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TOPPO WORLD

TOPPO(ダックスフンド)から見た周りの出来事いろいろ。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その11

2017年10月27日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
まだ小雨が降り続いているので、外でのたき火は諦めました。



暖炉の中の料理も出来上がったようです。
焼き芋もつくるそうです。



『グラタンパン?』とか言っていました。



これ結構うまかったです。



焼き芋もおいしく出来上がりました。



ピザは生地から挑戦です。



暖炉の落とし火で焼き上げ、熱々のピザです。



ピザを焼く60分くらい前には薪ストーブに火を入れて、ちょうどいい火種にして焼き上げました。



ほとんどの料理は男性陣の力作です。



このほかにもステーキなど、豪快な料理が続き、お腹がパンクしそうです。



北軽井沢スウィートグラスにはコテージやキャビンなど天候を気にせず気軽にアウトドアを楽しめるコテージやキャビンといった宿泊施設が用意されているので、家族一気あいあいで楽しく過ごせました。



それではスウィートグラスよりお別れです。


トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その10

2017年10月26日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
こちらは寝ぼけ顔での朝食です。



最近の男の人は料理もうまいものです。
半熟卵が見事にアレンジされていて、豪華な朝食です。



火の番をしていたダッチオーブンの料理は、なんでしょう。



まるまる丸鶏とかいう料理?のようです。



季節の野菜もふんだんに使われています。



野菜に囲まれた鶏の中にミートボール、トマト、うずらの卵などを入れ、かなり手の込んだ料理です。



パリパリ感を出すために、最後の仕上げです。



紅葉を横目で見ながらの食事は、キャンプの醍醐味です。



室内のはしごを昇るとそこはアスレチックさながらの遊びの空間があります。



孫はお気に入りのネットの上から、料理の進行具合を見守っています。



続く...............................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その9

2017年10月25日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
大人のほうが足元がフラフラしているので、孫に励まされています。



黄金色に色づく秋の紅葉に囲まれ、落ち葉を踏みしめながら歩くのは気持ちいいものです。



テントサイトは草原サイト、林間サイトなどバラエティに富んでいて、オートサイトはテントの隣に駐車ができます。



ツリーハウス『トントゥ』まで戻ってきました。



全員で顔出しの記念撮影です。



高機能キャンプ場で、お湯も出たり、電源が使えるサイトもあり、テントの人にもお風呂が用意されています。
でも、やはりテントは好天の時のほうが、楽しめそうです。



コテージに戻ってきました。



子供たちが腕を振るって、いろいろな料理に挑戦です



何の役にも立たない爺さんは、ベランダでダッチオーブンの火の番です。



続く................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その8

2017年10月24日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
おしぎっぱの森の中、地蔵川をのぼっていくと、ジェロニモの滝があります。



軽井沢と草津を結ぶ高原列車が走っていた昭和17年当時は、このあたりはのどかな風景が広がる地蔵川という地名でした。



北軽井沢の冬の寒さでは、ジェロニモの滝もしぶきで氷瀑のようになるのでしょう。
夏には、リバーアドベンチャーという大人気のイベントがあり、川下から滝壺までの歩いて上ります。
滝壺に辿り着く頃にはキンキンに冷えた清流は夏の熱った体を震えあがるほど冷やしてくれるそうです。



滝つぼに渡る丸太橋があります。



滑るといけないので、トッポパパは渡りませんでしたが、孫は平気な顔でついていきます。



渡り切ったら、孫はドヤ顔です。



この後は、大人でも躊躇しそうな幅の狭い丸太橋を、次々と挑戦です



下を流れる小川(地蔵川)はかなり浅いのですが、落ちれば大変なので心配しながら見守っていました。



森の中にはたくさんの遊具が設置されていて、思いっきり遊ぶことができます。



ネット情報では、関東一のキャンプ場というのもうなずけます。



続く........................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その7

2017年10月23日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
さらに奥に進むと、紅葉に囲まれた広場に距離の長いターザンロープがあります。
奥は瞑想小屋と呼ばれています。



