何事も過大な期待は禁物というのが、人生訓のひとつです。でも好きな道には期待するなというのが、ドダイ無理な話です。
特にジャズのアルバムなんて、なまじ演奏形態が固まっているだけに、聴く前から演奏者と演目だけで幻惑されてしまうなんて、日常茶飯事です。
そして、それが外れたり、当ったりというのがジャズレコード蒐集の醍醐味なんですが、そこで本日の1枚は、これを――
■Songs On My Mind / 今田勝 (Trio / Art Union)
今田勝はメロディ至上主義のピアニストだと思います。とにかくアドリブが美メロの洪水♪ ただしリズム&ビートのアプローチが、私には相性がイマイチなので、1970年代末頃から大当たりをとったフュージョン路線の諸作は、どうも……。というのが、正直なところです。
で、このアルバムはそういうヒット狙いから一転して、再び正統派4ビートのピアノ・トリオ編成に戻って吹き込んだものです。もっとも当時のジャズ界は、新伝承派と称された若手の台頭とベテラン勢の盛り返しで、フュージョン・ブームが終焉を迎えていたという事情もあるかのかもしれませんが……。
録音は1982年11月1&4日、メンバーは今田勝(p)、ジョージ・ムラーツ(b)、ビリー・ハート(ds) という豪華なトリオです。
実は白状すると、このアルバムは発売当時にジャズ喫茶で聴いたのですが、録音の按配が???で、それはベースの音圧が強すぎるというか、ほとんど風圧としか聴こえないものでした。
もちろんピアノとドラムスの音は良好なので、全体としては素晴らしい録音盤ということなんでしょうし、鳴らしていた某店のオーディオ・システムとの相性もあるかもしれません。
しかしその時の私には完全に???で、それ以来、記憶の彼方に押し込められた1枚でした。
それが数日前に立ち寄った中古店の、CD5枚で1000円というコーナーに埋もれていたところへ曹禺、失礼ながら員数合わせとしてゲットしてきたのが、これというわけです。
そして本日、聴いてみたら、おぉ、こんなんだったのかぁ~、なかなか、素敵♪ その内容は――
01 Black Orpheus / 黒いオルフェ
ジャズ者にはお馴染みのボサノバ曲で、ビリー・ハートの歯切れの良いリムショットが快感ですし、今田勝のビアノから美メロが溢れ出ています。しかしジョージ・ムラーツのベースは何だ! 音程もフレーズもイマイチで、失礼ながら手抜き疑惑さえ浮上します。う~ん……。
02 Georgia On My Mind
これもジャズ者なら避けて通れないニクイ選曲で、レイ・チャールズのバージョンがあまりにも有名な泣きの歌物を、今田勝は昭和歌謡モードを隠し味として、コブシの世界からジャズに斬り込んでいきます。
実はここでもベースとドラムスのコンビネーションがイマイチなので、今田勝のピアノが素晴らしい方向へ行けば行くほどに、どこかバタバタした印象が残ってしまうのです。
つまり、なんじゃ、これっ? という心は完全に松田優作状態……。
03 Everything Happens To Me
しかしここで、これまでのモヤモヤが晴れます♪
曲は私の大好きな哀愁系のスタンダードで、通常はスローで演奏されることが多いのですが、ここでは軽快な4ビートで勝負! テーマ部分でのビリー・ハートのブラシとジョージ・ムラーツのネタネタ絡むベースがジャズの醍醐味です。
そしてアドリブ・パートではビートを強めてグイノリの展開となり、今田勝のピアノは絶好調の歌心が全開♪ 快感です! 聴いていて、思わず音量を上げてしまいますねぇ~♪ ビリー・ハートも素晴らしい!
04 On Green Dolphin Street
これも今ではモダンジャズの定番となったスタンダード曲で、マイルス・デイビス(tp) やビル・エバンス(p) といった巨匠達による名演が山のように残されていますので、後追いの演奏者のプレッシャーは如何ばかりか? 等と余計なお世話を焼いてしまうことなど、ここでの今田勝には必要ありません。
パワーと繊細な感覚のバランスが卓抜なビリー・ハートのドラムスを軸として展開されるトリオ3者の鬩ぎ合いは、最高です。ジョージ・ムラーツもどうにか調子を取り戻しておりますし、今田勝のビアノは歌心の塊です。
05 I Remember Clifford
早世した天才トランペッターのクリフォード・ブラウンに捧げられたモダンジャズ曲なので、演奏者が哀愁の美メロに溢れたテーマを、如何に膨らませていくかが聴きどころだと思います。
それは恐らく素直なメロディ感覚が要求される、つまり天性の美メロ主義が試される演奏になるはずで、ここでの今田勝は十八番の泣きとコブシ、メロディ・フェイクの上手さを存分に発揮しています。
そしてそれが甘さに流れないのは、ビリー・ハートが叩き出すクールなビートによるものだと思います。
06 It Could Happen To You
これも有名スタンダードですが、ビアノトリオでの演奏としては、ケニー・ドリューが名盤「ダーク・ビューティ(Steeple Chase)」で取上げてから定番となりました。
ですから後追いの演奏者は、嫌でもケニー・ドリューと比較されますが、今田勝は悠々自適に軽妙洒脱なフレーズを弾きまくりです。むしろここでは、ベースとドラムスが自意識過剰という雰囲気で、それが逆に和むのでした♪
ということで、これは賛否両論の作品だと思います。個人的には、どうしてもジョージ・ムラーツの不調が気になるところ……。
しかし「Everything Happens To Me」は、なかなかの名演ですし、その勢いで続く後の3曲もノセられてしまうという快適盤になっています。何かの機会があれば、聴いてみて下さいませ。