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週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

朝顔と夕顔

2012年07月09日 | ★江戸っ子エッセイ★

    

 7月7日は七夕。この日を前後して、毎年入谷では朝顔市が開催される

 昨年は震災で中止されたので、2年ぶりの風物詩である。

 いやあ、ウキウキしやすな。
 
    

 朝顔といっても出勤前の慌しさで、早朝花開いているのをついぞ観たことはない。

 この綺麗な紫は、夕顔の艶がのったもの。

 江戸に夏が来たのでござる。

      
    
    

 言問橋に通じる目抜き通りは、かつては観音さまから坂本村への一本道。

 恐れ入り谷の鬼子母神の前に、爽やかな柄を纏った浴衣美人がちらほらいやんした。

         

     
   

 かつて暮らした町、入谷。子供の成長を鬼子母神さまに拝む。

 わが子可愛さは神様も同じなのだ。

 たくさんの子連れが、お鉢片手に参拝している。

  

  

 下町の人はお祭り好き。

 浅草界隈は年がら年中賑やかな土地でござんす。  

 そのまま上野方向、合羽橋本通り商店街に向かえば、そこでは七夕祭りがやっている。

       

 夕方近くだったので、炎天下の曲芸も終えお猿さんもお役御免。

 陰陽説によると、猿は水。鳥越から今戸(新鳥越)へ。ご神君のお声がかりの猿曳きよろしく、猿回しの芸達者たちは浅草に訪れる人々の顔をほころばしている。

       

  子供たちが未来へこめる夢は届くだろうか。

 七夕さまに願う短冊に、心が緩む休日である。
   
   

 ってことで、あっしもお願い。

 どうか夢が叶いますように…。。

 粋な兄さん、姐さんが颯爽と歩く町。

 そろそろ浴衣が着たくなる季節ですな

       

 浅草寺境内では、今日9日~10日にかけて、ほおずき市。

 オレンジ色の実をくゆらして、夜10時ごろまで幻想的な夜祭が開催される。

 四万六千日(126年)の功徳のあるありがたい参拝日。

 浅草の夏を感じにおいでなさいまし



  「ひしゃく水 小袖濡らすや 朝顔市」
                       海光


鳥越町の千貫みこし

2012年07月07日 | ★江戸っ子エッセイ★

  
   
 紫陽花もそろそろ見納めにはいった

 太陰暦でいう水無月はこれからが本番。

 入谷では朝顔市もご盛況。季節の風物詩を愛でるゆとりが、文学を育むのだ。

 汗ばむ首筋に、水汗滴るラガー瓶を煽りながら、団扇の風をあてるのもまたいい。

             

 新暦水無月の鳥越町の活況をご紹介。

 浅草のお隣であり、川に向えばお蔵前の首尾の松があったところ。

 庶民の台所、おかず横丁から神社につづく道々は、屋台がひしめき合って客を奪い合っている。この活気が下町ならではなんだ。



 小学校に通っていた頃、千貫あるお神輿は伝説のように憧れだった。

 地元でないので、神社を参拝し、屋台を冷やかして、つづら歩いた。

 鳥越神社の歴史は古く、白雉2年(651年)に創建されたとある。当時は白鳥大明神といったそうな。

 また、地名も浅草鳥越町といい、かの車善七が住んでいたことでも知られる。

 かつて、お仕置き場があったことから、地獄橋と呼ばれる通りを知ってか知らずか、現在の鳥越町の担ぎ手が渡っていくのだ。

     
                   鳥越神社

     
                    千貫みこし

 煌びやかな装飾は、胴も太くてご立派のひとこと。

 祭りはいい。人を元気にする。

 悪政と権力が蝕む日出ずる国の閉塞感。ようやく立ち上がろうという光りがみえる。

 皆さん、力を合わせて元気にまいろうではござらんか。

 潜んでいた創作の思いが、ふつふつと泉に湧いてくる今日この頃。

 今日は七夕、おそれ入谷の朝顔市も明日まででござる


    「夕顔や 滴るほどに 月朧」
                    海光


紫陽花革命6.29レポート!

2012年07月01日 | ★江戸っ子エッセイ★

     

 ついに朝日新聞の一面を飾った

 「大飯原発再稼動反対デモ」が5万人を越してやっと一面に掲載される時代なのだ。

 スポンサーやら政治的なんやらに遠慮や逡巡していたマスコミだったが、明らかに流れが変わったきた。

 これが無名の民衆の蜂起によって起ったことなんだ。

       
     
     

 6月29日(金)18時半。仕事を途中で放って、国会議事堂前駅へ向った。

 駅に降りると官邸に一番近い3番出口はすでに一杯だと、別の出口を誘導する人々がいる。

 地上に出るとすごいことになっていた。

     
     
       
          
     

 人々の口から連呼されるのは、安全な暮らしを望む願い。

 外国人の方も大勢見かけた。若い女性もたくさんいる。会社帰りのおじさんやOLさん。親子連れやベビーカーの方も多い。戸惑いながらも「再稼動反対!」と叫ぶご年配もたくさん。
 
     
       
     
     