一面に落ち葉が敷き詰められ、まるで別世界の風景です。



ここで重量級のパパも挑戦です。



何と地面スレスレの滑降です。
重量制限を設けないといけないようです。



もう慣れたのと自信をつかんだ孫は、笑顔がこぼれます。



森の中は深紅の紅葉が多いのですが、逆に黄色が目立つようになってきます。



またも、ハイジのブランコです。
ここでトッポママがブランコの漕ぎ方を実演していました。



指導よろしく、自力で大きく振れるようになってきました。



最後は、得意満面の笑顔で、もう次に行こうというまで続けていました。



森や川の方に隠れてる人形、『コロボックル』を探すゲームがあるそうです。
コロボックルは、アイヌの伝承に登場する小人で、アイヌ語で、一般的には「蕗の葉の下の人」という意味です。
最近は童画も人気のようです。



続く.....................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その6

2017年10月22日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
滞在中は曇り空でも雨を避けられたのは数時間だけでした。
紅葉も水滴を含み重そうです。



アルプスの少女ハイジに出てくるような、森の木にぶら下がる長いブランコがいくつかあり増す。



気をつけないと隣の木に激突しそうな感じです。



高い木の枝からぶら下げられたブランコは豪快に揺れるので、大人も結構楽しんでいます。



紅葉(もみじ)以外の木々にも紅葉が始まり、色合いが楽しめます。



本気度の高いボルダリングが設置されています。



孫も挑戦です。



長靴で、しかも幼稚園園児が滑らず登れるのか、ハラハラドキドキしながら眺めています。



こどのほうが開脚やひねりに柔軟で、親よりも軽快に登っていました。



続く................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その5

2017年10月21日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
現在は北軽井沢という地名で呼ばれていますが、開発される以前はこの辺りは地蔵川という地名でした。



広いドッグランが小型犬用と中・大型犬用に2つ併設されています。
ドッグランの近くにはドッグシャワーも完備されています。



ペット連れでキャンプに来た人は、愛犬をのびのび遊ばせることができます。



ちょっと変わった犬種のようで、飼い主さんに教えてもらったのですが、すいません忘れました。



ダックスの大型犬に似ているので、トッポを思い出しながらしばらく眺めていました。
嬉しそうに思いっきり走りまわっているのを見ると、トッポも連れてきてあげたかったと思います。



森の中の船をイメージしたツリーハウス『森の船ノア』です。
木立の中を木から木へ移動しながらでも、たどり着きます。



ネット情報では、ここで結婚式を挙げた人もいるそうです。
ツリーハウスが誓いの場、その周囲に椅子を並べ、森の小道はバージンロードに、小川に架かるウッドデッキは野外ステージにアレンジしたそうです。



ツリーハウスビルダー・稲垣豊さんのスイートグラスの作品は、『トントゥ』や『森の舟ノア』とのことです。



また、稲垣豊さんの作品が紹介された本、『ツリーハウスを作りたい』(二見書房)が発売されています。
この本では、これまでに作られた作品が、写真とともにずらりと掲載されています。



ツリーハウスは、しっかり子どもの冒険心や好奇心を捕まえています。



続く................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その4

2017年10月20日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
北軽井沢は標高1000m-1400mに位置し、夏は冷涼、冬は酷寒で亜寒帯湿潤気候に属しています。
冬は最低気温がマイナス20度以下になるそうですが、日本海側気候でないので積雪量は比較的少なく、南側の軽井沢町内旧軽井沢周辺にあるような独特の湿気も少ないそうです。
この紅葉も11月中旬ぐらいまで楽しめそうです。



