Blogout

音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

BlogOut@ 千葉パスポートセンター

2007年11月05日 10時10分04秒 | others
 千葉の旅券事務所に行って来た。来月の訪台のために発給申請はとっくにしてあって、もう数日前から受領可能であったのだが、なんやかやで行くことができなくて、気にはなっていたのだが放置してあったのである。ところが本日、たまたま出張で東金の方面に赴いたので、その帰る途中、千葉駅についたのが16時半近くだったので、これ幸いとばかりに行ってきたという訳だ。
 で、千葉駅についたのは16時28分、案内書を見ると月曜日の受領は16時半までとなっている。かなり微妙な時間だが、千葉駅と旅券事務所と目と鼻の先だから、16時32,3分くらいには着けるはず、お役所だから5分,10分遅れるのはご法度だろうが、1,2分くらいなら大目にみてくれるかも....などと自分の都合にいい方向で解釈して、走ってセンシティ・ビルに向かい、そそくさとエレベータに乗り込んで4階でおりた。その時、時計は16時32分だった。

 しかし、結果は無惨だった。旅券事務所は完全閉鎖状態。カンターにはアクセス可能だが、「本日の発給受付は閉め切りました」という看板が掲げられているとかではない、いつもガラス張りの壁に替わってグレーのシャッターが無慈悲にもぴしゃりとおりて、まるで既に来る者を堅く拒むかのような風情なのだ。
 が、それにしたって、たかだか2分だもんなぁ、正直いって「そりゃ、ねえーだろ」とは思ってしまう。今時、どんな受付窓口だって、そのくらいは大目にみてくれるだろう(運転免許だってもうちっとましだったような)。「外務省の職員さん、アンタら、そんなにお客の受付したくねーのかよ」とか思ってしまう。多分、こうやって僅差で間に合わず帰ったお客さん多いのではないだろうか。きっと、こういう鬱積が積もり積もって「お役所仕事」なんて言葉が生まれたんだろうな....負け惜しみで思ったりもしたが、まぁ、案内書に16時30分と書いてあるのだから、2分とはいえ遅刻は遅刻だし、非は当然こちらある。時間は時間、決まりは決まりということだ。という訳で、本日もパスポートの受領はできなかったのであった。とほほ。
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亀田父子謝罪

2007年10月18日 23時39分56秒 | others
 今日は職場に泊まりがけなのだが、空き時間に新聞やテレビを見ていると、話題はこればかりである。私はスポーツには全然疎いのだが、今回の亀田問題の熱狂振りはおもしろい。ようするにマスコミに持ち上げられて、天狗になった亀田父子が試合前にビックマウスを吹いたあげく、試合には完敗、おまけに反則技を連打して、日本中から嵐のような避難を浴びて、謝罪会見をしたというところなんだろうけど、どうせダーティーな悪役の線でやるなら、最後までそれでいけばいいのに、頭丸めて意気消沈....というか、ほとんど虚脱状態な亀田大毅、ひたすら低姿勢の親父など見ると、「なぁーんだ、所詮そんなもんだったの?」という感じがして、ちょっとがっかりしてしてしまう。

 TBSには対する批判も強い。この親子が暴走したのは、「TBSが持ち上げまくったからだ」という訳だろうか、そりゃ、しょうがないのよね。だって、日本テレビが巨人軍をよいしょす中継するのと基本的に同じだもん。日頃、マスコミに対して常々批判的に見ている私ではあるが、この手のスポーツなんぞ、所詮はエンターテイメントなんだから、おもしろければいいんだろ....ってのは、やはり正解ではないかと思う。ただ、一般大衆はやはり成功をやっかむし(一気に成功し一時持ち上げまくった後やにわに叩く、というのはマスコミの常道だしね)、前回の亀田興毅がああだったから、今回はその批判や鬱憤が一気に出たというところなんだろうと思う。TBSはそのあたりを読み違えていたと思う。
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どうして今度は大騒ぎしないんですか?

