週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

25年前にタイムトラベル!?

2011年05月29日 | 呑み屋探訪(浅草、根岸、本所界隈)

       
             平田牧場のポーク辛子ソース合え

5月28日(土)。
すでに東海まで梅雨入りしたようだ
そして台風2号の接近。
初夏の気分もそこそこに、早くも季節が巡ろうとしている。
この数年春と秋が短くなった。
四季の乱れと拙速さはまるで世相そのもの。
634mものツリーを覆う低く厚い雲からこの町に静かにまだ若い水が降り注ぐ。
水分をたっぷり吸い込んだ大気の底にいるような雷門前。

この地に中央大学附属高等学校1986年卒の同期が9名集った。
実に25年ぶり、四半世紀を置いた再会である。
同期の一人Hがオーナーシェフを勤める、「ビストロASH」に順々と顔が居並ぶ。

        フランス産エスカルゴ
        旬の新玉葱ムース

会うまでははたして顔の判別ができるものだろうか・・
一抹の不安にかられたが、案外面影って残っているもんだな

筆者とは毎年交流を続けている友Sと雷門で待ち合わせると、同期Mがすでにいた。
すぐにお互いを認識する。
ビストロで席に着き、次々と空くビールごしに、25年の空白は確実に埋っていく。
白髪や皺は男の年輪であろうが、斜めごしに見える同期の笑顔に、小平の教室にいた頃の風が吹いて、タイムスリップしたような幻想に身を委ねた。

みんなそれぞれバブル崩壊直後の入社組。
都市銀行、大手のメーカーや百貨店、話題の建設会社と名だたる企業に勤めるもの、大学の教鞭に立ちながら仏門に帰依するもの、オーナーシェフに、従業員100名を越える堂々たる経営者といった多士済々。
よくぞ、個性豊かな仲間が集まったものだ。
同期の輝かしい経歴と苦心の汗の痕に、嬉しく溌剌とした刺激をもらう

昨年まで中附に勤務していた同期Fが最新の卒業アルバムを持ってきた。
共学になったかつての学び舎の変貌に、一同感嘆と羨望の諦念のため息が漏れる。

        サーモンのカルパッチョ  
        豆乳入りの温製スープ

同期シェフの腕は確かだ。
フランスから取り寄せたカタツムリから始まる前菜の数々・・・
ひと手間、ふた手間を惜しまない、フレンチの要諦が詰め込まれた一品が続く。

写真にないが、キッシュも具がつまり楽しめる一品、シェフ自ら捏ねて、発酵させ、焼いたパンは、モチモチして、適度な湿度が保たれ、小麦の香りがバター無でも、赤で満たされた風船玉のグラスへと誘ってくれた

       

デザートのカスタードプディングは滑らかな舌触りに、カラメルの苦味がのって調和していた。
モカ入りのアイスも手製だという。
いや~驚いた。
30歳で転身。この努力。
同じ浅草で酒屋を母体として育ちながら、まざまざと、筆者の愚息ぶりをたしなめられるくらいの実力あるコースだった。

   

自慢の平田牧場の豚のロースに、白身の魚と、メインも二品。
ソースで食べる仏流なので仕方ない部分もあるが、次回はぜひ辛子ソースでなく、極上の塩と摺りたての黒胡椒のみで味わいたい。
下町の洋食屋はたくさんあるが、実力派で親しみやすいフレンチの隠れ家が雷門から程近いところにあったのだ。それも同期の店とは頼もしい。

同期シェフH、美味しい料理をご馳走さま。

         中附体操でポーズ 

話の尽きない楽しいタイムスリップは餃子、焼売と老酒の二次会へ
こんな気を許せる時間を共有できて、利害関係のない友情のありがたさが身に沁みた。

震災後、思いついたという。
和尚F幹事、25年目の同窓会を仕切ってくれてありがとう。
それにしても、当時のことをよく覚えているもんだね。

対して過去を振り返らない、我々の記憶の乏しいことといったら・・
K、S、筆者とこの三人は少しずつ思い出していこうぜ

実現するかな? 武蔵小金井、国分寺の同窓会。
盛り上がった温泉、卓球、ゴルフの同窓旅。
いや、約束は守ってこそ価値を持つんだ

単なる懐古でなく、同期Oの言葉を借りれば、みんなもう、残りの半生。
気さくな友に囲まれ、粋に、笑ってやっていこう。

とっくに暮れた雷門そばから、地元に住まう友Sと観音裏のスナックへとぼとぼと。
ミスチルに、サザンに、ビギン&さんまに、コブクロと久々に唄った

飲んべの夜は終らない・・・

同期のみんな、サンキュー
再会を誓って・・・

再見

     「暮れなずむ 武蔵露降る雷門」
                       海光
 


◇浅草雷門「ビストロASH(アッシュ)」◆

東京都台東区雷門2-9-6
03-3843-6030
ランチあり、日曜定休
http://r.tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13030178/



