大川と東京スカイツリー
3月2日に、竣工式を終えた東京スカイツリー
あればあったで建築中と判り易かったクレーンも外れてひさしい。グングン伸びていたツリーに勇気をもらえていたのだな、と思う。
台東区桜橋側から撮った写真は、墨堤と首都高速が手前に控える。高速の真下が、向島。桜餅で有名な長命寺であったり、言問団子であり、弘福寺、三囲神社、牛嶋神社と七福神巡りもつづく。
そう戦後GHQにより売春防止法が施行されるまで、向島は玉の井、鳩の町として栄えた。
梅若伝説で有名な木母寺は、もっと上流の堤通りそば。
享保の時代、吉宗が植樹を命じたとされる、墨堤の桜並木。
今年は寒気で梅も遅れ、桜の見ごろも遅れるという。
おしなり君
平安時代の歌人、在原業平と烏帽子をモチーフにしたキャラクター「おしなり君」が犬を戯れている。
いち、にっ、さん、し、アル〇〇〇で話題のCMの撮影が行なわれていた。レスリングのメダリスト2人が桜橋に立っている。大勢のガードマンが目立つこと、目立つこと。
十月桜
向島に渡ると、長命寺の近くに十月桜が咲いていた。
今年ほど桜が待ち遠しい年も久しぶりだ
やはり、咲き誇る桜に早く人心地つきたいものだ
「春の川 おしなり君の 塔も冴え」
海光
合羽橋「萬藤の大豆」と赤鬼の面
2月3日(金)、本日は節分なり
朝起きると、外は氷点下という今年一番を更新する寒い夜明けである。
昭和40年代の東京は水を撒くと氷が張った。
今は無き、待乳山小学校(ご他聞に漏れず、統合し東浅草小という味気のない名に)へ通学するときに、その氷をパリパリと踏んで、歩くのが愉しかった。ある時は、膝まで雪が積もったこともある。そう、わっちの知るかつての東京は寒かったのだ。江戸時代はもっと寒かったに違えねえ。
大なり小なり、飲食業を始めるにはまずここへ来れば何でも揃うという、合羽橋道具街。そこにある老舗「萬藤」の大豆を買う。鬼の面がついている。
吐く息も氷りそうな静謐な大気に向かって、福福しい豆を撒いた。お決まりの「鬼は外、福は内」。幼い頃に聞いた父の声に習って、子どもたちと大声で輪唱する。邪気を祓い、家族の無病息災を願う。
地元の神社仏閣では、各所で盛大な豆撒きが行なわれる予定。熱田神社、鷲神社、鳥越神社と数知れず。
浅草寺では、アニマル浜口さん、歌舞伎役者、落語家、関取等が毎年豆撒きをする。
その際の号令が、「千秋(せんしゅう)万歳、福は内」である。なるほど、観音様には鬼も邪もいないということでやんす。
そういえば、明治4年生まれの曾祖母が健在の頃は、倉庫の扉に、鰯の頭を刺した柊を飾っていた。こうした慣習も、核家族化、マンション暮らしとともに、忘れられていくのだろう。そう思うと、忙しい日々に流され面倒に思っていた行事が、なにか肝心なものに思えてくる。
生まれ育った新吉原で、こんなイベントが企画されている。
仲の町通りにある、あっしの実家の店も掲載されていた。
この週末は一時的に温かくなるという。節分にちなんだイベントに足を向けてみようと思う。
一葉「にごりえ」の朗読会もある。しばし学びの時。
室町の古来から続く、伝統に身をゆだねるのもいいもんだ。
暦のうえでは明日は立春なのである
「薄氷や 割れんとばかり 鬼は外」
海光
全国高校サッカー選手権決勝
1月9日成人式の日。
2012年初めての国立競技場へ向かう。この日は、伝統ある第90回の高校サッカー選手権大会の決勝。
対戦するは、市立船橋高校vs四日市中央工業高校。従兄弟がくれたチケットで、息子たち二人引き連れて、愉しみな毎年の恒例行事だ。
代々木門
試合開始
