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あた子の柿畑日記

田舎での日々の生活と趣味のレザークラフトについて

瓶ヶ森 雨中登山

2022-07-09 00:36:35 | 山登り・里山歩き
 雷を伴った大雨。これが本当の梅雨明けの前触れのような気がします。四年前のような大きな被害がでませんように。
 
 白猪の滝へ行った次の日、わたしは孫たちの親子登山に便乗して瓶が森に登ることにしました。あのころはまだ梅雨らしいぐずついた天気ばかりで、なにも梅雨の最中に登山を計画しなくても・・・と思ったものです。
 とはいえ、わたしは親子登山とは全く無関係の1登山者として行ったのですよ。なぜこの日に行こうと思ったのかというとー
 大勢が登山する日なら単独で登っても寂しくないでしょう? あとについていけば迷うこともない(向こうはプロのガイド付き)たとえ何かあっても、近くに娘たちがいますから・・・と自分に都合のよいことばかりを考えて、自分で運転して瓶が森の駐車場まで行きました。
 瓶が森林道は「UFOライン」とも呼ばれ、かつてカローラのCMにも使われた雄大かつ美しい道ですが、そこにいたるまでの道はぐねぐねと曲がった狭い暗い道。離合の難しいところもたくさんあります。前に親子登山の一行の車が何台か走っていますので、対向車の心配はなかったものの、あまりのカーブの多さに目が回りそうでした。車を降りたら頭がくらくらしました。
 
 瓶が森は標高1892メートル、愛媛県では、石鎚山、二の森につぐ3番目に高い山ですが、車でかなり標高の高いところまで行きますので、登山その物はそんなにきつくないのです。
 出発した頃は曇りだった空が、登山口に近づくにつれ霧雨のようになってきました。さて、どうするんだろう。
 
 カッパをきて登るらしいです!
 
 で、わたしもカッパを着て、さてズボンをどうするかなあと考えたのですが結局面倒なのではきませんでした。霧雨くらいはさほど濡れることもないだろうー
 
 瓶が森と言えばクマザサの茂みと白骨林。しかしこれをどちらを向いて撮ったのか記憶がありません。
 まあこれほど自分の行動に記憶のない登山てあったかしら。
 
 多分石鎚山の見える方向を向いて撮ったのだと思うけど・・・ちがいました。瓶ヶ森山頂方面でした。

 
 どんよりと重たい空でした。石鎚山は雲のかなた。
 
 駐車場にある看板。
 まずは第1のピーク男山を目指します。そして尾根沿いに歩いて女山へ。ここが頂上1892メートルの地点です。そこから下って避難小屋を経由して駐車場へ帰ってくるらしいですが、その辺りの詳しいルートは聞きそびれました。わたしはあくまでも部外者ですから、後ろの方にひっそりと立っておりました。

 
 10分ほど登った場所から駐車場が見えました。


 向こうの三角おむすびみたいな形の山が子持ち権現だと思います。ここも鎖場があって、修行の山になっているそうです。

 
 みちみち1番目についたのが深紅のウツギ。ヤブウツギ?



 
 すぐに藪に入ります。

 
 山の中腹を通って女山へ抜ける道との分かれ道。中腹辺りは氷見二千石原と呼ばれているようです。

 
 丸太で作られた階段が作られていますがけっこうきつい。
 左手に笹原を見ながら



 ただただ笹の中を登りました。
 
 
 駐車場と登ってきた林道がみえました。

 さらに登って同じ場所を。
 林道はまだまだのびていて、石鎚山登山口である土小屋へ、さらに石鎚スカイラインへと続いています。

 
 その石鎚山は晴れていたらみえるはずなのですが、この日は一度も拝めませんでした。

 
 そして雲はますます重く垂れ込めて、雨も本格的になってきました。でも、行くのね。

 ここまでわたしは4~6分おきに足を止め写真を撮っています。そうやって息を整えてまた歩き出すーそれの繰り返しでした。足の疲れは感じません。駐車場から男山まではわずか500メートルほど。いわば世田山に登る程度の登山なのです。だけど、わたしは心肺機能が弱いらしく、息が続きません。これって鍛えてどうにかなるのでしょうか。普段から血中酸素濃度が95%以下なんですよ。

 きれいな花発見。

 
 たった一本、シュッと。どなたかのブログで見たような気がするのですが、相変わらず名前は覚えていません。

 
 ここが氷見二千石原なのかな。向こうには石鎚が見えるはずなんですが、みえたつもりで・・・



 
 道は滑りやすい岩の道になりました。ロープを手繰りながら登ります。子供たちの歓声が聞こえてきましたから、みんな楽しんだようです。



 
 そこを抜けるとまた開けた景色

 
  瓶が森にはこの木が多いです。

 
 明るい緑の新芽がきれい。

 
 まるで花か水中の藻のように広がっています。
 あとで聞いたらウラジロモミのようです。

 
 
 これもどこかで見たことがあるような? 葉っぱがショウジョウバカマに似ているんですが、多分違う植物です。

 
 休み休み登っていくものですから、先ほどまで聞こえていた子どもたちの賑やかな声も聞こえなくなってしまいました。そして、下で見た地図にはない避難小屋が現れ、そこを回って行くと

 
 ごめんなさい、お賽銭は持ってるんだけど財布出すのが面倒で。手だけ合わせておきました。どうもここが男山のてっぺんのようでした。

 さて、ここからどうするか。雨は激しくはありませんが結構降っていて、手がつめたくなってきました。カッパを履くのをサボったせいでズボンはびしょぬれ、防水のはずの登山靴の中がぐじゅぐじゅしてきました。水が入ったに違いありません。
 
 左下に避難小屋、この前の道が多分女山へ続く道

 
 こちらは・・・あはっ、何にもみえないや。

 
 これが元来た道



 
 わたしはすっかり意気消沈して、もう帰りたくなりました。後を追うほうが楽な道か、ここから引き返す方が楽か。ここへ来る直前にロープに頼らなければ上れない急坂があって、それを思い出すと何となく引き返すのもいやになります。
 
 電話して聞いてみよ!
 
 ところが!
 