2007年10月03日 23時59分58秒 | others
 ごくごく地味に報道されているが、民主党の渡部恒三の政治団体「新時代の会」が約十二年間に渡って、渡部氏の甥の自宅マンションを「主たる事務所」として届け出、その間、事務所費などの経常経費計約一億七千八百万円を支出していたらしい。本人は「10年前は当たり前だった。10年前はなんでもないと思っていたことが、今は厳しく批判されなきゃいけない」とかいっているらしい。よくわかんないけど、これって自民党と自殺した松岡某、役職を辞任においこまれた赤城などと、ほぼ同様なケースだよね。

 私は竹下派七奉行といわれてるころからこの人のキャラはきらいではないし、こういう不明朗というか不正な会計処理などについて、原理主義的に清廉潔癖さを追求することより、「そりゃ、昔はあったんでしょうな」くらいで軽く流してもいいと思うくちなので、今回の報道ぶりそれ自体、むしろこのくらいがまっとうなバランスだとは思うのだが、それにしたって昨日の今日である。ほんの数ヶ月前まで選挙前を目前にした時期での、バカ騒ぎぶりに比べると、今度のマスコミの異様な寡黙さは(今日の午後報道されたばかりねネタだから、この後どう展開するかはわからないけれど、おそらくこのまま地味に扱われて終わりになるんじゃないか)、「いったいなんなの?」と思わざるを得ない。

 相手は民主党の中では知名度も抜群、役職としても最高顧問にある地位にある大物だ。ほんの数ヶ月前までは、与党に疑惑の人には、魔女狩りの如く記者が殺到し、くだらないワイドショーはもちろん、ゴールデンタイムの報道番組でじゃかすか取り上げて、煽りに煽っていたのに比べると、その落差はえげつなさを感じほどだ。そりゃもちろん、与党と野党の違いだとかなんとか、報道側はいろいろエクスキューズは用意してあるんだろうが、それにしたって、この極端な報道の濃淡の付け方に、公正中立をうたうマスメディアの背後にある、あからさまな政治的意図を感じてしまうのは、私だけじゃあるまい。
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Blogout@ 龍神社

2007年09月20日 20時33分12秒 | others
 本日は船橋市の海神というところにいった。京成電鉄でいったのだが、電車の中は快適なのだが、ひとたび外に出てみると、9月も後半だというのに、まるで真夏が戻ってきたように暑い。たぶん、31,2度は確実にあっただろう。残暑は去年もけっこう厳しく、都内の長期研修中もずいぶんと暑い思いをしたが、今年も相当なものである。私は汗をふきふき住宅地の中を歩いて目的地へ向かったのだが、その途中に道の途中に龍神社という小さな社があった。

 後でわかったことなのだが、この近辺は今では海などしばらく進まないと視界にすら入ず、一戸建てやマンションが林立する住宅地なのだが、昭和の初めの頃までは海岸で、しかも塩田が広がっていたらしい。仕事に赴いた先の方がもなにやら昔のことに詳しい人だったので、あらかた仕事が終わった後、雑談していたら、なんとなく昔の話しになってしまい(笑)、ご当地の江戸時代の地図などをみせてもらうことができたのだが、それを観ると確かにこのあたりは海岸で塩田があり、その中央に鎮座しているのがこの龍神社なのであった。ちと興味を感じたもので。帰り道は注意しながらそこを通ってみると、石碑にはおもしろい伝説がのっかっていた。

 要約すると、婆さんが芋を煮て食べようとしたが、石のように固くて食べられなかったので、怒ってその芋を池に投げ捨てたところ、その芋が芽を出し、何株かに成長したので、それを「石芋」と呼んだとか呼ばないとかというものだ。話の最初の方には弘法大師がその芋を食わせろと婆さんに云うくだりがあって、まぁ、そのあたりが由緒ある伝説のくだりなのだろう。今では住宅地にひっそりと立っている神社ではあるが、きっと昔はこのエリアの中心地だったのだろうな?と、さきほど見せてもらった江戸時代の地図をレイアウトを思い出しつつ、ケータイのシャッターを押した次第である。
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安倍首相辞任

