森田敏彦さんの研究をまとめた本が清風堂書店から出た。博士論文が元になっている。森田さんは大阪の元高校教員で私などの先輩にあたる。森田さんが大阪市立中央図書館で新聞のマイクロフィルムを検索している姿に何度かでくわしたことがある。本書には『大阪朝日新聞』がたくさん引用されている。大阪にはない『信濃毎日新聞』マイクロも詳細に調べている。
森田さんの本は、5月1日の初日に買って、鉛筆で線を引きながらすぐ読んだ。5月連休中にブログで紹介しようと思いながら1ヵ月もすぎてしまった。
日本陸軍のなかでは軍馬が大きい比重を占め、日露戦争では22万頭以上、日中戦争・アジア太平洋戦争では100万頭近い馬が動員された。「出征」による馬の減少は馬の値段の高騰をまねき、農民の生業を圧迫する。
軍馬を顕彰・慰霊する軍馬碑は全国に950基を数える。建設時期は日露戦争期と日中戦争期に集中している。地域的には中部日本以東に偏在し、長野、栃木、茨城の3県が群を抜く。
本書は日本の侵略戦争と軍馬との関係を詳細に描いているが、白眉は「第5章 軍馬碑にこめられた戦争への思いー 日露戦争 ー」と「第6章 軍馬碑にこめられた戦争への思いー 日中、アジア・太平洋戦争 ー」である。長野県に照準をあて、碑文の分析に始まって碑を建てた農民の階層へと光をあてる。博士論文ゆえ細かい事実に付き合わされはするのだが、森田さんといっしょに歴史の真相を究明してゆくのにわくわくさせられる。
長野県の日露戦争期の軍馬碑は、軍人が使役した馬のためにつくった愛馬碑、社会的経済的に有力な階層の農民が愛馬を供出したことで国家に義務を果たしたという意識をうかがわせる碑などのタイプがある。後者のタイプの碑の建設者のひとりとして長野県山形村の唐澤武十郎という人物を森田さんはとりあげる。唐澤は政治結社・奨匡社(しょうきゅうしゃ)の一員として自由民権運動に加わっている。22歳で山形村の村会議長に選ばれ、傍聴人規則を定めるにあたって女性にも傍聴を認めるよう主張した人物であったという。唐澤武十郎が中心となった日清戦争期の「軍馬塚」には国家の文字がないが、日露戦争期には「軍馬記念碑」に国家の文字を刻むようになった。日露戦争は国あげての戦いという意識が民衆の中にもひろがり、これをつうじて「国民」が形成されていった。戦争への熱狂がでてきた日露戦争期に地方名望家である唐澤武十郎が、愛馬を供出することで「国民」としての義務を果たしたという意識が碑文からうかがえる。国会解説運動で国家のあり方を問うた人物が名望家として「国家」への義務を果たそうとしたところに時代を読む。本書の面白いところだ。
日中戦争、アジア・太平洋戦争期の軍馬碑の分析、叙述もわれわれを引き込む。名望家による建設は希薄になり、あたかも軍馬が戦場に赴いたかのように碑は刻む。馬の「出征」と記し、飼い主より馬の名前を先に刻む。家から出征者がいないため恥ずかしい思いをしていた寡婦が、馬が身代わりになって「出征」してくれたので村人に顔が立つといっている例など地元紙から丹念に拾い集めている。
軍馬碑の調査・分析から、近現代の戦争と国民の創出、国民との関係の変容を見事に浮かび上がらせた森田さんの研究は一読に値する。
森田さんの本は、5月1日の初日に買って、鉛筆で線を引きながらすぐ読んだ。5月連休中にブログで紹介しようと思いながら1ヵ月もすぎてしまった。
日本陸軍のなかでは軍馬が大きい比重を占め、日露戦争では22万頭以上、日中戦争・アジア太平洋戦争では100万頭近い馬が動員された。「出征」による馬の減少は馬の値段の高騰をまねき、農民の生業を圧迫する。
軍馬を顕彰・慰霊する軍馬碑は全国に950基を数える。建設時期は日露戦争期と日中戦争期に集中している。地域的には中部日本以東に偏在し、長野、栃木、茨城の3県が群を抜く。
本書は日本の侵略戦争と軍馬との関係を詳細に描いているが、白眉は「第5章 軍馬碑にこめられた戦争への思いー 日露戦争 ー」と「第6章 軍馬碑にこめられた戦争への思いー 日中、アジア・太平洋戦争 ー」である。長野県に照準をあて、碑文の分析に始まって碑を建てた農民の階層へと光をあてる。博士論文ゆえ細かい事実に付き合わされはするのだが、森田さんといっしょに歴史の真相を究明してゆくのにわくわくさせられる。
長野県の日露戦争期の軍馬碑は、軍人が使役した馬のためにつくった愛馬碑、社会的経済的に有力な階層の農民が愛馬を供出したことで国家に義務を果たしたという意識をうかがわせる碑などのタイプがある。後者のタイプの碑の建設者のひとりとして長野県山形村の唐澤武十郎という人物を森田さんはとりあげる。唐澤は政治結社・奨匡社(しょうきゅうしゃ)の一員として自由民権運動に加わっている。22歳で山形村の村会議長に選ばれ、傍聴人規則を定めるにあたって女性にも傍聴を認めるよう主張した人物であったという。唐澤武十郎が中心となった日清戦争期の「軍馬塚」には国家の文字がないが、日露戦争期には「軍馬記念碑」に国家の文字を刻むようになった。日露戦争は国あげての戦いという意識が民衆の中にもひろがり、これをつうじて「国民」が形成されていった。戦争への熱狂がでてきた日露戦争期に地方名望家である唐澤武十郎が、愛馬を供出することで「国民」としての義務を果たしたという意識が碑文からうかがえる。国会解説運動で国家のあり方を問うた人物が名望家として「国家」への義務を果たそうとしたところに時代を読む。本書の面白いところだ。
日中戦争、アジア・太平洋戦争期の軍馬碑の分析、叙述もわれわれを引き込む。名望家による建設は希薄になり、あたかも軍馬が戦場に赴いたかのように碑は刻む。馬の「出征」と記し、飼い主より馬の名前を先に刻む。家から出征者がいないため恥ずかしい思いをしていた寡婦が、馬が身代わりになって「出征」してくれたので村人に顔が立つといっている例など地元紙から丹念に拾い集めている。
軍馬碑の調査・分析から、近現代の戦争と国民の創出、国民との関係の変容を見事に浮かび上がらせた森田さんの研究は一読に値する。