tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

蝮の顔をした芋虫

2016年06月07日 09時29分41秒 | 環境




蝮の顔をした芋虫
 突然にこんな鬼面(蝮面)人を驚かすような写真をお見せしてすみません。
 先日、蛍の羽化のことを書きましたが、ゲンジボタルの羽化が16匹まで伸び、大変気をよくしていました。
 ヘイケボタルの方もそろそろ羽化を始めて、現在6匹ですが、今後数が30ぐらいまでは増えていくだろうと期待しています。

 ゲンジは光が大きく目立ちますが、ヘイケは光は強いものの、体の大きさがゲンジの半分近く(体長で)しかありませんので、あまり雑草が茂っていると見つけにくいのではとU字溝の覆いかぶさっているどくだみやみずひき草の葉を整理していました。
 そこで発見して、一瞬ギョッとしたのがこの写真の主です。

 2匹が一緒にいて、マムシグサの類のうらしま草(4/17「小さな春、庭の花々」に写真があります)の近くでした。
 まさか「まむし」の子がこんな所にいるはずがないと思ったことは思ったのですが、威嚇のためか、動かす首の速さが、全く芋虫のものではありません。左右の早い首振りは、まむしが獲物に跳びかかる様に似ています。

 しかし、落ち着いてよく見ればやっぱり芋虫、何かの幼虫でしょうからと、みずひき草の葉でつまんで、ヒマラヤユキノシタの大きな葉に乗せて写真を撮りました。

 ネットで「蝮の顔をした芋虫」と入れて調べてみましたら、すぐ出て来て、ビロードスズメ(雀蛾の一種)の幼虫ということでした。

 蝮に似ているのは天敵から身を守るためでしょうが、俗説に言うマムシグサを食べて蝮に似ているというのはどうも変です。マムシグサは、草自体がまむしに似ているというので、人間が連想の結果つけた名前だそうですから。

 ネットでは、ビロードスズメの幼虫がマムシグサを食べるとは書いてありませんし、マムシグサやうらしま草の害虫としてビロードスズメの幼虫は出ていません。

 しかし、ビロードスズメの幼虫がマムシグサの類を食害するというネット上の質問があったり、知人でもそう言う方もいます。もし真偽をご存知の方がおられましたら、是非、教えて頂きたいと思います。

ベーシック・インカム考

2016年06月06日 11時31分28秒 | 経済
ベーシック・インカム考
 今朝のニュースでスイスのベーシックインカム導入を問う国民投票で、反対が76パーセント以上で否決されたということです。
 多分否決だろうとは思っていましたが、やはり圧倒的多数数で否決されたということは、働き者と言われるスイス国民の感覚の結果なのでしょう。

 ベーシックインカムというのは、国民一人一人に無条件で一定額の所得を政府が保障するという考え方で、今回のスイスの場合は月額で日本円にして18歳以上は一律27万円ほど、18歳未満は6万円余を本人や家計の状況に関わらず一律支給するというものでした。

 スイスでは10万の署名を集めれば国民投票にかけられるという制度があり、いろいろなことが国民投票にかけられますが、大抵は否決ということのようです。
 物価の高いスイスですから、27万円も我々の感覚よりは低いものでしょうが、10万円だったらどうだったろうなどと考えたりもします。

 ヨーロッパではフィンランドが矢張りベーシックインカムの構想を持っており、近く特定の地域で試行の段階に入る可能性もあると報道されていますが、金額は日本円で10万円程度のようです。
 そのほか、オランダやカナダで一部の地方自治体が試験的に導入したり、実際に一時期実施したりといったこともあるようです。

 ベーシックインカムという構想は、現状の社会保障システムとどう調整するかという問題を含むもので、社会保障が充実した国で、その行政コストが馬鹿にならないのであれば、一定金額の支給で社会保障システムを代替してしまおうという面もあるでしょう。
 27万円なら完全代替、10万円なら一部代替でしょうか。

 皆様もすぐ気づかれると思いますが、問題は大きく2つあり、一つは、国や地方自治体の「財政上可能かどうか」という問題です。確かに現状の社会保障制度は行政コストはかかりますが、本人や家計の状況に応じてきめ細かでしょう。ベーシックインカムは簡便ですが、大まかでその分余計なコストもかかりそうです。

