TOPPO WORLD

TOPPO(ダックスフンド)から見た周りの出来事いろいろ。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その6

2015年06月30日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
2-3年前までは、トッポもこんな感じで頑張って散歩していたのを思い出します。



洋館を巡っていると、建物やその周辺から必ずいまのベイブリッジが視野に入ってきます。
その昔は、海側の建物も少なく絶景の景色を見下ろしていたのでしょう。



今はまだアジサイが主流ですので、ベイブリッジを背景に写真を撮りました。



イギリス館の裏手に回ると、横浜水道創設記念噴水塔から流れる水路が落差を持って造られています。



ちょっと珍しい花が咲いていました。



横浜名物の赤い靴バスの折り返し地点にある横浜水道創設記念噴水塔の前で、トッポも写真を撮りました。
この噴水は、1887年に横浜停車場(初代の横浜駅)の広場に設置された噴水塔を再現したものだそうです。



赤瓦と白い壁が美しいスパニッシュスタイルの洋館が、『山手111番館』です。
ワシン坂通りに面した広い芝生を前庭とし、ローズガーデンを見下ろす建物は、1926年に当時横浜で両替商を営んでいたアメリカ人、ラフィン氏の住宅として建てられました。



天国のトッポ、『ここにも来たよ!』



玄関ポーチ、3連の柱のあるパーゴラ(藤棚)、ワシン坂から芝生の庭の中をまっすぐに延びる15mほどのアプローチはとても魅力的な風情を漂わせています。



続く........................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その5

2015年06月29日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
ここまで来たら『港の見える丘公園』に寄らないわけにはいきません。
ほんとにトッポはいろいろなところで撮った写真が残っています。
昔の写真は一度JPEGで小さくしてしまっているので、加工して拡大すると若干ボケてしまいますがご勘弁を!



港の見える丘公園もまた横浜観光に欠かすことのできない場所です。
港の見える丘公園はかつて横浜開港期にイギリスとフランスの軍隊が駐屯した場所としてよく知られています。



横浜開港と同時に横浜に多くの外国人が暮らすようになると、日本人との間にトラブルも発生するようになりました。
生麦事件もその一例ですが、外国人に対する傷害事件もありました。
そうした状況の中で自国居留民の安全と財産を守るためという名目で自国の軍隊が日本に呼ばれ、現在の公園中心部あたりに駐屯したイギリス軍と、現在のフランス山に駐屯したフランス軍とが隣り合っていました。
港を見下ろすこの場所は海外の国にとっては、軍事的に大きな意味を持っていたようです。
戦後、この場所は米軍に接収されましたが、接収解除後に公園用地として取得し、1962年(昭和37年)に『港の見える丘公園』として開園しました。



フランス山を散策した時の写真です。



フランス領事官は関東大震災で崩壊してしまいましたので、現在は跡地のみ残されています。



ベイブリッジを含めた横浜港の様子を一望する展望台には連日多くの観光客が訪れます。



ここからベイブリッジの眺めは、昼間よりも夜景が有名でデートコースの定番のようです。



公園の南側部分に大佛次郎記念館があります。



ここもトッポの散歩コースでした。



大佛次郎記念館側から展望台を臨みます。



中央の噴水周りでのスナップ写真です。



大佛次郎記念館です。
以前にも紹介しましたので、説明は割愛します。



ローズガーデンからベイブリッジの遠望です。



続く.................................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その4

2015年06月28日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
『イギリス館』に到着です。



1937年に上海の大英工部総署の設計によって、英国総領事公邸として此の地に建てられました。



明るく開放的な設計は当時の王室の威厳を感じます。
鉄筋コンクリート2階建てで、広い敷地と建物規模をもち、東アジアにある領事公邸の中でも上位に格付けられていました。
1990年横浜市指定文化財に指定されました。



天国のトッポ、『ここも何回も来たね。』



周りにはローズガーデンも整備され、バラの季節には特に美しい景観が楽しめます。
横浜市の花はバラです。
そのため横浜市内には、バラがたくさん植えてあります。
中でも有名なのが、港の見える丘公園と山下公園に整備されたローズガーデンです。



トッポも山手のローズガーデンによく遊びにきました。





『イギリス館』の裏庭もきれいに整備されています。







続く...................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その3

2015年06月27日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
大正末期に建てられた外国人住宅で、1、2階とも中廊下型の平面構成で、フランス瓦の屋根、暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームなどが配置されています。



