TOPPO WORLD

TOPPO(ダックスフンド)から見た周りの出来事いろいろ。

トッポパパのメランコリー、 その28 『術後2年検診.............骨化の進行は?』

2011年07月31日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
台風の通過後、猛暑で節電を覚悟していた今年の夏ですが、ちょっと過ごしやすい?日々が続きます。
大学病院で後縦靭帯骨化症というややこしい難病に罹り、皆さんの後押しに勇気をもらい手術を受けたのが2年前の7月でした。
2年検診(どうやらこの病気は、難病<特定疾患>のため、術後の経過観察ということで、毎年、検診が行われるようです。)ということで、先週末、会社に休みをいただき、早朝大学病院へ直行しました。

有難いことではありませんが、通いなれた大学病院に入ると、術後前後の緊張感が思い起こされます。
朝早く診察券を通過させても、診察は昼ごろになると思われる番号札をもらい、順番待ちです。

トッポパパ、『トッポ! 帰ってきたぞ!』
トッポ、『お帰り! どうだった?』
最近は、もうすぐ14歳になるトッポも、すっかりお爺さんモードに入ったようで、よく寝ていることがあります。



前にMRIは撮りましたので、診察前にX線の撮影を済ませました。
整形外科診察の待合室には、いつものように多くの患者さんが待っています。
当大学病院は重症患者さんの治療を優先させていますとの告知版の張り紙を見ながら、トッポパパが時間をとっていいのかと思いながら、本を読み、待つことにしました。

術後2年の今の自覚症状は、時々左手薬指、小指に軽い痺れを感じる、左肩甲骨の奥の方が疲れると疼痛を感じる、そしてこれも時々ですが、歩いているとき左足がカクッと力が入らなくなる程度の違和感があるだけです。
激痛を感じて動けなかった術前から比べれば、日常生活に支障がない程度に軽快になり、手術は成功だったと思っています。

ただ、問題はこの病気の骨化の原因はいまだに不明(なので難病指定)のようで、骨化巣の進行によっては、再度の麻痺が起きることも十分考えられるので、進行があるのか、そのスピードが一抹の不安です。

トッポ、『でも、大丈夫だったんでしょう?』
トッポパパ、『グデェーっとしてないで、少しは起きろ!



待合室は痛みに耐えている患者さんもいるので、申し訳ない気持ちで待つこと数時間、やっと昼過ぎに名前を呼ばれ診察室へ入りました。

ドクター、『大変お待たせしました。 その後いかがですか?』
トッポパパ、『左手に若干痺れがあり、薬指、小指の握力はいまだに弱いようです。 首から肩甲骨にかけての、張りはありますが、ひどくなっている感じはありません。』

ドクターは話を聞きながら、2年前と今日のX線の画像を並べて、変化を観ています。

トッポパパ、『骨化巣は進行していますか?』
ドクター、『...........、そうですね、手術で開いた頸椎は異常なく良好ですね。』
トッポパパ、『ところで、骨化巣の進行は?(自分でも観ているが、よくわからない)』
ドクター、『(画像を注視しながら)進行しているか、していないかは微妙な状況ですが、顕著に進行している様子はないようです。 頸椎は綺麗に広がり、スペースは確保されているので、問題はないと思います。』
トッポパパ、『進行がそれほど確認できないということは、暫くは(3年?5年? いや、10年)ぐらいは心配しなくても大丈夫ですか?』
ドクター、『(こういうときドクターは、はっきりとは言わないですね)たぶん、大丈夫だと思います。』

トッポ、『よかったじゃない、まだ大丈夫なんだから。
トッポパパ、『まだとはなんだ! 』



トッポパパ、『ゴルフを始めていますが、首への影響は大丈夫ですか?』
ドクター、『大丈夫でしょう。』
トッポパパ、『左足がたまに、カクッとなる時があります。 健康保険組合のX線写真で、腰椎が曲がっていると言われたので、その影響ですかね?』

ちょっと調べてみましょうということで、軽く足を床につきながら、ハンマーで軽く両足の膝周辺をたたかれました。
右足は、たたかれてもそれほど反応しません。 左足は敏感に床を蹴って反応しました。
中空でする脚気(かっけ)の検査を思い出し(古いね!)あれっ!右足のほうが悪いのかと思いきや、左足が過敏のようですとのドクターの話でした。

ドクター、『これは、腰椎が原因ではなく、頸椎が原因でしょう。』
トッポパパ、『(術前、中枢神経が圧迫され損傷したのが原因でしょうから)これは足の筋力を鍛えて、対応するのが一番ですか?』
ドクター、『そうですね、私もそれが一番だと思います。』

その後、握力検査で、右は50近くまであり問題なし、以前10程度まで落ちた左手の握力は35まで回復していました。
左手の2本の指は多少痺れがあるので、左の握力はこれが精一杯でしょう。

トッポ、『大丈夫、順調に回復しているので、よかったね。』
トッポパパ、『ドクターには言えないけど、左指の痺れと握力の弱さはゴルフではハンディなんだから.....』
トッポ、『..................、技術の問題もあるけどね。
トッポパパ、『

まぁ、とりあえずトッポと良かったということで記念撮影です。



これ以上の軽快さを求めるのは、神様に術後の回復に感謝してこそ、文句の一つも言ったら罰が当たりそうです。

ドクター、『次回は、来年の7月の3年検診にしましょう。 次回は腰椎の検査も予定しておきます。』

とりあえず、大きな問題は無いということで、ちょっと安心して帰宅しました。
これからは、筋力強化と老化防止のためにもゴルフを積極的にするようにします。

トッポパパ、まだ運があるようです。
ご心配いただいた皆様には、トッポパパまだ元気で頑張れそうですと報告させていただきます。

トッポパパのメランコリー、 その27 『術後1年検診.............骨化の進行は?』

2010年08月07日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
トッポパパが昨年5月の海外出張中に、身体の痺れと激痛に突然襲われ、途方にくれて帰国しました。
いろいろな検査の結果、特定疾患(後縦靭帯骨化症、OPLL)と大学病院で診断され、7月後半に頸椎の大手術を受けました。
この病気の原因はまだ特定されていないので、現在でも難病指定とされています。
トッポパパの術後経過は予想以上に順調で、リスクの高い手術ではありましたが、その選択も正しかったと感じながら1年が経過しました。

現在は、ごく軽い痺れが左手に残る程度で、何の不自由を感じることなく日常生活に送っています。
ただ、病巣である頸椎の靭帯の骨化部分を取り除く手術ではなく、脊髄(中枢神経)の圧迫を取り除くため、頸椎を広げる手術でした。
問題は頸椎のスペースは広くなったが、圧迫され続けた中枢神経はどうなったのか?、骨化の進行状態はどうなっているのかが、気がかりな1年でもありました。
大学病院へ足を踏み入れると、ちょうど入院時と同じ季節なので、ジージィーとなくセミの音を聞きながら、もう1年が経ったのかと感慨無量でした。

トッポ、『お帰り、どうだった? 大丈夫?』



大学病院は2月の7ヶ月検診以来でしたが、相変わらず多くの患者さんが早朝より診察待ちで混雑していました。
朝7時前に家を出たのですが、重症患者さんの診察が長引いたのか、昼過ぎの診察になりました。
名前を呼ばれて室内に入ると、7月22日に検査したデータを前に、お医者さんがMRIの画像をじっと精査しています。

トッポパパ、『ところで、どうでしょうかね?(ちょっと緊張気味で)』
ドクター、『画像を観てください。 非常によくなっているようです。』

トッポ、『じゃぁ、よくなったんだね!』



今思い出すのは、最初に病院長の診察を受けた時、教授がMRI画像を観ながら『これは、立派な骨化だね....』と、つぶやいたことでした。
今回、術前と1年経過の画像を比較をするということで、二つ並べて説明を受けました。
画像はドクターからいただいたコピーをスキャンしたので、鮮明ではありませんが比較はできるようです。

左の画像で、真ん中より下にかけて、電車の線路のような白い線が観えます。
この辺りは胸椎にあたる部分で、白い部分が髄液で、髄液に囲まれて保護されている黒い部分が、頸髄(中枢神経の束)です。
白い2本線の外側の黒い部分が靭帯で、その外側が頸椎(胸椎、腰椎の順です)になります。
一般的には、頸椎(靭帯も含めて?)の内径は16mmぐらいのようで、中枢神経の束の外径は12mmぐらいと聞きました。(もちろん個人差はあるようです)

白い電車道の上の方に目を向けると、急激に黒い部分が圧迫されて細くなっています。
白い線もほとんど見えない(髄液で保護ができていない)のがわかります、そしてその外側の黒い部分(靭帯)が太くなり中枢神経の束を圧迫しているのが分かります。
ここが骨化した部分です。
中枢神経はチューブのようなものですので、断面図では分かりにくいのですが、たぶん一番細いところは半分ぐらい狭窄された状態です。
よく、こんなきれそうな中枢神経を抱えた状態で生きてこれたと不思議です。
立派な骨化だと言われても、その時はよく理解できませんでしたが、この写真をじっくり観ると、あらためてこの病気の怖さを感じました。

