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じゅずつなぎ

「導入してまだ二年しか経ってないのにもうペケか。あんたとこの機械はあかんな。前のメーカーの機種に換えるぞ」
「申し訳ありません。故障箇所は修理しておきましたのでもうだいじょうぶです」
 川島は吉永精機の社長にひたすら頭を下げた。油まみれの右手には一メートルぐらいのゴムホースが握られている。
 ライバル社のプレス機を使っていたこの吉永精機に、少々強引な営業をしてやっと自社のプレス機を導入させた。ところが吉永精機の納める製品に不具合が多発して納入先の四葉重工からきついおしかり。調べてみると川島が売り込んだプレス機の不具合だと判明した。
 川島は重い足取りで掛井機械工業の門をくぐった。門からすぐの建物に川島が所属する営業部がある。夜十時をまわっている。課長が帰宅せず待っているはずだ。
「どうだった」
「吉永社長カンカンでした。そうでしょうな。四葉から取引停止をいい渡される直前だったのですから」
「で、原因は分かったのか」
「こいつです」
 川島は、吉永精機のプレス機から取り外して持ち帰ったゴムホースを、課長の前に置いた。
「これは油タンクとシリンダーをつないでいる油圧用のゴムホースです。このホースの端のリングを見てください」
 直径三〇ミリのホースの両端にステンレスのリングが付いている。
「別に異変はないようだが」
「ノギスで計ってみてください」
 課長はデジタルノギスでリングの径を計測して首を傾げた。
「ごくわずかだが楕円になっているな」
「リングが歪んでいるため、シリンダーとホースのつなぎ目にすき間ができて、ごくわずかずつ油圧用の油が漏れていたのです」
 課長の顔色が変わった。
「プレス機としては根本的な欠陥だな」
「そうです。そのため所定の圧力が出ず吉永精機は不良品を作っていたわけです」
「品質管理のチェックにかからなかったのか」
「品管用ロボットが見逃していたようです。私と同時にロボットメーカーの山崎メカトロニクスも呼ばれていました」
 課長は電話に手を伸ばしながらいった。
「この製品を吉永精機以外何社に納入した」
「六社です」
「大至急点検に行け」
 電話の相手が出た。
「部長。プレス機PX700Jに不具合が発生しました。原因はホースを固定するリングです。私の課で納入した物は明日中に処理します」
 営業部長の要請で緊急会議が招集された。メンバーは営業部長、製造部長、資材部長、品質管理部長、設計部長。議長は専務が務めている。
「アメリカ出張中の社長には私から連絡しておいた。帰国するまでに善処するようにとのご指示だ。で、設計部長、例のリングは設計の指定通りか」
「いえ。図面は真円ですが実物は楕円です。長径が短径より〇.三ミリ長いです」
「製造部長。PX700Jの生産はストップしたか」
「はい」
「品管部長。なぜこんな製品を出荷した」
「完成品の総合テストは全品合格です。油圧系統の各接ぎ手の油漏れもありませんでした。もちろん所定の圧力は発生しておりました。ごく微量ずつの油漏れのため二年経過しての圧力低下といえます」
「資材部長。リングはどこで作らせている」
「柳生金属です」
「大至急クレームを入れて原因と対応策を報告させろ」
 柳生金属の応接室。難しい顔をした男が五人。こちらのソファーに三人。奥のソファーに二人。奥の二人は掛井機械工業の資材部長と購買課長。こちらの三人は柳生金属の製造部長、品管部長、営業部長。品管部長がノギスでリングの径を計っている。
「何度計っても同じですよ。このリングは不良品です」
 掛井の購買課長がうんざりしたような顔でいった。柳生の人間がノギスでリングの径を計るのはこれで三度目。最初は営業部長が計り、製造部長が計り、そして今、品管部長が計っている。 
「確かにわずかに楕円になっていますね」
 品管部長がリングとノギスをテーブルに置きながら、伏し目がちにいった。
「まことに申し訳ありませんでした」
 営業部長が頭を下げた。それにつられて品管と製造の部長も頭を下げた。
「いつからこのリングを当社に納品しているか分かりますか」
「御社と私どもの取引は十年になります。このリングは当初から納入させていただいております」
「部長、PX700Jのクレーム当該機のロットナンバーは分かりますか」購買課長が聞いた。
「ちょっと待ってくれ」
 掛井の資材部長が携帯電話で問い合わせをしてメモを取る。
「わかったぞ大平くん」
 部長が大平課長にメモを手渡す。大平それを見てうなずいた。
「部長。PX700Jは発売されて五年ですが、不具合が発生しているのは二年前の出荷分からです」
「それ以前の三年分には不具合はないのか」
「まったくありません」
「柳生さんで二年前にこのリングの製造方法を変えましたか」
「調べます。すぐ分かります」