 電話が通じませんでした。アンテナ棒が小さく一本立っているだけ。誤算でした。もし迷子になったりしたら連絡の取りようがないところだった。
 ということは、元来た道を引き返すのが1番確かです。登ってくるのに40分ほどでしたし、1本道だし。女山から下山する道はいくつか分かれ道がありました。迷う可能性大です。
 
 帰り道、雨はあられ混じりになってきました。
 ろくな服装もせずに登った子どもたち、大丈夫かしら。ウマオとトラオはたびたび登山していますからカッパも持っています。けど普段登山をしたことのない子どもたちは、100均のカッパはまだいい方で、ゴミ袋をくりぬいて頭と手を出しただけの格好をした子も何人もいたのです。手足はびしょぬれよねえ。体は冷えてないかしら。雨をよけてお弁当食べる場所はあったかしら。
 
 
 登るとき気がついていたけど写真に撮ってなかった花。これもウツギの仲間でしょうか。ひたすら下へ下りたかったけど、これだけ立ち止まって写真を撮りました。
 
 
 後で調べたらツクバネウツギに似ていました。
 
 去年石鎚から下山するときもたった一人で夕暮れの山道を歩いて心細い思いをしました。わたしっていつも下山で寂しい思いをするんだなあ。
 登りの一人はいいけど、下山の時こそ連れが欲しいーとやっと気づきました。息が切れることもないからおしゃべりしながら歩けます。けどこの日ババ友達はそれぞれ都合が悪くて一緒に来られなかったのです。
 
 駐車場近くのトイレと看板がみえてきたときはほっとしました。



 ここまで34分、ほんとうにたいしたことはない道だったのです。雨さえ降らなければね。
 車の中にシートを広げてカッパや帽子や濡れたものを投げ入れ、靴下も脱いで靴を履き替え、持って来たおにぎり等を食べました。そして、「先に帰る」とメールをして、駐車場を出ました。
 わたしが子どもたちを心配していたのと反対に、主催者さんが、「ばあちゃんがおらん。」と青くなっていたそうです。ありがとうございます。参加者でも何でもなかったのに心配していただいて。
 
 
 ところで
 わたしは、別に安部さんの信奉者でもなんでもありませんが、思想信条がどうであれ、暴力で言論を封じるのは許せません。人が暴力で人の命を奪い、自由を奪い、自分の思い通りに動かせようという傾向がどんどん強くなっていくようで憂えていますが、今の日本でこんなことまで起こるなんて。民主主義はどこへ行くのでしょう。
 安倍晋三さんのご冥福を祈ります。
 
 
 
 
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深緑の、子規漱石も歩いた道

2022-07-07 00:33:22 | 山登り・里山歩き
 帰り道途中に、滝道へ下りる急坂があります。冬に来たとき登ってきた道です。同じ道を歩くのは芸がないから、この道を帰ってみようということになりました。
 滝道とは、明治時代から白猪の滝に続く道で、正岡子規や夏目漱石も白猪の滝を見るために歩いたのだそうです。詳しいルートはこちら
 
 滝道から今の遊歩道に出る手前の数歩間が急な坂で、ロープを頼らなければならないほどです。急な坂というのは上りよりも下りの方がずっと怖いものですが、覚悟を決めてさあ下りよう、としたとき
 
 
 なに?これ。
 焦げたホットケーキみたいにふっくら。
 きのこですよね。下に足があるか見たかったのですが解りませんでした。

 
 ほんの3,4歩の難所を過ぎ、黒滝という岩の黒い沢は寄り道をせずに通り過ぎると

 
 日当たりのよい4,5メートルの道はホタルブクロの並木のように見えました。多分、小さなチョウにとってはね。わたしたちの後先をひらひらと飛んでいたのですがなかなかカメラには収められませんで、やっと正視したところを写しました。


 スジグロチョウかな? 1匹の羽根はぼろぼろでした。カップルのようです。人工林の中の細い細い道を抜け広い道に出たところに、上に続く道を見つけました。ちょっと寄り道をしてみようということになり、登っていくと
 
 まだ新しい砂防ダムが見えました。前に来たときはひたすら滝を目指しましたのでここには気づきませんでした。
 これ以上近づけないね。
 いや、この程度の草なら大丈夫。
 わたしたちは草丈の低いところを選んで踏みしめながら進んでいきました。
 
 
 

 
 この上から景色を見たかった。けれど手前に柵があって鍵がかかっていました。多分点検などでたまに使うのだろうと思いました。
 
 手前のプレートには、「本堤 昭和48年10月着手 49年3月完成 改良 平成28年3月着手 平成29年5月完成」とありました。まだ新しい堤防でした。しかも改良の方がずっと工事期間が長かったです。そんなことまで丁寧に読んで 
 おもしろかった、小さな冒険だったね。一人じゃできなかったけど。さあ引き返しましょうと振り返ったとき
 
 わあ!

 
 
 背後にこんな景色が広がっていたとは

 
 万緑に囲まれた小さな集落。美しい風景でした。寄り道をしなかったら気づかなかったかもしれません。
 
 元来た道へ戻ってくるとなにやら施設があって、こちらの方は砂防ダムよりずっと古そうでした。けど、前にこんなところ通ったかなあ?
 

 問屋浄水場。たしかこのあたりに「といや」という集落があったはず。その集落を潤す水瓶のようです。

 
 ここまで来ると道は広々として、シキミの林一面にホタルブクロが群れ咲いているのがおもしろかったです。
 ホタルブクロってこのあたりでは珍しくも何ともない花なんだなあと改めて思いました。

 
 なんだか記憶のない道を下っていって・・・
 
 ああ、これこれ!
 フライパンの道に出ました。
 
 前の記事を読み返してみると、どうも前に歩いた道とは違った道を下りてきたようです。やっと見覚えのある景色、といっても前の枯れた景色とは違い、棚田にはイネが植えられ、草も伸びて、みずみずしく生命力に満ちた景色でした。

 
 そこからわたしたちは、以前通らなかった広い車道を歩いてみました。

 雨に洗われた緑が本当にきれい。
 道ばたに植えられたサカキに花が咲いていました。



 小さな三角地にはあじさい。
 その色の美しさに感嘆したり



 何を見ても楽しく心躍るハイキングでした。
 そして降りて来たところにある白猪屋さんでできたてのこんにゃくを買って帰りました。
 
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マイナスイオンを浴びて

2022-07-04 09:48:56 | 山登り・里山歩き
 今日は恵みの雨になりました。2週間前もこんな感じのお天気で、本来ならばそれがまだ続いているはずだったのに。ここ1週間のお天気と言ったら・・・・・白猪の滝の爽やかさを思い出しながら書いています。
 