『転倒には細心の注意を払ってください』というドクターの言葉の意味がわかりました。
転倒して頸椎が衝撃を受けると、狭窄部の中枢神経が損傷したり、断絶する危険性があるとの警告だったのでしょう。
もちろん、中枢神経が切れれば即死でしょうし、損傷しても身体の麻痺や激痛が起き、日常生活を送るのが困難になるのでしょう。
ですから、難病指定なのでしょう。

トッポパパの場合は、手術で骨化部分の削減は行わず、首の後ろから頸椎を開いて中枢神経の束の通り道を確保することでした。
ただ、リスクの高い手術であることに変わりなく、術後も、圧迫された中枢神経が元に戻るのか?、骨化の進行はどの程度なのか? と、気がかりの1年でした。


 手術前のMRI画像                                      術後1年のMRI画像

 

術後1年の右上のMRI画像を観て、やっと安心しました。
なんと、頸椎部分の頸髄の太さが他の場所と同じくらいの太さに戻りつつあります。
中枢神経が頑張って、再生?というか元の太さに戻った! 
1年の間に、長期にわたって圧迫され損傷していた中枢神経が正常に近くなったと考えていいようです。
それにスペースが確保されたので、髄液の通り道も確保されてきたのか、白い線で覆われはじめています。

本当に、よく頑張って再生してくれた中枢神経に感謝感激です。



トッポ、『ところで、骨化の進行はどうだった。』
ドクターに尋ねたところ、この画像だけでは骨化が進行していないとは断言できないが、画像で見る限り進行しているようには見えないと思いますとの回答でした。

トッポパパ、『現在残っているかすかな痺れは、損傷した神経が完全には復元できていないからと考えられるわけですね。』
ドクター、『そうです。 ただ術後1-2年の間は、まだ回復する可能性もあります。』
トッポパパ、『まだよくなる可能性もあるわけだ!(あまり欲張ってもいけませんね)』

ドクター、『ここまで、軽快になっていますので、次回は1年後の診断でいいでしょう。』
トッポパパ、『ほんとうに、ありがとうございました。 安心しました。』
と、最敬礼で病院を後にしました。



トッポ、『よかったね、もう大丈夫だね。』

今思えば、トッポが頸椎ヘルニアで手術をして、九死に一生を得る手助けをしてあげたので、トッポの恩返しで奇跡の回復ができたのかもしれません。
どうやら、約束した『この病気では絶対死なない! 死ぬ時は他の病気で死んでやる!』と言った強がりも、守れそうになってきました。(笑)

多くの方に励ましの言葉をいただき、どれだけ元気づけられたかわかりません。
あらためて皆さんに感謝いたします。

厳密にいえばトッポパパのこの病気も完治したわけではありません。
また、この病気で現在も悩んでいる人も少なくないと思います。
同じ病気を抱えた皆さんが少しでも、軽快になり、より元気になればと心から祈念しています。

また、上記の経過報告もドクターとの会話を参考にして、トッポパパなりの解釈ですので、専門的には違う点もあるかと思いますが、その場合はご容赦ください。

トッポパパのメランコリー、 その26 『術後7ヶ月検診.............骨化の進行は?』

2010年02月20日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
昨年の7月27日に後縦靭帯骨化症(OPLL)の手術をして、約7ヶ月が経過しました。
ブログ上でも、多くの皆さんに激励の言葉をいただき、あらためてお礼を申し上げます。
1ヶ月、4ヶ月そして今回が三度目の術後検診ということで、大学病院へ行ってきました。

トッポ、『お帰り、大丈夫だった!』



ドクターが当日撮ったたくさんの画像を、チェックしながら;

ドクター、『その後、いかがですか?』
トッポパパ、『左手の小指に軽い慢性的な痺れと左肩甲骨周辺に重苦しい感覚はありますが、痛みがはしることはありません。 まだ、骨化による中枢神経への圧迫があるのでしょうか?』
ドクター、『確かにその影響かも知れません。(画像を見ながら)手術した頸椎は奇麗に開いた状態になっていますので、除圧はされていると思います。 グーパーをしてみてくれますか?』
トッポパパ、『(手を開いたり閉じたりしながら)大きな動きは問題ないのですが、箸などの細かい作業は、ちょっとぎこちない時があります。』
ドクター、『(さほど意に介さない感じで)手術前にもお話ししましたが、術後の軽快度は、術前の状態に比べて60%程度の回復と見込んでいます。』
トッポパパ、『(確かに、そう説明された)これ以上の回復は難しいのでしょうね。』
ドクター、『術後1年ぐらいまでは、もう少し回復することもあります。』

確かに、そのように説明されているので、手術のリスクを回避できたことを喜ぶべきなのでしょう。
以前は左手の中指、薬指、小指とマヒしていたのですが、いまは小指に軽い痺れがあるだけなので、軽快度も60%以上なのでしょう。(わかりやすい!) 
現在、日常の生活には特に支障がないので、これ以上の回復を望むのは欲張りなのかもしれません。
術後、眩暈や、手足の痺れ、痛み、歩行困難など、まだまだ悩んでいる患者さんが多くいるのを知っていますので、トッポパパの場合は、術後の経過は順調だというのが正しいのでしょう。
ところで、一番不安に思っている、術後の靭帯の骨化の進行はどうなのか?

トッポパパ、『(恐る恐る)で、骨化の進行状態はわかりますか?』
ドクター、『(手術前後の画像を比較しながら)これで診る限りは、特に進行しているとは思えません。 ただ、1年経過時に、頸椎専門のMRIで中枢神経の状態を詳しく調べてみましょう。』
トッポパパ、『わかりました。 当面はこのまま様子を見るということでよろしいです。』
ドクター、『そうですね、大丈夫だと思います。』

確かに、10年で1mmぐらいの骨化の進行と聞いていましたので、術後急激な骨化が進行したとしても、半年ぐらいでは判断つかないのでしょう。
頸椎専用のMRI?とは、大型のMRIか高精度のレンズ?でも使用するのでしょうかね。
そういえば、手術前検査でとても大きなMRI検査台に横になった記憶があります。
まぁ、今回の検診では特に悪い症状を指摘されたわけでもないので、良しとしましょう。
次は7月にMRIで中枢神経の状態を詳しく調べ、8月に再検診ということになりました。

トッポ、『良かったね!』



後縦靭帯骨化症(OPLL)という病気、そして手術の是非に関して、トッポパパなりに纏めてみました。
ただし、これはトッポパパがドクターから聞いたり、ネットで調べたり、他の患者さんの情報をまとめた素人考えであり、医学的根拠に基づくものではありません。

この病気は頸椎を支えている靭帯が、何らかの理由により骨化する病気である。
骨化により、頸髄(中枢神経)が圧迫され、損傷された中枢神経系統に症状が現れる。
中枢神経の圧迫や損傷の状態により、手足の痺れ、痛み、皮膚感覚の以上、排泄障害、歩行障害が進行する。

病気の原因はいまだに判明していない。
数10%の確率で家族性がある、糖尿病患者に進行がみられるという説もあるようですが、いまだ確立されたデータではない。
アジア諸国に比較的多くみられる病気で、欧米では比較的少ないとされている。
骨化の進行を止める方法はまだ確立されていない、ゆえに難病(特定疾患)とされていて、原因究明が進められている。
骨化の進行も、一般的には10年で1mmぐらいで、若年層に比較的早く見られるが、これも個人差がある。

手術の是非に関しては個人差があり、特定の基準はない。
中枢神経にかかわる手術なので、それなりのリスクがあるのでドクターと相談の上、最終的には患者さんの決定になる。
手術方法にもよるが、術後の回復はよくても術前の症状の50-60%と考えられる。
いつ手術するかは、リスク享受と日常生活への支障度との関係もあり、患者さんの判断になる。
骨化を除去する手術ではなく、除圧手術が主流のようである。
ゆえに、完治ということではなく、除圧によりどこまで軽快になるかという手術になる。
リスクが高いので、手術経験の豊富なドクターに手術してもらうのが望ましい。

トッポパパの場合は、発症後すぐに激痛に見舞われ、日常生活に支障をきたしたことと、年齢もあり、体力のあるうちに手術をお願いした経緯があります。
一度損傷した中枢神経は、他の神経と違い完全回復は難しいそうで、早めの手術が軽快度を高めるためには有効なのでしょう。
しかし、手術のリスクおよび患者さんの立場もあるので、難しい判断になるのでしょう。

トッポ、『トッポパパの場合は、僕の経験が役に立ったんだよね。』
たしかに、トッポの頸椎ヘルニアのドタバタ騒ぎが、早い結論を出すことにもなったようです。



これから先のことは誰もわかりませんが、お酒を飲んではいけないと言われなかったし(今回も、聞かなかったけど)、トッポパパはまだまだ元気に日常生活を送っていますのでご安心ください。

