
さて、彼女のアルバムとしては、これに先立つデビュウ作が、ジョビンの作品を数多く歌い、さらにオーソドックスなアレンジを施した仕上がりだったので、正統派ボサ・ノヴァともいえる仕上がりだったですが、本作品はより普通のヴォーカル・アルバムに近いというか、非ボサ・ノヴァ曲をボサ・ノヴァ化して歌うなど、大向こう受けを狙った仕上がりの曲が多いのが特徴といえると思います。何しろ1曲目がジョニー・マンデルが作った映画音楽「いそしぎ」ですし、フランク・シナトラで有名な「フライ・ミー・トウ・ムーン」、大スタンダード「フー・キャン・アイ・ターン・トウ」といった曲が含まれていて、それらが瀟洒なオーケストラ・アレンジにのって見事にボサ・ノヴァ化されている訳ですから、このアルバムがどういうリスナーに向かって作られたかはいわずもがなでしょう。
一方、ボサ・ノヴァ系の作品としては、「カーニバルの朝」を筆頭にルイス・ボンファの作品が多く収められていて、ジョビンの色彩感やモダンさとは違った淡彩なセンスの良さみたいなものが、前述のスタンダート作品などと絶妙の調和を見せています。5曲「ノン・ストップ・トゥ・ブラジル」の軽やかなトロピカル風味、6曲「オガンソ」のボサ・ノヴァ・スキャットなど実にいい感じでアルバムにとけ込んでます。ちなみにルイス・ボンファはジョビンより世代的にひとまわり上で、根っからのボサ・ノヴァ世代であるジョビンやジルベルトへ、旧来のブラジル音楽をボサ・ノヴァへ橋渡しをしたような存在です。
最後に主役のアストラッド・ジルベルトですが、歌が下手とかいろいろ揶揄する向きもあるようですが、柔らかい感触でやや物憂げにボサ・ノヴァを歌うという、女性ボサ・ノヴァ・シンガーのひとつのパターンを作っただけでも、パイオニアのひとりとして評価すべきですが、やはりこれだけチャーミングにボサ・ノヴァっぽい雰囲気を醸し出せるのは希有というしかないでしょう。ちなみにアレンジはドン・セベスキー、クラウス・オガーマン、ジョアン・ドナートという豪華な布陣で、女性ヴォーカル物としては、ほぼ完璧な編曲となっています。実際、その部分を聴いているだけでもけっこう楽しめちゃうんですよね、このアルバム(笑)。
※ それにしてもこの作品、どうしてこんなに音悪いのかな、マスターでも紛失しているのだろうか。