 白猪の滝中腹にある小さな菖蒲園が見頃になったという記事を読んでからずっとぐずついた天気で、見に行けたのは1週間後でした。花は期待できないかなあ? 
 アジサイが見頃になっていました。
 
 
 花菖蒲は予想通り。

 
 去年株分けをして今年はことのほか花が少なかったのだそうです。そのうえ時期を逃したのだからしかたありません。けれどこの菖蒲を守る人への協力金のつもりで、200円の入場料を払って入りました。「花が少のうてすみません。」と言っておられましたが。
 
 そうそう、花手水はどうなったかな? この前、作っているところに出くわしていました。(こちら)


 
 わたしの提案した竹の井桁にネットを乗せるというアイディアはうまくいかなかったようです。
 この縁がみえないように花を挿したいね。
 わたしたち勝手に鼻の位置を変えて遊びました。
 
 石臼に浮かべたのはいい感じ。前に用意していた小さなプラスチックの桶はやめたようです。

 
 菖蒲園をすぎ、滝を目指して遊歩道を上っていきますと、何かが道を横切りました。

 
 横歩きながらなかなか素早くて、隙間に隠れる寸前に撮影成功。
 連日の雨で沢を流れる水もおおかったです。
 小滝といわれる段差のある渓流

 
 わたしたち、この前は氷瀑の融けたころに行きましたから、今度は蕩蕩と流れ落ちる滝を期待しています。
 今度は地面に落ちた無数の白い花に足を止めました。

 このままぴあすにしたらかわいいんじゃない?

 これは雄花なのかなあ、それとも雄しべがまだ残っているのかなあ。落ちている花の形に2種類あったのです。

 
 何処の木から落ちてきたの?
 これだけ広い範囲に落ちているんだから、大きい木よね?
 まだ花が残ってたらどの木かわかるんだけど。


 
 上を見上げてもさっぱりわかりませんでした。
 どうもこんな葉の木のようなのですが。
 
 
 もっと上に行ったら花が残っているかもしれない。
 そして滝近くで見つけたのがこれです。
 多分同じ葉なんだけどー残念、今度は花が咲いていませんでした。
 
 




 
 
 
 こんな小さな草花も



 
 ウバユリがもうすぐ咲きそうです。
 
 さあ、白猪の滝が見えてきました。



 
 水しぶきで煙っています。遊歩道まで霧のようなしぶきが降りかかってきます。
 
 「ナイアガラほどじゃないけどね、滝のしぶきも浴びて満足。」彼女が言いました。そうそう、ナイアガラの滝はカッパを着て、サンダルを履いて「霧の乙女号」とういう船に乗って滝壺を周遊するのです。いつになったら海外へいけるかなあ、もう歳をとっていけないかもしれない(お金もないし)そんな会話をしながら、今は今で、こんな暮らしに満足している二人です。
 滝の正面につくられた遊歩道をぐるっと歩いてみました。


 
 緑に覆われた世界。



 この遊歩道、本来はぐるっと繋がっているのですが途中、3メートルほどが通行止めになっています。多分落石の恐れがあるのでしょう。簡単ににテープがはられているだけのなので内緒でくぐり抜けました。さすがに時期を過ぎたら来る人も少ないねえ、なんて、気持ちのいい景色を独り占め。清々しい山歩きでした。
 
 
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林道を歩いてみた

2022-06-18 09:11:46 | 山登り・里山歩き
 松山市からの帰り、白猪の滝の菖蒲園に寄ってきました。そろそろ咲いているかな?
 けれど菖蒲もアジサイもまだ咲き始めでした。まだまだ10日くらい先のことだろうと。
 
 菖蒲園の近くでは地元の人が何人も開園の準備作業をしていました。その中に
 
 
水を入れる大きな桶に竹を巻いて男性男性が二人いました。こんな桶を大中小3つ並べて花手水を作るんだそうです。花が沈んでしまうのでどうしたらいいかなあと悩んでいたのでついついわたしも一緒に考えてしまいました。
 目の粗いネットはどうかしら?
 どうやって取り付けるかが問題じゃなあ。端っこが出たら不細工なけん。
 水を引くところまで竹で覆って、風情のある姿にしたい様子。
 ついでにここ(水のおちるところ)にししおどしを作ったらー と、次々とアイデアは浮かぶようで、
 「そんなこと言いよったら切りがない、」と苦笑いされていましたが
 どうやらわたしの提案したネットをどうにかしてみるらしいです。

 
 そこで作業のお邪魔をするのをやめて滝を目指して歩いて行ったのですが、からかいの滝へ続くという林道との分かれ道に来て、気が変わりました。そうだきょうはこの道を歩いてみよう。









 
 道はコンクリートで舗装され、野の花の咲く気持ちのいい道でした。
やがて舗装が途切れると石ころだらけの道になりました。でも林道ですからトラックが走れるだけの幅はあります。木がない分明るく快調に歩いて行きました。
 この日わたしは20分後にアラームを設定し、とにかく20分だけはわき目もふらず歩いてみようと決めていましたので、写真の道は帰りに撮ったものです。編集上、行きながら撮ったように見せかけています。
 
 舗装されてない道には車の轍が2本。
 それが雨で浸食されて小川のようになってきました。
 
 
 本当に水の流れているところさえありました。
 
 
 これは車でも通るのが難しい・・・四駆の軽四トラックなら行けるかしら。ただ、道の草は短く、全く誰も何も通らなくなったというわけではなさそうでした。
 アラームはまだ鳴りません。
 


 
 やがて道のまん中の草も丈高くなり、轍のへこみもなくなって、さて、これ以上行くのはどうかなあ。迷っていたらアラームが鳴りました。
 


 ちょっとほっとしました。よかった、引き返す時間だ。けれどすぐ目の前にまだ(他ではとっくに実になっている)ウツギが咲いていて、白いチョウが群れていたのでついつい足を止めて眺めてしまいました。
 
 
 スジグロチョウ?
 いいお相手を見つけたよう・・・・

 
 と思ったら横やりが入ったようです。



 
 チョウの三角関係。どうなることかと野次馬根性で見ていましたが、どうなったんだっけ?
 