今後とも、トッポともどもよろしくお願いいたします。

トッポパパのメランコリー、 その25 『術後4ヶ月検診.............大丈夫かな?』

2009年11月28日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
昨日はトッポパパの○○歳の誕生日でした。 
それと同時に7月27日に後縦靭帯骨化症という大手術をし、ちょうど4ヶ月が経ちました。
1ヶ月検診で、経過は良好とのことで次回は3ヶ月後の検診にしましょうと言われ、K大学病院へ久しぶりに行きました。
本来このブログはトッポという我が家の愛犬紹介で始まり、その後年月を経るにつれ、いろいろカテゴリーも変化してきました。
病気の話など辛気臭いと思われるでしょうが、トッポパパもこの病気に罹ったときに、情報が欲しくてあちこちの関連サイトを訪問しました。
特定疾患とされるだけの難病なので、理解すればするほど不安になりましたが、皆さんの手記を読ませていただき、手術に踏み切る勇気もいただきました。
同病でお悩みの方々からも、当ブログに訪問していただいていますので、4ヶ月検診の報告をさせてもらいます。

早朝に家を出て予約番号をとり、手術前と同じ場所でママが写真を撮ってくれました。
診察後、入院中に病室より見下ろしていた神宮外苑をちょっと歩きましたので、病気に興味のない方は写真だけでもご覧になってください。



トッポパパも、写真で見ると診察前なので、ちょっと緊張しているようです。

4月中旬の海外出張中に発病し(激痛を伴う症状が出たという意味です)、右往左往しながら、数回の通院、検査入院を経て7月27日に手術を行いました。
手術前の症状と術後の症状を簡単に比較してみました。

<手術前>
左肩甲骨、左脇深部、左手前腕外側、左手中指から小指にかけて、痺れ、激痛を伴う硬直がある。。
右手は軽度の痙攣はあるものの、痛みはない。
背中の左側に若干皮膚感覚が鈍い。
軽い排尿障害も自覚する。
左足に引き攣り、および歩行時違和感あり、よくつまずくのと下り階段に不安を感じる。
肩こりがひどく、異常にに疲れやすくなる。

<手術後>
左手中指から小指にかけて、軽い痺れは残る。
右手指にごく軽い痙攣が、時々でる。
首を左後方に曲げるとと疼痛がある。
パソコンなどで同姿勢を継続すると、左肩に張りが出てくる。

手術後の軽快度は100%とは言えないまでも、手術前は強い痛み止めや炎症止めの薬を飲まなければ、痛くて眠れない日が続いたことを考えると劇的な改善である。



神宮外苑の聖徳記念絵画館です。
明治天皇の歴史にかかわる絵画が展示されていて、興味深く拝見しました。

病気の話を続けます。
手術は頚椎の3番から7番の広範囲にわたって、後方より正中切開をし 椎弓形成術及び椎弓切除術を併用した除圧手術を受けました。
日本有数の名医と紹介された執刀医に手術をしていただき、術後2日ほどの激痛は堪えましたが、15cmほど正中切開した割には、50CCだけの出血で輸血も免れました。
2週間ほどの入院と1ヶ月前後のリハビリは覚悟していたのですが、まだ体力が残っていたのか、8日間の入院で早期退院できました。
その後、自宅でのリハビリをして、3週間ほどで職場に復帰しました。

その後数回の海外出張もこなし、現在に至っています。
ただ、すべてが快調かというとそうではありませんが、年齢を考えればそろそろあちこちガタがくる歳ですので許容範囲なのでしょう。



さて、前書きが長くなりましたが、今回の診察の結果です。

診察室で、MRI,X線等のフィルムを交互に見ながら、
ドクター、『その後、いかがですか?』
トッポパパ、『特に症状が悪くなったということはないので、比較的順調だと思います。』
ドクター、『手や足の状態はどうですか?』
トッポパパ、『左手の中指から小指にかけては、まだ多少痺れは残っていますが、痛みはありません。 右手の指が、たまに軽い痙攣をすることがあります。』
ドクター、『(各種の手術前のフィルムと直近のフィルムを比較しながら)頸椎はきれいに開かれているので、除圧はされているようですね。』
トッポパパ、『(一緒に指差された個所をのぞきながら)この隙間があいた部分が開かれた部分ですね。(ほんとに隙間があいている!)』
ドクター、『2倍とはいえないまでも、少なくても以前の1.5倍は広くなっています。 頸椎の骨は大丈夫でしょう。(頸椎の骨は......ドクターらしい回答です。)』
トッポパパ、『(骨は大丈夫!、で頸髄はどうなの?)、首を左後方に曲げると、疼痛がありますけど、やはり神経が圧迫されているのでしょうか?』
ドクター、『その影響はあるかもしれません。(骨化巣がなくなったわけではないので、曲げ方向によってはしょうがないのでしょうね)』
もう少し、不安に思っていることを聞くことにします。



トッポパパ、『平均的には10年に1mmぐらいの骨化巣の厚さが増えると聞いていますが、仮に急激に増えた場合は再手術ができるのですか? また後方からですか?』
ドクター、『その場合は前方からの手術になると思います。』
トッポパパ、『例えば、個人差があるのは承知していますが、一般的に私のような症例の場合、どの程度で再手術の可能性があるのでしょうか?』
ドクター、『そうですね、5%-10%ぐらいと考えてください、ただ○○さんの場合は、ほかの人に比べて骨化巣が厚いと以前に説明しましたが、10%ぐらいでしょう。』
トッポパパ、『(10%!だとすると90%は大丈夫!......超楽天的です。)で、仮に(しつっこいトッポパパですが)骨化巣が比較的早く増えたとすると数年で再手術の可能性も考えられますか?』
ドクター、『それは考えにくいですね。(よしよし!)』



神宮外苑も見事な紅葉です。

続けます。
ドクターにより、身体の各部のチェックが細かく行われる。
手足の腱反射も正常とのことで、少し安心する。
握力計を探したが、近くになかったので、
ドクター、『ちょっと、私の手を力いっぱい強く握ってください。』
トッポパパ、『(いいのかな?).......』
ドクター、『(痛そうな顔をして)イテェ! もう、結構です。握力も戻ったようですね。』
トッポパパ、『(強く握りすぎたか?)...すいません。』
手術前の左の握力は5Kgまで落ちていたのに、ちゃんと握力は戻ったようです。
もともと握力は強いほうだったので、申し訳ないことをしました。



トッポパパ、『首をかばうからだと思いますが、肩甲骨周辺が重くなる時がありますが、首をもっと回すとか、マッサージはしたほうがよいのでしょうか?』
ドクター、『首を極端に曲げない程度なら、肩を中心に運動はしたほうがよいと思います。』
トッポパパ、『足も、筋肉が落ちたので、運動してよろしいですね。』
ドクター、『大丈夫でしょう。 経過は良いと思われます。』



ドクター、『次回は来年の2月19日に診察しましょう。』
トッポパパ、『ありがとうございます。』
どうやら、それほど心配することのないほど、順調に経過しているようです。
お酒も飲んではいけないと言われなかったし(聞かなかったけど)満足すべき診察結果でした。



以前にも大学病院の後縦靭帯骨化症の術後職場復帰率は、30%前後が完全復帰、20%前後が条件付き職場復帰、50%前後が復帰断念という報告がされているようですが、トッポパパの場合は運が良かったのでしょう。
ただ、ほかのネット情報を観ていると非常に悲観的な情報や、症状に苦しんでいる人の話が多く載っているので、患者さんは悩むことが多くなると思います。
手術をどの段階ですべきかは、症状によって個人差が大きいと思いますので、信頼できるドクターと相談されるのが賢明でしょう。
ただ、一般的には、軽快になった人はあまり術後経過報告をネット上にはしていないようなので、過度に憶病になるのは良くないと思います。
トッポパパも根本的治癒ではないので、今後どのようなことになるのか、予想だにつきませんが、この病気には負けたくないと頑張るつもりです。
同じ病気でお悩みの方には、決してあきらめないで、前向きに頑張ってほしいと思います。
トッポパパでお役に立つのであれば、一緒に頑張りましょう。



あらためて多くの人に励ましの言葉をいただき、勇気をもらったことに感謝します。
トッポパパは元気ですので、今後とよろしくお願いいたします。

トッポパパのメランコリー、 その25 『術後1ヶ月検診の結果』

2009年09月12日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
先日術後1ヶ月検査及び診察に、大学病院へ出かけました。
今回は術後ということもあり、ちょっと気を許し9時に再診の診察券を入れたところ、4時間待ちという結果になってしまいました。
大学病院は、懇切丁寧に患者さんに説明をしてくれるので、1時間に診ることが出来る患者さんの数も限られてしまうので止むを得ないのでしょう。
結局自宅に戻るまで、ほぼ1日がかりの通院になってしまいました。

