エッセイ・朝鮮の母
許しがたい北朝鮮のテロ、「拉致」そして「大韓航空機の爆破事
件」二つの事件に関係した「金賢姫元死刑囚」が、拉致された田
口八重子さんの長男「飯塚紘一郎さん」と、韓国で面会した。
その模様が、テレビニュースで何度も流れたが、見るたび、胸が
締め付けられるような息苦しさを味わった。
妹、母を返せと、運動している飯塚繁雄さんと紘一郎さんの前に、
ドアーの向こうから、少し緊張しているような、青白い顔色の金
賢姫元死刑囚が姿を現す。
沢山の人が見守る記者会見の場で、普段、普通の生活をしている
であろう三人が、ぎこちない仕草の中、精一杯、今の気持ちを伝
えようとしている。
金賢姫元死刑囚が「抱いてもいいですか?」と、小さな問いかけ
をする。紘一郎さんが恥ずかしそうに、すっと寄っていった。母
のぬくもりを追い続けてきた紘一郎さんは、どんな気持ちだった
だろうか。
「お母さんは、屹度、生きていますよ」
「母が北朝鮮で、どんな生活をしていたのか知りたい」
「私が、朝鮮の母になります」
金賢姫元死刑囚の、落ち着いた話ぶりから、事件の修羅場をくぐ
りぬけてきた、その後が偲ばれる。国家の為と吹き込まれ、大韓
航空機爆破事件を起こし、死刑の判決を受けながら特赦で生かさ
れ、罪を背負って生きている姿なのだろう。
あのニュースから、大分、時が過ぎたが、「抱いてもいいですか
?」と、金賢姫元死刑囚の遠慮勝ちの問いに、紘一郎さんも、は
にかんだ顔で身体を寄せていった場面は、今でも心を温かくする。
人は、とても大切な心を伝える時、言葉だけではなく、身体を寄
せあっていくのかもしれない。今、私がそのような場面を思い描
く時、息子達に、何か、とても良い事が起きた時だろう、その時
は、黙って抱かせてもらうつもりである。
※ 先生の講評
実況中継の部分が多すぎる。後半の「あのニュースか
ら・・・」の記述にしたい。暖かい人柄がにじむ。