 先週は歩道だけで45000人(主催者調べ)40000人(朝日新聞調べ)集まった。

 この夜は溢れる人垣に押され、官邸前の車道も埋まった。

 2倍とも3倍とも言われる人々。

     
              朝日新聞6月30日一面記事

 帰宅してTVをつけると、報道ステーションで古館さんと鳥越俊太郎さんがこのデモに共感すると語ってくれた。

 共鳴するジャーナリストがカンパ資金でヘリコプターを飛ばし、上空から撮影を試みた。ツイッターで知った民衆は、ペンライトや懐中電灯で夜空を旋回する同志にサインを送る。

    
              ヘリコプターが数機

 鳥越さんがおっしゃっていたように、組合の幟は見られない。

 政府の無謀に黙っていられない市井の民衆が声という武器を手に蜂起したのだ。  

        
     

 普段目立ったイデオロギーを持たざる一般民衆が怒っている。

 国を二分する大事なことを、世論とは反対の方向へなし崩しに進む不可思議と脅威。

 子孫へ残す大切な国作り、未来像を描かずして国民は納得すまい。

 今ここには民主主義のもたらす義はない。

 『紫陽花革命6.22』をテレビ朝日が報じて以来、沈黙していたメディアもダンマリを決め込むことができなくなったようである。

 6月30日の朝は、ついにNHKのニュース深読みでもこの日のデモに触れていた。

 市井の民衆の行動が、国を変えようとしている。




 お坊さんも太鼓を叩き、小さな女の子はお母さんとライトで空を照らしている。

 動きだした流れであるが、他人任せにしたら大量の清い水も堰きとめられる。

 誰かがやるだろう、誰かがなんとかしてくれるだろう、もう大丈夫だ、という慢心がいちばん怖い。

 他力本願が、この政権の暴走を招いたのだ。

       
 
 国民の切なる願いに対し、

 「大きな音だね」

 と記者に返す野田首相。

 この貧困なるお耳には国民の声が雑音としか聞こえないようだ。

 約束を反古にするどころが真逆の嘘を、「国民のため」命懸けで全うすると胸をはる。

 これが我々が選んだ一国の首相なのだ。

 清志郎が叫ぶ! 「ふざけんじゃねー!」

    

 平和な暮らしを諦めてはいけない。

 願いを、行動を続けること。

 これこそがいちばんたやすく、いちばん難しい道ではあるけれど。

 権力に立ち向かうには、ひるまず、怠けずそれしかあるまい


    「紫陽花や 止まらぬ流れ 国中咲き」
                         海光


    


紫陽花革命 6.22

2012年06月23日 | ★江戸っ子エッセイ★

 普段、政治、思想的な言動はあまり好きじゃないのだが、今回はレポートという形でご勘弁願いたい。

 2012年6月22日(金)首相官邸前の大飯原発再稼動反対デモに参列してきた

 駅に降りると、一種異様な緊張感がある。三大宗教の聖地イスラエルでも目に見えない緊張感を感じた。怒り、思想、願いありとあらゆる人間の魂が呼応するのであろうか。

 まず、飛び込んできたのは駅付近で立ち止まらないように、と案内する女性たち。彼女たちもまたボランティアで自然発生的に集まった人々なのか。大人しく従う人々の列はどこまでも続く。坂を下った。

     
   

 福島を忘れるな!

 そう、たった1年前に起きた東日本の惨状。そして人災ともいえる放射能汚染で家族分断生活を余儀なくされている人々。生まれ育った土地に暮らす、当たり前が叶わない人々がまだいるのだ。人類の平和な生活には脱原発しかありえない、と宣言した菅元首相だけをエスケープゴードにして、時の政権と2大野党は道筋なき再稼動に踏み切った。

       

 茱萸坂を下るに随い、次第に熱気に取り囲まれた。

 それもそのはず、そこにいるのはどこにでもいる普通の市民たちだから。

 小さなお子さんを抱っこして駆けつけた主婦、声を張り上げていたのは学生服を着た中学生、高校生たち。戸惑いながらも、「再稼動反対」とつぶやくおじいちゃんとおばあちゃん。

 こんなたくさんの市井の民衆が、いてもたってもいられずに集まったんだ。

    
      

 陽が傾くほどに高まる「再稼動反対!」のシュプレヒコールの連呼。

 太鼓や笛、拡声器を用いての叫びは、けっして威圧的でなく、願いそのものである。

 これぞ、平成の蜂起である。



 主催者発表によると、4万5000人が集まったという。

 民放各局、新聞社、報道機関の知った顔もちらほら見える。

 いまやスポンサーが牛耳るマスコミにあって、ほぼ抹殺されてきた脱原発デモ。

 落合恵子さんを筆頭にした著名人、野党からもデモに参加していた人もいる。

 NHKは黙殺。海外の数百、数千のデモは報じても、国論を二分する官邸前の4万5000人の民意は報じない。新聞も週刊誌も一面を飾ってもおかしくない特ダネではないか。

 小川キャスターの姿に、淡い期待はかけてみた。

 果たして、報道ステーションはやってくれた。開始から3番目のニュースで大きく取り上げていた。もちろん、そこには小川キャスターの熱意があった。古館さんの屈しないぞという気骨を感じた。

 日本にも、ジャーナリズムは生きていたのだ。

 今後、圧力はかかるだろう。屈せず、頑張ってほしい。

  
  
  

 平成の天草四郎時貞は、ツイッターで呼びかけた介護士の若者だ。あらゆるメディアからシャットアウトされた情報も、交流を活かしたSNSは止められなかったようだ。思えば、アラブの春も新しい時代ならではの兆しであった。