トッポ、『お帰り! 大丈夫だって?』



ドクター、『待たせてしまいすいません。 その後、いかがですか?』
トッポパパ、『おかげさまで、大分楽になりました。』
ドクター、『今は、どんな症状ですか?』
トッポパパ、『痛みはほとんどなくなりました。 左手の中指から小指にかけて、若干痺れがありますが、痺れの度合いも術前より軽微で、楽になりました。 右手指は、稀にピクピクと軽い痙攣のような動きをしますが、これも以前より軽いものです。 後は、足に多少張りを感じるぐらいです。』
ドクター、『握力を測りましょう』
右45Kg、左35Kgぐらいだったと思います。
最悪の時は、右40Kg,左は5Kg程度でしたから、大分改善されたようです。
昔は、60Kg近くあったのですが、これは歳だからしょうがないですね。

トッポ、『ちゃんと、いろいろ聞いてきたの?』
トッポパパ、『ちゃんと聞いてきましたよ。



今日撮ったレントゲン写真と術前、術直後のものを重ね合わせるようにして、説明が始まりました。

ドクター、『稀に開いた頚椎が閉じてしまうことがあるのですが、写真のここを見ると分かりますが、ちゃんと開いているので問題ないでしょう。』
トッポパパ、『ありがとうございます。 ところで、どのくらい広げたのでしょうか?』
ドクター、『4mmぐらいですね。』
トッポパパ、『(たった、それだけ!)そうですか。 ところで、骨化巣は進行すると聞きましたが、個人差があるのは承知していますが、このくらいで大丈夫なのでしょうか?』
ドクター、『???、一般的には、10年で1mmぐらいの進行と思われます。』
トッポパパ、『ということは、仮に2-3mm程度増えても、吸収できると考えてよろしいのでしょうか?』
ドクター、『個人差はありますが、基本的には、そういうことです。』
トッポパパ、『(個人差か....!)分かりました。』

前回の掲載で、某大学病院のデータで2mm程度の骨化が1-2年以内に進行する確立は35%とか50%とか報告されていたのを思い出し、ちょっと疑問を感じたが言葉を飲み込みました。

トッポパパ、『他の患者さんの話を聞くと、首を動かすと痛みがあったり、ひどい肩こりに悩まされているようです。 多少の疼痛はありますが、私の場合は手術が非常にうまくいったと考えていいのですね?』
ドクター、『非常にうまくいったとは思いませんが(謙虚ですね)、とても順調に回復しているということです。』
ドクターと呼ばれる人は、頭が切れますね。 言葉の選択に深みがあるようです。
これには、トッポパパも勉強になりました。

トッポパパ、『(首を振りながら)ほとんど痛みは感じません。』
ドクター、『○○さんの場合は、10人OPLLの患者さんがいると、多頚椎に渡る骨化巣の厚さは、1-2を争う厚さでした。』
トッポパパ、『そんなに厚かったのですか?(そういえば、最初に立派だ!といわれたのを思い出した。)』
ドクター、『ところが、分節形に比べて連結形(正しい表現ではないかもしれません)の場合は、首を曲げた時の頚髄への干渉が少なく、連結した骨化巣が逆に頚髄を保護しているようになっているのでしょう。』
トッポパパ、『(喜んでいいのかな?)なるほど、ということは、首の曲げに対しては柔軟性にかけても、頚髄への負担は少ないということですね。』
ドクター、『そうだと思います。』
トッポパパ、『(これを不幸中の幸いというのでしょう)分かりました。』

そういえば、手術方法によってはチタンのボルトナットで頚椎間を固定するような手術もあったことを思い出す。(関係ないかもしれませんけど)

トッポ、『そんなに喜んでいていいのかね!』
トッポパパ、『もっといろいろ聞いてきたから



トッポパパ、『現在の痺れなどの症状も、これから改善してくると考えていいのでしょうか?』
ドクター、『改善してくると思います。(そうか、痺れもなくなる可能性もあるようです。)』
トッポパパ、『長時間同じ姿勢をしていると、手の痺れや首が重くなり、脱力感があるときがあるので、毎日ではありませんが時々痛み止めの薬を飲んでいます。 痺れには、今の薬は効かないのですか?』
ドクター、『痺れには効きません。(そうだったんだ!)痛みが無ければ、薬は飲まないほうがいいでしょう。』
トッポパパ、『(知らなかった!)すぐ止めます。(そういえば、ボルタレン37.5mgという強い薬は脱力感や筋肉痛を伴う場合があると説明書に書かれていたことを思いだす。) 痺れや、首の凝りに効く薬はありますか?』
ドクター、『ビタミンB2?のようなものがあり、血流をよくする効果があると言われています。 数パーセントの効果はあるかもしれませんが、どうしますか? それより、食事できちんと栄養をとったほうがよいと思いますけど。』
トッポ、『その程度の効果なら、食事で何とかしますので、薬はいりません。』
ビタミンB2は豚レバー、さば(開き干し)、うに、うなぎ(きも)、ずわいがに、 たまご、焼きのり等に多く含まれるそうです。
トッポパパが会社の帰りによく食べている食材(笑)なので、錠剤は必要なさそうです。
どこで、どういうところでは聞かないでください。

トッポパパ、『あと、特に日常生活で注意することはありますか?』
ドクター、『首を無理に後ろにそらすのと、前に曲げるのは避けるようにしてください。』
トッポパパ、『(骨化巣が消えたわけではないので)分かります。 注意するようにします。(アルコールのことは言われなかった。 聞かなかったけど)』
ドクター、『肩を動かすなど他の運動は、大丈夫です。』
トッポパパ、『(よし、ウォーキングを再開しよう。) 分かりました。』

トッポ、『つぶれた頚髄は、どうなった?』
トッポパパ、『それも聞いてきた。』



トッポパパ、『以前にMRIで見ましたが、頚髄が圧迫されてひしゃげていましたが、徐々に丸くなってくるのでしょうか?』
ドクター、『もう、丸くなってきていると思いますよ。 次回に、もう一度検査してみますけど。(すぐに膨らむんだ!)』
トッポパパ、『でも、片側は押されているわけですね。』
ドクター、『そうですね。』

だいたい以上のような話でした。
以前に、自分の骨化巣はどのくらいの年月をかけて出来たのか聞いたことがありますが、少なくても20-30年といわれたのを思い出す。
一番狭窄しているところで、5mmぐらいの厚さと言われていたので..............,5mmとして30年だから、10年で約1.7mm、1年で0.17mmか?............、ということは、トッポパパの場合は、35-50%の進行率は運がいいから当てはまらないと考えると(超楽天的!)、あと20年ぐらいは大丈夫ということになる。
今回の手術でも、ドクターのおかげで頚髄と筋肉への損傷が無く手術できたことや、術後翌日には立ちあがり、8日で退院できる体力が残っていたのも運があったのでしょう。

ならば、この病気に負けないで、『死ぬなら他の病気で死んでやる!』という、支離滅裂な虚勢も、現実味をおびてくるようです。

どうやら、武田鉄矢じゃないですが、『僕は死にましぇん-......』ではなく、『トッポパパは、この病気には負けましぇーん。』でいきたいと思います。
これから手術をするかでお悩みの人も多いと思いますが、ドクターとよく相談されて、手術をするなら体力のあるうちにお勧めします。

冗談抜きに、今後のことは神のみぞ知るですが、とりあえず、1ヶ月検診の報告です。

トッポ、『てなことで、本人が満足しているので、良しとしておきます。

トッポパパのメランコリー、 その24 『退院1ヶ月、.............今、考えること』

2009年08月31日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
会社に復帰して首はどうなるのか少し心配しましたが、多少以前よりも疲れはありますが大丈夫なようです。
週末は選挙もあり、ゆっくり自宅でリハビリに専念しました。



ヘルニアではないと最初の病院で聞いたときから、不安と負けてはいけないという気持ちが交錯した日々を送ってきました。
まだ運があったのでしょう、信頼できるドクターにも出会うことができ、頚髄も筋肉も損傷することがなく無事退院できました。
軽快度は50%前後と聞かされていたので、トッポパパの場合の軽快度はもっと良いようです。

トッポ、『遊ぼう!』
トッポパパ、『ちょっと、待っててね!』



手術して、あっという間に1ヶ月が経ちました。
この病気は個人差があり、またそれによって手術方法、術後症状、術後経過もいろいろであることを知らされましたが、落ち着いてこの病期を振り返ってみると、今を喜んでいていいのかという、漠然とした不安感が頭から離れないようです。
だから難病疾患なのでしょう。

靭帯の骨化は30-50%の確率で進行する。
そして進行のスピードは個人差があると知っていても、骨化の原因が分からない限り、進行を止める薬などもないのでしょう。
あるデータによると、術後の追跡調査では職場復帰率は30%以下、条件付職場復帰率20%強、他復帰不可とある。 
何年後のデータなのかは分かりませんが、これがこの病期を難病疾患と認定されている原因なのでしょう。

