無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

(株)平吹設計事務所創立80周年記念講演会

2018-04-03 16:37:41 | 建築・都市・港

講演会には、まだまだ時間があって、平清水の瓶屋で和紙とシルクを見た後、七日町の御殿堰近くの建物を見に行った。七日町は一方通行で、南側から旧県庁へ向かうのだが、紅の蔵を過ぎた辺りで、食パン専門店「乃が美」を見つける。目的の御殿堰はスカだったが、乃が美まで歩き、それぞれパンを買う。本当に売っているパンは食パンだけだった。

御殿堰の駐車場に戻るまでに見つけた建物。現役の医院らしい。山形市は災害が少ないので、古くて良い建物が残っている。逆にそれが仇となって、取り壊すのが速い。会場で、Iさんと会って、料亭嘯月(しょうげつ)が3月いっぱいで閉店したことを聞いた。どうやら解体するらしい。建築士会女性部では、この嘯月で見学会を行い、昼食を摂る事が出来た。夜の宴会なんて夢のまた夢で、いつかはきっと思っていたら、そのまま叶わない夢となった。もう閉店してしまったのか。閉店は別として、料亭嘯月での花見は最高だよ、らしい。4月20日あたりに企画するかも、らしい。

と、言う訳で(どんな訳じゃい。)会場のパレスグランデールに着いた。建築士会の会長の平吹さんは、会社でも会長職だったのだ。平吹さんの挨拶から始まった。

スイスやドイツ、オーストリアで十数年暮らされた「網野 禎昭 あみのよしあき」氏による「ヨーロッパの木造建築から木と建築と社会を考える」と題した講演が行われた。蛇足:よしあきさんって、色んな漢字が有りすぎて探すのにエライ時間が掛かった。

最近の木造大断面の工法の先駆者は、ヨーロッパにある。建築の資材や燃料として、森林の伐採退廃に危惧した人々は、個別の住宅ではなく、木造で4-5階の共同住宅を造り住むことで、木材の使用も燃料も最小限に食い止めることが出来た。特にエネルギーの効率は良いらしい。最近の日本の大断面構法は、新しい考えではないことが示された。高温多湿の日本では、森林の育成が進むことで安易に伐採し、軸組工法を用いた長年の日本建築は、非常に勿体ない木材の使い方をしているのではないか。から始まった。

端材の使用方法として、CLTやLVLの話が出たが、先に東北大学キャンパスのCLTの実験棟を見ていたので、内容が良く判った。「CLTって何?」の人はちょっと大変だったかな。日本の製材のピン角や正角を求めるニーズは、製材の歩留まりが悪いので、それが森林生産者へ金額の目減りとして跳ね返り、後継者を無くし森を後退させる原因にもなることを指摘された。

木材の角が丸くたって良いじゃないか、節があったり、色が黒く見た目が悪くても良いじゃ無いか。そんな端材をくっつけていって、まるっと中身の詰まった木材の建築は良いよの話は面白かった。ヨーロッパの小規模な製材所の「木材を売るのでは無く、製品にして売ろう。」の考え方も、我々建築屋だけでなく、製材や山持ちの人にも聞かせたい内容だった。

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そば処すぎのラーメン

2018-04-03 16:31:05 | 食べ物

車の窓を開けて運転したいほどの気温の上昇の中、山形市へ走る。雪があった頃の惰性で、下道を3時間ほど余裕を見て走ったら、余目酒田線の開通で、思わぬ時間短縮になった。まずは、山形市小立2丁目(芸工大のもっと下)にあるそば処すぎで、先日食べ損ねたラーメンのリベンジを計る。

とびっこラーメンだぞ!

ただ、摩耶そばのげそ天付きも美味しそうだった。

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松ヶ岡

2018-04-03 16:07:28 | 動物・自然

日曜日、鶴岡の松ヶ岡に向かう。ここも、酒田港の荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~と時を同じくして、日本遺産に認定されたサムライゆかりのシルク日本近代化の原風景に出会うまち鶴岡への松ヶ岡だ。その辺りの詳細は熟知しているが、今日はそれとは別の催し物を見る為に訪れた。

今年の鶴岡の雪は多い。その名残が消えずにいる。

催し物とは、「西郷どんと管はん」だ。人の名前の下につける「さん」を鹿児島では「どん」、鶴岡では「はん」と呼ぶ。鶴岡の「はん」は、ちょっと目上の人への敬った言い方だ。

「西郷どんと管はん」はパネル展で、無料で5月31日まで開催されている。庄内の酒井藩と薩摩の西郷さんとの戊申戦争後の関わりを中心に、パネルは展示されている。南州翁の書など、本物は酒井さんの致道博物館に所蔵されている物の写真がパネルとなって並んでいる。それはそれで見応えはあるが、いかにも鶴岡を中心に考えられた構成だ。西郷の遺訓を集めた「南州翁遺訓」の編纂には、管はんは苦労されたと思うが、何故庄内藩に西郷は温情を与えたかが謎のままだ。また管はんを始め、薩摩に出向いた庄内藩の武士の努力も買うが、そんなに大切な西郷さんなら、南州神社が鶴岡では無く酒田にあるのかが解せない。

と言う訳で(どんな訳じゃい!)謎を残したまま、松ヶ岡を後にして、東へ向かう。

ここにはミズバショウの群生地がある。以前来た時には、時期が遅かったのか、ミズバショウの葉は巨大化し、葦も育って全容が見えなかった。その葦の残骸も地域の方々が綺麗に掃除されていて、春を待ちわびた人達を歓迎しているかのようだ。あんなに奥まで咲いているんだと感心する。

 座禅草もあった筈と思うのは、記憶違いか。

 

 丸太の木道を歩いて渡るが、ちょっと朽ちかけていて、体重の増加を気にする人間には切ない。2本いっぺんに踏めば良いのかと考える。

 ミズバショウも良いが、水のせせらぎはもっと良い。

 せっかくなので、奥の方まで歩いてみる。小川の幅は広がり、雑木林を歩くことになった。

 

蛇行する小川は広場の方に消えて行く。

もう終わりかな。

雑木林の下には、ヤブコウジが広がっていた。

柿畑に出る。

枝の剪定が行われていたようだ。

タラノメかな。H先生が、酒田市斎場の廻りの黒松林の中で、タラノメの木を20数本見つけたと言っていたが、採りには行きたくないと思う。

残念ながら、月山や鳥海山は少し霞んでいた。

 

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