 消費税しかり、沖縄しかり、東北しかり、年金しかり、子育てしかり、嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれると、曾祖母から教えられて育った。

 永田町も、霞ヶ関も、そう教えてもらえなかったのだろうか。

 民衆は静かに怒りを蓄えているのだ。




 うねりが始まった。

 300人から始まったツイッターの市井の勇士たち。

 この6.22は、4万5000人。来週にはもっと膨れ上がるだろう。

 再稼動は止められなくとも、その後の原発の可否を問う世の中になってほしい。

 偽政者の戯言に、何か一度はアクションを起こしたかった。

 子どもたちに、子孫たちに、地球に住まう生き物、植物に、あの時どうして行動しなかったのかと、悔やむことはしたくない。

 いまできることをしよう。

 お百姓さんは田畑を耕す、漁師さんは魚介を獲る、作家は心安らぐ愉しい物語を紡ぎ、ジャーナリストは真実を表裏双方から伝えるのだ。

 この再稼動反対デモも真実。一方、ほとんど報道されない日本の支配社会も真実。

 手続きが便利だからと国民総ナンバー制を導入しようという、犯罪者を捕まえる最新技術だからとどこもかしかも監視カメラの目が光る。

 近未来映画にみた恐怖が、ひたひたと忍び寄る不気味さ。

 大切な事実を、当たり前に知ることができない真実から目を逸らすことはやめよう。

 諦念、あきらめこそが、敗北なのだから。



 平成のええじゃないか。

 同人の前代表は封建の一揆を見事に描いた。

 その本から、権力者は一揆、蜂起が起ったことを隠したがる生き物なのだと知った。

    
                  官邸前

 同じ夜に、官邸では消費税や再稼動への道筋を話し合っていたようだ。

 心穏やかならぬまま、高級車で立ち去る首相がこの国を導くのだ。

 だが、このうねりは止められない。

 何故なら、主役も主権も国民のものなのだから…。



 来週の金曜日も、官邸前のデモは行われる模様。



   

 大衆のなか知らず口にしていた言葉に胸が熱く、頭は冴え渡る。

 観世音菩薩様を灯す光に、明日への希望がみえた気がした。

 今夜の蜂起は、「紫陽花革命」と命名されたらしい。

 ジャスミン革命のように、平和への歴史的な革命の日となることを祈る


   「子どもらの 寝顔に祈る 夏の風」
                     海光



昭和レトロ復活! 新浅草駅ビル

2012年06月19日 | ★江戸っ子エッセイ★

   
                 浅草駅ビル


     「人力の 威勢で巡る 新名所」
                      海光


 浅草駅の顔の一つ、浅草ビルがリニューアルした

 これはご存じ東武が資本の東京スカイツリーの開業に合わせたもの。

 80年前の創業時に限りなく似せた外観はネオ・ルネッサンス風のアール・デコ調とか。シックな昭和モダニズムが蘇ったのだ。

 エノケン、深見千三郎、浅香光代、東八郎、渥美清、萩本欽一、ビートたけし、井上ひさし…。喜劇役者、作家の卵が闊歩していた浅草隆盛の画がみえるようだ。

 銀座和光を彷彿とさせる、時計台がまたいい。

 駅や施設をリニューアルし、東京スカイツリーはじめ日光や鬼怒川への玄関として生まれ変わった。。2階のコンコースには待合室を新設。1階には東武外国人旅行センターも移設。耐震補強工事も実施したとのこと。

 一時、灯の消えかけたわが町浅草だが、単なる懐古主義だけでなく、新しい伝統を作ろうという動きが嬉しい。これもスカイツリー効果様様か。

 このビルに入る松屋デパートは銀座店と似て異なる趣だが、さびれて淋しい。長年続いた屋上遊園地も閉鎖されてしまった。いまや、ビアガーデンで気勢を上げることくらいか。

 銀座線改札から新仲見世に続く怪しい地下街。戦後を残した呑み屋は健在である。

 紳士諸兄、どうぞご安心を。。

 

        

 生まれ育った新吉原の見返り柳の電線を取っ払って、百目蝋燭を燈すことができるだろうか。かつてのように山谷堀に猪牙舟を渡すことが叶うだろうか。

 せめて、創作の世界にその輝きを灯せたら本望である


熱田祭と陰陽丸

2012年06月10日 | ★江戸っ子エッセイ★

      
  

   「軒先に 初夏を感ずる 祭りかな」
                       海光


 6月2、3日は4年ぶりの熱田神社のお祭り

      

 雨の予報も吹き飛ばす、担ぎ手たちの日頃の行状。神様ありがとうごぜえます。

  

 鎮守熱田神社の宝刀として大切に保管されている、陰陽丸(おんようまる)。

 全長368.5cm、刀身長280cm、茎長88cm。弘化4年(1847年)に、刀工、川井(藤原)久幸が製作したと伝えられる刀である。

 安政5年にコレラが流行した際には、疫病除けのため浅草鳥越町を巡行した。

 祭りのこの日、特別にお披露目された。お日様を浴びて光る、大太刀のなんと見事なこと。

  

 神主さんの御祓いに、祭りの役員、青年部、担ぎ手や観客まで祭りの間の無事を願う。


    
            町内神輿                  子供神輿

 大、小の神輿が境内に鎮座している。熱田さんのお神輿はこのように立派なのだ。子供神輿は、三社の本社神輿のようにサラシを巻いている。これぞ喧嘩神輿!!

