週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

ガーナからの贈り物!

2012年08月28日 | ☆文学のこと☆

      
               「チョコレートと青い空」
         著:堀米薫  画:小泉るみ子
         そうえん社(2011年4月発刊)
 
 

 クレヨンで塗りたくったようなイエローの表紙が印象的だ。そこにガーナチョコレートの文字色が映える

 「チョコレートと青い空」。

 季節風の先輩作家三人のお祝い会で、手に入れた本である。

 同人の堀米薫氏が児童文芸新人賞を受賞した作品であり、2012年度の全国青少年読書感想文コンクールに選ばれた課題図書でもある。

 裏表紙を開くと、青く描かれた世界地図が見える。

 主人公のぼくんちとエリックさんの生まれた国ガーナの距離感が一目瞭然だ。まさに地球の反対側って感じ。

 出だしはいたって純和風のおでん鍋の描写から始まる。

 周二が大好物のはんぺんをつまむと、お父さんが一家の重大事を話す。

 ガーナからの研修生を迎え入れるという。おでんを食べる日本の正しい夕食の話題にして、なんと、不釣合いな話だろう。それがまったくもって違和感なく書かれ、いつの間にか物語の中に飛び込んでしまう。

 これが、堀米マジックだ。

 最初に書いた小説が本になって、次々と形になっていく。そしてこの本は課題図書だ。なんといううらやましい才能。 

 ウチにはなかったが、外国の研修生や留学生を受け入れる話はたまに聞く。

 掘米氏の実話というから、そういうおおらかなご家庭の雰囲気が素敵だ。

 読み進めると、長男の一樹くんはまさに反抗期真っ盛り。まだ真っ直ぐな純粋を残す二男の周二や幼い無邪気そのままの妹ゆりのごく自然な家庭がそこにある。

 エリックさんと農業や牛の世話をともにしながら、兄弟たちは成長していく。教えるお父さんもまた自分の仕事を再確認し、前向きに生きる姿勢が新鮮だ。そう子どもだけでなく、大人だって異文化に触れると大いに成長できるのだ。 

 エリック、コフィ、マンフェイ。金曜日に生まれた男の子という意味の名を持つ、エリックさん。

 ガーナでは生まれた曜日を名前につけるという。

 周二は、シュウジ、クワメ。

 ゆりは、ユリ、エシ。

 そして、反抗児、一樹は、エリックさんと同じ、カズキ、コフィだった。

 生まれた曜日がさらっと出てきて、お母さんの愛情がそっと伝わってくる。

 殺風景な見慣れた田舎の景色を、ビューティフルというエリックさん。

 同じ反抗期を故郷の家族へぶつけてきたエリックさんの一樹を見る目が優しい。

 両親不在の元、水びたしになって仕事をこなし風邪を引いたエリックさん。

 意固地な自分が手伝わなかったことで病気にしてしまったと反省する一樹もまたいじらしいのだ。

 マーメ。パーパ、と素直に遠い故郷の両親を呼ぶエリックさんに子供たちも胸を衝かれる。

 ガーナと言えば、チョコレート。でも、産地であるガーナの農家ではチョコレートの完成品を口にすることはまずないという現実。珈琲コーディネートの勉強をした時も、そんな話を学んだ。

 こんな貧困な発想しかないおいらにたくさんのメッセージを送ってくれた作品。

 堀米さん、メダワセ


   「チョコレート甘く切ない秋の蝉」
                     海光

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これぞ裏店 築地虎杖!

2012年08月24日 | 呑み屋探訪(銀座、新橋、築地界隈)

      
    

 またまた、今度は築地のつづき。。

 麦酒と日本酒はたらふく飲んだ。次は赤ワインなのだ。

 場外の裏通りにある裏店。京都から出店してきた「虎杖(いたどり)」という名店に再訪。

 つまみばかりで小腹が空いた。ということで、せっかくの築地の裏店。おつまみ代わりに寿司を発注する。

 やっぱり築地、魚が新鮮で美味しい。

    
    
 
 葡萄酒といえば、チーズだろう。こちらの盛り合わせはどれも濃厚で赤に合うこと。

 食堂で散々飲んできたのに、ここでも飲む飲む。

     

 本格派のスパイスを効かしたカレーうどんはここの名物。

 コシのある麺に、ピリッと舌を刺激するカレーが絡む。

 この絶妙!