2011年5月29日現在 TOTAL704.2km


狸の町で貝を採ろう!

2011年05月28日 | ★江戸っ子エッセイ★

       浅蜊の大収穫

    「砂遊び 貝頬張りて麦酒飲み
                      海光

5月22日、朝は快晴
震災の影響で延期になった健保主催の潮干狩りに今年も出掛けた。
高い保険料を払っているんだから(足りないとかでまた今年も値上げしたし・・)、大いに利用しよう、ってことだ。
と言っても、現地に行って、入り浜券と熊手と網をもらうだけ・・・
友人で我もという人は言ってくれたら、来年人数分用意するぞ。

昨年に続いて、馬喰町から快速で千葉経由、木更津まで1時間半弱で到着

    證城寺の狸

駅から木更津海岸まで歩くと、あの狸囃子で有名なたぬきたちが出迎えてくれる。
「しょ、しょ、しょうじょう寺~」皆さん、唄ったことあるよね
野口雨情が證誠寺の狸囃子伝説を元に作ったものらしい。
そう、あの證城寺がある町、それが木更津なんだ。

    行きはよいよい房総の港
    初夏を彩る花々
    
    橋のてっぺん

背の高いアトラクションのようにグルグル回る陸橋を登って、下る。
風が強く吹いて、吹き飛ばされそう・・・
子供はなんだか、楽しそうだった

    千葉の石油コンビナート

遠く、実は近くに、震災時に燃えた石油コンビナートが見える。
出版に欠かせない特色インクはこの化学工場で生産されていた。
4色は海外輸入できても、特色は材料がなくて困っている。
今年の見込みはまだ立ちそうにない。仕事を思い出してしまった

    芝生の絨毯でランチ

さぁ、気を取り直そう。
橋を渡ると、すぐに出版健保の幟が見える。
ここで、熊手や入り浜券をもらう。
広い芝生は緑色に覆われ、猫じゃらしが風にそよいで緑の波のようだ。
次男が素朴に驚いて・・感動していた
都会っこは見慣れていない景色だもんね

    

券はもらったので、売り場をスルー。
さぁ、いよいよ狩場へGO
      
   

次男はスポーツサンダル。
今年三社のお神輿を担げなかったけど、地下足袋はこんなところで活躍するのだ。
筆者とかみさんは足袋で楽々潮干狩り

入り口のおじさんが笑顔で送ってくれたとさ・・・

   

巻頭の写真のように、この日はまだ、震災後の影響もあってか、人も例年より少なく、わずか1時間で3時間分の量をGETできた

   

證城寺のたぬきも浅蜊の貝殻の中で見送ってくれた。

後日・・・

砂場を真似て、浅蜊の時雨煮を作った。
生姜を利かせた和の絶品は、酒のあてにも、ご飯のお供にも最高
次男にも大好評だった。

春きゃべつと浅蜊のあんかけ煮、アサリご飯、酒蒸し・・・
出番が続く。
やっぱり出汁がいいんだよな、食いしん坊にはたまらん

親族にも分けて余った貝は、砂出し後、冷凍庫へ。
これでいつでもボンゴレできるぞ、っと

こうやって動けるときに楽しむこと、いま、自粛ムードで忘れていたことを思い出した次第。

皆さんも、よい週末を


三社祭の日!