前半いきなりコーナーから四日市が先制した。エンジンのかからないこの時間帯に取られた失点がこの試合の全体の流れを左右するとは…。
後半に入って、攻めても攻めても、船橋は点が取れない。
そして、アディショナルタイム。しかも残り2分。直前に選手交代したことで、やはり試合が動いた。まさかの同点弾。四日市の選手にはわるいが、いやあ盛り上がったこと。
延長戦
ついに延長戦に入る。 四日市も攻めようとするが、こうなると溜まっていた分、水を得た魚のごとく、船橋の動きが抜群だった。
アイルランドの酒精を飲んでも体は冷えっぱなし。でも試合はHOTだった。
結果は、市立船橋の逆転勝利。見事な勝ちっぷりだった。四日市も頑張った。アディショナルタイムに入ったときは、勝利を考えたんじゃないかな。そのきの揺みとはいうまい。敗者の悔し涙にかける言葉は部外者のあっしにはないのだから…。
試合後、互いを湛えあう。
綺麗ごとかもしれないが、この場に立てることが凄いんだ。
勝負は時の運。でも、こうなってみると、5度目の優勝を飾った伝統校船橋の底力を感じずにはいられない。
市立船橋の選手、関係者の皆さん、優勝おめでとうございます。大逆転勝利、体も心も燃えました。
最後まで観客が帰らなかったのは、劇的な大逆転勝利の展開もあるが、両校の激しい鬩ぎ合いだろう。
両校の選手に、拍手を贈りたい。
準優勝四日市の選手
競技場に全国で勝ち上がってきたチームの熱き言葉が書かれたボールが飾られている。
2011年予選のあった年は、特別な年でもあった。様々な思いがこもったボールに、観客の人々の視線が集まっていた。
「吐く息の 白さ纏った 高校生」
海光
1月15日(日)初めて国立劇場に入る
初めての新春歌舞伎を鑑賞しようというもの。
題目は「三人吉三巴白浪」と「奴凧廓春風」。
どっちも見たことのない通し狂言と舞踊。愉しみでござる。
着くやいなや、二階食堂十八番にて、あぜくら弁当をそそくさと平らげ、いざ大劇場へ。
「初春や 笑う舞台に 黒子あり」
海光
永谷園の茶漬け色した歌舞伎の幕が気分を盛り上げてくれる。
まもなく開演と聞いて、あっしも1階1等A席に着座する。花道のすぐ近くだった。1500名を超えるお客たちが席に納まった。
安政7年(1860年)の江戸市村座の初芝居が初演。
幕末から明治初期にかけて活躍した歌舞伎作者「河竹黙阿弥」の代表作である。
黙阿弥が得意であった白浪(盗賊の活躍を書いた演劇)という前触れだけで、素で鑑賞する。
序幕は江戸大川端の庚申塚の場から始まった。「月も朧に白魚の…」という名セリフの響きに、かつての大川の話を聞いて育ったあっとして叙情をそそられる。
松本幸四郎演じる「和尚吉三」は、散々の悪事をしてきた親子ともどもの生臭坊主。
市川染五郎演じる「お坊吉三」は、さる幕臣の嫡男で将軍家から賜った名刀「庚申丸」を紛失したことを元に父を切腹で亡くし、御家断絶という境遇から御家再興を願って生きてきた。そこは所詮世の常、生きるために悪事に染まっていった。
中村福助演じる「お嬢吉三」もまた江戸の底辺に生きるものを代表したような生き様を声音を分けて、好演している。
この同じ名を語る3人の吉三が、お嬢の盗んだ百両の金の円で義兄弟の盃を交わす。これが、百両と庚申丸という名刀が人の手から手へ渡る数奇な運命の始まりであった。
読書は文字から、落語は耳から、歌舞伎は三味や太鼓の音と演じる役者のセリフや衣装、立ち振る舞いから、お江戸を旅できるのだ。
お坊こと、染五郎が辻籠から出てきて、大刀を帯に通す仕草に遠き江戸が身近に感じられる。まるで誠の武士がそこにいるかのような錯覚に陥る場面である。堂に入っている。
