司法書士内藤卓のLEAGALBLOG

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忘れていませんか? 会計監査人の設置・登記~安愚楽牧場事件(大阪高裁判決)

2017-05-18 06:59:31 | 会社法(改正商法等)
大阪高裁平成29年4月20日判決
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=86737

 いわゆる「安愚楽牧場」事件である。

【判示事項の要旨】
「3 同社は,「株式会社安愚楽牧場」に商号変更して株式会社に移行した時点(平成21年4月1日)で会社法2条6号所定の「大会社」となっており,同法328条2項・337条1項,389条1項により,公認会計士又は監査法人たる会計監査人及び業務監査も行う監査役を置かなければならなかったにもかかわらず,それら機関を置こうとせず,被告Cに非常勤の会計限定監査役に就任することを要請し,被告Cもこれに応じて監査役に就任したとの事実関係の下では,被告Cは会計監査を行う職責を有するだけで業務監査を行う職責を負わない」


 特例有限会社も,会社法上の株式会社であり,資本金の額が5億円以上又は負債総額が200億円以上であれば,会社法第2条第6号の大会社である。しかし,「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成17年7月26日法律第87号)が定める経過措置によって,大会社に関する規律の適用が除外されているのである。

〇 整備法
 (株主総会以外の機関の設置に関する特則)
第17条 特例有限会社の株主総会以外の機関の設置については、会社法第三百二十六条第二項中「取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人、監査等委員会又は指名委員会等」とあるのは、「監査役」とする。
2 特例有限会社については、会社法第三百二十八条第二項の規定は、適用しない。

 (監査役の監査範囲に関する特則)
第24条 監査役を置く旨の定款の定めのある特例有限会社の定款には、会社法第三百八十九条第一項の規定による定めがあるものとみなす。

 したがって,特例有限会社が商号変更により通常の株式会社に移行する場合には,その移行の登記の時から,整備法による適用除外が外れ,公開会社でない大会社は,会計監査人を置かなければならず(会社法第328条第2項),業務監査権限を有する監査役を置かなければならない(会社法第327条第3項,会社法第389条第1項参照)。

 本件,「安愚楽牧場」が通常の株式会社に移行した時点の最終事業年度に係る貸借対照表における資本金の額は,金3000万円であり,同じく負債総額は,金688億8771万2000円であったらしい。

cf. http://roko1107.web.fc2.com/agurahp110902_4taishaku.pdf
※ オーナーからの出資金は,負債として計上されていない会計処理をとっていたそうである。

 したがって,「安愚楽牧場」は,商号変更の登記の時点で,大会社(会社法第2条第6号)の要件に該当し,会計監査人設置会社(会社法第2条第11号)及び監査役設置会社(会社法第2条第9号)に該当する株式会社であった。

 しかし,同社は,会計監査人を選任せず,かつ,会計監査限定の監査役を選任して,商号変更の登記(整備法第45条第2項)を経たものである。

 登記所ではわかりませんものね(それでよいのかは,別論。)。

 判決では,監査役設置会社(会社法第2条第9号)であるにもかかわらず,監査役と会計監査限定契約が締結された場合の当該監査役の責任についても論じられている。お目通しを。

 最近の「商業登記手続の簡素化」の議論と逆行する話ではあるが,機関設計の区別が問題となり得る登記申請の際には,例えば,定時株主総会議事録を添付書面とするときは,貸借対照表を綴じ込ませるとか,本件のような特例有限会社の商号変更の登記の申請においては,貸借対照表の要旨を添付書面とする,ということも考えるべきではないだろうか。

cf. 平成23年9月14日付け「忘れていませんか? 会計監査人の設置・登記」

 司法書士は,取引の安全と法人制度の信頼を維持するため,真正な登記の実現に努め,商業登記及び法人登記制度の発展に寄与し(司法書士倫理第55条),また登記手続を受任し又は相談に応じる場合には,依頼者に対して,法人の社会的責任の重要性を説明し,法令を遵守するように助言しなければならない(同第56条)。

 この観点からすれば,司法書士が株式会社から商業登記の依頼を受けるに際しては,当該株式会社が会社法上の大会社の要件に該当しているか否かについて留意すると共に,大会社の要件に該当しながら会計監査人を選任していない場合には,会計監査人を選任して登記をする必要があること,それが困難である場合には,資本金の額の減少の手続を行って,大会社の要件から外れるようにすべきであること等を助言する必要があると考えられる。

 「御社の負債総額は?」と尋ねて,大会社の要件に該当するか否かを確認することも大事,ということである。
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