2007年09月12日 23時04分21秒 | others
 小泉時代の「モノをいう毅然とした政治家」というイメージはひたすら後退して、後半はひたすら右往左往している感の強かった安倍首相だけど、最後はサープライズというか唐突でしたね。体調問題、麻生&与謝野との確執、自らの政治資金問題とか、早くもいろいろ出ているようなだけど、確かになんか裏でもありそうな結末です(しかし痩せましたねこの人、小泉首相も頭真っ白になりましたが、あれは5年かけた結果です)。

 それにしても、この1年間のマスコミの安倍首相に対するネガティブ・キャンペーンは酷かった。国民投票法とか教育基本法改正とか安倍首相のやろうとした(あるいはやった)ことで論ずるべき問題は他にあるはずなのに、それをほぼ置き去りにして(あるいは手法の問題に矮小化して)、もっぱら取り上げることといったら、どうでもいい失言、年金の技術的問題、政治資金のディテール、参院惨敗後はいつやめるのか?みたいな刹那的な話題ばかりをヒステリックに阿鼻叫喚して、叩いていたという感じがするのは私だけでしょうか?。

 政治家に向かって、大局に立ってものを見ろみたいなことを自らはいうクセして、己のやっていることは、俗人が感情的に飛びつきそうな、扇情的な言葉狩り、魔女狩りモドキのオンパレードではお話になりません。マスコミ批判はいつもの世もあるし、結局これが国民を写す鏡なのだといわれれば、そうかもしれないとは思うけれど、すべてがワイドショーでいいのか?とつくづく思った安部政権の1年でした。
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ミュンヘンの恋人

2007年08月28日 23時08分25秒 | others
 唐突な話題だが、私の世代で女子の体操選手のアイドルといえば、当然ナディア・コマネチということになるだろうが、個人的に忘れられないのは、オルガ・コルブトというソ連の選手である。彼女が活躍したのは、コマネチが席捲した1976年のモントリオール・オリンピックのひとつ前、つまり1972年のミュンヘンで、今思い出してもモントリオールのコマネチと比較しても負けず劣らずの活躍をして、テロ事件など暗い話題も多かったミュンヘンでは、小柄な体型と愛くるしい容姿、そして段違い平行棒で見せた、コルブト宙返りというトリッキーな技などで、話題をかっさらい、メダルを4つも5つも獲得して、まさにミュンヘンの華として活躍したのだった。当時の日本人も彼女の演技に魅了された方も多かったハズだが(「ミュンヘンの恋人」という称号をいただいていたはず)、私もそのひとりで、当時中学1年生だった私は、間違いなく彼女に恋をしていたと思う。。

 で、その4年後のモントリオールでは、先ほども書いたとおり、コルブトに変わってポーランドのコマネチが話題をさらうことになった。コマネチはキリリとしたスリムな体型と、少年のような硬質な容姿をもっていていて、この選手が当時としては破格の10点を連打する完璧な演技はまさに圧倒的、観ていて「完璧なる体操マシーン」としかいいようがない動きは誰の目にも驚異と映ったはすだ。が、その一方、このモントリオールにもオルガ・コルブトも参加していたのだった。彼女はここでもコルブト宙返りなども再び披露したりもしたものの、コマネチの活躍振りを前に、もうかわいそうなくらいに影が薄かった。前回のミュンヘンではあれほどの人気を博した選手がこうも精細を欠いたように見えてしまうとは、スポーツの世界は残酷なものだ....と子供心にも思ったものだった。