トッポ、『待ってるんだけど! あまり考えないほうがいいよ!』



この病期の怖さを伝える、大学病院のデータをインターネットから抜粋してみました。

『後縦靱帯骨化症による進行性の脊髄症状に対し,手術が施行された後も骨化が進展し神経症状が再燃することがあるため,術後の骨化進展を正確に評価することは重要である。
しかし,骨化進展と術後成績との相関を厳密に調査した研究は少ない。
その理由として骨化進展の判定基準や骨化巣の大きさを正確に計測する方法がないことが挙げられる。
今回,われわれが開発したコンピュータを活用した骨化巣計測法を用いて本症術後の骨化進展出現率を調査した。
対象は,全国13施設で後縦靱帯骨化症に対して後方除圧術を受け,術後2年以上の経過観察が可能であった患者のうち,術直後,1年後,2年後の頚椎単純側面X線が入手可能な131名である。
独立した判定委員会にて各時点のX線計測ならびに骨化進展の判定を行った。
術直後のX線に比し, 
1)長軸,前後方向のいずれかで2.0mm以上の骨化進展が1カ所でもあった場合, 
2)長軸,前後方向のいずれかで2.0mm以上の骨化巣が新たに出現した場合,
3)分節あるいは混合型の骨化巣が進展により連続化した場合,骨化進展ありと判断した。
骨化進展出現率は術後1年で38.9%,術後2年で56.5%であった。
若い年齢層ほど術後1年時に有意に高い骨化進展出現率を示した。
また,混合型は分節型と比べ術後2年時に有意に高い骨化進展出現率を示した。
本研究は信頼性が確認された新しい骨化巣計測法を用いて術後骨化進展出現率を調査した初めての全国規模多施設共同研究である。
今回の調査で得られた骨化進展出現率は従来の報告とも矛盾せず,今後,骨化進展と術後成績の相関を検討する際の基礎的データとなり得る。』

トッポ、『もういい!、自分で遊ぶ!』



続きがありました。

『骨化巣を薬物治療で自在に縮小されることが究極の目標であるが、そのような方法はまだ存在しない。
本疾患の発症のメカニズムが解明されていないため、有効な予防法がない。治療手段としては、保存的治療と外科的治療に大別できる。
軽微な1本の指のしびれ程度では日常生活指導(階段の使用を控える、パソコン使用時や洗濯物をほす時に頚部過伸展を避ける、など。
消炎鎮痛剤による対症的薬物治療、軽度頚椎前屈位での頸椎装具使用などで経過を見ることが多い。

無症状の時点でたまたま大きな後縦靭帯骨化がみつかった場合に、将来的にどれくらいの割合で重症化するかはまだ正確な数値での回答がない。
麻痺症状がはっきりしている場合に手術により麻痺症状の進行が止められ、なにがしかの改善があることが多いが、改善度には個人差がある。
経過の長い場合に、しびれが完全にとれることは多くはない。』

患者にとっては、嬉しくないデータですね。
トッポパパも、もう一度性根をすえてこの病期に向き合わねばならないようです。
つまり、『手術で終わったのではなくこれからが戦いなのだと....』

でも、トッポパパは負けません。 
意地でも死ぬ時は他の病気で死んでやる。(笑)
これって、開き直りですけど、なんとなくこの病気には負けたくない!
頑張って健常者と同じように生活できる人が多くなれば、ほかの患者さんにも多少なりとも安心感が広がるでしょう。
これは、もう一度ギアを入れなおして頑張るしかないと思う、術後1ヶ月の感想です。
多くのOPLLの患者さんからも連絡をいただきました。
同病者の皆さん、こんな病気に負けないで頑張りましょう!

トッポパパのメランコリー、 その23 『リハビリ開始5.........夜景』

2009年08月23日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
山下公園まで歩いてきましたが、流石に自宅まで歩くのは無理だろうと帰りは写真のフェリーに乗って横浜東口へ向かいました。



MM21周辺は散歩コースなので、何度も紹介していますが、海上からMM21の写真を撮るのは初めてです。
まだ軽微な痺れはあり、揺れる船の中からの撮影はちょっと自信がないので、同僚に助けてもらいました。



夕暮れ時なので、雰囲気だけでも味わってください。



振り返ると、今まで身体だけは丈夫だと自負していましたが、今年はいろいろありました。
ブログには載せませんでしたが、春に、自宅で突然の下血に驚き、病院へ向かいました。
急遽、全身麻酔で大腸検査を行いました。



結果、突発性の切り傷からの出血で、すでに傷は治っているとのドクターの話に一安心でした。
小さなポリープが一つ見つかり、念のためガンの検査もしてもらいましたが、こちらも大丈夫でした。
あとは2年後ぐらいの検査でいいでしょうといわれ、俺の身体はまだ大丈夫と思ったものです。



その後の、今回の病気です。
今年は厄年かとも思いましたが、長い間身体を酷使してきたので、神様がちょっと休めということなのでしょう。



木曜日より、身体慣らしを兼ねて出社しました。
こんなに長く会社を休んだことは初めてなので、少し緊張しました。(笑)



これからは通常の生活をすることがリハビリになるので、無理をしないで頑張ろうと思います。
暫くしたら、中止したウォーキングにも、またママと一緒に挑戦したいですね。



ブログを覗きにきていただいている同じ病気の人もいますので、今後の検診や大きな変化があったときは報告しますが、これからはいつものトッポのブログに戻りたいと思います。



本当に皆さんの激励のおかげで、元気になれました。
ありがとうございました。

トッポパパのメランコリー、 その22 『リハビリ開始4.........カメラ持参で散歩』

2009年08月17日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
リハビリの毎日ですが、特にどの運動をしたほうが良いというドクターの指示はありません。
首や肩の柔軟性と首の筋力回復のために、多少痛くても出来るだけ動かすようにしています。
退院直後は1時間起きていると1時間横になり首の痛みを和らげていましたが、最近は半日ぐらい起きていて、1時間ぐらいの休憩になってきました。
もう少しで通常の生活パターンでも耐えられるようになりそうです。

会社の同僚と、久しぶりに赤レンガへ出かけました。
自宅から山下公園まで往復すると1万歩を越えますので、いきなりは無理なので行きはタクシーを利用しました。



インディ・ジャパンのマスコットカーが展示されています。
時速300kmで走る車のようですが、それにしてもすごい迫力です。



久しぶりに、カメラ持参での写真撮影です。
やはり、自分でファインダーを覗いてシャッターを押す感触は嬉しいですね。
同僚が写真を撮ってくれましたが、ようやくミエロカットされた後頭部も、少し毛が伸びてきたようです。
傷跡も落ち着いてきたようで、もう大丈夫でしょう。
周囲の人は変な頭をした小父さんだと思うでしょうね。



赤レンガに突然出現した噴水です。
子供達が、楽しそうに水遊びをしています。



オーストラリアのブリスベーンから直送の白砂で、砂遊びを楽しんでいます。
赤レンガは、いろいろなイベントを開催するので、リピーターが多いのでしょう。



少し歩こうということで、新しく完成した『象の鼻公園』まで足を延ばしました。



数ヶ月前は、まだ建設中だったのですが、すでに完成しています。



また一つ、みなとみらいの観光スポットが増えたようです。



後ろに見えるのが、以前紹介した帆船や飛鳥Ⅱ等が停泊する大桟橋です。
写真だと分かりませんが、上から見ると前の防波堤が象の鼻のように見えるので、象の鼻公園と命名されたようです。



もう少し歩こうと、山下公園まで来ました。
リニューアルされたマリンタワーです。
一度上って、写真を撮ってみたいと思っています。

続く.................................................................。

トッポパパのメランコリー、 その20 『リハビリ開始3.........歩け歩け!』

2009年08月14日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
冷夏といわれる今年ですが、ここのところ毎日猛暑が続いています。
農作物に、少しでも恵みの天気になればいいですね。
トッポパパは毎日リハビリと安静の繰り返しです。
水前寺清子の歌ではないですが、

幸せは歩いてこない
 
だから歩いてゆくんだね
一日一歩三日で三歩 
三歩進んで二歩さがる
人生はワン・ツー・パンチ 
汗かきべそかき歩こうよ

といった感じで、毎日過ごしています。
休憩のため横になると、暑いというのにすぐ同じ格好で横になるトッポです。



ネットで面白い記事を見つけました。
『一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩さがる』とは、どういう歩き方なのか?

いろいろな考え方があるようです。笑
1)毎日一歩進んで、三日目に一歩進んだ後、2歩下がる。
2)3日続けて一歩進み。4,5日目は一歩後退の繰り返し。
3)毎日三歩進んで二歩下がる、でも毎日1歩前進。
実際はどうなんでしょうね。

トッポ、『パパ暇だね! 散歩行こう!