天国のトッポ、『僕は中に入ったことがないので、中を見てきて!』
トッポと一緒に入ることができなかったので、一人で中に入ってみました。



ここは廊下を挟んで東側のリビングルームになります。
この部屋はサンルームへと続いています。



ダイニングルームです。
テ-ブル、イス、家具は旧バ-ナ-ド邸からの展示品で、イスは1920年元町製です。
ブラフ18番館の各部屋のテーブルには、いつも美しい花が飾られていて、それが部屋の雰囲気を盛り上げています。



東側にあるサロンです。
南東側にはサンル-ムがあり、横浜の港を一望できるベイウィンドウがあります。
光が入り込みとても明るい部屋です。暖炉があり、応接間として使用されていたようです。



歴史を感じさせる、暖炉です。



100年前のアメリカ製置時計が置かれています。



リビングルームに隣接するサンルームです。
パステルカラーがおしゃれですね。



中に入れないトッポはママとベンチで休憩でした。



ベンチの後方の見晴らし台から、遠くベイブリッジを臨みます。



帰路の並木道は大木に差し込む日差しが柔らかく気持ちがいいです。



続く....................................................................................。


トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その2

2015年06月26日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
『外交官の家』外観は、左側にある正八面体の上に三角屋根が載っている塔屋が特徴で、どこか堂々として華麗な印象があります。



今回は広角レンズを使用していますので、ちょっと奥行きが感じられる写真になっています。



トッポのキャリーバッグは今も捨てられず、家の中においています。



水路や花壇を幾何学式に配したイタリア式庭園は、季節の花が植えられきれいに整備されています。
正面奥に見えるのは噴水です。





隣接している『ブラフ18番館』に移動します。



外交官の家の水路は半円形広場に流れてきます。



天国のトッポ、『ここもよく写真に撮ったね!』



大正末期に建てられた外国人住宅で、1991年までカトリック山手教会の司祭館として使用されていたものを、1993年にイタリア山庭園内に移築復元しました。
オレンジ色のフランス瓦、グリーンの窓枠と鎧戸、白い壁のバランスが美しい洋館です。



建物の周囲は木々が取り囲み静かで穏やかな空間です。
いくつかベンチが置かれ、いつも絵を描かれている人を見かけます。



トッポと一緒では中に入れませんでしたので、今日は中に入ってみます。

続く..............................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その154 『トッポ思い出の山手洋館巡り』 その1

2015年06月25日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
梅雨時の晴れ間に横浜山手の洋館及びその周辺をトッポの思い出を訪ねながら散策してみました。
トッポの写真も織り交ぜて紹介します。



1880年(明治13年)から1886年(明治19年)にかけてこの場所にイタリア領事館があったことから、『山手イタリア山庭園』と呼ばれる場所があります。
庭園は西洋庭園風で、またその敷地内には『外交官の家』や『ブラフ18番館』などの洋館が移築されています。
入り口で記念撮影です。



天国のトッポ、『僕も同じところで記念撮影したよ!』



この建物はもともとは1910年(明治43年)に渋谷の南平台に建てられた内田定槌(さだつち)の私邸を、イタリア山庭園に移築したものです。



内田定槌は明治から大正にかけての外交官だったので、現在は『外交官の家』とよばれています。



往時併設されていた和館のあった場所は、喫茶室の建物が設けられています。
横浜はサイダー発祥の地として知られていますが、この喫茶室で季節限定の『おりつるサイダー』が有名です。



中庭に入ると見事な洋風庭園が眼前に広がります。
『外交官の家』は木造二階建てで、アメリカン・ビクトリア様式と呼ばれます。



内田定槌の依頼を受けて建物を設計したのはジェームズ・マクドナルド・ガーディナーです。
ガーディナーは1880年(明治13年)にアメリカ聖公会から派遣されて来日し、ウィリアムズ主教が開校した立教学校の教師を務め、その後その校長にも就任しました。
これが後の立教大学です。



ちょっとボケていますが、トッポもいます。



続く.....................................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『長谷寺』 その4

2015年06月24日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
結局2時間待ちになってしまったアジサイ路散策は諦めることにしました。



境内のきれいなアジサイを写真に撮ることにします。





このアジサイの花はちょっと変わっていて、トッポパパお気に入りのアジサイです。



よく見ると、少しづつ違いがあるようです。



アメリカ育ちのアジサイも長谷寺にもありました。



本堂前の仏足石です。
仏足石というのは、お釈迦さまのの足の裏を模したものです。
『上に立たないでください』と書かれていますが、流石に上に乗るのは罰が当たりそうで誰も上に乗る人はいないようです。