 私はモントリオールはコルブトをみるのをとても楽しみしていたので、なにやら前回とはうってかわった全くメダルの取れない悲愴な面持ちの彼女を観て、ずいぶんと悲しい思いをしたものだが、その彼女がオリンピックも最後の頃になって、ひとつだけメダルをとったような気がする。確か平均台だったかと思うが、会場からは盛大な拍手が涌き、私は「最後でようやく一矢報いてくれましたね」と、なんだかうれしいような、悲しいような気分になったものだった....。私がこの「ミュンヘンの恋人」コルブトを観たのもこれが最後だったが、今ではネットで当時の彼女の華麗なる演技が、小さな画面ではあるものの、再び観ることができる。私はふとしたきっかけで、これらの動画を発見して、今から調度35年前の夏の甘酸っぱい気分を思い出したのだった。

http://www.youtube.com/results?search_query=Olga+Korbut%2C&search=Search
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母親達2007

2007年08月18日 23時14分35秒 | others
 毎年、お盆が終わり夏休みも終わり間近になると、うちの職場が主催して某デパートで開催される子供向けイベントが今年も行われた。私は昨年同様、子供にネットのセキュリティをいろいろなコンテンツを使って解説するみたいな感じだが、昨年も書いたように、私は適当なコンテンツを呼び出して、「とても簡単なコンテンツなので、あとはお子さんにに教えてあげてください」とおかあさん(時におとうさん)に下駄をあずけるような感じで、説明をしていたのだが、なんか去年に比べると、おかあさん方のパソコンやネットに関する知識が劇的に向上しているようで、今年は「これよくわからないので、助けてください」みたいな懇願調の質問だの、パソコンに拒否反応を示す人などがほんどいなかったような気がする。

 しかし、今時はの子供は凄い。こちらが用意したコンテンツなど通り一遍みたら、あとは携帯電話を持ち出して、おそらくどっかのurlでも確認したのだろう、それをブラウザに打ち込んで、なんと普通にネットサーフィンしちゃっている小学、それも低学年の女の子なんてのがけっこういたりするんだよな(笑)。よくわかんないけれど、おそらくこういうシチュエーションだと、母親はほとんど知識面では子供に勝てないんじゃないだろうか....、「お母さんなんだか、よく分からないけれど、ネットには危ないものがあるらしいから、アンタも気をつけなさいよ」では、子供にとってリアリティはないだろう。ちょっと心配になったりもした。がんばれおかあさん!。
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今年の暑さは異常だ

2007年08月15日 23時40分46秒 | others
 8月に入ってからとにかく暑い。今日も関東では日中では35度近くまで温度が上がったようだが、とにかくエアコンのない生活は考えられない状態で、私が寝ている部屋にはエアコンがないため、このところずっとマットとタオルケット、そして枕をもってエアコンのある部屋で寝ている。しかも、これが明け方になると、エアコンのスイッチ切れたのかな?と思うくらい暑かったりする訳だ、明け方といえば一番涼しい時間帯ではないか、ちなみに私は暑さにはけっこう強い方で、夏でも平気で上着を着て炎天下を歩けたりするし、エアコンのない部屋でもよほどのことでもない限り、扇風機でもかけていればそのまま眠れたりするのだが、今年はそういう訳にはまったくいかないのだ。今年はやり異常である。

 ちなみに私は、地球温暖化などという、なんとなく現在では「疑問の余地のない定説」となりつつある現象を全く信じていないクチで(だってオレが子供の頃は氷河期が来るといわれていたんだもの-笑)、こういう暑さをなにやら終末論的なムードに結びつけたりするつもりは毛頭ないのだが、ちらっとひょっとして地球は本当に温暖化しているか?などと考えたくなってきたりする。本日はお盆休みということでもないのだが、一日だけ夏休みをとって自宅にいて、午前中にちょいと新盆の親類のお宅に線香をあげに行った以外は、自宅にこもっていたのだが、こうなると我が部屋のエアコンは連続稼働時間は24時間を超えたことなる。やはり今年の暑さは異常だ。
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花火

2007年08月04日 23時08分07秒 | others
今夜は職場に泊まり込みである。うちの職場の「稼働を24時間止められない」という性格上、たまに自分にもそのお鉢が回ってくるのだが、とにかくこういうお休みのに職場にいくのは、面倒くさて、かったるくて、とにかく早いとこ明日になれ!、という感じなのだが(笑)、その合間をみて、うだるような暑さの外に出てみたところ(2,3日前に梅雨が明けたと思ったらこの暑さだ)、ちと遠いが外から花火の音が聞こえてくる。「そうか、今日は8月第一土曜日だったな」とふと思い出した。