「奴凧廓春風」は、明治26年(1893年)歌舞伎座の初芝居。黙阿弥の絶筆となった。
いずれ立ち向かわなければいけない新吉原の廓が舞台だけに、ご縁を感じずにはいられない。
それにしても、松本幸四郎の堂々たる姿に、男ながら惚れてしまう。弟の2代目中村吉右衛門の鬼平の貫禄そのままと云っては叱られるだろうか。やはり血は争えないのだなあと思った。
急速に消え行く江戸の佇まい。その面影は書物だけでなく、こうした伝統芸能に生き続けているのだと再確認できた。
まさに「故きを温ねて、新しきを知る」。孔子の云う通りですな。
こいつあ、春から縁起がよござんす。
大川端で、江戸猿若の歌舞伎を再演した平成中村座が開演されている。
江戸好きな皆さんに、ぜひオススメしやす
山王日枝神社
1月7日(土)赤坂に出かけた。結婚の儀式から20年欠かさず、続けてきた恒例の初詣である
その間、溜池山王駅ができ、山王の名のごとく、山の上の神殿へ長いエレベーターが設置されたりした。隣のキャピトル東急は歴史ある旧ヒルトンの趣を捨て、エントランスの風格も消え、味気ないオフィスビルの上に納められてしまった。これも時代と云って片付けていいものか、あっしのなかでは整理することができず落ち着かない。
とはいえ、日枝神社を詣でると、20代前半の初心に返ることができる。
徳川家光公以来の由緒ある神殿には、厳かな気持ちにさせる歴史があるのだ。
こちらの山王祭りは、江戸城に入御した御神輿を代々持つ。往時は歴代の将軍様が上覧拝礼し「天下祭り」として栄えた。
江戸三大祭りの筆頭と云われ、はたまた京の祇園祭り、大坂の天満祭りと並んで、日本の三大祭りのひとつなのである。
浅草の祭りと開催が重なるので生で見たことはないが、一度は担いでみたいものだ。
神使「御神猿」の夫婦猿
あっしは申年生まれ。日枝神社はご覧のように、神の使いのお猿様がいらっしゃる。猿は古くから「まさる」(魔が去る)と云われ、厄除魔厄の信仰を受け、守護神と崇められているようだ。初めて参拝した時から、せいぜい肖ろうというものなのである。
「山上の お猿に参り 事始め 」
海光
大山咋神(おほやまくひのかみ)さま、お猿様、今年もどうぞよろしゅうお願い仕ります
2012年TOTAL RUN 92km
1月10日現在
中大の井口選手
デッドヒートの7位争い
毎年恒例になったお約束の箱根駅伝
2012年も第一京浜の鈴が森まで山王の家から線路をくぐって繰り出す。
箱根往路は東洋大学のぶっちぎりで幕を開けた。山ノ神柏原も区間新記録の本領を発揮。1位が当然という空気のなか、昨年までの不調をエネルギーに変えて、魅せつけた力強い走りに感動した。
復路の鈴が森地点でも、やはり東洋が8分差をつけて独走状態だった。
わが母校は7位争い。最後は2秒差で8位に後退。それでもギリギリのシード権確保は常連校の強みなのか。
我々は晴れ舞台の結果しか見ないものだが、この日までの研鑽が結実するのだ。一発勝負は体調管理も肝要だが、運を左右するのも引き込むのも、己にかかってくる。それもまた人生なのだ。
レベルの差は歴然だが、仲間と走った駅伝を回想する。
箱根の選手たちの走りに、今年こそというパワー源を注入された。もちろん、創作のほうだが…。
ぶっちぎりの東洋
誰も後姿を追えない
先頭が通過してから、日差しもずれたこともあり、体が冷えるまで後続は来なかった。
記録ラッシュの東洋の駅伝に幕は閉じたのである。
東洋大学の選手の皆さん、親御さん、関係者の皆さん、おめでとうございます。
読売の回し者ではないが、こちらも配られていた恒例の旗を振って応援した。