     

 曾ばあちゃんが生きていたら目を瞠っただろう。

 昔は、女が神輿を担ぐとヤクザものと叱られたものだ。

 太古から女性が強いのは変わらないが、現代では表だっても男は威勢で適わなくなってきたのじゃないか。

 いやいや、男衆。気張ろうではないか。
       
     

 そして、同日行われていたのは今戸焼きで有名な今戸神社の祭り。最近では縁結びの神様として女性の参拝者が後を絶たない。

 この神社は沖田総司の終焉の地とも云われている。

  
             4町会の連合渡御

 先に紹介した「吉原御免状」の書き出しにもある日本堤。

 土手こそ平らに馴らされてしまったが、この日本堤の本町会が新吉原育ちのあっしの幼い頃から親しんだ町会である。


   スカイツリーと本町会神輿

 こちらは日本堤の夜神輿。提灯が灯って、幼心に憧れをもったものだ。

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 祭り最終日。いよいよ熱田神社の大人神輿。

    

 三社祭に続いて、前棒の先頭を担がせてもらった。

 気合が入るねえ。

  

 祭りのクライマックス、宮入りである。

 熱田さんはご覧のように鳥居の幅が狭いため、外側の棒を担いでいる者は、肩を内に入れ替えて宮入りする。

 あっしも、左手前の担ぎ棒を担いでおりやす。

  

 祭り好きに育った二男が頼もしい。

 この時季は家のなかでも神輿を担ぐ真似をして、掛け声を張り上げている。

 微熱もあったが、神輿を担ぎ、御祓いをしたら吹き飛んだようだ。

 ご利益、ご利益である。

 神様、今年はたっぷりと担がせていただき、ありがとうございました。

 お祭り関係者の皆様、お疲れさまでした。

 よお~~、 ← 三本締めっす

     本神輿

 熱田さんでは、再来年に大きな祭典を予定しているという。

 神社の蔵に、見事な本神輿が納まっていた。

 来年は今戸さんも本祭りだという。

 これぞ、祭りごと、先々が愉しみである


お富士さん

2012年05月31日 | ★江戸っ子エッセイ★

       
                 江戸風鈴

    「遠き夏 まぶたに鳴らす 江戸風鈴」
                         海光


 江戸に初夏が訪れたようだ

 地元民の耳に馴染む「お富士さん」の初市があったのだ。毎年5月のおわりから6月にかけての週末に催す「植木市」である。

 この浅間神社も、富士講の名残り。

    
                浅草富士浅間神社

 江戸絵図に鳥居が描かれていることから、創建については元禄だとか、諸説あるらしい。

 封建は神仏習合の時代。浅草寺子院の修善寺が管轄していたものを、明治の分離政策により浅草神社に移した。

    
                    本殿

 祭りの時だけ本殿もご開帳。

 拝んだその足で階段を下りると一葉通り。そこはもう植木やら花やらがひしめいている。

 蒼い空の下、ビールを片手に、屋台のつまみを物色するのがまた楽しい。

    

    

    

 この頃では、祭りには定番となっている東北の出店。

 あっしも、えっちらおっちら福島と山形の食材を買い込んだ。

    
     

 缶ビールを飲んでいたらくれた、タコと三陸わかめの酢の物。

 旨かったなあ。



 植木市で毎年家族分食べている「シャーピン」。手で食べる餃子のような味、噛むとたっぷりの野菜と肉汁が溢れてきてなんとも言えないのでござんす。


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 この日は二男の小学校最後の運動会。

 戦国武将さながら気合の入った騎馬戦は、女子のほうが迫力あった。これも時代の趨勢。

 組み体操に、徒競争、リレー、大玉ころがし、人間ピラミッド、応援合戦。

 6年生は出番が多いのだ。

  
      

 愚息は白組の応援団。

 連日早く登校して声をあげていた。

 そのおかげか、最後の運動会、白組が勝利を飾ることができた。

 よちよちと小さく、幼い1年生を見ると、こんな時があったなあと思い出す。よくぞここまで大きくなったと、感慨もひとしお。

 組み体操では先生も母親たちも泣いていた。

 今度の週末は、熱田神社と今戸神社のお祭りだ。

 この界隈は、浅草寺のほうずき市、入谷の朝顔市とイベントが目白押し。

 東京スカイツリー効果も相まって、この町がまたかつても賑いを取り戻すだろう。

     

 梅雨こそあれど、浅草にいよいよ本格的な夏が来るのだ

 

 


三社祭!

