鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

発掘された珍鳥‐十勝地方からのボナパルトカモメ初記録

2008-05-17 18:12:35 | 海鳥
1
All Photos by Chishima,J.
ボナパルトカモメの第1回冬羽/夏羽 2007年5月 北海道中川郡豊頃町)


 ボナパルトカモメ Larus philadelphia は、アラスカからカナダにかけての北米で繁殖し、冬はアメリカから中米、南米の一部まで渡る小型のカモメである。日本ではきわめて稀な迷鳥で、1985年12月に茨城県那珂湊市で観察されたのが初記録である。その後同一と考えられる個体が、神奈川県多摩川河口で翌年2月まで観察された。多摩川河口では1987年4月にも記録があり、同年5月には北海道白老郡でも観察されており、尾羽の特徴から同一個体の可能性が指摘されている。茨城県と最初の多摩川の記録、2回目の多摩川と北海道の記録はそれぞれ同一個体と思われるため、国内では2例の渡来記録があると考えるのが妥当であろう。
 本種の第1回冬羽/夏羽と考えられる個体1羽を、2007年5月10日、北海道十勝地方の沿岸部で観察した(冒頭の写真)。場所は中川郡豊頃町大津の大津漁港西側の海岸(北緯42度40分15秒、東経143度37分57秒)である。当日の天気は曇りで、砂浜にはオオセグロカモメやカモメが多数(100羽以上)集まり、また波打ち際近くをユリカモメやカモメが次から次に飛んで行き、その一部は汀線近くで採餌していた。ボナパルトカモメと考えられる個体は、波打ち際付近を飛翔しているのが観察・撮影されており、砂浜ほか地上への降下は確認していない。
 本個体をユリカモメではなく、ボナパルトカモメと考えた理由は以下の通りである。①嘴が細く、また黒い。②初列風切の下面は先端(黒)と、外側数枚の外弁(灰色)を除いて白く、この部分が黒いユリカモメとは異なる。③初列雨覆の外弁に明瞭な黒色部がある(この特徴は、たとえば「The Sibley’s Guide to Birds」等にも示されている)。ボナパルトカモメは全長28~30㎝と、ユリカモメ(同38~44㎝)と比べてかなり小型であるはずだが、現地で認識していなかったため、明瞭な記憶は無い。
 大きさが未確認なものの、上記特徴から本個体はボナパルトカモメであると考えられ、日本では20年ぶり3例目の記録であろう(未発表記録が存在する可能性はあるが)。移動期のユリカモメやカモメと一緒に観察されたこと、87年にも関東と北海道で同一と考えられる個体が観察されていることから、本個体も国内あるいは周辺のどこかで越冬していた可能性がある。


ユリカモメ(第1回夏羽)の飛翔
以下すべて2008年5月 北海道中川郡豊頃町
初列風切下面の黒色ほか、嘴や初列雨覆など冒頭の写真との違いに注目。
2


                   *

 ここまで読まれた方は、「2007年?2008年の間違いか?」、あるいは「なぜ今頃?」とお思いかもしれない。何のことは無い。記録は正真正銘の2007年だが、存在に気付いたのが一月余り前なのである。
 4月初め、世間はやれ入学式だ、やれ新入社員だと騒いでいる頃、一向に終わりの見えない年度末の仕事に取り組んでいた私は、一種の現実逃避としてハードディスクに溜まった写真を、あてもなく眺めていた(そんなことばかりしているから一向に終わりが見えないのだという、すごく的を射た非難は、この際無視しておく)。
 ちょうど一年前あたりから見始めたストックは、「こんなのもあったナ」という一抹の感傷が潤滑油となり、いつの間にか5月になっていた(早く仕事をしろ、というありがたい忠告も、この際置いておく)。そして5月10日、薄暗い曇りの日ながら、カモメ類の画像が沢山出てきた。おぼろげな記憶の糸を手繰り寄せる。あぁ、そうだった。海岸にいつになく多くのカモメ類が集まってたんだ。で、波打ち際にもユリカモメとかがひっきりなしに飛んでたっけ。それらを適当に撮っておいたのはいいが、その後の忙しさに感けて整理してなかったなぁ。
 冒頭の写真に行き当たり、はたと違和感を覚えた。「このユリカモメ、変でしょ」。同日に撮影した別のユリカモメの画像を開き、見比べる。と、よく似てはいるが嘴や翼下面の違いを見出した。「別種?」。なんか初列の下面が白い近縁種がいたような、うろ覚えの記憶とともに図鑑を当たる。頁を繰る手が徐々に震えるのを感じた。「どうやら、大変なモノを見ちまったみたいだ…」。しかし、こちとらボナパルトカモメなるものを見たことがない。何しろ子供の頃、「野鳥」誌で国内初記録の記事を見たのと、その後のフィールドガイドの改訂版で新たに掲載された種というくらいの記憶しかないのだから。北米では稀ならぬ鳥らしいので、その方面の図鑑やサイトを眺め、更に数人の友人・知人にも意見を求め、ボナパルトであろうとの結論に達した。


ユリカモメ(成鳥夏羽)の飛翔
やはり初列風切下面の黒色部は顕著。
3


 きわめて稀な迷鳥に出会え、一年近く後とは言え自ら同定のスリリングな過程を楽しめたのは勿論嬉しいのだが、反面、現地で気付けなかった情けなさ、気付いていればもう少しマシな写真が撮れたかもしれないという悔しさもあり、複雑な心持ちである。

                   *

 先週末、その多くが黒い頭巾の夏羽に衣替えしたユリカモメの一群が、長い旅の途上、河口に降り立った。昨年のボナパルト出現時期と重なったこともあって、降りている個体は目を皿のようにして粗を探し、飛翔個体は片っぱしから撮影してパソコンの画面上で拡大して確認したが、すべてユリカモメであった。やはり、アレは相当の幸運、云わば宝くじに当たったようなものだったようだ。


羽を休めるユリカモメ(左:成鳥夏羽、右:第1回夏羽)
第1回夏羽の個体は、雨覆、三列風切等に幼羽を残し、頭の黒もゴマ塩状で不明瞭。
4


 珍鳥こそ出なかったものの、国内ではごく短い時期しか見ることのできない、夏羽のユリカモメたちが、賑やかに鳴き交わしては水面に飛び込んで餌を取り、あるいは汀に羽を休め、時にデイスプレイのような行動を示して遠い北の繁殖地を彷彿とさせるのを日がな一日眺めているのは、実に楽しいものであった。また、ちょうど移動期に重なったようで他のカモメ類の姿も多く、まるで飽きることの無い、充実した時間であった。


河口の水面に群がる(ユリカモメ・ウミネコ・カモメ
小~中型のカモメ類が群がり、水面に飛び込んでは何かの稚魚らしいものを捕えていた。
5


ディスプレイの片鱗?(ユリカモメ・成鳥夏羽)
手前にいる4羽のうち、最手前の個体は「前進の姿勢」を示している。これはディスプレイ、攻撃のいずれにも用いられる基本的な姿勢。右側の2羽はペアなのか、鳴き交わしている。
6


 3日後、河口にはオオセグロカモメの若鳥軍団はまだ多数残っていたが、あれほどいたユリカモメの姿は殆ど消えていた。北上は着実に進行しているようだ。
 ナポレオンの甥の鳥類学者に献名された北米産の小さなカモメに、再び出会える日は来るだろうか?


ユリカモメ・成鳥夏羽
7


飛び立ち(ユリカモメ・成鳥夏羽)
8


(2008年5月17日   千嶋 淳)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