ということで、近所の公園へ散歩に出かけました。
軽いジョギング程度ならできるだろうかと、初めて軽く走ってみました。
長い距離はまだ自信がありませんが、足の運びに違和感はないようです。



この病気のネット報告を読んでいると、後遺症に悩まされている人が多く、トッポパパの場合はほんとうに運がよかったのだと思ってしまいます。
でも、良くなった人はあまり投稿しないかもしれないと思うので、トッポパパが元気になって、同じ病気に悩む人に少しで、元気を与えてあげられればと思います。



まだまだ、長時間起きていると首肩の疼痛は厳しいものがありますが、まだ手術して半月しか経っていないので、あせらず無理せず回復できるようリハビリしたいと思います。



トッポだけは毎日一緒にいられるので、嬉しそうです。



最近は、家族が写真を撮っているので、トッポパパの写真ばかりですが、ご容赦ください。
もうすぐ、自分のカメラで写真を撮ることができると思います。

続く....................................................................。

トッポパパのメランコリー、 その19 『リハビリ開始2.........首と肩』

2009年08月12日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
トッポ、『パパはリハビリの運動をすると疲れるのか、すぐに横になってしまいます。』



今までは、手術創も含めて全体的に鈍い痛みが続いていました。
他の部位の痛みが軽減してくると、首肩の痛みが厳しく感じるようになります。
多少の痛みは堪えて動かさないと、首周辺の柔軟性を維持できないので、散歩したり、首肩の柔軟体操をしています。
3-4時間起きて動いていると、首周辺が重くなり2-3時間の安静が必要になるようです。
手術経験者が言う、首周辺の疼痛がこれなのでしょう。



トッポパパが寝ていると、トッポは身体の上に乗り、『タレパンダ』ならぬ『タレトッポ』状態です。



トッポ、『ほら! 写真撮るからパパが起きちゃったよ!』



痺れが軽減されたので、腕の筋力アップも必要です。



トッポパパ、『お前も重いんだけど!』



トッポ、『イチ、ニー、サン、頑張れ!』



トッポ、『これって、指先のリハビリ?』



毎日家にいるので、トッポは嬉しいのか、どこへ行ってもついて回っています。



こんな調子で、動いたり休んだりの毎日ですが、明日あたりから散歩の距離を増やして、カイロプラティックにも行こうかと考えています。



続く.....................................................................。

トッポパパのメランコリー、 その18 『リハビリ開始.........手術後記』

2009年08月08日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
退院後は、若干の疲れも残っていたので、2-3日、自宅で寝たり起きたりの日々を過ごしていました。
その間も、できるだけ身体を動かすように心がけていましたが、全身運動(大袈裟ですが)には歩くことが一番だと、トッポを連れて近所の公園へ出かけました。

久しぶりの散歩に、嬉しそうなトッポです。



ワンコは言葉を話すことが出来ませんが、雰囲気で状況の把握をすることが出来るのでしょう。
帰宅直後、狂喜乱舞してトッポパパの顔を嘗め回していました。
その後ベッドで横になると、トッポがすかさず上ってきました。
この後が大変で、あたかもトッポパパを自分が守るとでも言わんばかりに、家族や友人が近寄ってくると、吠え立てて近づくなと威嚇し始めました。
まるで、親が子供を守るのに必死の抵抗をしているようで、きっとトッポはトッポなりに何かを感じ取っていたようです。
今日テレビで、昔の『忠犬ハチ公』の映画を放映していました。
トッポも忠犬なのかもと思う、犬バカなトッポパパです。



毎日リハビリをしながら、この病気と手術を振り返ってみました。

まず、この後縦靱帯骨化症という病気は、何故、難病と呼ばれる『特定疾患』に指定されているのだろうか?

後縦靱帯骨化症は進行性の病気で、原因はまだ特定できていない。
原因不明の難病であり症状はゆっくり進むが、頚椎の狭窄が進むと追突されたり転倒した拍子に寝たきり状態になることがある。
『爆弾』を抱えていることになり、手術以外に抜本的に症状の進行を遅らせたり改善したりできる可能性は少ない。
多くの患者は、この病気に罹ると驚き、絶望、不安になり、周囲の人の理解が必要である。

どのタイミングで手術をすべきなのか?
薬物や温熱療法、牽引療法などの保存療法もありますが、一般的治療方法では完治しないので、症状の進行により手術が勧められる。
判断が難しいのは、悪化してから手術しても良くなる確率は当然低下し、大きな衝撃を受けてからでは良くなる期待は持てない。
つまり、手術を避けて麻痺が起こってからでは、回復の可能性が低くなる。
さらに、トッポパパの頚椎の狭窄率は50%ぐらいでしたが、70%を超えると手術不可能となり車いす生活となる確率が高い。

ドクターは必ず、手術の選択は患者さんの決断だといわれます。 何故か?
進行性疾患のため如何に努力しても100パーセント成功(完治)は望めないことと、脊椎の手術は、極めて優れた技術と知識そして十分な経験を持つドクターがリスクを承知で決意され、患者本人の同意が必要になります。
トッポパパも軽快になる50%、変わらない20%、悪くなる30%のリスクを覚悟しての手術でした。
手術のリスクとして、感染症、血栓、髄液漏、髄膜炎等の合併症もある。
神経への圧迫期間が長いと、圧迫により損傷された神経が元に戻らない、また手術後、神経や筋肉がが損傷され症状が悪化する可能性も他の手術より高いリスクがある。
手術直前に知らされたことですが、最も多い合併症は上肢挙上困難(C5麻痺、頻度約5-10%)になる。

手術の方法は?
これは症状によって、前方からと後方からの手術に分かれる。
骨化巣が多頚椎に及ぶと、後方からの手術が選択される。
前方からの手術のほうが、根治に近い手術のようですが、術後の安静期間が長くなり、入院やカラーの長期の装填が必要になる。
後方からだと、術後の回復は早く、職場復帰も早期に出来る。
どちらも首や肩の柔軟性を取り戻すためには、相当期間のリハビリが必要である。

以上が素人のトッポパパが纏めた感想です。
もちろん、あくまでも色々聞いたり、ネットで調べた素人の推定に過ぎませんが、参考になればと思います。

トッポパパの場合、左手指の痺れは少し残っているものの、他の症状は術後改善されたようです。
もちろん、これから何らかの症状が出てくる可能性は皆無ではありませんが、こればかりは様子を見るしかないのでしょう。
手術する事により病状の進行が止まるか遅くなり(希望ですけど)、その不安から開放された事が成功であると思っています。

この病気でお悩みの人たちには、何が一番いいのかという助言は出来ませんが、手術をするのであれば、早いほうがよいと思います。
特に大病院は、手術まで長期間待たなければならないことが考えられますので、重症になってからだと手術待ちの期間が苦痛だと思います。



トッポと一緒に散歩も出来るようになり、リハビリを頑張っています。
まずは自分の頭を自分の首で、1日中支えていても苦痛を感じないように、首周辺の筋力アップと柔軟性の確保です。
本当の勝負はこれからなのでしょう!

トッポパパのメランコリー、 その17 『入院、手術、退院』

2009年08月06日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
OPLL手術の経験者談によると、手術後の激痛が大変なので年寄りには厳しいと聞いていました。
個人差があるので、一概には言えないのでしょうが、トッポパパの場合は、ちょっとした動きにも激痛を感じたのは最初の3日だけでした。
そういえば、3日目にX線で、術後の状態を確認する撮影をすることになり、歩いていけますよと言ったのに、無理やり、車椅子にてレントゲン室に運ばれました。
頚椎の手術だと知って、撮影技師が『手術は何日でしたか?』と聞かれたので、『一昨日です』と答えると、『立てますか?』と心配してくれましたが、別に問題なく撮影を終えたので、回復が早いですねと驚いていました。
この時は、ちょっと嬉しい気分になりました。

4日目になると、どのように身体を動かすと、どこに痛みが走るということが分かるようになり、大分楽になりました。
痛みの度合いも毎日軽減されていくことが実感できるようになり、毎日3回ほど院内の通路を3往復して、筋力が衰えないように頑張っていました。

術後の症状ですが、左手の中指から小指にかけての痺れは、まだ多少残っていますが、その他の部位や、特に足に関しては違和感が完全になくなりました。
ドクターの話では、左手の痺れも6ヶ月ぐらいで消えるかも知れないそうです。

頚髄の移動による別の部位に出てくる後遺症も、いまのところ自覚はありません。
まれに2週間ほど後に、後遺症が出る場合もあると聞きましたが、10日ほどたった今日現在、違和感がないので順調に回復しているようです。

写真の左側頭部に黒い跡がありますが、これは手術中に首の動きを抑えるために、左右から頭蓋骨で固定された跡です。
最初は感じなかったのですが、首の痛みが軽減されると、内出血でもしているのか、こちらの圧迫傷が痛くなりました。