 柳生の製造部長が電話した。
「二年前このリングを作っているロボットを換えました」
 中里商事の応接室。柳生金属の資材部長が苦虫を噛みしめたような顔で座っている。前の茶碗は空。女子社員が二度お代わりを入れていった。三度目を入れようとしたが断った。そんなにお茶ばかり飲めない。
 この中里商事とのつきあいは古い。資材部長が柳生金属に入社した時にはすでに取引があった。小はスパナ、ペンチといった工具類から大はNCマシン、産業用ロボットまで。柳生金属の仕入れ先としては取引金額が最も大きい。もちろん中里商事にとって柳生は特Aランクのお得意だ。
 その特Aのお得意さまの資材部長が、わざわざ出向いてきた。親睦を深めるための訪問では決してない。資材部長の表情を見ただけでどういう用件かよくわかる。
「どうもお待たせしました」
 中里商事の専務が応接室に入ってきた。
「おや、渡辺さん。お久しぶり」
「ご迷惑をおかけしました。深津さん」
 渡辺は深津資材部長がまだ購買課長だったころの、中里の対柳生担当者だった。毎日のように顔をあわせていた。その後渡辺は中里商事の専務に昇格したが、深津にとって中里で最も気心の知れた人間である。通常なら中里の営業部長が応対に当たるべきである。それが深津にとって中里の人間で最も信頼できる渡辺が応対に出てきた。渡辺の後ろから営業部長も入ってきた。中里がいかにこの問題を重視しているのかよく分かる。
「弊社の製造ラインにロボットを導入するさい、メーカーは最終的に四葉か西電の二社に絞られた。で、結局、四葉ということになって四葉の代理店のおたくに発注したわけだ。社内では西電のロボットを推す声も多かったが、私が総合的に判断して四葉に決定した。今、私は会社で針のムシロに座っている」
「誠に申し訳ございません。四葉の担当者にも直ちに連絡しました。明日、私どもと四葉の担当者と御社におわびに参上しようと思っていたのですが、このように深津さんにご来社いただき恐縮です」
「うちと中里さんとのつき合いは長い。私も会社の資材業務を預かる者として中里さんにはたびたび助けてもらった。だからこんなことで御社との関係を壊したくないと、私は思っている」
「ありがとうございます」
「実は四葉のロボットに不具合が発生したことを西電がかぎつけてね。チャンスと猛烈な売り込みをかけてきてるんだ」
「当然です。私が西電の営業だったらそうします」
「社内はこれをしおに、ロボットを西電に替えようという雰囲気になってきた」
「分かりました。四葉ともよく相談して御社にこれ以上迷惑をかけないようにします」
「そうしてくれ」
「はい。ところで今晩はあいてますか」
「明日ならあいてる」
「では明日久しぶりに一席もうけます」 
 西日が差し込んで暑い。テーブルの上にはからのコーヒーカップが三つ。ネクタイを弛めて、ワイシャツの袖を腕まくりした男が二人ぐったりと椅子に座りこんでいる。
 四葉重工ロボット事業部の応接室である。
「なんとか本社に知れないうちに処理しないとエライことになるぞ」
「それでなくてもウチのロボットは最近、西電に押されっぱなしだからな」
「中里商事の渡辺専務えらい剣幕やったな。温厚な渡辺さんのあんな顔みるのは初めてだな」
 ドアが男が一人入ってきた。
「あ、課長分かりましたか」
「分かった。アーム部分の連結部の部品に規格違いがあった」
「資材課に連絡します」
 四葉重工ロボット事業部資材課の秋山課長は渋い顔で待っていた。吉永精機の吉永社長がもうすぐ来るはずだ。彼の工場で作った部品のせいで四葉のロボットに不具合が頻発している。

 クレームの輪がつながった。
 
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1月4日(金) 日本語が乱れとる!


「最近の若いもんの言葉使いはなっとらん」と怒る年寄りがいる。また、日本語が乱れていると心配する人もいる。
 こういうからには、こういう人たちにとっての日本語の基準となるモノサシがあるのだろう。そのモノサシから外れているから、日本語の乱れを憂うわけだ。では、このモノサシ、日本語ができたときからずっと同じモノサシだったのだろうか。縄文時代も飛鳥時代も江戸時代も、そして現代も同じモノサシだろうか。
 小生は別に言語学を勉強したことはない。その素人考えだが、昔も今も同じモノサシとは考えにくい。今のモノサシにあった日本語でも飛鳥時代のモノサシからは外れているだろう。飛鳥時代の人が「最近の若いもんの言葉使いはなっとらん」と怒る年寄りの日本語を聞いて合格点をくれるだろうか?
 言葉は変化するものである。だから日本語が乱れている、というより日本語が変わっていく、といった方が正解ではないだろうか。
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