2011年05月25日 | ★江戸っ子エッセイ★

      

5月20日~22日。
本来なら、三社祭で浅草一帯が沸き立つ日。
例年「ピ~ヒャラ、ピーヒャラ」の音色がそこかしこに聞こえて・・
祭囃子が江戸っ子に初夏の訪れを伝えてくれる

震災後・・・
神田祭に続いて、わが浅草の三社祭も早々に中止を決めた。
残念なことだ。
元々鎮魂の意味を込めて、祭りが行なわれていたことを思うにつれ、いまこの時こそ必要なことであったと考えてしまう。

この日被災神社復興支援として、三社様では巫女さんや振袖さんが奉納の舞いを舞った。

三基の本社神輿もお目見えしている。半纏姿の女子衆が眩しかった

  
    「野点にて 趣を飲み干すや巫女が舞い」

                                  海光


       野点で茶
      参拝姿
      巫女さんの舞
      三社内の人力車
      一之宮、二之宮、三之宮
      六区の大道芸

嬉しいニュースがひとつ

1978年から一回も休まず続いている「隅田川花火大会」の開催が決まったのだ

朝日新聞によると、なんでも1733年、大飢饉(き・きん)犠牲者の追悼のため行われた花火が発祥とされる、そうだ。
やっぱ、そうこなくっちゃ

「犠牲者の追悼に」「地域経済のために」・・このキャッチフレーズの元、地元の自治体が頑張ってくれた。被災地へ向かった警察官による、警備不足を警備会社や区職員らが自主警備するということで目処が立ったらしい。
素晴らしい言動に、拍手を贈りたい

元気エネルギーは感染する。復興メッセージを送ろう

7月26日「葛飾納涼花火大会」、8月上旬「神宮外苑花火大会」、9月延期して「足立花火大会」が順次開催する方向という。

「隅田川花火大会」は7月→8月27日
募金はもちろん、被災した子供たちを招待することも検討中ということだ。

下町パワーで、日本を元気にしていこう


東京日和♪

2011年05月21日 | ★江戸っ子エッセイ★

      正ちゃんの牛煮込み

   「牛スジや 冷やした麦酒祭り恋い」
                          海光 

5月14日(土)快晴
尼崎から旧友Iが訪ねてきた。
東と西の隔たりは遠く、およそン年ぶりの再会だ
もっとも、メールや電話、ブログなどで近況を知ることができるので、久しぶり感も希薄な気もするが、本人の顔を見ると、懐かしさに話しの花が咲く。

Iのたっての希望で再会して我が家に着くこと30分後に、東京RUNをスタート
いつものコースを案内する。
熱田神社で参拝し、隅田公園からスカイツリーを眺めつつ(これも希望の一つだった)、何かと話題の相撲の聖地両国国技館、芭蕉庵など観光名所を説明する。
永代橋を右に折れ、一路皇居へ
今日のRUNのメインは、ランナーの聖地皇居RUNである。
大手門から時計と逆回りに、一周。
記念撮影をしながら、おのぼりさんRUNだ
この日の皇居は、お天気にも恵まれ、人も多かった。
見目麗しい女性ランナーのカラフルないでたちを眺めて、快適に桜田門を下る。
再び、大手門を右に、浅草へ戻った。
2h30min.の工程、おそらく24kmくらいかな。

浅草の黒い温泉「蛇骨湯」で汗を流す
熱い黒湯、冷やした黒湯を交互に入り、汗腺と筋肉を刺激した。
あ~、さっぱりした。疲れが取れること、取れること・・・

                  かつての蛇骨湯 

湯上りに、Iは珈琲牛乳をグビリ
筆者が薦めるままに、浅草の名物セキネのシュウマイに、たけしさんなど芸人さん御用達の堅くて旨い日の出煎餅を土産に購入するI

    浅草観光

ようやくもつ煮ストリート。
巻頭の写真、牛煮込みの正ちゃんのオープン席を陣取った。
たっぷりと、走って、温泉入ったあとの、ビールの旨いことといったら、たまらん

ここの煮込みは軟骨までトロトロ
高いお金を払ってエステやコラーゲンを注射する必要なし
正ちゃんの牛煮込み=コラーゲンを食べたら、翌朝お肌はプッルプルなんだ

      
   

初夏特有の夕雨がパラリ。
放射能などどこ吹く風でござる。
写真を撮らなかったゼンマイの苦味が最高に冷に合う

ご一緒したプロの酔っ払いおじさんと話しているところへ、同じ洋上セミナー仲間のMが参戦。

ひさご通りの牛鍋の老舗「米久」へ繰り出す。
太鼓の音とともに、いざお座敷へ。

文明開化の味を堪能しながら、お互いの近況を飲み交わした。
やっぱり、いいね。
利害関係のない、旧い友との夕べの酒は・・・

  