2012年05月21日 | ★江戸っ子エッセイ★

    
               本社神輿『一之宮』


   「さつき咲き 喧嘩みこしや 江戸の華」
                         海光

 

 2年ぶりとなる祭りである

 三社祭700年目の節目。今年は3月18日54年ぶりに舟渡御も行われた。
 (http://blog.goo.ne.jp/tetsu-local/e/33e3b54438b2df0958840cf9cee91cea

 元々はこの舟渡御からはじまった祭りと伝えられる。

   
               3基揃った宮神輿

 この絢爛なお神輿が祭り当日、サラシを巻いて喧嘩神輿となるのだ。

 眩いばかりの黄金が煌いている。

        五重之塔
     
            スカイツリーと町内神輿
   
            観音さま裏手に神輿が並ぶ

 5月19日(土)お昼前に、100基の神輿が観音裏に集結する。

 大中小、大人神輿~子ども神輿まで順々に浅草神社に参詣し、お祓いを受けるのだ。

 現在の社殿は1649年(慶安2年)家光公により再建された貴重な文化財。

 浅草寺の境内に数え切れないお神輿がいっぱい。

 毎度のことなれど、これは実に圧巻であり壮観なのだ。

 たくさんの神輿、たくさんの担ぎ手、たくさんの観客の方。嬉しくなっちまって頬が緩む。

   
                浅草神社境内
     
                浅草寺本堂前
   

 神社でお祓いを済ませ、大勢のギャラリーの見守るなか担ぎ手の気勢が上がる。

 大人も子どもも胸を張って誇らしい。

 この日ばかりは神様を運ぶ大事な役割を担っているのだから。 

 たくさんの拍手に、担ぎ手の掛け声も一段と威勢が入る。

       
                浅間神社前

 夕方16時。浅間神社に6町会の神輿が集まる。

 2年ぶりの渡御は夜神輿までぶっ続けで練り歩いたのだ。

 午前から夜まで6時間はながい。これも2年ぶりだから、かな

    
                 お囃子車

        
          スカイツリーと点灯した神輿

 祭り囃子の太鼓と笛を先頭に6基の神輿がつづく。馬道通りから路地に入る。22日開業前のスカイツリーを背に、神輿がライトアップした。

 点灯しないスカイツリーとの2ショットは今年限りのレアだ。

    
   

 夜神輿も最高潮に達した。

 浅間神社の前に鎮座した6基の神輿が、拍子木と1本締めの合図で一斉に持ち上がる瞬間…。

 サッと、鳥肌がたちやすよ。。

         
                宮神輿を待機

 20日(日)も快晴。まさに祭り日和。

 象三(きささん)町会の面々は青年部を筆頭に、清冽して宮神輿を待つ。

 今か今かと気合がはいる。

     
                  一之宮の渡御

 町会から町会へ渡した直後は興奮で怒声が飛び交う。

 火事と喧嘩は江戸の華。

 慣れた担ぎ手は、いっとき待てば落ち着いて担げることを知っている。

 あっしも、通り2つ先から思う存分担がせていただきやした。

     

 現在の駒形堂の傍、ご本尊を浅草川から発見したのが、漁師の檜前浜成・竹成の兄弟と伝え聞く。郷士の土師仲知が聖観世音菩薩様だと崇め奉ってから豊漁が続いたという。その3人を祭神としたのが浅草神社の由来。

 
三社権現の神様三体を無事にお運びできやした。

 がっつりと2年分以上担いだな。

 700年の歴史と伝統の重みを感じながら……。

 浅草から日本を元気に。この日は陽の気を全国に発信できたように思う。

 祭り関係者の皆さん、浅草に来てくれた皆さん、ホントお疲れさんでした。

 あ~、楽しかったな

 


 


江戸の風!

2012年05月14日 | ★江戸っ子エッセイ★

    

 5月7日まで浅草寺門前で、奥山風景が見られた

 浅草勘定奉行が発行した平成小判がこちらである。

 2008年落慶50周年のものと、2012年三社祭700年の本年のものを並べてみた。

 江戸の市井ものを書くようになって、あっしはこの小判を握りしめて書くようにしている。バッテリーをご執筆された折のあさの大明神の所作を真似てみようと思った次第。

 猿真似であるがご利益は如何に。

 己の念を信じ、魂を込めて今朝も握るのである。

      境内に咲く満開のツツジ

 大陸はじめ、アジアの観光客の撮影スポットになっている。

 浅草寺界隈からみるスカイツリーも現代を映しているようでまたいい。

   

 週末ともなれば、毎週がお祭りの如くである。門前の賑わいがあっしが浅草に憶えた原風景でもあるのだ。

   

 一枚500円で買える平成小判。江戸後期の安政小判とほぼ同じ大きさだという。

 期間中、奥山風景と仲見世で買い物ができる。

   

 五重塔脇に立った、町木戸を潜ると、そこはかつての奥山を再現した浅草江戸村である。
 
    

 入ると右手に、河内山と直侍が出てきそうな矢場がある。

 案外お客さんが真剣にやっていて、順番待ち。。シンプルな遊びこそ快ということか。


 

      

 ご覧頂いているのが在りし日を偲ぶ奥山の風景。

 羽子板、江戸小物、玩具、指物、江戸切子、提灯、版画、手ぬぐい等々見世が立ち並ぶ。

 江戸職人の手先の器用さには、お客さんもつい見惚れてしまう。

   

 大道芸を囃す声、がまのあぶら売りの威勢のいい口上が聞こえてくる錯覚を覚える。

 やすき節に、三味の音が道ゆく人の足をとめていた。

   

 赤い毛氈を引いた茶屋で、ところ天、牛飯、天丼が食べられる。

 雷おこしの実演販売も見もの。

 ひゃっこいビールがじつに美味しそうだ。  

     

 この日は伝法院の庭園が公開されていた。

 そこで足を運んでみたのだ。

 明治まで法親王ご兼帯の庭として秘園であったそうな。

 寺院内にはどれも貴重な絵画や遺跡が展示されていた。

 後日、東MAXと安めぐみの仏前挙式が行われた。芸能人ならではの特別な計らいなのだろうか。
 
  