 酒が進むんだな、これが。

      

 錦市場を思い出す、ちりめん山椒。

 これがさっぱり口中をピリリと、フレッシュに甦らせて、さらに飲む量が加速してしまう。

    

 ここはお新香がないので、山芋の塩漬けとガリを特注して頼むことにしている。

 愉快で、同じ道を歩む仲間との会話はホント尽きないね。

 結局、ひとり一本ずつ飲んじまったのだ。

 呑んべの宵は果てしなく……。

 酔い!良い!ってことでしゃんしゃん!お開きにしやしょう

 

    「送り火に ゆく夏惜しむ 宵の口」
                        海光

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築地で旬を食らう!

2012年08月20日 | 呑み屋探訪(銀座、新橋、築地界隈)

    
                  三陸のほや

      「ブラ散歩夏を食らいに市場ゆく」
                       海光


 佃島のつづき。。

 勝鬨橋を渡り、築地市場を歩く。場外に全国の旬を出す名店食堂があるのだ。仲間と久しぶりの来店。

 三陸のほやである。この新鮮な果実はまさに海の豊穣そのもの。

 20年近く前、毎年在来線プレスレンタカーで東北地方を旅していた。大沢温泉に泊まったときに初めて食べたのがほや。その時はその独特の癖に、三口ほどでギブアップした。

 舌は進化するもの。どこで食べたか、恐る恐る口にすると、驚くほど旨かった。それからはメニューにあると大抵注文することになる。

 やはり、新鮮な食材を最初に口にすることが肝要なのであろう。
 
       たけの食堂

 知らないと通り過ぎてしまう路地にある食堂。

 無愛想と無骨が紙一重の接客だが、慣れてしまえばなんてことない。

 2階からの注文は、食べたいものを書いた紙を洗濯ばさみに挟んで厨房のある1階に送る。

     
               穴子の白焼き

 ツレも目ざとい。いち早く穴子の焼き物を発注。

 今年は鰻の稚魚が高騰し、まだあの細長い物体にありつけていない。

 ここは一丁、穴子さまのお出ましだ。

 ザクッ、パリッと焼いた近海の穴子を含むと、身はしっとりと、旨味の脂があふれ出す。

 おいらはすし屋の柔らかい甘辛いタレの穴子より、塩で頂くこちらが好みである。

 ビールにも、日本酒にも合う逸品。

           
    

 手書きの品札は、季節ごとの全国の旬を集めたもの。これも築地の場外ならではの贅沢。それもお隣の銀座の3分の1の値で味わえるのだ。

         
    
    
  
 めごちの天ぷらに、うど酢味噌和え、ぶり刺し身、枝豆のかき揚、ヤリイカの刺し身、谷中生姜、思うままに箸をのばした。徳利を何度頼んだことか。

 海の恵みに、仲間との話題は尽きない。

     
    

 あっしが必ず頼むのは、ポテトサラダとお新香。

 これと酒さえあれば、文句などないのだ。とはいえ、たけの食堂の海の幸。やはり、値段に比しての逸品揃い。

 たまには遠征して違う町にもこないといけねえなあ。

 名残惜しかったが〆は裏店に持ち越し、店をあとにした。

 いくらか肌寒くなった頃、牡蠣が何個も詰まった名物牡蠣フライを食べにまた再訪しよう。

 あ~、気分のいい仲間と旨いもんを食う。これほどの贅沢はあろうか
 

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佃煮の島

2012年08月15日 | ★江戸っ子エッセイ★

        佃島渡舟碑

    「佃煮の匂いにつられ夏渡し」
                    海光


 現在の新富町を隅田川へ向かうと、佃島の渡船址が見られる

 佃大橋の架かる戦後まで、この渡船場は活躍していた。おいらの産まれるちょいと前のことだと思うと、都電とともに去りゆく歴史に触れられなかったのがじつに残念である。

 さて、渡船に乗った気分で大橋を渡ると摂津国佃村の30余名の漁師たちがこさえた佃島、長谷川平蔵が人足寄場をこさえた石川島がみえる。もんじゃタウンの月島もすぐそこだ。 