 これは千葉県に限ったことではないだろうが、8月の第一土曜日というのは、花火銀座である。バブルの最中の頃だったが、私はかの日に神奈川だかどっかにドライブにして、夜に首都高速から千葉県に帰ってきたことがあったのだが、まずは右手にディズニー・ランド、左手に手賀沼、しばらくすると、左手に船橋、左手に印旛沼、さらに進むと再び右手に千葉という具合に、東関東自動車道を走りつつ、つねに花火がみえるというのに、ちょっと驚いたことがあったけれど、これは多分今でもかわっていないと思う。

 ちなみに私は大昔花火関連の仕事を10年くらいやっていたことがあって、けっこう花火には詳しい。今は「コンビュータやネットの専門家」という肩書きだが、素人に毛が生えた程度のコンビュータやネットの知識より、実は花火の知識の方がよほど詳しいと思っているくらいである。ひとつだけネタを書いておくと、よく花火大会の規模を形容する単位として「××万発」などという形容するが、玄人はこういう単位では、花火大会の大きさは比較しないものである。では何で比較するのだろう....答えはみなさんのご想像にお任せする。ちなみに尺玉の数とかではない(笑)。
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BlogOut @大原

2007年07月24日 22時24分07秒 | others
 今日はいすみ市大原というところに行った。以前は夷隅郡大原町といったのだが、市町村合併でかわったのだ。この市町村合併というもののおかげで、町名だの、役所名だのは「いすみ」がついたものにずいぶんかわったが、既にお役所とは別のロジックで動いているJRはこのあたりは一切変更する気がないらしい。ちょっと前に総武本線の八日市場駅を利用したことがったのだが、近くにある警察署は「八日市場警察」ではなく「香取警察」にかわっていたし、今回降りた大原でも、目的地へ向かう途中で、タクシーの運転手の人に聞いてみたら「大原警察」ではなく、案の定「いすみ警察」になっているとのこと。「千葉県に住んでいて、そんなこと今頃、気がつくなよ」といわそうだが、あらためて現地でそういう変化を目の当たりにすると、妙な感慨とらわれたりする。

 さて、この大原駅だが、外房線の途中駅であると同時に、いすみ鉄道というローカル線の始発駅でもある。このいすみ鉄道というのは大原から房総半島のど真ん中の大多喜駅というところが終点なのだが、そこからは小湊鐵道というこれまた絵に描いたようなローカル線ににつながっていて、それは内房線の五井というところにたどり着くから、調度房総半島を横に縦断するような格好になっている。
 ついでに書くと、このいすみ鉄道、その昔、国鉄時代は木原線という路線名だった。本来、内房線の木更津と大原をつなぐことを意図してつくられた路線だから、そういう名前になったらしいが、なんかの理由で木更津から出ている久留里線(こちらは未だJRだが)の終点である上総亀山とつなげることなく、前述の小湊鐵道とつながってしまったという経緯があったらしい。

 大昔、上総亀山駅にいった時、この木原線と久留里線がつながらかったことを絡めた、横溝正史ばりミステリをつくれないかな....などとぼんやりと夢想したことがあって、そのクライマックスには、ある庄屋にある「開かずの蔵」のようなところに、幻の上総亀山と大多喜をつなぐ線路の残骸がみつかるみたいな設定はどうだろう?などと考えたものだが、本日、大原駅をおりた時にふとそのことを思い出したりした。そういうことを思い出すような風景だったのか、それともまだ梅雨は明けていないものの、うだるのような暑さだったもので、しばらくぼんやりしていたかもしれない(笑)。列車の音に、気がついてみると、到着したいすみ鉄道の単車からは、まごうことなき今時の露出過剰な原色系の女のコたちが何人か降りて来て、「それ。ちげーよ」とか、あれやこれやと大声で話している。私はふと我にかえったのだった。
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BlogOut @八街市