 もう一つの問題はベーシックインカムが手厚くなると、勤労意欲にどう影響が出るかという問題です。上に挙げたような国々は、どちらかというと勤労意欲の高い国民の国ではないでしょうか。
 日本は世界でもトップクラスの勤勉な国民の国ですが、さて、皆様のお考えはいかがでしょうか。

アベノミクスの基本的な勘違い

2016年06月04日 10時07分02秒 | 政治
アベノミクスの基本的な勘違い
 世間一般では、アベノミクスは失敗したという意見が多いようです。
 確かに消費税の2パーセント増税が出来る経済状態を実現すると確約して、それが出来なかったのですから「失敗」と言われても仕方ないでしょう。

 しかしアベノミクスにも成功した部分もあることは否定できません。黒田日銀がやった2度の異次元金融緩和による40円幅の円安です。これで日本の デフレ時代は終わったのです。
 その後の財政や構造改革が 巧くいけばよかったのですが、これが駄目でした。

 原因を究明すれば、いろいろなものが出てくるでしょう。高齢化で介護問題、出生率が上がれば保育問題、自然災害、アメリカの政策転換、中国経済の減速、一流企業の蹉跌、などなどです。

 しかし本当の原因は些か違うところにあるように思います。
 為替(円安)は、国際投機資本を巧く脅かせば実現するようです(最近は逆襲されていますが)。しかし、国民相手の国内政治になりますと国民が理解し納得しないと進みません。

 ですから国内問題は思うようにいきません。安倍さんが賃上げしようといっても肝心の 労働組合が動きません 経営者も半身です。
 求人倍率は上昇しましたが、 非正規ばかり増え、そのため平均賃金はあがらず、格差社会化が顕著で、安倍さんの言う 介護や保育の職場の改善は容易ではありません。

 一億総活躍のスローガンは聞かれますが、いくら政府が旗を振っても、一億がその気にならないと「どう活躍するの」などとシラケて、世の中は動きません。
 これは企業と同じでしょう。トップが号令をかけても、従業員がその気にならないと何も動かないというのが現実です。

 ですから、問題はスローガンや号令、政策目標の当否ではなく、「いかに人を動かすか」、「如何に人々にやる気になってもらうか」のやり方にあると考えるのが妥当でしょう。

 そのためにはデール・カーネギーの『人を動かす』のような心理学的なアプローチも大事でしょう。しかし日本ではすでに書きましたように「みんなと相談する」つまり「組織のメンバーが意思決定に参画する」というアプローチが 聖徳太子の十七条の憲法の時代、さらに遡れば縄文時代からの伝統的な作法なのです。

 こうした視点から見れば、安倍政権の決定的な誤りは、「三本の矢も、一億層活躍も素晴らしいでしょう、だから国民はついてくるはずだ」とトップが一人で決めて「決める政治」を実行したことにあるといえるでしょう(ここでは敢て憲法問題には触れませんが)。
 政策の中身は兎も角、そのアプローチが日本社会に合っていないのです。

 素直に言い換えれば、日本という「コンセンサス社会」でトップダウンが通用すると思い込んでいることが決定的な誤りなのです。

 問題は政策の当否よりも「アプローチの在り方」ですから、いくら安倍さんがこれがいいと思っても、ついてくるのは仲間内だけで、日本全体ではどうにも進まないという現状になっているのです。

 おそらく安倍さんには「コンセンサス社会の作法を理解すること」は性格上難しいようです。そうなると、どんな立派なスローガンを掲げても、国民は思うようには動かないのではないでしょうか。
 
 安倍さんも心の中では、なんでこんなにうまくいかないのだろうと思っているのではないかと拝察しています。

経済政策の前提条件:「円高回避」

2016年06月03日 09時19分49秒 | 経済
経済政策の前提条件:「円高回避」
 国会会期が終わって、マスコミによれば、「選挙戦実質スタート」だそうです。
 消費増税延期でポピュリストぶりを発揮した安倍政権ですが、残念ながら実質選挙戦第1日の昨日は東京市場は大幅反落になりました。

 1円超の円高で、日経平均は393円の下げ、解説者の発言では、株安が円安につながったなどと言っていますが、この間は、円高になるから株は下がるといっていたようでした。「卵と鶏」は時々入れ替わるようです。