 というのも、花の向こうに変わったチョウを見つけて、そちらの方に興味が移ってしまいましたので


 
 あれ、アサギマダラじゃない?
  
 もうちょっとこちらの花に来て
 
 でもチョウは空高く飛んでいきました。あわててスマホで追いかけましたが
 
 
 あらら、何も写ってない。
 広い空の一粒の点をとらえるためにずいぶん苦労したのですよ。
 花のまわりに群がっていた白いチョウに比べるとその飛翔能力は半端ない、まるで鳥です。
 
 わたしはアサギマダラの飛び方に特徴があることを見つけました。それは、
 いつもせわしなく羽根を動かし続けるのではなく、時折羽根を広げたまますーっと飛んで行くんですね。きっとあれは風に乗ってるんだわと思いました。高く、遠く、長く旅するチョウは、飛びながらでも休むすべを知っているのかもしれません。
 
 
 風に乗って滑空
 


 高く舞い上がる

 
 もう帰る時間が来ているのに、ずいぶん長く留まってしまいました。とうとうアサギマダラがどこかへ行ってしまったので、ようやく引き返しました。
 
 道ばたの草花も眺めながら





 
 クモや虫を眺めながら

 
 


 
 
 先ほど作業をしていた場所まで下りてくると。

 

 竹のおけが二つ完成していました。そこでもう一つわたしのアイデアを
 
 生け花では竹で花器の中に井桁を組んでそこにお花を挿すことがあるんですけど、桶に竹の竿を井桁に組んで入れたらどうでしょう。ごくごく浅い位置で竿をとめたら、その上にネットを置くだけでいいと思いますけど。
そのネットの間に花を入れれば花はいつも上にあるはずです。桶は下に行くほど狭い形ですので竿をぴたっと合う位置にはめ込んだら下へは落ちないはず。二人はすぐに原理を理解してくれて、早速やってみようと用意を始めました。実際は、わずかに傾いて組んでも落ちてしまうので、がっちりと組むのは難しいのですけど、丁寧な作業をする方たちのようでしたから大丈夫でしょう。
 
 その二日後、知り合いの知り合いがあの辺でなくなったという話を聞きました。それ知ってる! もう半年くらい前だけどニュースにもなっていました。確かわたしくらいの女性だったはず。一人歩きは危ないよねえという結論になり、歳をとったら念には念を入れて安全にあるかねばーと思ったことを覚えています。見つかったのは白猪の滝付近だったそうです。
 うぉ~ あれ以上奥深く行かなくてよかった。滝への道は公園として整備されていますが、一歩外れば何があるか分からない道ー肝に銘じておきましょう。
 
 あれから10日たちました。菖蒲園も見頃になっているはず。花手水のできも気になるし、訪れる人も多くなって寂しくはないでしょうから、もう一度行ってみます。
 
 
 








 
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忙しい週末 1

2022-06-11 19:55:56 | 山登り・里山歩き
 先週の土曜日
 午後は早くから予定が決まっていました。なのに、2日前になって娘が、午前中ウマオの付き添いで瀬戸内休暇村へ行って欲しいと・・・・ 最悪の場合、休暇村でお風呂に入って着替えて今治市へ行かなければ間に合わないのではーという過密スケジュールでしたが、幸い家に帰ってシャワーを浴びる時間はありました。
 
 国民休暇村の遊歩道で、小学校低学年の親子オリエンテーリング。ルールは本格的なオリエンテーリングに比べるとうんと簡単だし、事前にどの順番で回るかも説明されたので、景色も眺めながら楽しい散策でした。
 コース自体は秋に家族で歩いた道と同じでした。が、今回はあのとき行かなかった岬の端っこまで行きました。
 
 こんなに曲がった松があることも初めて知りました。
 

 そしてこの周辺のどこかに文字を一つだけ書いたカードがあります。 要所要所でそのカードを見つけて自分たちの地図にメモしていくのです。
 
 ハマヒルガオが咲いていました。
 
 花はヒルガオとそっくりですが、葉っぱが違います。

 
  次は洞窟です。
 
  へえ~ こんなところがあったのか。 ここに人が住んでいたこともあったとか。
 
 
 
 
 入り口は大人でもゆっくり入れるほど広かったです。

 
 洞窟を出たら大崎の端。砂浜が途切れるところです。この先は崖になっています。
 
 
 ここが昔の越智郡(現在は今治市)と周桑郡(昭和46年まで周桑郡、その後東予市となり平成の合併で西条市となっている )との境界だったそうです。
 
 「越智周桑郡堺」の石柱が立っていました。
 
 
 いくつかの大きな岩が転がっていますが、向こうの岩、アザラシに見えません?

 
 それから道を引き返し、竜神社へと向かいます。ここからの遊歩道については以前の記事に詳しく書いています。



 向こうに見えるのは平地島 右の小さいのが小平地島だそうです。ああ、これが! 昔、海辺の学校に勤めていた頃、この無人島に渡って地引き網を引こうという計画があったのですが、実現しませんでした。 
 
 
 いったん宿舎まで上りそれから車道を通って再び遊歩道に入ります。アメリカフウに囲まれた広場のあるところです。それからスイレンの池に。

 
 いっぱい咲いていました。
 
 
 駐車場まではすぐそこ。11時過ぎには解散したので、時間的には余裕がありましたが、残念だったのは以前歩けなかった尾根の遊歩道を今回も歩けなかったこと。子どもの足では時間がかかりすぎたのです。いつか個人的に歩いてみたいと思います。
 
 さて、午後からはがらりと雰囲気を変えて小さなコンサートに。
 今治市ゆかりの本庄さん 新居浜市ゆかりの正田さん、西条市ゆかりの松木さん3人によるユーフォニュームとピアノのコンサート
 
 
 
 ユーフォニュームのデュエットというのは珍しかったです。低音の深い音がすてき。
 写真OK SNS OKということでしたがわたしの座った場所からは譜面台がじゃまでー
 


