つつじの書・・

霧島つつじが好きです。
のんびりと過ごしています。
日々の暮らしを、少しずつ書いています。

エッセイ 社長

2023-02-11 11:06:09 | 楽しい仲間


                           先生の講評……
                                   しがないサラリーマンの哀歓と虚勢が、すくいあげられている。
                                   荒れた社長宅、手紙の投函、息子の電話とまことによい展開、社長が良く書かれている。
                                   「親のように思える」奥さんとの生前の交流をしのばせるエピソードもあるといい。
                                   どこを削るか?
                           つつじのつぶやき・・・・・
                                   2011年の作品です。
                                     前回の「あんパン」を載せて、社長の事、由木さんたちの事、あの頃のことを懐かしんでいます。


                      エッセイ 社長   課題【父の背中・母の顔】 2011・8・26
 
          結婚をする前、小さな商事会社に勤めていた。
          社長が三十代の時に興した若い会社で、社員は途中入社が多かった。
          特に営業の人はよく入れ替わった。
          自動車メーカーで、常にトップクラスの販売をしたとか、
          保険会社でボーナスを貰うと現金の入った封筒が立ったとか、景気のいい話が飛び交っていた。
          そうならば、そこで頑張っていたらよかったのにと思うが、
          何か事情があってここに来たのだということは、皆が分かっていた。
          その日、その月の成績がものをいう。

          社長は特攻隊帰りで、色黒のぶっきらぼうな話し方をする人だった。
          社員が自慢話をしても、ジロッと見て「そうかい」とそっけない返事をしていた。
          
          二十年程前に会社を閉めた。
          その後、奥さんが亡くなって、社長は一人で暮している。
          以前勤めていた私達は、奥さんの命日近くにお花を持って集まる。
          その頃から随分と話しに加わり、よく笑うようになった。
          帰り道、社長は話し相手が欲しいのよと、私達は次に集まる約束をした。  

          今年、年賀状がなかった。
          具合でも悪いのかと気になって電話をしたが、何度かけても呼び出し音しかしない。
          先輩の由木さんと様子を見に行った。
          閑静な住宅街にある家は、植木が道路にまではみ出してる。
          暫く手を入れていないようだ。
          近所の人に聞いてみたが、お付き合いがないので分からないと言う。
          ポストに、「必ず連絡を下さい」と電話番号を書いて入れてきた。
          暫くしてして、別に住んでいる息子さんから電話があった。
          「昨年から病院に入っていて、今度施設に変わります、落ち着いたら知らせます」。
          まだ連絡がこない。

           私はこの会社に十年以上勤めた。
          社長も、亡くなった奥さんも、何時の頃からか東京の親のように思えて、時々ふっと心をよぎる。

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