 春の柔らかな陽光が静かな池の佇まいに反射している。

 真白いツツジが書院に映える。

 回遊式の庭園は、歩く度に表情が変わってたのしい。

 古都にでも旅しているような気持ちになれた。

 なんだか得した気分。。
  
      

 大書院でお茶を振舞ってくれた。

 訪れたお客さんが日陰を探してひと息ついている。

 喧騒のなかの静寂。和みのひととき。。

   

 五重塔、庭園と大書院、東京スカイツリーが3つどもえでフレームに収まるのだ。

 このブログ読者であれば拝観のチャンスは是非とオススメする。

 浅草の喧騒に疲れた心と体に、清涼をもたらしてくれること請け合いだ


    「奥山や 人波に酔い 菖蒲の湯」
                       海光


 
   


隅田川の蒼いホタル!

2012年05月07日 | ★江戸っ子エッセイ★

   
                 「東京ホタル」

 GWもラストスパートの5月5日、6日に隅田川でイベントが開催された

 もうニュースでも話題になったのでご存じの方も多いと思う。

 『東京ホタルフェスティバル2012』、ということは2013年もあるのだろうか。

 期待のイベントは、地元の子どもたちを中心に行われていた。上野の芸大の学生たちがそこに力を貸して作り上げていく。

 バブル世代には馴染みのアーティストである、教授日比野克彦氏の影響だろう。

       風船で作るアート

 様々な形容をした風船が子どもたちをとりこにする。

   
               スカイツリーと幟

 台東区側、墨田区側の要所で縁のアーティストたちの造形美が展示され、演奏される。

 川のマーケット、フードやドリンクの屋台も盛況のようだ。

 長閑な昼下がり、ビール片手にJAZZやお囃子を聴く。なんとも贅沢な時間ではないか。


                              龍のお神輿

   お寺さんが子どもたちを労う

       宝舟の山車

 地元の子どもたちが芸大の学生と一緒に製作したお神輿は迫力満点だ。

 まるで本当に竜がいたらこんな感じなのだろうというリアルさで観客を圧倒する。

 5日ひかりの神輿パレードで盛り上げたものが隅田公園沿いに展示されていた。

 浅草寺では子どもたちが宝舟を引いて、お寺さんにお祓いを受けている。

 地元のイベントを担う子どもたちの真剣さ、真摯さが眩しく、可愛らしい。 

    紙芝居  
    カキ氷

 紙芝居に目を輝かせる子どももいれば、なんと自転車でカキ氷をつくるお母さんを囲む子どももいる。

 楽しい催しがあちらこちらで人を集めていた。

 端午の節句にちなんで、柏餅を食べて夜のメインイベントに備える。

 麦酒を飲んでから、隅田川のテラスへ向かう。

 ものすごい人混みである。怒声も聞こえるくらい盛況だ。

 こんな素敵なイベントが地元特権で歩いていける。なんてラッキーなんだろう。

 東京スカイツリーが点灯するまで、じっと我慢。

 ELTの持田香織さんの歌声が大川の蒼い流れに乗って聴こえてくる。 

     10万個のLED

     ツリー点灯前

     点灯後


     「ホタル火や 月夜に浮かぶ 蒼い塔」
                          海光



 この時季、月が通常より大きく見えるというビッグムーン現象が起きているという。

 『東京ホタル』、『東京スカイツリー』、『BIG満月』3つの競演がなんとも幻想的である。

 都市と自然が共存できたらという願いを込めた、このイベント。

 蒼い流れに癒されながら、いつか本物の蛍が飛び交う光を想像してみた。

 初夏の彩りに、お江戸浅草川を連想した夕べに、しぜん心が優しくなった
    

 


大凧の町!

2012年05月05日 | ★江戸っ子エッセイ★

      
            百畳敷きの大凧


  「江戸川に 飛ばす百畳 さつき凧」
                        海光


 GW真っ盛りの5月4日(金)

 日本一の大凧が上がると聞いて、『春日部大凧マラソン大会』に参加してみた。

 東武線に乗ったらいつのまにか電車の名前までスカイツリー号と変わっていた。準備が着々と進んでいるようですなあ。

 春日部はクレヨンしんちゃんの町。さぞしんちゃんが溢れているかと思ったが、南桜井駅は江戸川沿いの住宅地で、静かな町並みだった。おろらく、1年を通してこんなに大勢のひとが乗降するなんてないのだろうな。通学の女子高生が一言『ひと降り過ぎじゃねえ!?』とびっくりしていたくらい。。

 浅草からはちかい。小雨で煙る東京スカイツリーを横目に1時間ほど。ご覧の大凧を飾る会場へ到着する。

        準備運動中

 晴れと聞いていたが、ホントこの時季の天気予報ほど当てにならないものはない。のちのち痛感することになる。

    
             ハーフマラソンスタート!