選手たちのひたむきな姿に己を省みて身が締まる。
「山越えて 届ける思い 冬の鴨」
海光
じつに清々しいお正月の三が日である
我が家の雑煮
やはりお正月は季節を感じる食べものに興じたい
2012年もいつもの食卓を囲える幸せを実感している。
我が家の雑煮は、北海道の昆布と地元鳥専門店竹松の地鶏を使用し、丁寧に出汁をとったもの。具材は鶏と三つ葉のみ。このシンプルなスープが香ばしい焼き餅を引き立たせるのである。
江戸っ子はたくさんの具を一度に入れるのを好まない。シンプルイズベスト。歳を重ねるごとに、生活も身の回りも、酒も食も、女も友もエトセトラ…。削ぎ落として、シンプルが肝要なのである。あれやこれや手を出す時間も、興じる時間も残り少ない、はずだ。ふんだんな肉や野菜を漉したコンソメスープのような創作を書きたいもの。
それにしても無駄な時間が多い。それも万人に共通することだと判っているのだが…。これからはせいぜい、好きなことだけに集中したいということなのかもしれない。
とはいえ、土地の習慣、土地の食、酒は云うに待たない。前段は、あくまでもあっしの日常生活での話である。ほうとう鍋もけんちん汁もはたまたブイヤベースも嫌いでない。郷にいえば郷に従え。わかってまんがな。
あっしは生まれも育ちも浅草村の新吉原であるが、関東風の甘い味付けが嫌いだ。素材の味が残る薄味こそが食の王道だと信じて止まないのである。とはいえ、味についてとやかく云うのは野暮の極み。黙って好きなものを食すだけですな。
晩年はそれでいいのではないか、と心からそうありたいと願うのである
「正月や 走れどカロリー 追いつかず」
海光
2012年TOTAL RUN 32km
1月4日現在
仲見世通り
雷門(風神雷神)
謹賀新年
2012年が明けた。
何はともはれ、新年を祝おうではないか
熱田神社
除夜の鐘が鳴りおわる、暁九つ(子の刻)に家族揃って初詣をした
氏神さまは、元亀~永禄年間(1551-1558年)頃創建と云われ、正保2年(1645年)に元鳥越から移転された熱田神社。
かがり火が焚かれ、甘酒が配られるなか、日頃閑散とした氏神様を参拝しようと町内に住むご近所の氏子さんがたくさん並んでいる。若かりし頃サラリーマンをしていたという人のよい神主さまに新年のご挨拶を済ませ、いざパンパン。
弘化4年(1847年)、江戸小石川に住む刀工が奉納した大太刀「陰陽丸」が納められている。安政5年(1858年)に江戸にコレラ病が流行した折は、この陰陽丸が町内を回って疫病を祓ったという。由緒ある大太刀。神主さまに特別に見せてもらったことが自慢だ。
新年の願いは届いただろうか。こころに響く神の声。己の言動が問われている。
仲見世に平成中村座の歌舞伎役者の名がつらなる。
宝蔵門
金龍山浅草寺本堂
浅草神社
三社神輿本社
大震災で取りやめとなった三社祭も今年は開催されるようだ。
威勢のいい担ぎ手の声、活気ある観衆、大いに酒を食らって日の本に元気と勇気を発信しようではないか。お正月のいまから5月が愉しみだ。
三社祭は、5月18日(金)-20日(日)の予定。
駒形橋から墨堤を眺める
スカイツリーもいよいよ
天に届くような634mのスカイツリーのお膝元に、上野の西郷隆盛と無血開城を決行した勇敢な賢者は立っている。
墨堤で凛とした姿勢で、天を指す勝海舟公は何を見ているのか。
江戸の町を焼いてはいかんと、市井の民と家々を守った幕末の猛者たちは現代の政事を行う輩をどう見ているのだろう。
あっしも、皆さんも、市井の民の言動こそが明日へつながる未来なのだ。