 鏡を撮りました。

 ユーフォニュームの二重奏というのもよかったのですが、これにピアノが加わると、全く音色の違う楽器なのにより美しい響きを生み出すのです。たとえて言うならば、深い森の奥に吹く風と小鳥のさえずりのような調和が生まれてきました。
 
 ピアノの松木さんは、子どもの頃、わたしたちの少年少女合唱団に所属していました。こんなにも立派な演奏家になった彼女と再会できたことに感慨深いものがありました。 
 




 
 
 
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再開

2022-05-07 23:48:46 | 山登り・里山歩き
 ようやくブログ再開です。記事を書きかけでほったらかしにすること1ヶ月以上。書きかけの記事にはトサミズキの画像が残っていました。









 この、一年で1番美しい季節にお休みなんてねえ・・・アップしようと思って撮りためた写真がおそらく1000枚ちかくあるのではないでしょうか。
 
 ちょうど春の県展の搬入日が迫っていて、相当焦っていたのです。肩こりからくるのどの腫れと痛みと、鼻の奥のできものと、耳の、びりっびりっと何かで突き刺されるような痛みと、おなじく後頭部の痛みとーここまでひどい状況になるのは久しぶりでした。が、制作をやめるわけにはいかず、かなり無理をしてしまいました。
 悪いことはいくつも重なって、ウインドウズ11にアップデートしてついでにセキュリティを強化したところ、パソコンが動かなくなってしまいました。いえ、動きはするのですけど、何かをクリックしておいて他で一仕事してまたパソコンに向かうというくらい遅くて・・・そして運の悪いことに、ついに画像の容量がいっぱいになってしまいました。
 さて、容量が満タンなのは前からわかっていて、ここ数ヶ月、無駄にアップロードしていた写真をいちいち調べて削除して・・・と手間暇かかることをしていたのですが、それも限界。有料ブログに切り替えるか、新しく柿畑を立ち上げるかになってしまいました。
 おまけにいい季節で遊ぶのも忙しいし、草との戦いも忙しい。昼間くたくたになると、夜は寝るだけです。ひとたびパソコンから遠ざかると、それもなかなか気楽でね。やっと思い腰を上げました。
 それからがまたややこしくて、いえ、わたしがとろくさいだけなんですけど、結論から言えばどちらも実現しておりません。相変わらず、無駄な写真を削除して、書いています。もうだいぶマンネリ化してきた柿畑日記、やめてもいいかなあ、なんて思ったことも。
 
 でもやっぱりね、ブログを書くというのは、わたしにとって大切な作業であることを再認識したのです。読んでくださる方がいて、その方たちにどうしたらわかりやすく伝えられるだろうかと考えて、独りよがりではない文章を書くというのは相当な脳トレです。書くために証拠写真を撮りためて、小さな変化や発見にも心躍らせて、喜び探しの日々を過ごせるのもブログのおかげだとつくづく思うのです。
 
 さて、何から書きましょうかねえ。
 
 まずはこの日から
 
 


 4月30日、ハロ現象が見られましたね。この日わたしとトラオたちとは石鎚ロープウエイに乗りました。そこからさらにリフトに乗ってピクニック広場へ。リフトを降りたりたところで子どもたちが空を見上げて騒いでいるのを見て、わたしは思わず抱えていたリュックを放り捨ててスマホを構えましたよ。
 なんていい日に山に来たんでしょう。飛行機が太陽に突っ込んでいくように飛んでいました。
 
 乗り場に行くまでの道々も、新緑の山、また山。初夏の石鎚山のふもとは緑のスケールがちがいました。下界では早くも濃い緑一色になろうとしていたのですが、ここではまだこんなにいろいろなみどり・・・ついつい運転はのろのろに。
 




 
 
 猛スピードで走る県外車が三台も追い抜いていきました。この新緑は今日しか見られないのにもったいない。道をゆずりながらわたしは思いました。
 それも仕方のないことではあったのです。ロープウエイの運行時刻は限られているし、一便遅れれば登山にも影響が出るでしょうし。
 駐車場はびっくりするくらい車が多かったです。わたし無作為に20台車を数えたのですが、そのうちの18台が県外車でした。
 
 わたしたちは石鎚登山をしに来たのではありません。石鎚神社の成就社近くにある黒川山のアケボノツツジがきれいだと聞いてハイキングに来たのです。リフトをおりてほんの数分歩いたところまでリフトの係員の人が案内してくれました。



 真っ白な雲海と、濃いピンクのミツバツツジ、そして石鎚山。
 わたしたち、なんて運がいいんでしょう。
 ただ、肝心のアケボノツツジは、2,3日前の強風で散ってしまったそうです。でも、少しは残っていました。
 


 アップダウンのある道をたどり着いた先に見える風景です。 ここから少し上ると黒川山の山頂らしいのですが、わたしと孫たちは頂上へ行かずに降りることにしました。というのも久しぶりの山だったせいか、それとも空気がうすかったせいか、さほどきつい山でもないのに息が上がってしんどかったからです。
 
 帰りはリフトに乗らず、歩いて成就社経由でロープウエイ乗り場まで下りる計画でした。
 


 この階段を上ればすぐ成就社なんですが、この日のわたしはあまり階段を上りたくなかったので、ぐるっと遊歩道を回って行きました。途中、わたしを追い抜いていった娘から電話が。遅いので心配したらしいです。大丈夫、神社からホラ貝も太鼓も聞こえてきたから、すぐ着くよ。どうもこの日は何かのお祀りがあったようでした。
 


 石鎚神社は、ふもとと、この成就にある成就社と、土小屋遙拝殿と、山頂社と、お参りするところがいくつにも分かれています。成就は地名です。石鎚登山ルートのうち成就社ルートの起点でもあります。
 ここで持って来たおにぎりを食べ、ロープウエイまでのんびりと歩きました。
 
