルな方向性を求めた変化がつきまとって来たのですが、本来ジャズは快楽的な悪魔の音楽という捕らえ方をされていたわけですから、イチイチ憤慨してもいられないはずなのですが……。
しかし、ジャズ喫茶という独自の文化を持つ日本では、そうではありません。昭和40年代に入り全く一般的な人気を失ったジャズを聴くことは、優越感に直結するものであり、またメジャーではないけれども凄い! というのはジャズこそ、現状に満足出来ず、また真っ当に評価されていない自らを投影して、尚且つ、心の拠所にするに足るものに変質していったのです。
と、まあ、ノッケから大上段に構えた理屈をタレてしまいましたが、実際、軟弱な商業主義に走ったジャズほど軽蔑されるものは無いというのが、ジャズ喫茶全盛期における、ある種の掟でした。
そんな暗~い場所で、1970年代からジンワリと人気を得てきたのが、本日の主役=ケニー・バロンという黒人ピアニストです。そしてこのアルバムこそ、それを決定的にした人気盤なのです。
録音は1984年10月5日、メンバーはケニー・バロン(p)、セシル・マクビー(b)、アル・フォスター(ds) という剛球勝負の黒人トリオです。しかもジャケ写から推察されるとおり、これは日本製作のアルバムで、何となく同じ会社の手によって同時代にヒットさせられたケニー・ドリュー(p) の一連の軟弱作品と共通する雰囲気が漂うのですが、ところがどっこい、それが極めて異なっています。もちろん演目もベタに日本人向けになっているのですから、ますます痛快です――
A-1 Hush-A-Bye
ジョニー・グリフィン(ts) が十八番にしている哀愁の子守唄で、原曲はユダヤ民謡らしいですが、これは日本人ジャズファンも大好きでしょう。こういう曲を演奏させてアルバムの初っ端に飾るという、まあ、あざといプロデュースなんですが、しかしケニー・バロンは硬派な期待を裏切っていません。
完全なピアノソロによる幻想的なイントロから自然体でベースとドラムスを従え、魅惑のテーマが快調に演奏されるのですから、聴き手はすんなりとその世界に惹き込まれていきます。しかもトリオには媚を売る姿勢がありません。泣きのメロディを処理しても、あくまで硬派を貫いているのでした。
A-2 Spring Is Here
ビル・エバンス(p) あたりの白人ピアニストが得意としているスタンダード曲を、このトリオはちょっと突き放したような解釈で聞かせます。
まずリズムがボサ・ビートなのかロックなのか、あるいは変則4ビートなのか定かではないのですが、ビートの芯だけはクッキリとしているので聴き応えがあります。そして原曲メロディが最初から爽やかに変奏されているので、ある種のもどかしさがあるのですが、それが逆に妙な心地良さという演奏です。
そしてクライマックスへ向けて絡み合い、盛り上げていくトリオの緊張感がたまりません。
A-3 荒城の月
あまりにも有名な我国のスタンダードを演じてしまうところに、何となく嫌味を感じてしまうのですが、けっこうハードな解釈にジャズ者は大喜びというところでしょうか。アル・フォスターの刺激性の強いドラムス、セシル・マクビーの粘液質のベースに煽られながら、ケニー・バロンはジワジワと山場を作っていきます。
この人のスタイルはセロニアス・モンク(p) になったりマッコイ・タイナー(p) になったり、あるいはビル・エバンス(p) 丸出しになったりして、ある種、節操がないのですが、ここではそのあたりを上手く個性に繋げているようです。特に終盤、打楽器奏法でアル・フォスターと渡り合うところは、本当にエキサイトしています。
B-1 リンゴ追分
あぁ、またしても日本歌謡曲のスタンダードがっ! とは言え、実はこの曲はモード解釈が可能なので、エルビン・ジョーンズ(ds) あたりのコルトレーン・モード派のバンドが密かに演目にしているのです。
ここではそのモード全開の高密度な演奏が展開され、テーマ部分からミディアムテンポによるトリオ3者の思わせぶりが最高です。あぁ、この蠢くグルーヴと力強さが、ジャズの魅力です。明確なアドリブというよりも変奏に集中するケニー・バロンが憎めません。
B-2 Calypso
ケニー・バロンはネクラのようにみえて、意外にもこういう楽しいラテン物が得意のようです。またアル・フォスターとセシル・マクビーも同様で、トリオの活き活きとした表情が楽しめます。もちろんジャズ魂は失っていません。泣きのメロディ解釈も楽しめますよ♪
B-3 Dear Old Stockholm
スタン・ゲッツやマイルス・デイビスでお馴染みの哀愁曲で、これも日本人の琴線に触れること間違い無しの選曲です。
ケニー・バロンは通常よりも少~しテンポを速め、要所にハードなキメのリフを入れてテーマを演奏し、快調なアドリブに突入していきますが、それが硬派なジャズの快感そのものです♪ もちろん原曲メロディを活かした泣きのフレーズも聴かせてくれますから、もう、たまりません♪
当にプロデュースの狙いがズバリと極まったわけですが、さらにセシル・マクビーも真摯な自己主張をしていますし、アル・フォスターも手を抜いていません。
B-4 Sunset
オーラスはケニー・バロンのオリジナルを変形のボサ・ビートで演奏しています。やや煮え切らない演奏ですが、そこはかとないグルーヴに不思議な魅力があります。ただし、ここでは演奏時間が短すぎるのが……。
実はケニー・バロンはフュージョン系の作品にも参加することが多く、そこではエレピを弾く機会があるのですが、それがなかなか魅力的なので、ここでもそのラインでいって欲しかったのですが……。
ということで、賛否両論が渦巻く作品ではありますが、1985年に発売されるやジャズ喫茶では忽ち人気盤となりました。そしてケニー・バロンという、知る人ぞ知る実力派ピアニストは、これをきっかけにジワジワと注目されていくのです。
実はこの人は意外にキャリアが長く、1960年代から地味ながら多くの録音を残していたので、マニアックなジャズ者は中古盤屋でケニー・バロンがサイドメンとして参加しているアルバムを探し回り、ジャズ喫茶ではそんなアルバムをリクエストするという現象が表れていたほどです。
そして今日でもケニー・バロンは、モダンジャズの良識という存在ですが、全てはこの作品があってこそ! だったのかもしれません……。、