皆様に幸多い年でありますよう心より御祈り申し上げる。
2012年もご贔屓に、よろしゅう
「新しき 心の衣 お正月」
海光
ローマの詩人であり、喜劇作家は云う。
「他の世代のために樹を植えよ!」
カエキリウス・スタティウス(~BC168年頃)
2011年TOTAL RUN 2203.5km
12月31日走納
*2000kmした。継続が大切だなあ。
2012年TOTAL RUN 18km
1月2日現在
*今年は今日から走り始めでやす。がんば、自分
表参道イルミネーション
12月22日(木)。今日は冬至
一年で一番日差しの短い日。
寒さが苦手なあっしでやんす。この冬至まで日に日に日没が早くなるのがどうも陰気に感じてしまう。
ですが、冬至が過ぎて師走のカウントダウンが始まると、これから春に向かっていくのだなあ、と無理やりテンションを上げていくことにしてやす
先日仕事のセミナーで訪れた表参道に、今年も光の木立ちが灯っていた。
バブルの頃に見慣れたゴージャスな灯りは姿を変え、この純朴でおとなしいLEDの灯りになった
けやきも昨年の153本(90万球)から96本(65万球)に削減し節電した。また、仙台市の観光支援も兼ねた「SENDAI光のページェント」も登場している。
Fairies表参道イルミネーション2011(http://www.omotesando-illuminations.com/)は、2012年1月3日まで開催。
「街あるき 光り木立や 赤ワイン」
海光
たまに都会に出ると、気持ちが明るくなるねえ。こたつに篭ってヌクヌクするのも一興だが、華やいだ夜の街を散策するのもいいもんでっせ。
明日は師走句会。2011年最後の句会を仲間と愉しもう
クリスマスは蕎麦屋が暇なのだ。大晦日の年越し蕎麦のてんやわんやの前に、一休みの聖夜。あっしたちはそこに目をつけ、毎年句会に向かう。
このタイミングで、東北の被災地へサンタになって向かう仲間や後輩もいる。きっとホワイトクリスマスになることだろう。良心に風邪を引かないように祈る。
読者の皆さんも、ひとりひとり、心に残るクリスマスを愉しんでおくんなさいまし
Merry Christmas Happy Christmas
2011年TOTAL RUN 2098.5km
12月22日現在
12月17日~19日にかけて、浅草奥山で「羽子板市」が開かれた
あっしが書いている文化・文政の頃が起源だと云われている。魔や厄や邪を払う板ということで、初正月に女の子に配られていたという。
幕末には猿若の華麗な歌舞伎役者の顔の絵柄が好まれたとか…。
ケータイの写メで撮ったので、画質が荒い部分はご容赦のほどを。
師走のカラッとした寒空に、浅草寺の羽子板市露天や夜店の灯が煌々と夜空を照らす活気と陽気が伝わるだろうか。
どの露天も瓜実の美人が中央を飾る。
あっしがいったこの日も、三本締めの景気のいい声が響いていた
年の瀬納めの観音詣で。それにしても、最終日なのに、売れ残りも目立った。商売繁盛の熊手と違い、世相が如実に反映されてしまう縁日なのかもしれない。
「煌々と 月夜と競う 師走市」
海光
あ~、羽子板も過ぎるといよいよ除夜の鐘まで、あとわずかですなあ
12月18日(日)のこと
ランナーの憧れ、国立競技場にむかった。
今日は「神宮外苑EKIDEN大会」。
5km、10km、21,1km、42,195km。マラソン大会は結構走ったけど、駅伝はなかった。一度、仲間と襷をつなぐ駅伝を走って見たかったんす。
この日は、冬の快晴。朝から冷えて凛と澄み切って、空気の美味しいこと
スタートの瞬間 あっしがわかる?