 
 下に見えるのは西条の町並みでしょうか。いい汗をかいて楽しい一日でした。
 
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登山気分の山歩き5 消えていく痕跡   

2022-03-22 09:29:31 | 山登り・里山歩き
 杉の花粉をあびてアレルギーを引き起こしてしまったトラオ。
「もう、昭和人はぁー」ぷりぷり怒りながら山を下ります。
 おやおや、平成生まれにかかったら昭和以前は縄文人並みなんだねえ。
「こんなに木を植えるけん花粉が飛ぶんよ。」
 それはそうだけど・・・・終戦後、木材の需要を見込んでこぞって杉や檜を植えました。地域で部落山という山を共同所有していて、みんなの共有財産として木を植えたのです。自分たちのためではなく子供や孫の世代に収入を得られるようにと。木がある程度大きくなるまでは下草を刈って世話をしなければなりません。刈払い機などなかった時代、柄の長いエガマという鎌で急斜面のススキなどを刈っていくのです。弟が高校生のころ、アルバイトで下草刈に行ったりしていました。 相当な重労働だったと聞きました。 そんな話をトラオにしてやりました。トラオにとっては負の遺産としか思えないだろうけど、敗戦後、日本中が必死に平和で豊かな生活を築こうとしていた父母世代の苦労も願いも知っている私は、木を植えたことを全否定はできません。 
 
 そして、この道
 
 
 狭くて急な道だけど、なんと丁寧に造られていることか。
 山側に石を積み上げて土地を平らにし、そこに畑を作り家を建てていたらしいです。こ道は曽我部家からさらに上まで続いているそうです。
 ほどなく後から下りてきた者が追いつきました。。
 「トラオ、ばあちゃんを急かしたらいかんよ。」トラオパパはいつも気遣ってくれます。
 いやいや、あおり歩きなんかしてないよ。この道のおかげで楽々と歩けました。そしてトラオも下に降りたらかゆいのが楽になった、と機嫌がよくなりました。 
 
 みんなで厳しかったであろう山の暮らしをあれこれ想像しながら歩きました。
 学校へ通うのも、たまの買い物も、病気になったときも、この道を歩いていかなければならなかったのでしょう。 買い物に行ったら思い荷物を持って歩かなければなりません。
 郵便屋さんも運送屋さんもたいへんだねえ。歩いて家まで届けるんだろう? 今でも郵便配達員はいて、山の中に点在する民家などに歩いて届けています。
 最初にここに住み着いた人はなぜここを選んだんだろう? 解けない疑問です。
 
 下のほうに降りてくると、シキミやお茶を栽している畑がいくつもありました。この辺りでは、日本でここだけという独特の製法でお茶を作っていたそうです。それは石鎚黒茶と呼ばれ、今はふもとの地域の人々に受け継がれて産直市などでも売られています。大変体にいいお茶だそうです。

 
 そのお茶の木も放置されてつる植物に覆われているところが多くみられました。こうして徐々に徐々に人々の暮らしていた痕跡は自然の中に消えていくのでしょう。

 
 出発点まで降りてきました。そこで初めて気づいたのですが、すでに廃屋になっているこの建物は、

 
 山から下りてきた人をむかえるように立っていました。
 幅広い間口や大きな冷蔵庫から、おそらく村の暮らしを支えるお店だったのだろうと思われました。

 
 道の下を流れる川の水は透き通って



 大きな岩がごろごろ

 
 美しい渓谷の景色でした。
 
 
 記念碑が建っているのですが、字が読めません。



 
 渓谷の上に橋がかかっていて、向こうに神社が見えました。
 


 もしかして影が6つない?
 いえいえ、ちゃんと5人ですよ。
 
 
 参道に建てられた標柱。平成13年に改修工事か何かが行われたのでしょうか。
 
 すごい! ここで養蚕がされていたんだねえ。 

 
 組合があるほど養蚕が盛んだったなんて・・・・そんなに遠い昔ではないのに一度も聞いたことのない事実でした。
 
 その先にあるお宮までは行きませんでした。ただ、すがすがしく手入れされた参道に、人々が今も大切にしていることがうかがえました。途中にあった祠もそうですが、山を下りても、この村に心を残している人がいるのだろうなあと思いました。


 
 私の手元に一冊の本があります。西条市に住む写真館のご主人が、長年、消え去りつつある石鎚のふもとの集落を訪ね歩いて写真で記録した本です。
 
 


 
 
 その中に曽我部さんご夫婦のことも書かれています。ご夫婦で畑仕事をしていた時に写したというご夫婦は穏やかに笑っておられました。ブランド品だ、グルメだと次々と新しいものを追い求める現代人からすべての虚飾をはぎ取り、欲を削り取って、自然の一部として生きていたらこういういい笑顔になるのでしょうか。私はそんな生き方はとてもできないけれど、自然の中では、生きていくことそのことが尊い、こう思った日でした。
 ちなみに、その本によると、分散する集落にはモノレールが架設されていて重い荷物はそれを使って運んでいたようです。

 車に乗り込んで数分行くと石鎚小学校跡がありました。ちょっと寄ってみる?と車を止めて坂を降りようとしたら足元にまた例のものが。そして先に歩いていた娘が
 「あ! さる!」と叫びました。声に驚いたのか数匹の群れが茂みに逃げ込んでいきました。慌ててスマホを構えてようやく1匹の姿を捉えました。

 
 校舎はすでになく、運動場だったらしい広場があるだけでした。
 
 娘(今日の山歩きも)面白かったねえ。
 私 うん。だけど、あの道を登るのは、もういいかな。この辺に車で来るのはいいけど。
 娘 しんどかった?
 
   だって、サルのうんちだらけだろ?  
  そっちか~い
                                  登山気分の山歩きシリーズ 終わり
 
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登山気分の山歩き4 廃村へ

2022-03-20 01:21:23 | 山登り・里山歩き
   白猪の滝、唐岬の滝に行った2日後、娘たちがいきなり、今は住む人のいなくなった石鎚のふもとの村に行くので一緒に行くかと誘いに来ました。午前中は別の用事があったのだけど、このチャンス、逃してはもったいない。娘たちとは別々に石鎚ロープウエイへ続く道へ車を走らせました。
  高瀑の滝への分かれ道で合流、今は住む人のなくなった旧石鎚村へ。
  この村の最後の住人、曽我部さんの住んでいた家に行くそうです。トラオパパは以前トライして道を間違えたどり着けなかったのでリベンジというわけです。
 
 ここの広場に車を止め 
 
 
 おお~
 いきなりこの坂かい。



 
 山側にはきれいに石が積まれて

 
 細い道がジグザクに上に続いています。けっこう険しい・・・
 木々に包まれて壊れかけた家が。



 この石の上に落ちているのは?

