♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■関東学院を築いた 坂田祐 / 岩井基雄

2024年03月23日 | Weblog

2023/11/4放送

 「世の光」の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 この土曜日は、歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでみましょう。
 今日は関東学院を築いた坂田祐(たすく)です。

 祐は旧会津藩士の中村家の次男として秋田県で生まれました。一家の生活は苦しく、祐は小学校高等科を3年で中退し、銅山で働きます。しかし勉学の志から18歳で東京に向かい転々としますが、そのあと受験して軍人の道を歩み、卒業時は主席として明治天皇から銀時計を受けます。

 規則改正で陸軍士官学校を受験できかった祐は士官学校の馬術教官となります。祐が24歳の時、軍服を着て神田の東京キリスト教青年会館の前を通ると、以前この番組でお話しした「ナイアガラの滝の所有者の息子」と宣伝された木村清松によるキリスト集会がありました。その集会に参加した祐は木村清松が語るスケールの大きな聖書の世界に感銘を受け、聖書が語る神様を求め始めたのです。

 士官学校に転任した彼は、アメリカの宣教師ヘンリー・タッピングと知り合い、聖書クラスや教会に出席し、キリストを信じて洗礼を受けました。さらに伝道者となる思いが与えられた祐は東京伝道学校に入学し、聖書を深く学びます。

 26歳で日露戦争による召集を受け、騎兵特務曹長にまで昇進しますが、その中でも新約聖書ヨハネ伝を用いて聖書を教え、内村鑑三の教えを学び続けました。

 28歳の時に坂田チヱと結婚し坂田姓となり、さらに勉学を続け、最後は東京帝国大学哲学科を卒業します。さらに33歳で内村鑑三の弟子となり、東京学院や日本バプテスト神学校でも教えます。

 聖書による教育の重要性を深く教えられた坂田祐は39歳の時、アメリカ北部バプテスト教会が横浜に新しく建てた学校の責任者になりました。そして1919年、41歳の時、聖書をまっすぐに語り教える関東学院が開設され、学院長に就任したのです。

 その最初の入学式で祐が、後で校訓になる「人になれ 奉仕せよ」と全人格教育を強調し、スケールの大きな人として神と人の前に誠実に歩むことと、愛の実践を学生たちに求めたのです。

 聖書のことば
  「神と人の前に好意を得、聡明であれ。心を尽くして主に拠り頼め」
                    ( 旧約聖書 箴言 3章4節、5節  )


 ( PBA制作「世の光」 2023.11.4でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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