  

 水辺の町らしく、掘割には今でもたくさんの漁船が停泊している。

 腐らないようにと、祭りで使う大幟の柱が埋められている。幕府の許可を得てというから、歴史を感じますな。

      

 佃小橋から掘割を眺めると、佃島の高層ビル群がそびえている。

 埋め立ての地によくぞと、下町育ちのあっしなどは心配してしまう。

     

 そんな近代的な建物とは対照的に、佃、月島界隈には、古い住居や小粋な路地裏が無数に存在する。

 子供たちが大好きな細い道。大人になったあっしでもわくわくしてしまう。あの向こうになにかある。路地にはその想像力を養う力があるように思う。

   
   

 戦後の移ろいは激しいが、古来を残すこともまた必要なのかもしれない。

 高層ビルに囲まれても、下町の路地だけはなくなりませんように、と住吉大明神に願った。

     

 昭和に入り、漁師たちが建てたご立派な鰹の石碑。

 太古から海で生計をたててきた漁師たちは、自然への畏怖を忘れないでいる。

 科学でも解明できない自然界の力。自然を人間の手で押さえようとする考えのなんと愚かなことか。

 自然を前に、謙虚でいること。

 今の時代にも云える至上命題だろう。

    

 佃島界隈にあった井戸。

 埋立て、海辺町のこの水は生活用水だったのかな。

    

 ご存じのように、関東醤油を甘辛く煮詰めた佃煮は、この地が発祥。

 天安は老舗の佇まいが十分だ。

    

 佃大橋を渡り、明石町に向かう。大川で一番新しい橋、中央大橋がみえる。平成5年に新川とリバータウン21を結ぶ橋として渡された。

 この眺めの右に見えるのが、石川島だ。

 外国人居留地の名残の煉瓦壁に沿いながら、勝鬨橋へ歩く。

 全国の旬の魚が集まるB級居酒屋で、喉を潤そうということだ。

 次回は、築地の隠れ食堂を紹介しよう

 

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隅田川レガッタ

2012年08月13日 | ★江戸っ子エッセイ★

   
             言問橋とツリー

 夏晴れの日曜日のこと

 珍しく揃った子供たちを映画館まで連れていった。

 ちょうど言問橋を渡ると、川面に縦長のボートがたくさん浮いている。浮いているというか、5人編成で漕いでいる。

 時折川風が吹いて気持ちいいとはいえ、炎天下のなか、さぞ暑かろう。なにしろ自転車を漕いでいるおいらが暑いのだから。

 とはいえ、水面のが涼しいのかな。

  
                 ブルーシートとボート

  
                桜橋と隅田川レガッタ

     
        「大川や 流れにのって 涼む夕」
                         海光


 ゆったりとたゆたう大川の流れに任せたり、逆らったり息を合わせる人々。

 6歳から80歳まで、歳もバラエティー豊かに愉しんでいたようだ。

    
        北十間川から源森橋を眺める

 新しく書き下ろした作品の舞台である。

 北十間川から、封建の時代では想像もしない天に向かって聳える東京スカイツリーの眺め。

    