森の中には、いくつかの『ターザンロープ』が設置されています。
孫はズーラシアで、ターザンロープになれたのか、上手に遊んでいます。



親のほうが四苦八苦しています。



最初は怖がって躊躇していたのに、一度コツをつかむと子供は運動能力も高く、順応性もあるのでしょう。



ベテランのキャンパーは本来のテントで楽しむ人も多くいます。
しかし、夜の寒さに対する防寒対策は必要でしょう。



森の入口で出迎えてくれるのはツリーハウス『トントゥ』です。



ディズニーの絵本に登場しそうな、森の家です。



吊り橋を通って森の中央に建つ別のツリーハウスへ移動もできます。
森の住人になったように渡り歩く体験も、子供じゃなくても楽しそうです。



子どもが遊べる場所がたくさんあるのは、家族で遊びに来るには最適な場所です。
季節ごとに子ども達が楽しめるイベントもたくさん企画されています。



広場に設置された大きな黒板『おしぎっぱ画廊』です。
雨上がりでしたので遊べませんでしたが、チョークで自由にお絵描きなどができます。



続く............................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その3

2017年10月19日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
翌日は雨が少し上がった時間を利用して、散策に出かけました。



スウィートグラスのシンボルである『ツリーハウス・マッシュルーム』です。
人気があるようで、ここの予約をとるのは大変そうです。



朝起きたら、木の上にいる感覚は、森の住人になった気分でしょう。



螺旋階段や、きのこのようなデッキの屋根など、随所に遊び心が散りばめられています。



小雨のあとの紅葉は、深紅の色に変わり、とても綺麗です。



遊び心いっぱいのつり橋があります。



森の中を駆け巡っている感じで、孫も駆けまわっています。



森の中は適度に紅葉の木があり、目を楽しませてくれます。



トッポパパも声をかけられ、上がってみましたが、雨で濡れているので足元がおぼつかないです。



転ばぬうちに退散です。
子供は元気ですね。



続く............................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その2

2017年10月18日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
暖炉の薪が、調度良く焚けている時の温度は250度近くになるようです。
煙突の煙も、いい感じです。



小雨交じりの天気ですが、多少濡れた感じの紅葉も、色鮮やかに見えます。



ハロウィンバージョンの管理棟です。



ハロウィンに因んだイベントも多数あるようです。



イベントの当日は、子供たちが、『トリック・オア・トリート♪トリック・オア・トリート♪』と叫びながら、コスチュームを着て、
指定された宿泊施設を回り、お菓子をもらうのでしょう。



大人気イベント『SGキャンプファイヤー』も催されるようです。



例年北軽井沢の紅葉は10月中旬から11月中旬といわれていますが、今年はすでに見ごたえのある紅葉が多く見られます。



トントゥの庭には、リビングのようなデッキテラスと居心地のよい椅子が用意され、専用庭では焚き火も可能です。



孫が落ち葉を集めてきて、紅葉(もみじ)の集会です。



誰かが作った、落ち葉とどんぐりのアートです。



続く..............................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その217 『軽井沢、Sweet Grass』 その1

2017年10月17日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
森や草原、小川を抱く3万坪の広大な敷地に、自然と調和して快適に過ごせるキャンプ場が北軽井沢にあると聞き、子供たちにつれて行ってもらいました。



横浜でもここ数日急に寒さが身に染みる毎日ですが、ここ軽井沢は今が紅葉のピークのようで楽しみです。



北軽井沢スウィートグラスは、浅間高原に広がる3万坪の敷地に森と小川と草原を抱いた、キャンプ場です。
春夏秋冬一年中遊べる様々なアクティビティや多彩なイベントが催されます。



トントゥの庭にある大きめのコテージに宿泊することになりました。



記念写真です。



子供たちのおかげで、爺さん婆さんまでキャンプ生活を楽しめるとは、幸せものです。



冷地となる北軽井沢では、日中でも暖炉の火が必要です。



まずは息子たちに教わりながら、暖炉に薪を焚くことから始めます。



炎は代替のきかないぬくもりを感じます。



揺らめきながら燃える薪の炎を眺めていると、不思議と穏やかな気持ちになります。
2泊3日の軽井沢のキャンプ生活が始まりました。



続く.............................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その216 『横浜中華街と横浜公園散策』 その10

2017年10月08日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
スタジアムのそばに噴水があります。