 号砲とともに自慢の足を持った市民ランナーが飛び出した。

    
           
 2分ばかり遅れてスタート地点を通過する。この時はまだ元気だった。

 無事に電車が通過する前に踏み切りを越える。順調に刻むが、キロ表示が見当たらない。ペースが掴めないまま、河川敷へ。

 とたんに、どしゃ降りが……。前半の10kmは濡れっぱなし。その後真夏のような熱射が降り注ぐ。雨と25℃の陽射しが体をいたぶってくれる。

 河川敷は単調で、遙か地平線まで届くようなランナーの列がつづく。おまけに、向かい風は強風だ。

 多少のアップダウンもない。海や山、都会のレースと違い、飽きてきたのも気が萎える要因だろう。

 この4年、駅伝からフルマラソンまで数々のレースを走ったが、こんなにめげたのは初めてである。

 ラストにスパートをかけようと目論んでいたが、残り4kmの地点で右脇に強烈な痛みが走る。誤魔化し続けて、どうにかゴール!

   

 さすがに毎週走ることは慣れていたので完走こそできた。

 ラストの周回は泥まみれ。ここだけはスパートして30人くらい抜き去った。

 最後くらいはねえ。

 どうにかこうにかワーストレコードを更新しないで済んだよ。

   

 それにしても、沿道の子どもたち、お年寄りの方々の声援は力になる

 この大会でも、そのエールに送られて完走できたようなもんだ。

 ちなみに大凧祭りは天候不順で中止になった。

 家路に着く頃に真夏日になったが、夕刻はまた大雨。

 春の天気は変わりやすいってホントだな。

 気象予報士さんも難儀な商売ですな



  2012年TOTAL RUN 617.1km   5月5日なう  


木更津で砂遊び!

2012年04月28日 | ★江戸っ子エッセイ★

      
                         浅蜊蒸し 
 
      「春の海 おかずとばかり 砂まみれ」
                          海光


 連休前の週末、潮干狩りに繰り出した

 毎年定番になっている、木更津へ向かう。この日は曇り。風こそ吹かなかったが、午後から雨になるという。寒さ対策をして出掛けた。出版健保の歩け歩け大会のイベントだから、風邪でも引いたら洒落にならん。

      木更津駅

 たぬきの町、木更津。何故かと云うと、あの有名な唄。

 『証、証、証城寺、証城寺の庭は~つ、つ、月夜にみんな出てこいこいこい。おいらの友達ぁ、ぽんぽこぽんのぽん。』

 そう、和尚さんと狸の逸話も懐かしいあの証城寺のある町なのである。

    

       
    

 町のいたる処で、たぬきたちが出迎えてくれる。

        中の島大橋

 高さ27m、長さ236mという日本一高い歩道橋を渡る。入り船を迎えるウェルカムゲートとして湾のシンボルになっている。夕暮れ時は富士山を背景にロマンティックに包まれるとか。あのTVドラマ『木更津キャッツアイ』のロケ地になった。若い男女がおんぶして渡ると恋が叶うとたて看板にあった。

 この日は風がなく、渡りやすかった。

   
                 木更津海岸
 
   

    地下足袋

 祭りで使う地下足袋を持参。熊手と網を持って準備万端だ。

   
              カニと巻貝がたくさん

 潮干狩りと書くほど、狩猟の血はDNAに流れているのか、貝掘りには子どもより、大人が熱中する性質がある。カニやヤドカリで遊んでいた子どもたちが飽きて泣いても、大人たちの手は休まらず、目は砂の空気穴に集中している。そんな光景があちらこちらで見られた。これじゃ、子どものためのレジャーか、大人のためのレジャーか分からないね

   
                この日の獲物

 持ち返った収穫は、浅蜊、バカ貝(青柳)、巻貝。残念ながら蛤はなし。一番乗りの潮干狩りのおかげか、浅蜊が大きかったのが嬉しい。

   
                青柳のぬた

   
                青柳の佃煮

   
              浅蜊のスンドゥブ鍋

 例年、ほってきてしまうバカ貝だが、前日観たTVでやっていた青柳料理が旨そうで、今回ばかりは持ち帰った。

 江戸前寿司では人気のネタだが、砂出しが難しいと聞いてさけていた。

 浅蜊と分けると、バカ貝たち、早々に砂出しを活発にやっている。この瞬間が愛らしい。それでも食い気とばかり、湯がいて、身を反転させて砂を洗う。ひと手間かかるが、浅蜊より身が大きいので食いでがある。

 あっしが好きなぬたと佃煮を作る。シンプルに茹でてでたダシと調味料で煮詰めた佃煮は好評だった。なんてったって刻んだ生姜がきめ手。

 翌日は、浅蜊のダシがよくでるスンドゥブ鍋と、大きな貝ばかり集めた酒蒸し。酒蒸しといっても、酒はいれない。とり立ては、水だけで充分美味しいのである。オリーブオイルでじっくりニンニクを温めてから、貝と水を投入。素材の味が口に広がる。塩も入れないでOK。スープまで、まさに海の豊穣だ。

 旬の竹の子の炊き込みといただく。

 味覚で味わう風物詩。江戸に春が来たのである。

 残りは仕分けて、冷凍にした。砂出しをした浅蜊は、いつでも料理に使えるのだ。ボンゴレもいいし、浅蜊ご飯も、パエリアもいい。

 昨夜は千葉で大きな地震があった。ストロンチウムの心配もござろう。まあ、年に一回くらいよしとするしかない。

 とはいえ、かき入れ時のGWの木更津、君津の潮干狩り場が閑散としなければいいが。

 渋谷ヒカリエと同じく、木更津のアウトレットモールも話題だ。

 ひと足早く行ってよかったようだ。

 安心して海のレジャーが楽しめる、そんな世の中に早く戻ってほしいものである
   
 
           


墨堤の桜!