2007年07月20日 12時54分15秒 | others
 今年の梅雨は幸いにして、先日書いたような、「雨にぬれた傘を持ちながら電車に乗り込んだら、席が空いてないどころが満員で、両手塞がったま、電車に揺られて、したたり落ちる汗も満足に拭けない....」などという状況には幸いにして遭遇していない。なにしろ今年は汗をかかないような気がする。よくわからないけれど、今年は気温が例年より低いような気がするし、こちらが性懲りもないくダイエットを敢行し、7kgほど減量に成功したのも影響しているのかもしれない(もっとも最近はタクシーもよく使うから、そもそも歩いてもいないが-笑)。

 ともあれ、例年だと今日あたりが梅雨明けどきらしいのだが、今年は遅れていて数日ずれこむらしい。しかし、昨日や一昨日と違いは今日はけっこうな夏日で、私は午前中、朝一番でに八街というところに赴いて、そこで一仕事終えたら、そのままとんぼ帰りして千葉に戻ったのだが、ごらんのとおり夏空で(写真は八街ではなく、千葉市です)、千葉市街をちんたら歩いていると、もう梅雨も終わったんじゃないかと思うような暑さだった。まぁ、千葉県中をかけめぐるような仕事も今日あたりで一段だからぁ、あとは勝手にしろというところもあるのだが、いずれにしても、本番の夏ともなれば、今日みたいにじんわりと汗かく程度じゃなくて、汗が吹き出るという感じになるんだろうなぁ。
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BlogOut @千葉県中

2007年07月11日 21時38分37秒 | others
 相変わらず千葉県内のあちこちを飛び回っている。梅雨時なのが幸いしてか、灼熱地獄のような炎天下を汗を拭き拭きトボトボあるくような苦行にならないのはまだマシだが、それにしても毎日、それも一日に二カ所、三カ所しかも、ポイントごとにエリアが離れていたりするとけっこうしんどい。仕事は「講演みたいなもの」ということにしておくが、私は人前でしゃべるのが好きな方なので、こういうのは割と苦にならない方だと思っていたものの、さすが一ヶ月近く、ほぼ連日となると、話は違ってくる。
 ちなみに7月になって訪れたエリアは、思い出せるだけでも、印西市、鴨川市、東金市、市原、酒々井町、白井市、市川市、山武市、佐倉市、習志野市、千葉市などだ。私は千葉県生まれの千葉県育ちだが、さすがに北総鉄道だの、京成電鉄、あと東葉高速とかが交錯するエリアで、電車を乗り継いでいくと、そのうち今自分は千葉県のどの方向に向かっているか、わからなくなったりして、ヘラヘラ笑ってしまうことがある。
 ともあれ、この連続行脚もあと二週間だ、がんばろう。ちなみに写真は成東駅の階段でみかけたもので、ゼロ番線というのがちょっと珍しいかもしれないので撮ってみたものだ。いや、ゼロ番線自体は、日本でそれほど珍しくない存在なんだろけど、「へぇ、千葉県にもあるものなのねぇ」と妙に感心してしまったったもんでケータイでバシャリとやった次第。
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BlogOut @銚子電鉄

2007年06月28日 22時05分44秒 | others
相変わらず、毎日仕事で千葉県をかけずり回っている。実はつい先日だが、館山というところへ赴く途中で思わぬトラブルに遭遇し、更にそれが妙に悪い具合に発展してしまい、このところ気分も落ち込み気味なので、あちこち赴いては、人前で元気一杯に講演といったパフォーマンスをする気分には、実は到底なれなかったりもするのだが、だからといって入れた予定はキャンセルする訳にはいかない(飯のタネですからね....仕事はツライ)。粛々として進めているといったところである....など愚痴をいっても仕方がない。本日、赴いたのは銚子、しかも、銚子といっても、JR銚子駅から更に銚子電鉄というローカル線にのって、その終着駅である外川というところに行ってきた(千葉駅からだと2時間半くらいかかったかな)。