噴水が野球場みたいになっています。
木や花で野球のアートが造られています。



ボールはお花です。
なかなか面白い構図です。



水の広場です。
1887年(明治20年)に創設された横浜水道の100周年記念の年にあたる1987年(昭和62年)、当時の公園整備の担当者が構想・デザインをし、横浜水道100周年の記念として水の広場を作りました。
不思議な妖精「水の精」です。
トチノキの下に妖精と水瓶を置いたのは、ここが水源だということを表し、妖精が水源を守っているということになっています。



4体の像の一つ、獅子です。
全部の写真は以前紹介しましたが、4体の像はそれぞれ、馬→馬車道、獅子→市庁舎、龍→中華街、イルカ→港の方角を向いています。
この広場の地下には水道局の保有する地下給水タンクが埋まっており、このタンクをつくるタイミングで、水道局から記念になるものをつくりたいという話があり、広場が完成しました。



横浜スタジアムです。
1896年(明治29年)には当時の外人居留地運動場で、日本で最初の野球の国際試合が旧制一高ベースボール部と外人クラブの間で行われました。



1929年(昭和4年) 関東大震災復興事業の一環として「横浜公園球場」が竣工、こけら落としの早慶新人戦にスタンド満員の15,000人観衆を記録しました。



1934年(昭和9年) ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック率いる米大リーグオールスター来日、 全日本は 4 対 21 の大敗しましたが、 二人の偉業と日米プロ野球の歩みが、日本で唯一横浜スタジアムのスタンドに「メモリアルレリーフ」として記されています。



1945年(昭和20年) 終戦で駐留軍に接収され「ゲーリック球場」と命名されます。



1948年(昭和23年) 日本プロ野球初のナイトゲームがここ横浜球場で開催(巨人 対 中日)開催されました。



中華街と横浜公園、半日かかりましたがいい運動になりました。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その216 『横浜中華街と横浜公園散策』 その9

2017年10月07日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
『彼我庭園』です。
開港当時、在留外国人の生活環境改善を求めた条約に基づき、遊郭や沼地の跡地に整備され、1876年(明治9年)に開園しました。
外国人専用の洋式公園は1870年(明治3年)開設の山手公園ですが、 日本人も利用できる洋式公園は横浜公園から始まりました。
東京の日比谷公園はドイツ式洋風近代式公園と 日本初を謳っていますが、開園は1903年(明治36年)ですから 横浜公園のほうがかなり古いということです。



閑かな、ほっとする都会の隠れ家的日本庭園は、1909年(明治42年)に横浜市に公園の管理が移管され、『横浜公園』と改称された頃に作られました。



東屋風に竹作りの塀に囲まれた中には、蹲踞と水琴窟があります。



看板の説明によると、 茶室へ入る前に手と口の中を清潔にするための場所を蹲踞と言います。
竹の水管と水たまりのある手水鉢、さらにはその手前に敷設してある大小の石すべてを含めて蹲踞(つくばい)と言って、昔の人は茶席に入る際、ここで手を洗って入ったそうです。
水琴窟は、蹲踞で手を洗う際、ただただ洗った水の一部が小さな穴から地中の空洞に落ち、落ちたときの音が空洞の壁に反響して、
反響音が漏れ聞こえる仕組みです。



庭園の池周辺も綺麗に手入れがされています。



横浜公園も戦後、接収により一度は取り壊されましたが、1978年(昭和53年)の横浜スタジアム建設と同時期に再び整備されました。
現在、横浜公園は、大通り公園とペアで、かながわの公園50選の一つに選定されています。



友好と平和の灯篭「 Peace Lantern(ピースランタン)」 が設置されました。
この燈籠は、米国オレゴン州のポートランド日本庭園内にある雪見灯籠を複製(レプリカ)したものです。



ポートランド日本庭園内にある雪見灯籠は、1954年(昭和29年)頃から、当時の平沼亮三市長が、世界各地に「友好と平和の灯を点ずる」として寄贈したものの一つです。
燈籠には「Casting the Light of Everlasting Peace(恒久平和の灯をともす)」という文字が刻まれており、ポートランドでは「Peace Lantern(ピースランタン)」とよばれています。