週末にかけ、友人が大勢見舞いに来てくれましたが、あまりの元気さに驚いていたようです。
寝たきりで、苦痛に耐えているトッポパパを想像していた同僚は、元気すぎるトッポパパを見て拍子抜けしたようです。
トッポパパが病気になり、難病だということで家族のように心配してくれた多くの同僚、友人には心から感謝です。



月曜日に最終検査をして、感染症などの症状がなければ退院しても良いといわれて、これで病院食から解放されると嬉しくなります。
同時期に手術をした別の患者が、まだ起き上がれないでいると聞いていましたので、自分だけこんなに早く退院するのは申し訳ないような感じです。
見舞いに来てくれた同僚が帰りがけに、病室の写真を撮ってくれました。



病室の中で手を振っているトッポパパです。
ブログの皆さんの激励のおかげで、無事元気に退院できました。
ほんとうにありがとうございました。



8月3日に退院になりました。
ミエロカットでは、周囲の人が変に思うので、トッポママが買ってくれた帽子をかぶリました。



久しぶりに娑婆にでたトッポパパです。
当初はタクシーで家まで帰る予定でしたが、久しぶり?の外の雰囲気を味わいたいので、電車で帰ることにしました。



電車に乗る前に、まずは美味しいコーヒーを飲みたいと喫茶店に寄った時のスナップです。
首の骨が完全に固定されるには3ヶ月ほどかかるそうです。
これから、自宅で数週間はリハビリ期間になります。
手術で移動された?首の筋肉の強化に時間がかかるようです。
確かに、人間の頭は起きている時はほとんど首だけで支えているわけですから、とくに頚椎の手術をした人は、極度の肩こりや疼痛に悩まされるようです。

リハビリ期間は、逆に安静にしているというより、できるだけ首に負荷をかけても大丈夫なように、首や肩の筋肉の強化に励むようになるのでしょう。
丈夫な首を親からもらったようなので、リハビリもきっとうまくクリアーできると思います。



再び、帰宅した時のトッポの歓迎写真です。



退院してすぐにブログ再開は大変だと思われる人もいると思いますが、左手もそれほど不自由なく使用できますので心配無用です。
キーボードを打つのも職場復帰のためのリハビリになりますし、このくらい出来ないと職場復帰はできないでしょう。

トッポパパのメランコリー、 その16 『入院、手術、退院』

2009年08月05日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
家族に見送られて手術室まで、点滴をぶら下げて移動です。
本来なら、『頑張ってくる!だけど何かあったら、後はよろしく頼む。 』と万が一の可能性もないわけではないのだから、家族に挨拶して手術室に向かうべきか迷いました.
しかし、絶対戻ってくると信じているので縁起でもないと、後ろを振り返ることもせず手術室へ向かいました。
手術室前でストレッチャーに乗せられ、手術室へ入ります。
まるでテレビの医療番組のようだなと、ボンヤリと考えていました。



まぶしいくらいの明るさの中で、天井しか見えません。
何人のドクターがいたのか分かりませんが、少なくても10人近いドクターが見守る中、トッポパパの身体に色々な医療器具が装填されました。
麻酔医の先生の『これから点滴の中に麻酔薬を注入していきます。』、暫くして『ちょっと匂いのするガスですが、気にしないでくださぁ.........い。』の言葉を最後に、意識がなくなりました。

以前に大腸検査で全身麻酔を経験しましたが、トッポパパは麻酔は効きやすい体質のようです。

突然、『○○さーん、分かりますか?』の耳元での声に、朦朧としながら『分かります。 どうぞよろしくお願いします。』と答えたら、『もう手術は終わりましたよ! 分かりますか?』...................もう終わった???.....あっという間に手術が終わった感じです。
続けて、ドクターから、『手が動きますか? 右手は、左手は?....足は動きますか? 右足は? 左足は?』と矢継ぎ早の質問が続いた。
ナマコンの中に首から下を埋められたような感覚で、ドクターの質問にどのように手足を動かしたのかは、朦朧として分かりませんが、『動いていますよ! 成功ですよ。 気持ち悪くないですか?』の声が遠くに聞きながら、また意識を失ったようです。

暫くして、『今から、部屋に戻りますよ。 分かりますか?』の声で、再度眠りから醒める。
部屋に戻ると、家族が『大丈夫?』と交互に声をかけてくれるが、酸素マスクをしているので、返事がうまく出来ない。

下の写真は、部屋に戻った直後の写真ですが、酸素マスクのせいでうまく話せないので、とりあえずピース!ということで、大丈夫の意思表示です。
身体は動くのかと、無理やり足を動かすと、兄が『足を動かしているから大丈夫だよ!』の声に、ちょっと落ちついた。
考えてみれば、こんな写真を撮っているトッポママも気丈ですね。

4時間ぐらいで部屋に戻ったそうですが、トッポパパにはたった5分の出来事のようでした。
術後、ドクターより家族に手術結果の説明があったようで、家族の『成功だよ!』の声に、無事終わったのだと安心した。
手術中は、ずっとうつ伏せなので、ドン引きしそうなくらいにパンパンに腫れ上がった顔です。
ドクターの説明によると、トッポパパのような手術では、術後、特別に必要としない限り、早期回復を考えて、ネックカラーやギブスなどは装填しないそうですが、カラーがなくても肩から上は微動だにできません。
最初は全身麻酔がまだ効いているのか、痛いというより全身を万力で押さえ込まれているような感じでした。

手術後、ほぼ丸一日、酸素マスクを装着したままなので、水も飲めず喉がヒリヒリして眠れませんでした。
1時間おきぐらいに看護師が、血圧や体温を計りに来てくれました。
看護婦さんの仕事も大変ですね。

血栓が起きると大変なので、両足にはポンプが装填され、終日マッサージ機でエアーマッサージをされている感じです。
手術前に、酸素を全身に行き届かせるために胸式呼吸と腹式呼吸を交替に繰り返してくださいとの術前の説明を思い出し、麻酔が切れるにつれ痛みと戦いながら、胸式、腹式の深呼吸をひたすら繰り返していました。
流石に手術当日は、ほとんど眠れず、時間が早くたってほしいとばかり思っていました。



2日目、浅い眠りから醒め、強力な痛み止めが効いているうちに、看護師さんの『大丈夫ですか?』の言葉に、『大丈夫! 大丈夫!』と答えて、尿道からカテーテルを早く取り外してくれと懇願しました
普通はもっと後に取りはずすようですが、どうもカテーテルの違和感が嫌なので(本音は別の理由なのですが)、無理やりはずしてもらいました。
このカテーテルを抜く時が、ちょっと痛かったですね。
トッポパパ、『おしっこが出そうなんですが。』
看護師『出ないと思いますよ。』
トッポパパ、『でも、出そうなんです!』
看護師、『出ませんけど、出してもいいですよ。』
こんなやり取りがありましたが、管を抜いた影響での残尿感覚のようで、結局出ませんでした。 看護士さんは、よく知っていますね。

その後、数人がかりでパジャマに着替えさせてもらい、少し落ち着いたのでダブルピースです。
ところが、この後の1日半ぐらいが最悪でした。



痛みがひどい場合は、ベッド上での排便排尿でいいですよと言われていましたが、冗談じゃない! 自分のことは自分でやる!(本当は若い看護師さんに世話になるのは恥ずかしい。)と、身体を動かさなければと、ちょっと上半身を起こしてみた。

その途端に、経験したことのない激痛が脳天から背中に走り、顔面が痙攣した。
後輩には、『痛みで死んだ奴などいない! 痛いのは身体が病気と戦っている証拠だと!』、訳の分からぬ持論を振り回している自分としては、歯を食いしばって頑張るしかないと、悶絶しそうな痛みとの戦いが続いた。
『よし、行け!』、『ギャァ!(言葉には出さないが)』の繰り返しで、何回か繰り返しているうちに、看護婦さんの助けを借りて、術後2日目なのに立ち上がることができ、トイレに向かう。

まだ首を下に向けられないので、斜め30度上ぐらいしか見ることが出来ませんが、なんとか点滴、ドレンポンプをぶら下げトイレにたどり着くことが出来ました。
カテーテルを入れた時に尿道に傷でもついたのか、大事なところの痛みを我慢しながら、頑張ると、『大丈夫ですよ、しっかり出ていますよ!』と看護師さんが覗き込んできた。
『ウワァ!(覗くなバカ!)』と、首を横に向けた瞬間、気を失いそうになった。



3日目、動きやすい甚平に着替えました。
痛くても動かしたほうが、回復が早いというお医者さんの言葉を信じて、終日激痛と戦いながら身体を動かし続けた。
3日目の午後には、激痛は走るが、痛みにも慣れ?てきたのか、何とか座ることもできた。
トイレに行く時は、転倒すると困るので、必ずナースコールをしてくださいと念を押されたが、こればかりはどうしても譲れず、内緒でトイレに行くうちに、歩き方のコツもつかめるようになった。