アジサイの季節は境内にもたくさんの鉢植えのアジサイが置かれています。



長谷寺の正式名称は、『海光山慈照院長谷寺』で、山号は『海光山』です。



境内の見晴台や裏山をめぐる眺望散策路からは、美しく広がる由比ヶ浜の景色を楽しむことができます。



それでは鎌倉から 

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『長谷寺』 その3

2015年06月23日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
アジサイ撮影をちょっと休憩して、和み地蔵の奥にある弁天窟に入ることにしました。
まずはこの鳥居をくぐって中に入ると弁天窟です。



中には蝋燭が灯してあり、そこそこ明るいようです。
この洞窟巡りは、長谷寺のパワースポットと呼ばれ人気があります。



洞窟の中は、弁財天や十六童子が洞窟の壁面に掘られています。
童子にはそれぞれの御利益が得られるか決まっていて、蝋燭に自分の名前を書きお供えするとその御利益を得られるようです。



弁財天です。
弁財天は、もともとインドの河を神格化したもので、豊饒等を司る神のようです。
その後、仏教の神として、弁才(弁舌)、財福、知慧などの福徳を有する天部の尊格として位置付けられるようになりました。
鎌倉・室町時代以降、『弁財天』と書かれるようになり、尊容も八臂から二本の手で琵琶をもつ美しい女神の姿となり、七福神の一つにも加えられています。
ここの弁天窟は、弘法大師が参籠した洞窟として知られており、宝物館に収蔵されている八臂弁財天像は弘法大師の作と伝えられています。



奥に進むと天井が低く、中腰で歩くので頭がぶつからないかヒヤヒヤです。



洞窟の途中に小さな弁天様が並んでいます。
これは奉納弁財天で、絵馬のように願い事を書いて納めるそうです。



弁天窟を出て、階段を上ると十一面観音菩薩が祀られている『観音堂』です。
ご本尊の十一面観音像は、9.18mもあり、歴史のある木造の仏像としては日本最大級で、全身に金箔が施されていまうs。
写真撮影は禁止ですので残念です。
左奥は経蔵(輪蔵)です。
内部の回転式書架を『輪蔵』と呼び、中には一切経(大蔵経)が収められており、書架を一回転させることで一切経をすべて読誦した功徳が得られるといいます。



『観音堂』の並びの左奥に『宝物館』があります。



アジサイ路への入場待ち時間は? 30分以上経過したのに、まだ90分待ち!



入口近くから、アジサイ路の斜面を見上げると、人、人、人です。



これでは帰宅時間を考えると諦めなくてはならないようです。

続く........................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『長谷寺』 その2

2015年06月22日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
アジサイ路(眺望散策路)への入場待時間が長そうなので、放生池周辺を散策しました。



四季折々の花木に彩られ、鎌倉の西方極楽浄土と呼ぶに相応しい風情があります。



ハナショウブがきれいに咲いています。



花の色は、白、桃、紫、青、など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせでいろいろな品種があるそうです。



その昔、自宅で菖蒲湯に入っていたことを思い出しました。
菖蒲湯に浸かりながら鉢巻とハーモニカをやった記憶があります。
 


紅葉の季節にも紹介しましたが、にっこりと微笑する『和み地蔵』です。
人気のフォトスポットで、並んで記念撮影をする参拝者が多数います。



トッポパパも数年前、年賀状に使用したことがあります。
また、アジサイ路には3体並んだ良縁地蔵と呼ばれるお地蔵さんがいるそうです。



新種のガクアジサイ?.........



数多く見てきたので、どこが違うのかよくわかりません。



ちょうど見ごろの時期のようで、ほんとに手毬のように思えます。



続く................................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『長谷寺』 その1

2015年06月21日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
北鎌倉駅から鎌倉で乗り換え、江ノ電で長谷駅に向かいました。
平日なのに、想像以上の人出で長谷駅から長谷寺までは歩行者天国の銀座並みの混雑です。



通常の入り口は閉鎖なので、正門の写真は混雑を避けて撮ることができました。



アジサイ路は入場整理券で時間待ちなので境内で休憩中です。



印象的な椨(タブ)の大木はクスノキ科タブノキ属の常緑高木で、葉は蚊取り線香に、樹皮は線香や染料に利用されます。



順番待ちの間、妙智池と放生池の2つの池周辺に咲く花を撮ってみました。







どちらも花の名前はわかりませんが、きれいに咲いています。



長谷寺のほうが紫陽花の種類は多そうです。





しばし休憩しながら、どうするか思案中です。

続く..........................................................................。



トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『明月院』 その3

2015年06月20日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
月笑軒と呼ばれるお茶所です。
何十人待ち状態で、中に入るのは諦めました。



アジサイは比較的初心者でも育てられますが、たくさん花を咲かせるにはそれなりの手入れが必要なのでしょう。



どこを撮っても同じ感じのアジサイなので、被写体を求めて歩いてもちょっと飽きてはきますね。(笑)