  
  
  

たっぷりと食べて、飲んだのだけど、まだ話しも尽きぬということで・・・

地元っ子ならではの名店、「能登屋」でもりを一枚。
もちろん、お酒も、ねっ

  

たまにはいいね。
こんな休日。。

たこ焼き菓子のお土産ありがとうI。
わざわざ浅草までありがとうM。

名残惜しいけど、また今度。変わらぬ友情に多謝

今度は筆者たちが関西へ出向く番かな



2011年:5月21日現在 RUN TOTAL 690.2km


新撰組を巡る 後編!

2011年05月15日 | ★江戸っ子エッセイ★

     旧日野宿本陣
     現日野宿本陣

前編のつづき。。

高幡不動尊からバスを乗り継いで日野宿へ参る
モノクロの貴重な写真を見ると、ボランティアガイドさんのおっしゃるには、江戸は大名クラス、文明開化後は貴族、皇族の宿泊地として存在したこの本陣。
立派な門の左右には番所を備えており、向かって左に、かつて道場があったとか・・
ここで、近藤勇や土方歳三、沖田総司らが日野の猛者たちに稽古をつけていたのでござる。
そう、まさにここは新撰組のふるさと

     明治期の宿場町の様子    

       

この玄関から上がってすぐの居間で土方らは昼寝を貪っていたとか・・
近藤や沖田も寝っころがって、こうして中庭を眺め、大志を夢に見ていたのだろうか。

今回訪れたのは震災後二ヶ月弱、この本陣の大黒柱に初めてヒビが入ったとか。
地震の爪あとは、東京に唯一残る文化財にも容赦ない
 
    

往時の宿場町の面影を残す貴重な資料がふるさと歴史館にあった。
本陣以外にも、旅籠やお土産屋、食い物屋、茶店などがひしめき合って、いまにも賑やかな音が聞こえてきそうではないか
旅人が日記を記している。
達筆で精密な地図入りの描写に、当時の旅といえば、いわば命懸けであったことにも思いが込められていて、筆者は心惹かれた。

    
    

     新撰組のふるさと歴史館

     木刀の模型
     本物の稽古木刀   
                  革製の胴

天然理心流。
近藤が養子入りして師範になった剣の流派である。
市ヶ谷の試衛館から、ふるさとの日野一帯をこうした木刀で指南していたのだろう。
江戸では無名に近かった天然理心流だが、ひたすら実戦派だったとか。
筆者も模写した木刀を持ってみた。
ずしり、と重い。
こんな木刀を毎日振っていなければ、真剣で立ち合う胆力など生まれなかったろう。
この地から遠く、京の都での切った張った図が、映像として頭に浮かんできた。

      
  

文書を眺め、近藤局長、土方副長の息遣いを感ず。
時代物や映画などを見ていると、格好からも旧く昔のことのようだが、
わずか140年ほど前のことなんだ、と不思議な思いがする。

コミック銀魂から始まった歴史少年のコスプレもここにきてつい本格化。
歴史館の方から、剣捌きが様になっていると、お褒めの言葉を賜り、本人もご満悦であった。

子供孝行な節句になったな。
筆者自身も感得するところあり。

機会があったら、皆さんも是非、オススメしたい

  「青空や 放射能飛ぶ世の誠」
  「利権やら そのスパイラルぶった斬り」
                          海光 

  


新撰組を巡る!番外編

2011年05月12日 | ★江戸っ子エッセイ★

   

後編に入る前に・・番外編を。

高幡不動の駅に、「新撰組のふるさと日野」をテーマにした、絵画が展示されていた。
子供から大人まで、新撰組に対する愛情を魅力溢れるタッチで描いている。
せっかくなので、ご紹介

       
   
   
      
  

高幡不動尊で「書」をテーマにした展示がされていた。
こちらも秀逸で心に響く作品揃い。

  