 
 サルの落とし物ではないかと。キツネやタヌキはわざわざきれいな石の上にフンはしないだろうというのですが、どうなんでしょう。人間が通るための平らな石一つ一つにフンがおいてあったりするのでひたすら下を向いて歩かなければなりません。中にはトイレのようにたくさんのフンが集まったところもあって、なんとなく人間ぽいp習性がサルなのかなあ、と思ってしまいました。
 
 植林された木々ですが、間伐はあまりされてないようです。



 しばらく行くとまた壊れた家

 そこを過ぎるとまた細い道

 
 こうやって石を積んで平らにしたところには、昔はもっともっと家があったのでしょうが今は見当たりませんでした。
 
 小さな祠がありました。
 

 
 誰かがお正月を迎える準備をしたのでしょうか。しめ飾りにお餅が備えてありました。お茶の賞味期限を確かめたところ、今年の5月だったそうです。傍らに生けられたシキミもまだ青々としていました。
 村がなくなった今でも、ここまでわざわざお祀りしに来てるんだねえ。わたしは感動しました。
 
 道の傍らにそびえるのは石積みの常夜灯



 夜この道を歩く人もいたのだろうか、だれがこの常夜灯にろうそくをともしていたのだろう?この火がなければ真っ暗な山道だったことでしょう。目印もろくにない同じような道を歩いていたら、
 昔の人がよく、狐に騙されて同じところをぐるぐる回って家に帰れなかった、なんて話をしていたけど、さもありなん、と思ってしまいました。
 ここのおうちは生活用品もそのまま残っていました。
 


 
 娘が子供たちに言い聞かせていました。
 廃屋に来ても、壊さない、入らない、盗らない、つまり何もしてはいけないと。私たちはただ見せてもらうだけです。
 
 登山と違ってただ登るだけの道を1時間ほど歩いたころ、やっと目指す曽我部さんの家に着きました。
 きれいに手入れされたお庭もありました。

 
 長い縁側のある家。建てられたのは江戸時代だとか。

 
  わらぶきの屋根を手入れしながら住んでおられたのだとか。

 
 かなり大きな家でした。

 
 縁側に座ると美しい山々が見えたそうですが、曽我部さんが山を下りるとき畑に植えた杉の木が大きくなって、視界は遮られていました。

 
 でも少し畑のほうへ移動すると

 
 左後ろにちょこっと見えているのが石鎚だそうです。
 ここでちょっとした事件が。
 ちょうど目の高さのところで杉の花が開いていたのです。
 ああ~、花粉が見える! 向こうでみんなが叫んでいました。そして間もなくトラオが目がかゆいと騒ぎだしました。
 


 ここまででも相当高く登ってきたと思うにに、さらに上に集落があったそうです。親たちはこのあたりを探検するのに夢中でしたが、トラオは目のかゆさからイライラと怒り出し、花粉から逃げたいがために早く山を下りようとせかします。結局ここでばあちゃんの出番。一足先にトラオと降り始めました。
 
  主のいない家の庭にはボタンの芽が
 
 
 あまり荒れ果てた感じじゃないなあ、と思いながら登りと同じようにいやなものをふんづけないように、下ばかり見て歩きました。  ーつづくー
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登山気分の山歩き 3 唐岬の滝

2022-03-13 09:20:00 | 山登り・里山歩き
 さあ、唐岬の滝に向かって下っていきます。
 これは道ではなく、水のない沢
 
 
 道は緩やかでした。 「白猪峠」への道しるべがありました。 白猪の滝の道にも「白猪峠」への道しるべがありました。白猪峠ってどんなところなんだろう。 この道をいけば白猪峠経由白猪の滝へいけるのかもしれません。

 
 私たちが行くのはこっちの道。あと500メートル。

 
 舗装はされていませんが車の通った後がありました。 歩きやすい道でした。

 
 後で考えれば、地図に「ひろば」とあったところがここだったんだなあと思いますが、その時は何も思わず。
 初めて見る看板をしみじみと眺めました。






 水源林造成って? 広葉樹の森にするって言うこと? 山の持ち主がそれをしているのではなく? 謎の多い看板でした。 後日、タイミングよく新聞に関係する記事がでて、謎が解けました。が、それについては最後に描きます。
 
 歩きやすかったのはここまで、
 道しるべにはあと250メートルとありましたが・・・


 
 今考えると、たった250メートルだったんだ。
 あたりは雑木だらけ、放置されたらしい車まであって

 
 苔むした切り株だけの森

 
 天に向かって立つ巨木。雷に打たれたのでしょうか、ぼろぼろの姿になってそそり立っていましたが、それでも枝には葉が茂っていました。あたりにこれほどの大きな木はなく、孤高の風格がありました。

 
 幹の中心部は空洞になっており、外皮だけで生きているらしいです。 穴から遠くの景色が見えました。
 


 素晴らしい生命力だと思いました。
 
 そして、このあたりからとてつもなく険しい道になったのです。
 けもの道のような道を登り
 
 ただ、木々の間から滝が見え始めたので、私たちは勇気百倍、元気をもらいました。
 
 
 
 やがて下り。
 手すりがあるのはありがたいです。が高低差はすごい。一気に下へと降りていきました。

 
 手すりがあっても足元はこんなの。

 
 傾斜はこんなの

 
 帰りにはここを登らなけらばならないのです。 友人のBさん
 「短い脚をどこに置くか考えんといかん。」
 そのくらい段差の大きいところもあって
 
 むき出しの根っこが足を引っかける罠のように交錯しているところも
 
 
 何十メートルもあろうかと思われる木が倒れているところを過ぎると

 ついに目の前に滝が現れました。


 
 まだつららが残っているところもありました。
 

 
 若者は下まで降りて滝近くで遊んでいましたが、私たちは上のほうでたっぷりと滝を眺めてから一足早く帰路につきました。険しいと言ってもわずか200メートルほどの距離ですから、さほどつらい山歩きではなかったのです。たまたまとはいえ、思い切って来てよかった。もしかしたら一生見ることもなかったかもしれない唐岬の滝を見ることができて、疲れよりも充実感でいっぱいでした。
 ここからは私達だけで、カフェ クロモリで濃厚なゴルゴンゾーラチーズケーキを食べ、2時間近くもおしゃべりして帰りました。
 
