育鵬社の中学歴史・公民教科書を前回採択した大阪市、東大阪市が不採択にした。8月24日の両市の臨時教育委員会議で決定した。大阪では、河内長野市、四条畷市、泉佐野市でも前回採択されたが、今回は泉佐野が公民だけ育鵬社を採択したにとどまった。
安倍極右内閣全盛を背景に育鵬社採択の政治運動が吹き荒れ、全国的に採択が広まったが、良心の声が巻き返しを図り、大きな成果を得た。大阪では安倍極右を上回る維新政治の下、育鵬社からは大阪が全国最大のお得意先になっていた。
学問研究の成果を無視するような教科書を押し付けられた生徒はたまったものではない。それを使わされる先生は教育的良心をえぐられる毎日だ。いちおう文科省の検定を通っているとはいえ、学問的に検証したら間違いだらけの代物だ。わたしも展示会に行って、育鵬社版について一点だけとりあげて意見を提出してきた。それは教科書の最初の方に「クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵と比べても仁徳天皇陵は世界一大きい王の墓だ」と戦前の教科書記述をそのまま書いている歴史偽造についてだ。仁徳陵と称する大仙古墳は世界一ではない。秦の始皇帝陵は発掘されてもいなかった戦前ならいざ知らず、1974年井戸を掘っていた農民が発見した地下宮殿の一部が発掘調査がすすみ公開されている。現地に行ったら腰を抜かす規模だということは多くの旅行者が知っている。またクフ王のピラミッドよりも仁徳陵が大きいというが、2・5トンの石を270万個も積み上げたことを想像する方が探求心をかきたてる。ギザの三大ピラミッドにはスフィンクスもある。これを無視するのはいただけない。ここのスフィンクスは、三大ピラミッドの中で二番目に大きく、形が一番きれいなカフラー王のものと言われる。するとカフラー王のピラミッドとスフィンクスは仁徳陵をはるかにしのぐ面積になる。
21世紀に、事実にもとづかない復古的なイデオロギーを教科書に盛り込んで学校で広めようとは恐ろしいことだ。じつは、育鵬社の教科書は「地域の歴史を調べてみよう」というコーナーをつくっていて、大阪に6ページ、同じく採択してもらっていた横浜に4ページを割いて、取り上げているのだ。最大の両お得意様に媚びを売って今度もお願いしますということだった。わたしは全頁読み込めていなかったので、平井美津子さんの論文で知った。
だが横浜も含めて良心の風が吹き渡った。
そもそも歴史公民そして道徳の教科書だけを、なぜ学問的に調査研究する能力がない教育委員がでしゃばって決めるのか。最終的に決定権があるのは教育委員会議だ。だが、教育委員がすべての教科書を読んで、研究するのは時間的にも、能力的にも不可能だ。ところが、侵略戦争肯定・憲法改悪イデオロギーをもつ教育委員が過半数を占める市ではつぎつぎと育鵬社版が採択される事態となった。本来、教科書の取り扱い審議会に依頼があり、それが学校現場の調査員におろされ、意見を順にあげて、推薦する教科書答申がなされて、一位推薦の本が自動的に採択されるはずのものだ。
ところが安倍氏や杉田水脈や稲田朋美ら極右の人々が、大衆レベルでは幸福の科学などの宗教団体の動員応援をえて勢力をひろげてきた。大阪では維新橋下氏、全国では安倍直系の市長が登場し、教育委員の過半数を入れ替えた。教育委員会議は教育の条理に立って議論する場ではなく政治イデオロギーを実現する場に変質した。
現場や専門家の意見を聞く必要はない、教育委員が責任をもって教科書を選定するのだというなら、本当に公開の場でそれをやるべきだ。まずすべての本を読んだかどうか、どこがよくて、どこに問題あるのか詳細に述べるべきだ。それには歴史でも公民でも相当な学力と研究心がないとできない。育鵬社を押し込むために教育委員につけてもらったひとにそんな力があるはずもない。
もうひとつ。もし歴史・公民・道徳の教科書を教育委員が専決的に決めるというなら、小中学校の全教科の発行されている全ての教科書を読み、調査研究して決定すべきだ。もちろんそんなことはしないし、できない。天才的な能力があってもできない。それぞれの教科の範囲も内容も深い。だから専門家、現場の力を借りなければできない作業なのだ。
歴史公民道徳以外は現場から上がってきた答申どおりに決めながら、これら教科だけは政治的決定で押し通すというのは論理的に破たんしている。今回、全国的に、批判が強まり、そして当該教科書自体の質が批判に耐えられなくなったために育鵬社は採択されなかった。ここ10年のおそろしい事態が是正され始めた。