 安倍さんは「アベノミクスは成功」と言っていますが、その成功は$1=¥80が120円になったことがそのすべてだという事は多くの人に一致した意見でしょう。
 したがって、109円とか108円になると、アベノミクスの効果はどんどん後戻りするわけで、これは大変です。

 安倍さんにしてみれば、日本の財政再建が遅れると巨大赤字に苦しむ日本政府の信用がますますなくなって、円安になるから「追い風」と思ったのかもしれません。 
 一方、アメリカは金利引き上げ、金融正常化に向かっていますから、傾向としてはドル高のはずで、これも日本経済に追い風という思惑でしょうか。

 ところが、この所の動きを見ていますと、FRBが昨年末最初の利上げに踏み切り、日本の方は今年2月マイナス金利を導入したにもかかわらず、円レート円高方向に向かい、110円を切るのが常態のようになっています。

 経済回復と自賛するアメリカのドルは下がり、消費増税実施もできない日本の円は高くなっているのです。一般の経済学、金融論とは全く逆な動きです。
 このままじりじり円高が進み$1=¥100がらみになれば、アベノミクスの経済効果の半分は元に戻ってしまします。

 伊勢志摩サミットで 為替問題は当然取り上げられると思っていましたが、安倍さんの「財政出動」一点張りの主張の中で、ほとんど触れられなかったようです。

 背後にはいろいろな事情があると思います。今の金融市場は、正常な市場経済前提の「学問としての金融論」で動いていうのではないようです。
 万年赤字国のアメリカは、政策金利を引き上げても、ドル高は絶対回避したいと思っているでしょう。世界の金融市場はアメリカ主導で動いていますから日本は大変です。

 日本は経済成長もままならず、財政は世界最悪クラスの借金まみれの政府ですが、国民は堅実で、増えない所得の中からもきちんと貯蓄し、その結果、ドイツに次ぐ経常黒字国になっています。

 この問題は大変根の深いもので、アベノミクス程度では決して調整されないドルと円の 底深いギャップの基底をなしています。

 安倍さんがいかに記者会見で説明しても、消費増税を延期しても、10兆円の補正予算を組んでも、多分現状は基本的には変わらないでしょう。円高に苦しむ日本経済は続きそうです。

 それでも日本人は頑張ります。苦しみながらも世界が必要とする財やサービスを真面目に几帳面に提供し続け、健全経済を維持していくでしょう。
 安倍政権はこの健気な日本国民の努力に乗っているからこそ、何とかなっているということでしょうか。
 「こんなに頑張っているのに生活は一向に良くならない・・・」 今のアベノミクスでは日本国民の苦労はこれからも続きそうです。

消費増税延期の経済計算

2016年06月02日 10時27分00秒 | 経済
消費増税延期の経済計算
 安倍総理は突如として消費増税の2年半の延期を表明しました。その結果、安倍総理は、国民の前で公に約束したことを簡単に反故にする信用のできない人間だという評価が定着するようです。

 情けないのは与党内に「ご意見番」を持って任ずるような人がいないことです。
 権力者は往々自分が正しいという錯覚に陥り、誤りを犯します。そこでご意見番が重要になるのです。

 歴史上でも、曽呂利新左エ門とか、水戸黄門などご意見番は有名です。作り噺も多い様ですが、組織はそうありたいという願望が日本文化の中にあるからでしょう。
 戦後の企業でも、松下幸之助と高橋荒太郎とか、本田宗一郎と藤沢専務とかの話は良く語られます。これは実録で作り話ではありません

 トップにずけずけモノが言え、トップもその意見を尊重するような組織は、バランス感覚を持ち、健全で良い成果を上げることが多いようです。
 それが失われた組織は種々の危険性をはらんできます。国民には要注意でしょう。

 ところで、消費増税の延期は決まったようですから、その功罪について少し考えてみたいと思います。

 国民の多くは、消費増税はしてほしくないと思っているでしょう。安倍総理も増税を発表したら選挙に不利と思ってのことでしょうから、この点国民と総理の意見は一致します。

 問題はその間財政再建が遅れることをどう捉えるかでしょう。安倍総理は、増税を延期しても、熊本の復興や、待機児童の解消、保育スタッフの改善などはきちんと行うと述べました。同時に赤字国債は発行しないと明言しています。