   昭和の面影  
   売っていたら買っていたかな
   この日は端午の節句
   
         小倉百人一首                     ご存知芭蕉

    「ふるさとや 各々穂のか灯る夜」

                           海光

後編へ、つづく・・


新撰組を巡る 前編

2011年05月08日 | ★江戸っ子エッセイ★

       新撰組副長 土方歳三の像

皆さん、GWはいかがお過ごしですかな。

筆者は端午の節句、歴児の次男を連れて、高幡不動、日野を旅してきた。
懐かしの学び舎、中大の多摩校舎の通過駅であった高幡不動、実は初めて改札外に出る。
20年経過し、随分立派な駅になった。
多摩モノレールなども10年前に通って、山登りも二時代前の貴重な経験となる。
会社の後輩のときは、すでにモノレールで通っていたとのこと。時代の隔世だ。

    
       多摩モノレール                  高幡不動の駅

   
     高幡不動尊参道                   金剛寺仁王門

              

仁王尊は室町時代のものだそうだ。
木造の像に古寺の風格を感じる。

   

境内の敷地は案外広い。八十八ヶ所巡りや散策路も備え、来月には山アジサイが咲き誇るらしい。秋には紅葉が見事とか。また再訪したい、と思わせる雰囲気を醸し出している。

  
       石塔と本物                   屋根瓦に特徴あった

         
             お釈迦様と千体地蔵              観音様

         
                大日如来様               権現様

お釈迦様の背後に控える、千体の地蔵様は建物の壁いっぱいに広がり、謙虚な気持ちにさせられた。
大日如来像は平安中期の木造一本造りとのこと。
神々しさに思わず合掌。

   
    弘法大師による最古の書                    鑑真和尚

弘法大師の25条のご遺告は重要文化財に指定され、古文書としてたいへん貴重な資料。
鑑真和尚の後ろにも、千体の地蔵が並ぶ。

            不動明王像 

木造の不動明王像と両童子像は十一世紀作の国の重要文化財。
三体の総重量は1100kg。不動明王像は檜材で厳か、両童子像は対して地域色豊かにユーモラスな姿体で興味をそそる。

  
         水琴                     山側から見た鐘楼

  
                      山内八十八ヶ所巡拝
                          
 
 
境内を参拝巡りして、気付いたら山内八十八ヶ所巡りが始まっていた。
思わぬプチ登山感覚に気持ちが高揚する。
頂上を目指す途中、不動の丘一帯に中世の高幡城の城址跡があった。
石垣に往時の面影が残る。



  
     「のろのろと 巡る地蔵や山紫陽花」
                             海光 

鮮やかな色彩の山紫陽花は6月には花開く。その前章がもう始まっていた。
来月も来ちゃおうか、そう思わせるくらい自然が豊富な不動の丘である。

          和菓子屋 季よせ 



参道を行くと、地元の和菓子屋さんが目にはいった。
甘いものに目がないかみさんがたまらず飛び込む。
名物の豆大福は一個100円とは思えない、豆がたっぷりと入り、甘さを抑えた大人の味わい。
今日はこどもの日。
よもぎ入りの柏餅を三人で頬張る。
草そのものの香りを噛みしめて、つぶ餡の甘さで移動と散策の疲れを癒した。

  

地元の蕎麦屋さんで、山菜そばをすすり、升酒を愉しむ。

腹ごしらえをし、新撰組のふるさと館へいざ出発。

後編を乞うご期待。



2011年5月8日現在 614,2km走破


気を取り込む!

2011年05月04日 | ★江戸っ子エッセイ★

           汐入公園

ブログ怠ってた、すまんです

ってことで、4月30日野外太極拳。
隅田川を遡ること、白髭橋を越え、気持ちのいいサイクリング、ジョギング道路を行くと、ほどなく汐入公園に着く。

楊名時太極拳の師と弟子、端午の会の面々が快晴の空のもとに集った。

思えば、元旦もここで太極拳を演舞した。
ランニングしながら参加した筆者の格好は、薄手のランニングウェアそのまま。
好天ながらもカラダが硬直したのがつい5ヶ月前のことだ。

      真下師範

この日は近隣の教室のメンバーも集まって、100名を軽く越える野外イベントだ。
24式を繰り返す。
2時間の演舞のあと、ビールにおむすびで歓談

筆者は次の日の季節風の春の研究会の読み込みのため、早々に退散。

来年もここでやるとのこと。
その頃には、制定拳も少しまともに演舞できるといいな


     「芝生冴え 右に左に円えがく」 
                          
海光

2011年5月4日現在 585,2km走破