エッセイ 市ヶ谷駅8時50分
文学散歩という10人ほどのサークルで、月に1度、都内を中心に出かけている。
東京には、作家のゆかりの地や、登場場面は沢山あるが、都市化でなかなかそ
の面影を拾うのは難しい。
近頃は、文学には関係のない、ニュースになったところや、街並みを散策するこ
とが多くなった。
今月は市ヶ谷の防衛省の施設見学と、靖国神社の桜の標本木、千鳥ヶ淵のお
花見というコースにし、集合は総武線の市ヶ谷駅改札、8時50分というのを申し
合わせた。
防衛省の見学には、時間厳守と、身分を証明するものを持ってくること、規律を
よく守らなければいけないと言われていたので、少し緊張をしていた。
三鷹駅から始発電車に乗った。5人がドアをはさんで向こう側、私はこちら側に
座れた。車内は出勤時間なのでほどほど混んでいる。新宿を過ぎたころ、市ヶ
谷迄あと5つかなと、ぼんやりと思って目を閉じていた。
突然、窓をドンドンとたたく音にびっくりして外を見ると、全員が真剣な顔で降り
ろという仕草をする。「えっ」と胸が痛くなった。
乗り過ごしたのかと慌てて人をかき分け「すみません、下してください」と声をあ
げ、ドアに向かったが閉ってしまった。
気まりが悪い、どこへ戻ったらいいのか居場所がない。ドアの前で、表の景色
を目で追った。
混乱しながら考えた。今の駅は千駄ヶ谷だった。何で皆は、千駄ヶ谷で降りた
のか腑に落ちない。「市ヶ谷駅8時50分時間厳守」の筈だ。兎に角、市ヶ谷駅
に行ってみた。
別のルートから来た人に、「あなたが戻ってくるのを待っている」とメールがあっ
たという。
市ヶ谷に着いていると伝えて、千駄ヶ谷からの到着を待った。
市ヶ谷と千駄ヶ谷、同じ「谷」の地名が付いているので間違えたようだ。
春、お花見のころは気持が昂揚する。
エッセイ教室 今月の課題 【春・自由課題】