 財政再建は2020年に プライマリーバランス(基礎収支)回復という方針です。昨年の試算では2020年度の財政は9兆円台の予想を、来年度からの消費増税と経済成長率を3%台、それに歳出削減で赤字を6兆円台に縮小(これでプライマリーバランスは回復)ということだったと記憶します。

 しかし歳出は復興予算や保育問題もあり、秋には10兆円規模の補正予算を組むとのことですが、消費増税に2年半の延期で税収は増えず、赤字国債は出さないという計算の辻褄をどう合わせるか総理の記者会見では中身の説明はありません。
 建設国債ならいいというのかもしれませんが、いずれも国の借金に変わりありません。

 総理は、2020年にぎりぎり間に合う時点で、消費増税をしますから大丈夫という趣旨のことを言われましたが、2年半増税が遅れた分は借金として積みあがるはずですから、いずれにしても国の借金は増えるわけです。

 もし本当にそれで赤字国債を出さずに済むのであれば、もともと消費増税など急ぐ必要がなかったということになります。こうした計算は定性的な言葉の遊びではなく、定量的な「計算」の世界ですから、足し算と引き算をすれば、正しいか正しくないかはすぐに解ります。
 
 総理の説明が、「こう在りたいものです」という願望なら別として、自信を持って国民に約束し、国民の信用を得て参院選に勝ちたいというのですから、数字は是非検証の必要があります。
 それとも、今回のように、約束は反故にするためにあるのでしょうか。騙される国民のほうが馬鹿だというのでしょうか。

 

国連を育てることの重要性

2016年06月01日 11時00分15秒 | 国際関係
国連を育てることの重要性
 我が家のゲンジ蛍はその後5匹羽化して12匹になりました。市井の片隅で、こうしたことに楽しみを感じていられるのは本当に有難いことですが、マスコミでは、こうした平穏と裏腹に、連日、我々庶民に不安を感じさせるような報道が続きます。

 蛍の光は我々の心に安らぎを感じさせますが、原子の火はどうでしょうか。G7外相の広島訪問、オバマさんの広島訪問と物事は一歩でも半歩でも前進しているような面もあります。

 人類の願いと言われる核廃絶、原爆のない世界、理想は高く掲げられるべきでしょう。しかし、同時に理想へ向かう現実的なアプローチ、具体的なプロセスもどこかで論じられなければならないのではないでしょうか。

 マスコミの一部では、広島訪問はいいけれど、主要国は原爆の高性能化を進めているではないかとか、核弾頭の削減はあまり進んでいないなどの批判的な発言も聞かれます。
 本当に原爆のない世界というのは実現するのでしょうか。人類にとってそれは可能なのでしょうか。

 原爆製造技術は世界に広く拡散しています。国だけでなく、テロ組織のようなものが、原爆を保有する可能性すら無きにしも有らずです。
 場合によっては、人類が、平和のために核兵器の抑止力に頼らなければならないようなケースさえ出てきかねません。
 刀狩りや、銃砲刀剣不法所持といった問題でも、国家機関はそれを取り締まるだけの能力を持っていなければならないのです。

 同じことを原爆について考えれば、原爆の各国管理では限界があることは明らかです。歴史の将来のどの時点なるかわかりませんが、原爆狩りをやって、原爆は「国の上部組織」である国連が管理し、人類の安寧を維持することになるのでしょうか。

「国連が?」とまさに現状では夢物語でしょう。しかし、人類は国際紛争を合理的に処理するために、国際連盟、そして国際連合を作ってきたのではないでしょうか。
 
 人類は、自らの知恵を発揮しようと、こうした組織を構想して、現実に設立に至っているのですが、その理念をもって国連を生かすことについては、今の常任理事国でさえ、残念ながら出来ていません。

 人類全体のためよりも、自国の利益、自らの政権の維持といった極めて卑近なことを重視し、国際司法裁判所や、その他の国連機関をないがしろにするというのが今の安全保障理事会の常任理事国を含む多くの国の態度に見られます。

 日本は、戦後一貫して「国連中心主義」を標榜してきたはずです。
 これからの世の中、世界人類の平穏のために、ますます国連の役割が必要になってくるはずです。
 誰かが言い出さなければならないとすれば、まず日本が「国連を育てよう」、「国連は人類の知恵の結晶ではないか」と常に世界に呼びかけ続けるべきではないでしょうか。