20cmぐらいのとても小さなお地蔵さんを見つけました。
アップで撮ると、笑みを浮かべた表情が素晴らしいです。



水鉢に浮かべたアジサイも風流です。



最近はカメラ付きスマホが主流なので、全員がカメラマンになります。



竹林が見えてきました。



アジサイばかり撮っていると、こんな写真も新鮮です。



アジサイ寺にも青色でないアジサイがいくつか咲いてました。



みなさんアジサイを堪能して帰路につきます。



もう少し頑張って、長谷寺まで足を伸ばすことにします。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『明月院』 その2

2015年06月19日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
山門へ至る参道はアジサイが満開です。
参道を彩るアジサイは基本的に青が基調のようで、代々の住職?のこだわりのようです。



ガイドブックやインターネットでもよく紹介されているので、混雑はしょうがないですね。



鎌倉幕府第8代執権、北条時宗は宋から高僧の蘭渓道隆を迎えて建長寺を建立しました。
その後、もうひとつ禅興寺というお寺を建てました。
禅興寺は関東十刹の第2位に列して栄えましたが、室町時代以降は衰え、明治時代に廃されました。
その際、ただひとつ残されたのが、第1の塔頭(子院)であった明月院で国指定の史跡となっています。



方丈(本堂)は奥の庭園の景色が眺める事ができる丸窓『悟りの窓』は有名ですが、この混雑では写真撮影はギブアップです。



アジサイも手毬のような種類で、青を基調としたものに統一されているので庭園がこの時期は青一色です。



総門の近くに、北条時頼公廟所と北条時頼公墓所があります。





方丈前の枯山水庭園の写真は人気があります。



人ごみを避けて撮ったのですが、全景は無理でした。



休憩所を横目に先に進みます。



続く........................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その153 アジサイ散策 『明月院』 その1

2015年06月18日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
名月院に向かう途中、道を間違えないように名月院の石塔が案内してくれます。



途中の道路わきもアジサイ一色です。



トッポがいないので、お互いに記念撮影です。





予想した通り、平日にもかかわらず大勢の人が訪れています。



明月院の創建は850年前の1160年になります。



入口です。



アジサイに囲まれた階段を上ります。



幸せそうなカップルです。



続く...............................................................................。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その152 アジサイ散策 『鎌倉古民家ミュージアム』 その2

2015年06月17日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
梅雨の合間の夏日でしたので、しばらく歩くと汗ばむくらいぐんぐん気温が上がりました。



日本古来の手毬のようなアジサイが並んでいます。



同じように見えても、近くでよく見ると微妙に花の形が違います。



こちらはアメリカで品種改良されたもののようで丸くありません。



土壌が酸性かアルカリ性によっても色が異なるようです。



酸性だと青みが強くなるように書いてありました。



これは珍しい赤色が強い品種です。
途中で色が変化していく種類もあるようです。



2-3か所廻る予定なのに出発が遅かったので、近くのおしゃれなお店で昼食をとることにしました。



鎌倉は緑に囲まれたおしゃれなお店がたくさんあるので、女性に人気があるのでしょう。



おすすめのランチを注文し、美味しくいただきました。



これから、アジサイ寺として有名な明月院へ向かいます。

トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その152 アジサイ散策 『鎌倉古民家ミュージアム』 その1

2015年06月16日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
今年は梅雨時になっても、トッポ家のアジサイは花が少なく寂しい思いをしてます。
どうも冬場に、枯れ枝?の見場が悪いので切り詰めすぎたのが原因のようです。
久しぶりに鎌倉へアジサイ巡りに出かけました。



北鎌倉駅で下車し、まずはこの看板につられてちょっと入場してみました。



北鎌倉古民家ミュージアムは築100年以上になる古民家を改築したものです。
最近は古民家ブームですが、鎌倉のように歴史が古い町並みにはぜひ残しておきたいものですね。



古民家の周囲に巡らしたアジサイの道は、それほど大きくはないのですが少し変わったアジサイが咲いているようです。



トッポママに一枚撮ってもらいました。



こちらはトッポ家のアジサイと同じようなガクアジサイです。
ガクアジサイはもともとは山アジサイのようで、長い年月を経て自然に品種が増えたものもあるのでしょう。



よく見ると品種改良が進んだのか、色や形が変化に富んでいます。



品種の説明はできないので、写真だけご覧ください。





紫陽花は日本が発祥の地のようです。
最近は西洋アジサイと呼ばれるものがたくさんあります。
江戸時代にオランダのシーボルトが日本より持ち帰り、その後品種改良が重ねられたものが日本に戻ってきているそうです。



続く.....................................................................................。