 その昔、小梅(こおめ)村、押上村といった江戸郊外の田園が広がっていた場所に立つ。

 そこから、久しぶりにスカイツリーの真下からのショット。

 往時は、もっと空が澄み渡っていただろうな。

 ゆりかもめや雲雀が飛び交う景色が幻になってしまった。

 それでも、この日は蒼い空と白い雲の対比に、平成の塔が映えていた。

 新名所。江戸っ子も新しいものには目が無かった。

 暑い夏、人々の列に、今もそれは変わりないのだな、と思った

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日光のお土産

2012年08月12日 | ★江戸っ子エッセイ★

   
                       日光尽くし


            「権現のお宮訪ねて葉月旅」
                         海光


 わが町では、夏休み中に修学旅行がある

 これはおいらのじいちゃんが小学生の頃から変わらないようだ。

 同人の開隆人さんが働く、日光市は浅草から今をときめく東武線のスカイライナーであっという間だ。江戸と日光は徳川さんの時代から親密な友好関係にあるようにおもう。

 5年前の夏休みの終わりのこと。

 長男とふたりで家にいた。突然泣き出すのだ。いじめに合ってるのだろうか、親の杞憂を他所に、語るにはこうだ。

 こんな楽しいことは人生でもう二度とないかもしれない、そう思うと切なく悲しくなったというのだ。わが愚息ながら、その純真なこころを愛おしいと思った。

 下の子も今年、さらに日焼けして帰ってきた。

 たくさんの日光名物のお土産を抱えて…。

 おいらには、葵の御紋が入ったお猪口。さすが酒呑みの子供である。えらい。

 とにかく、事故の多い世の中。無事に帰ってきてまずはホッとした。

 親の願いはシンプルだ。

 サッカー合宿、リーグ戦、家族旅行ととかく夏は忙しい。

 蒸し暑さと、五輪の熱さ、町中を賑わす蝉時雨に眠れない夏の宵がつづく。

 大好きな夏、もっと、もっと愉しもう

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かっぱ寺

2012年08月08日 | ☆文学のこと☆

    

 わが町、台東区松が谷に、合羽橋本通りという商店街がある

 浅草国際通りのすきやき今半から、昭和通りまで続く道に商店が軒を連ねている。あっしの大好きな夏にぴったりのどぜう鍋も、ここの通りの老舗飯田屋で味わえる。

 お江戸と呼ばれた時代、この通りを横切るように、新堀川が流れていた。そう、江戸が水郷の町であった頃のこと。

 今回、同人誌「季節風」に掲載していただいた、「下町長屋物語 -みの吉の貝独楽-」はこの町が舞台。

         かっぱ寺曹源寺

 主人公のみの吉が遊んだかっぱ寺は今も現存している。そう実物のお寺さんなのだ。

 河童大明神が祀られ、お堂には河童の手のミイラが安置されているという曹洞宗曹源寺がここだ。

 水はけの悪かった文化年間の頃のこと。

 雨合羽を商売とする、合羽川太郎が私財を投げ打って治水をした。土着が当たり前の昔はそういう気骨ものがおったのですな。その時、かつて命を救われた河童たちが手伝い見事掘割ができたという。

 この伝承が残る寺。

 江戸時代は、お寺や神社は子供たちの遊び場所だった。町ぐるみで子育てするシステムが構築されていたから、親も安心して仕事ができた。土地の人徳者である、和尚さんや神主さんが、お八つも出してくれたのだ。

 豊富に与えることが当たり前の現代でも、おやつに惹かれる子もいよう。少なくともうちの子はそうだ。

 夏休みのラジオ体操も、お菓子に釣られて、眠い目をこすって寝床から起きてゆく。

 子供に厳しく優しい町。かつての下町はどこでもそうだったのだ。

        かっぱのお八つ 

 この菩提寺には合羽川太郎も眠る。

 子供がいきいきと遊びまわれた時代を、これからもあっしは伝えていきたいと思う。

 今の日本じゃ、さぞ河童さんも住みにくかろうな

         

 
   「住みにくや 河童もつぶやく 江戸の夏」
                          海光

          

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祈りの輪!

2012年08月03日 | ★江戸っ子エッセイ★

   

       「蝉の声 かき消すほどの 祈りかな」
                           海光


 7月29日(日)。

 国会議事堂をすっかりと取り囲む、国会大包囲があった。あっしも回ったが、人の輪が途切れることなく、延々と続いた。

 キャンドルに、ペンライト、思い思いのメッセージを書いた灯りを手に、これまで大人しかった民衆が立ち上がったのだ。

 今夜も官邸前、各省庁前に、市井の民の祈りが集まることだろう。

 熱中症も続出する猛暑のなか、これだけ継続的に、忍耐的に祈り続けることはただひとつ。

 日本の未来を自分たちで守ろう、子供たちに安心して暮らしていける国にしよう、それだけだ。

 主催者発表、警察関係者発表、(残念ながらマスコミ独自に調べた数はない)どれでもいい。

 この数万人に及ぶ市民活動は、本気だということはたしかだ。

 首相をはじめとする偽政者、官僚、経済界、マスコミも心したほうがいいと思う。

 この数万の背景には、無数の民の意思があるのだ。

 国民は本気だ。

 

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