横浜公園一帯は江戸時代の末期までは入海で、安政三年(1856年)に埋立てられ太田屋新田といいました。
横浜開港にともない、新田の沼地約一万五千坪が更に埋立てられ、港崎町と命名され、その中に岩亀楼などが開業し国際社交場として栄えた。



この灯籠は、妙音寺から横浜市(横浜開港資料館)に寄贈されたもので、石に刻んである「岩亀楼」の文字から、岩亀楼にちなむものだとわかります。
この灯籠は明治初年頃のものと思われるますが、震災、戦災によって多くの文明開化期の遺物を失った横浜にとっては貴重な文化財の一つといえます。



続く.............................................................。


トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その216 『横浜中華街と横浜公園散策』 その8

2017年10月06日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
長安道の地久門と善隣門の中間付近にテレビで放映されて有名になった『馬さんの店』、『龍仙』です。
時間によっては店の前に準備されている椅子には「馬さん」が座って、中華街を訪れる人に笑顔で接しています。
上海の味を再現し、 『朝一番のこの粥を食べる者には福きたる』と閑散とした早朝の中華街で、朝食を楽しむ老若男女でにぎわう店です。



関帝廟通りも西側にある、楼門です。
これで合計九つ門を紹介できましたが、あと一つが最後まで分かりませんでした。
自宅に帰り地図を調べたところ、東西南北の門の外側の石川町駅寄りにあることがわかりました。
次回機会がありましたらということで、ご勘弁ください。



『地久門』の名前の由来は、「地のとこしえ(永遠永久)」から来ています。
天地のように永遠と商売繁盛するようにとの願いで、東に立つ「天長門」と対になっています。



日本における新聞誕生の地と記された石碑があります。
ジョセフ彦(浜田彦蔵)が「海外新聞」 を発刊した居館の跡です。
浜田彦蔵は、リンカーン大統領と握手した唯一の日本人であり、日本最初の新聞を創刊しました。



碑文、『ここ、横浜の元居留地一四一番は、ーハ六四 (元治元) 年六月二十八日、ジョセフ彦が、「海外新聞」 を発刊した居館の跡である。彦は、リンカーン大統領と握手した唯一の日本人であった。リンカーンの民主政治が勃興期の米国の新聞の力に負うところ大なるを体得し、開国したばかりの祖国のため、日本最初の新聞を創刊し、「童子にも読める」新聞精神を提唱した。読みやすく判かりやすい新聞を、創世期の日本の新聞界に植えっけた新聞の父・彦の功は大きい。
さらに木戸孝允、伊藤博文、坂本竜馬など多くの人々に民主政治を伝えた彦は、民主主義の先駆者として、およそ新聞を読むほどの人々の心の奥に残る文化の恩人であった。』



ペリー黒船来航から7年後の、万延元年に日本における最初の西洋式ホテル「ヨコハマ・ホテル」がこの地に開業しました。
レストランやプール・バーも実はこの場所が発祥の地だったそうです。



日本初の近代ホテル「ヨコハマ・ホテル」はオランダ人船長C・J・フフナーゲルが開業しました。
シーボルト親子も滞在したそうです。
また、宿泊客のハイネは、ここで美味な料理をとれると賞称賛し、ワーグマン、クラーク等の著名文化人も多数、宿泊し滞在しました。
最新の外国文化の受け入れ窓口として、我が国の近代化に果たしたホテルです。



中華街とお別れです。
中国語ではトイレのことを洗手亭というようです。



帰路、横浜公演を横断して帰ります。
この公園は、横浜の中では山手公園についで2番目に古い公園で、横浜という都市の発展と共に歩んできた公園です。



在留外国人の生活環境改善を求めた条約に基づき、1876年(明治9年)に開園し、外国人(彼)と日本人(我)の双方が利用できたことから、当時は「彼我公園」(ひがこうえん)といわれていました。



続く........................................................。