事件は?この日の夜中に起きた。(笑)
夜中の3時ごろ、どうしても水が飲みたくなり、薄明かりの中を冷蔵庫まで、半分這うようにたどり着き、冷蔵庫のドアを開けた。
その薄明かりに照らし出された向こうのドアに人影が!、こちらを伺っている。
トッポパパは冷蔵庫を少し開け、中を覗き込むような姿勢でしたが、そのときドアがスーっと少し開いた。
『すいません、水が飲みたかったので!』と人影に声をかけると、『ヒィー!』という甲高い声で、看護師さんが奇声を発した。
ちょうど、冷蔵庫の薄明かりに照らし出されたトッポパパの顔が、幽霊のように思えたのでしょう。 
看護師さんは、ビックリして逃げ帰ってしまいました。 
きっと、相当怖かったのでしょうね、どうもスイマセンでした。
まったく人騒がせな、患者だと思います。
夜中も重症患者などを、数時間おきに懐中電灯をもって患者さんの状態を見回っているのでしょう。



3日目の午後にはドレンも少なくなり、ドレンチューブも抜いてくれました。
血圧も手術直後は、上が180近くありましたが、順次170、160、140,130と下がり、この頃は120-70ぐらいの正常値に戻りました。
感染症などに罹ると熱がでるので、数時間おきに検温をしましたが、ほぼ35.9度から36度で安定しているので、順調のようです。
経過良好ということで、首周りの分厚いテープも剥がされ、写真のような傷跡むき出しの透明テープのみにされてしまいました。

後ろから12-13cm程度、骨まで切り開かれたというのに、もうくっついているようです。
ドクターに、『何針り縫ったのですか? それともホチキス止めですか?』と聞くと、『中は溶ける糸で縫っていますが、外は縫わずに接着だけです。』との話でした。
それにしても、写真を観るまでは分かりませんでしたが、もうくっついているようです。
腕でも10cm近く深く切られれば、3日でこうも綺麗にくっつかないのではと、自分で感心してしまいました。
それにしても、カラーもつけずに大丈夫なんでしょうかね。
それとも、太い首がカラーの役目でもしてくれているのでしょうかね。(冗談です。)



毎日数度、ドクターが『痛くないですか?』と質問されますが、『痛いですけど、我慢できます』と答えると、ちょっと不思議な顔をしていました。
通常は、3-4日は痛くて首を動かせないようですが、トッポパパは下は向けませんが、看護師さんに付き添われて廊下を歩き始めました。
ドクター曰く、痛みは個人差があるそうで、トッポパパはたぶん痛みに対して鈍いんでしょうと、説明されました。
それにしても鈍いとは失礼ですよね、せめて痛みに強いといって欲しかったです。

この後は、想像以上の急回復になりました。
また明日、続きをアップします。

トッポパパのメランコリー、 その15 『入院、手術、退院』

2009年08月04日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
みなさん、ご心配おかけしました。
トッポパパ、予定より早く退院することが出来ました。

トッポママも、毎日病院通いでしたので、毎日お留守番のトッポが狂喜乱舞でお迎えをしてくれました。
トッポ、『お帰りなさい! 良かったね!』
顔中を舐めまわされてベタベタの歓迎でした。
帽子を被っているのは、それなりの理由がありますので、あしからず。

とりあえず、皆さんの励ましのおかげで、現時点での手術の成功をご報告いたします。
ありがとうございました。



同じ病気に悩まされている人たちからの励ましの言葉を頂いていますので、入院、手術そして退院までの概略を順に報告いたします。
当初8月8日の手術予定が、急遽7月28日に前倒しされ、何回かの通院検査、そして検査入院を経て、7月25日の早朝、入院準備をして大学病院へ向かいました。
入院してしまうと、コーヒーも飲めなくなるのではと、入院前の最後のアイスコーヒーを飲んで、気持ちの整理をつけるトッポパパです。



次の写真で分かりますが、どっちみち手術前に後頭部は剃られるのでしょうから、目いっぱい短髪にしました。
トッポパパ、『それでは出陣です!



入院手続きをして、部屋に入るなり看護師さんより、『手術は27日ですね!』の言葉にビックリです。
『28日と聞いているのですけど、変更ですか?』と聞くと、あわてて担当のドクターに確認に行ってもらいました。
結果、やはり変更のようでで、27日の午後に手術する予定になり、その後、他の手術の段取りとの関係で、27日の9時からになり、またもや前倒しになりました。

結果、日曜日は検査ができないので、直前の検査が初日に時間刻みで行われ、バタバタの1日になりました。
血液検査、肺機能検査、頚椎の骨の厚みを測定するCT検査、肺のレントゲン検査を終え、最後は病院内の床屋でミエロカットをしてくださいとの指示で、写真のような頭に剃られてしまいました。

ぶっとい土筆か、かさのないマツタケのような頭ですね。
しかし、首が太いのは承知していましたが、これではどこまでが首で、どこから頭なのか分かりませんね。
首周りは44cmもあるので、体育会系?、いや格闘家系の首のようです。
『お医者さんも切り応えがある首でしょうね。』(独り言)



外は久しぶりの夏空で、神宮の森が眼前に広がります。
鑑賞に浸っている時間もなく、手術担当のドクターより直前の体調チェック、症状チェックが綿密に行われました。



ドクターに囲まれて、手術方法の説明を受ける。
最終的には頚椎の3番から7番の広範囲にわたって、後方より正中切開をし 椎弓形成術及び椎弓切除術を併用した除圧手術を施行するとの説明でした。
合併症、感染症他、この手術による後遺症の可能性を延々と説明されました。
除圧手術を受けた場合、頚髄が圧迫から解放されることで移動するので、5%前後の確率で手が肩よりあがらなくなる場合があると初めて説明され、『そうなった場合、リハビリすれば動くようになるのですか?』と聞くと、『6ヶ月から1年で改善される場合もありますが、10%ぐらいはそのままの場合もあります。』との衝撃的説明に、ちょっと憂鬱になりました。
他のリスクも多々あるので、これは運が強く作用される要素が結構ありそうだと再認識です。

日曜日はゆっくり風呂に入り、身体を清めて(笑)本番に備えます。
夜は緊張で眠れるのか心配しつつ、手術に関連する各種の書類及び手術説明書の確認などに署名して提出、そして8時には熟睡してしました。
これってトッポパパの神経が太いのか、鈍いのか分かりませんけどね。



27日早朝6時に看護師さんに起こされ、浣腸され、お腹が減ってグーグーなっているのを我慢しながら点滴の開始です。
麻酔医の説明に、『好きなようにやってください!』って感じで『ハイ、ハイ』と返事をする。



トッポママと家族が到着して、これから手術室に向かいます。
我ながら、おおよそ悲壮感が漂っていない顔ですね。
トッポパパ、『では、首を切られに行ってきます。』



手術前後の模様は明日アップします。
報告が終わったら、皆さんのブログにゆっくりお邪魔させてもらいます。

トッポパパのメランコリー、 その14 『手術日前倒し』

2009年07月20日 | トッポパパの後縦靱帯骨化症(OPLL)闘病記
手術日を来月8日に控え、今月いっぱいはまだ会社に出勤して、来月より心身ともに調整して入院と考えていました。

この3連休は静養しながら、筋肉の維持も兼ねてトッポと手術前の最後の散歩とみなとみらいへ出かけました。(手術前にアップする予定です。)

夕刻、大学病院より連絡があり、『手術のキャンセルがあり、急遽今月の28日の手術を予定しています。 会社の都合は大丈夫でしょうか?』と突然の手術日の前倒しになりました。
手術のキャンセルの理由(考えてもしょうがない!)は分かりませんが、大学病院の手術予定がぎっしり詰まっているのは再三聞かされていましたので、『なんとかします。 28日でよろしくお願いします。』ということになりました。

トッポ、『久しぶりの散歩、楽しかったね! 手術頑張ってね!』



入院は24-25日になるそうで、明日病院で最後のMRIを撮り、身の回りの整理をするつもりです。
神奈川県への特定疾患医療受給者証の申請も無事終了しましたので、もうやり残しているものはなさそうです。
娘との手術に関しての会話は、『今回のパパの手術は、ちょっと大変だけど分かっているか?』と聞くと、『大丈夫!、頑張ってね。 でも大変な手術なら、遺言書いといて!』と、なんとも気楽な家族です。 
最初は会社の仕事も全部整理しようかとも考えましたが、縁起でもないので、いつもどおりで入院しようと思います。

手術日がなかなか決まらず、延期になったり短縮したりと、いろいろありましたが、これ以上症状が悪くならないうちに手術が出来るのは、まだまだトッポパパには運があると思うようにします。
今日はトッポと帆船を観ながら、3時間ほど歩き回りましたが、軽い疲労を覚えただけで、まだまだ体力は残っているようなので一安心です。

残り数日は、今日の散歩の写真でも整理しながら、手術入院の準備をします。
トッポパパ、頑張ります!