2012年04月25日 | ★江戸っ子エッセイ★

       

        「待ち侘びた 桜とツリー のびる春」
                           海光


 本日は一気に初夏のような気候ですな

 ツツジが咲いたと、ニュースでやっていた。

 花見句会を洗足池でやったので、今年は地元隅田川の墨堤の桜を紹介していなかった。

 見納めとばかり、アップしてみたので、どうぞご覧あれ





 2011年の春は、このあたりも震災の影響でひっそりとしたものだった。

 築山に東北の酒を持ち込み、会長や面々と静かに祈った。

 祭りには鎮魂の意味もあるという。

 桜まつりの次は、三社祭、今戸祭、鳥越祭、熱田祭、玉姫と祭りがつづく。

 お祭り好きの息子と一緒に、神様に祈りを掲げ、浅草から大和魂を飛ばし日本を活気づけよう。

 隅田公園沿いでは工事も完了し、浅草側からスカイツリーの格好のPHOTOスポットになっている。そういう造形物も税金で作っておった。お役人の建てるものにとやかくはいうまい。夜の照明だけはなかなかのもの。

 ナイトRUNが幻想的に映える。

 ゆりかもめが舞い、水上バス、屋形舟が行き交う大川のなんと悠々たる流れか。

 平和が一番だな


神様の川渡り!

2012年03月21日 | ★江戸っ子エッセイ★

         舟渡御、スカイツリーと
     三社権現さま

 2012年3月18日(日)午後2時
 
 54年ぶりに、三社様のお神輿が隅田川(大川)を渡った。 

 江戸末期に廃絶された「舟渡御(ふなとぎょ)」。

 ご神体とご神霊を舟にのせて川を渡る行事である。

 前日17日には、浅草神社からお堂上げされた三基のお神輿が浅草寺本堂で一晩過ごされたのだ。

 観音様と、大川から観音様を拾い上げた三社権現の三人の神様はどんなことを話されたのだろう。

 ふたたび元気が戻った浅草の民の姿に、お歓びになられたのであろうか。

     言問橋の袂

 隅田川の両岸に人の波が押し寄せる。

 どんよりと曇った天空には、新聞社のヘリコプター音忙しく、ユリカモメが優雅に舞っていた。

 一生に一度見られるかどうかのイベント。それをこの目に焼き付けようとカメラ片手に固唾を呑んで、吾妻橋から桜橋を往復するお神輿の雄姿を見守る。

     言問橋

 橋をくぐるときには、幟を下ろして通る。橋の上にも人の行列がやまない。

     宝船

 七福神が乗った舟がつづく。

 縁起よく、めでたいお顔に春が近づいたようだ。

 この後、両国見附まで下って上陸し、最後は仲見世を地元青年部が担いで宮入りするのだ。

 あ~、あっしも担ぎたかったなあ。

 三社祭は5月19~20日にかけて、町内を練り歩くのだ。その時が待ち遠しい。

 昨年の分まで、威勢よくいきまっせ!!


       「舟跨ぎ 川に香るは 白き梅」
                        海光


     白梅

 隅田公園の中は、梅が満開。

 あと、2週間もすればさくらの花見となる。

 全その句会は第2週に洗足池だが、地元の桜祭りは3/31~4/1。

 長く居座った感の冬将軍も、いよいよシベリアにお帰りになるときがきたようである
    

    


三社祭700年祭 浅草の賑わい!

2012年03月14日 | ★江戸っ子エッセイ★

              三社祭七百年

 今年は一年ぶりに、三社祭が開催される

 震災で中止になった昨年も書いたが、祭りや花火といった催しには鎮魂の意味もあるのだ。

 2012年はなんと「三社祭」が始まってから700年目だという。

 来週、3月17日夕刻本社神輿三基が浅草寺前で堂上される

 18日には堂下げ後、神輿が44ヶ所の町会を回る。

 
そして14時。東参道桟橋から神輿が大川を渡るのだ。

 和船にのせた神輿を囲む船隊には、竜の舞い、白鷺の舞い、福寿の舞い、お囃子、神楽とつづく。

 
舟渡御という、じつに54年ぶりの一大行事だ。その威容と気高さはきっと圧巻だろう。

 正和元年(1312年)に三社権現の神話に基づき行われた「舟祭」がその起源といわれる。

 江戸綱吉の時代。生類憐れみの令により、浅草川での海苔の養殖が禁止になり、その後漁師たちは大森に移ったと云われる。

 大森にある貴舩(きふね)神社は、そのゆかりの地。

 パリッと香ばしい浅草海苔、大森海苔、交流はその頃から始まり今にいたる。

        
        

 おそらく生きているうちに見られるのは、この時だけだろう。

 舟渡御(http://www.sanjasama.jp/detail1203.html)。

 江戸好き、お祭り好き、浅草好き、下町好きには必見の催しである。

                
        

 浅草寺の敷地が広大であった往時の賑わいを再現する奥山風景。

 この現代に出現した店の品々は、小判に両替して買い物するのだ。

 活況だったお江戸浅草の雰囲気が伝わるイベントである。

 猿若の歌舞伎も大川端で再現されている。


        「奥山の 矢場で振りまく 白酒や」
                          海光


 スカイツリー効果もこんなところに現れている。

           

 三社祭の本祭は5月の予定。

 いまこそ、浅草へ足を運ばれてはいかがだろう