 さて、水造りの森のことですが、
 
 広場の謎が多い看板のところまで帰ってくると、
 下にこんなものが立っていました。



 広葉樹の森にすることは想像がつきました。しかし植樹をした形跡はなく、低い雑木や草が茂っているだけ。Kちゃんが自然に還しているんだと言っていましたが、自然に還せばもう、山林としての収入はなくなります。山の持ち主さんはそれを承知しているんだろうか。

 その答えは数日後の新聞記事にありました。
 戦後植樹された桧や杉は、安い外材に押されて儲けにならず、間伐もされず放置された森がたくさんあります。密に木の茂った常緑の森は日が差さず、下草も生えず、落ち葉が少ないので土に水を湛えることもせず、災害を引き起こすおそれもあります。そこへ行政が税金を投入して間伐などを行う「森林経営管理制度」が県内で進んでいるのだとか。
  
 そういえば、黒森峠を走っていて小さな違和感を抱いた景色がありました。
 


 木を伐採された後がススキの原になっているのです。ということは、伐採されてから何年か経っているということ、すぐに新しい木を植えるつもりはないということです。こんな場所が何か所もあって、なんだか変な景色だなあと思いながら山道を走りました。水源林造成事業によって、やがてここにパイオニアプランツと呼ばれる低木が生え、長い年月を経て広葉樹の森を作るー長い長い取り組みだったようです。
 一方西条市の西条自然学校の理事長、山本さんを中心とするボランティア団体「西条伐倒団」は、手入れのできなくなった山林の持ち主の依頼を受けて木を伐採し、自然に還す試みがされているんだとか。けれど、急峻な山に作られた人工林を自然に還すのは容易ではないそうです。
 私たちが見た森も、十年以上たってやっと雑木が茂りだしたところでした。
 山歩きをしながら大きな勉強をさせてもらいました。
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登山気分の山歩き 2 白猪の滝

2022-03-08 22:19:03 | 山登り・里山歩き
 
 滝道を登り切り、そこからはいつもの遊歩道を歩いて滝を目指しました。
 氷瀑を見に来た時にもあったミツマタのつぼみは、前に見た時と同じ状態。寒波の到来で花を開くのが遅れているようでした。
 
 
 
 
 前にこんな看板あったかなあ? よく読むと面白いエピソードです。



 その小滝というのはこれのことでしょう。

 
 段差は小さいけれど写真で見たら確かに滝に見えます。
 先日の雨のせいか、それとも雪解け水なのか、水量が多いと思いました。

 
 道に大きな石がごろごろ。 こわっ! 前にはなかったのに。しかし、これは雨のせいで落ちたのではなく、岩が氷の力で割れたのだとか。春先によくある現象だそうです。

 
 漱石、子規が白猪の滝を読んだ句。 二人は友人でしたが一緒に来たわけではなさそうです。



 まもなく大滝が見えてきました。
  二月半ほど前にはすべて凍っていた滝はすっかり融けて、今までにないくらいたくさんの水が流れ落ちていました。

 
 滝つぼにはまだ雪が残っています。



 ここまで登ると滝の全容が見えます。


 
 けど、結構な傾斜なんです。道はがれきの道。滝に気を取られていると石につまづくし、下ばかり見ているとせっかくの滝がみえない・・・そう、以前わたしが、滝を見ながら歩いていて転んだところです。
 一番高いところから下を見ると、道がよく見えました。
 ほんのちょっとの距離ですが、なんだか本格的に登山をしたような気分。 
 
 

 道をぐるっと回ったところで駐車場に帰ります。帰りは歩きやすい遊歩道から帰りました。
 山藤のさやが散らばっていました。
 
 途中に、唐岬(からかい)の滝への林道へと分かれるところがあります。

 
 聞いていた計画では、若者たちは唐岬の滝に行くというので、てっきりこの林道を歩いていくのだと思っていました。さすがに体力的についていけないので、私たちは白猪の滝だけ見たら帰ろうと言っていました。ところが、車で滝近くの駐車場まで行ってそこから歩くのだとか。それならば私たちも行けるんじゃないかということで、3人は私の車で行くことにしました。
 
 実は・・・・わたしは、車で唐岬の滝に行くことはできないかと考えまして、ひそかに偵察していたのです。
 唐岬の滝は、白猪の滝と同じ道をさらに10キロほど行きます。久万高原町の面河に通じる道で、黒森峠と呼ばれています。昨年の春、トラオパパの運転で面河ダムへ行ったし、私が運転して母と紅葉見物にも行ったことがあるし、全く知らない道ではありません。ただ、細い曲がりくねった道で離合の難しい場所もたくさんあるし、難所ではあります。
 
 松山市からの帰り道、3時頃に走ったのですが、たった一人で走ってみると、植林された針葉樹の森は暗いというよりも陰気臭く、さすが「黒森」というだけあるわ、と妙に納得しながら不安が募ってきました。唐岬の滝ってこんなに暗い道にあったっけ? 私の記憶では、開けた道に大きな目立つ看板があったと思います。けど、行けども行けども暗い森。
 ふいに山頭火の「分け入っても 分け入っても 青い山」という句を思い出しました。山道を、答えのない問いを背負って歩く乞食僧姿の山頭火。彼の深い深い孤独が今になって分かるような気がしました。半世紀もたってからね。
 「走っても 走っても 暗い山」 ついに私は孤独に負けて引き返しました。だって、スマホの電波は届かず、自分の位置さえわからなかったのです。やっと電波の通るところまで来て確認したらあと12分くらいのところまで来てはいました。
 
 けど、3人がひたすらしゃべり続けた今日のドライブは・・・・ 暗い森も陰気ではなく、長かった道のりも案外短く、思っていたよりもずいぶん早く目的地までつきました。

 
 そうそう、ここよ。立派な看板があるので、わりと誰でも行ける場所なんじゃないかなあ。いつも通るたびに思っていましたが、トラオパパはなんとなく簡単ではなさそうな口ぶりでしたっけ。



 事前に調べたところでは、駐車場から滝までは徒歩で15分ほど。地図で見てもわりと大きな道のように見えました。
 
  ーつづくー
 

 






 
 
 
 
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