9月11日のウクライナのハルキウ州奪還によるロシアの戦略変更のもうひとつは、ロシア編入を求める「住民投票」と「編入条約」による併合だ。
9月21日プーチン大統領は、ロシア編入を求める「住民投票」が23~27日におこなわれると発表した。東部2州はいちおう「独立国」と称しているから形ばかりの行政機関があるのかもしれないが、南部2州はロシアが任命した知事や市長が傀儡行政機関を名乗っているのだろう。それらが「住民投票」を求め、実施した体裁をとっている。しかし実態はプーチンロシアが情勢変化に慌てふためいて、ロシア編入を強行してこれ以後のウクライナによる奪還はロシア領土への攻撃だとして戦争の体制を立て直そうとしたものにほかならない。
「住民投票」の結果は賛成率と投票率をタス通信が発表している。有権者数、投票数、賛成・反対の数など基本的な数字はわからない。発表していないのだろう。東部ルハンスク州は投票率94・2%、賛成率98・4%、ドネツク州はそれぞれ97・5%、99・2%、南部ザポリージャ州は85・4%、93・1%、ヘルソン州は76・9%、87・1%となっている。
この数字には重大な疑義がある。「朝日新聞」10月1日は、ドネツクの元新聞記者レオニドさん(72)は、自身は投票に行かなかったし、家族や友人も投票した人はいない。ドネツク州の投票率は97・5%だと報じられるが、レオニドさんは「(投票率は)最大でも30%だろう。フェイクだ」と報じている。
読売オンライン(キーウ・上杉記者)の報告も興味深い。26日までは、親ロ派関係者による戸別訪問ですすめてきたが、最終日の27日は各所の投票所で実施した。27日午後4時に投票終了。各州の親ロ派勢力は26日夜までに投票の成立要件となる投票率50%を上回ったと主張。ヘルソン州のの男性(28)は銃で武装した兵士が1軒ずつ訪問し、「事実上、脅して投票を強要している」と証言している。侵略前のヘルソン市の人口は30万人だが現在は半減。ヘルソンにはロシア兵による略奪でロシア支持は揺らいでいる。投票を棄権すると話していたが、反ロ的な言動をすると拘束されるので、投票を拒否できない状況にある。選管業務をしている人の話として、急遽決まったため、投票用紙が不足していると述べ、「まともな集計をせず、賛成多数の結果を発表するのは目に見えている。ロシアのいつものやり口だ」となまなましい報告だ。
4州に住むロシア人のなかには急に持ち出された併合住民投票でも賛成票を投じに行く人がある程度いるかもしれない。だが、ウクライナ人、侵略に反対のひと、ロシア併合に同意できない人は多数にのぼるだろう。ロシアに親近感が強い地域でも上のように略奪にあって反感をつのらせた人も多いはずだ。だから住民投票をもちだしてもうまくいかないことは当然予測されたことだ。だから「茶番劇」のシステムが必要だ。予定通りの結果を演出するための段取りは大変だ。相当の経験がないとにわかにはむづかしい。上の、「いつものやり口」という指摘が説得的だ。
イギリスBBCが、銃で武装した兵士が一軒ずつ訪問して票を集めていたという証言や投票がまったく行われていないという証言も報じている。日本のテレビでも外国の画像だろうが、銃を持った兵士が家々を回り投票用紙に記入させている脅迫投票の映像が流された。これだけでこの「住民投票」が民主的な投票とはいえない「茶番劇」であることを証明している。映像では、各区の投票所で透明のおおきな投票箱に投票する秘密投票まるでなし投票が映し出された。しかもその投票所でも開票場面も映され、投票用紙はきわめて少ないことがまるわかりだった。
民主的な投票は膨大な事務作業が必要とされる。有権者名簿の整備、投票用紙の印刷、投票所の設営・運営、自由・秘密投票の保障、選挙監視立会人の配置、投票箱の運搬、開票、集計、そのための他の部署からの職員の確保などが必要だ。お金もかかる。人口275万人、有権者225万人の大阪市の住民投票(2020年)は10億円もかかった。
ロシア主導の「住民投票」が読売・上杉記者がいう親ロ派関係者による戸別訪問投票が26日までの4日間やられたというのはおどろきだ。上杉記者の文脈では4州ともそうだったようだ。5日間という異常に長い投票日は戸別訪問のためだった。4州とも26日夜まで投票率50%を上回ったと親ロ派が主張したから、とにかく戸別訪問で決着をつけようということだったのだ。でも、訪問して説明し記入させて小さい投票箱に投票させる、これを有権者の半分におこなうことが実際可能か時間的に。投票していない地域もあるとの証言もある。もし、26日までに成立要件の50%にめでたく達したとしても、あと1日で40数%もの人が投票所に詰めかけたとはとても考えられない。映像での投票所の様子、投票用紙が透明箱の下にすこしたまっているのからはウソとしか思えない。
「いつものやり口」で投票率、賛成率をはじき出したのだろうが。あまりに数字が高すぎる。国際的な常識を知らないから、いつもの数字を並べてしまったのだろう。
4州の親ロ派が23~27日におこなった「住民投票」でロシア編入が多数だったとして、これを受けてロシアが編入を受け入れるという形式を踏んだ。30日、2つの国と2つの州をあわせてロシアに併合する「編入条約」にロシアのクレムリンで調印した。
これを当然ながらウクライナのゼレンスキー氏は「茶番だ」というし、国連のグテレス事務総長は「併合をすすめるいかなる決定も国際的な法的な枠組みと両立しない。国連の目的と原則を侮辱している」ときびしく非難した。
2月の侵略開始の時、プーチンは東部2つの「独立国」との集団的自衛権の行使だとして侵略を開始した。その際、ウクライナ民族主義者の「集団殺害から住民を守るため」、さらに「ロシア、そして国民を守るためにはほかに方法がなかった」と主張していた。
この時も国際法的な正当性はまったくなかったが、ロシア・プーチンはインチキ住民投票で民意を捏造して4州の併合を強行した。グテレス氏がいうように国連憲章違反、国連を侮辱した最悪の行為だ。