 で、この銚子電鉄、昔から名前は聞いていたし、これまた大分以前だが、NHKの朝ドラの「澪つくし」(デビュウ直後の沢口靖子が主演したヤツね)なんかでも出てきたから、けっこう有名なローカル線らしい。私は子供の頃「鉄道少年」だったので(笑)、実はけっこうワクワクしながら乗車したのだっだ。で、その実体はといえば、写真でご覧の通り、一両で走るまさに絵に描いたようなローカル線であった。銚子から犬吠埼の突端まで約20分かけてコトコト走っていくのだが、車内は私の他に2名ほどで実に閑散としたもの、冷房がないこの電車は窓を開け放し、窓から流れ込んでくる夏の生ぬるい風と、のどかなムードは、まさに少年時代にタイムスリップしたような趣があって、しばし懐かしい気分に浸ったのであった。

....なんて、妙に都会人ぶって書いてますけど、実は私が住んでいるところ、今でもこれと大差のないローカル線が走っていたりするんですよね(笑)。
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梅雨入り

2007年06月14日 22時52分51秒 | others
 どうやら本日から関東地方が梅雨入りしたようだ。ニュースによると平年より6日、昨年より5日遅いらしい、この時期の私は仕事で-しかも電車を使って-千葉県中を飛び回る毎日なので、資料のどっさり入ったバックだけでも持ち運ぶのはしんどいというに、それに傘が増えるだけでも憂鬱だ。雨にぬれた傘を持ちながら電車に乗り込んだら、席が空いてないどころが満員で、両手塞がったま、電車に揺られて、したたり落ちる汗も満足に拭けない....などという状況は考えるだけうっとうしい気分になる。なんでも、例年の関東の梅雨明けは7月20日頃らしいけど、梅雨って一ヶ月以上続くもんなのか、なんとも長い。

 ちなみに今日は野田市というところ行った後、そのまま千葉市で軽い飲み会があったのだけれど、夜半にはもう本格的などしゃぶり状態で、持っていた紙袋はびしょぬれ、履いていたスボンの折り目も雨がすっかりなくなりで、梅雨入り宣言、即本番という感じである。あと、この写真だけれど、昨日とったもので、本日も利用した東武野田線の某駅のものである。まぁ、カラッと晴れていれば晴れていたで「これから夏になると暑くてかなわんなぁ....」などと思ったりしていた訳だけど(笑)。
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一色紗英 @ポカリスエット

2007年06月10日 00時34分45秒 | others
 さきほど「揺れる想い」の項目を書いてから、くだんのCMがなんとなく気にかかったもんで、しつこくネットを検索していたら、さきほどついにみつけた(笑)。まさにしくネットにないものはない....である。彼女のポカリのCMはいろいろなところに点在しているのだけれど、とりあえず「揺れる想い」なが流れる夏の海岸がみれるurlは以下のとおりだ。そうそう、男のコの海パンひっぱるんだよなぁ....って懐かしく、再見したところだ。
 ただ、彼女はこのCMに3年間出ていたらしく、私の記憶の中ではどうもいろいろなヴァージョンがごっちゃになっていたところもあって、この後に制作されたより彼女の魅力がフィーチャーされた映像のイメージもこのCMのものだと思っていたフシもある。ともあれ、この時の一色紗英はまさに、キラキラと光り輝いていて、まぶしいほどに美しい。
 ちなみにこの写真は、私が昔使っていたメーラーの背景に使ってたもので、なんとも懐かしい(これもやっと見つけたものだ-笑)。それにして長いストレート・ヘアーに瓜実型の顔、都会的雰囲気という美人はいつの時代も「男に受ける」ものだけれど。この系譜を私的にみると、石原真理子-一色紗英と続いて、今はさしずめ仲間由紀恵といったところだろうか。

■みんなのCMサイト ~「ポカリスエット」-一色紗英.1993
http://cmnocm.blog102.fc2.com/blog-entry-212.html
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