9時30分、スタート
駅伝いいだしっぺのあっしが第1走者をつとめやす。国立競技場から出て、外苑を2周する周回コース。1周目は様子見とばかり、スローで入ろうとするが、回りに引っ張られ、いつのまにかペースは上がっていたようだ。
およそ21分半くらいで、第2走者のK原氏に襷をつなぐ。いいねえ。がんばりをつなぐってのは
襷を落とすハプニングがあったようだが、そこはさすが自転車と登山で鍛えた猛者。普段トレッドで6分台/kmと云ってたくせに、きちんと24分で走ってくれた
いい顔してるねえ
無事に、第3走者KB田氏に襷がつながれた。1周目こそペースが掴めなかったようだが、2周目は10分台の激走。さすがっす。直後は会話できないくらい追い込んだようだ
走ったあとは、はいこの通り。ゼブラタイツが輝いてますぜ、K原さん。
アンカーを勤めるのは、大先輩のT上氏。ぜんぜん走ってないから、この言葉がいい意味でもちがう意味でも結果に表れる。
なんと、T上大兄。23分台で走りきったのだ
30分くらいと予想した我々、チームFCバルセロナ40'Sは、25分過ぎからカメラを構えていたが、結局ゴールは見られず。
ご本人いわく、残り800mの激走は大観衆が観てくれたってことで、すいやせん
そして、気になる結果は。。
1時間35分ジャスト
いやあ、平均45歳の親父たち。やるもんです
銀杏並木の落ち葉が黄金の絨毯を引いてくれるなか、外苑の残った紅葉もランナーを見守ってくれた
「銀杏踏む 足音ひびく 日曜日」
海光
青山のCAFEで、フォッカッチャをツマミに、ビールで祝杯。応援に来てくれた家族も一緒に優雅で楽しい、日曜日のランチだ。飲み足りないK原さんと二人、赤ワインを発注
あ~、いい気分ですなあ。
あっしの誘いにのって駆けつけてくれた兄貴たち。ありがとうございやした。
ホントお疲れさんでしたあ
2011年TOTAL RUN 2077.5km
12月18日現在
戦艦三笠と東郷平八郎の像
11月20日(日)奇跡的に晴れた
この日は「よこすかシーサイドマラソン大会」に出場するため、早朝に浅草駅を発った。
前夜までの土砂降りの余韻を残す空模様だ。湿度がとても高い。マラソンにはキツイ環境だが、晴れただけで救われた。贅沢を云ったらバチが当たるね。
浅草から都営、京急を一本で汐入駅まで はじめて降り立った。幹線道路を歩き商店を見ると、英語表記の店が目立った。三笠公園のアーチをくぐると、米軍基地の立ち入り禁止の札があった。この先はアメリカなんだな
レースに向かう人々の群れ よこすか名物の看板
ハーフ男子21.1kmの受付
戦艦三笠を見上げつつ、受付を済ませる。体育館は比較的スペースもあり、着替えはしやすく楽だった
スタート前 70分を切る選手たち
8時45分のスタートを前に先頭集団に微かな緊張が走っている。
気温25℃、湿度80%のコンディションは厳しい あっしの過去の記録は1時間45分台。走り込み不足と気温と湿度から、2時間を切ることを目標に並んだ。
スタート地点
カウントダウンがはじまった。踵が浮いていたので結び直していたら、最後尾からのスタートになった。
その分、気が楽になる
一路観音崎へ
国道16号
沿道の声援 よこすか海岸通り
潮風が吹いている。ピーヒョロロと鳴きながら、トンビが舞う海沿いのランニングロードは気持ちいい。これで湿気さえ下がれば云うことなしなんだが……。沿道の方、とくに子どもたちの声援がうれしい。その声に押されて、呼吸を整えて走る
猿島が見える
観音崎がみえた
黒船が姿をみせた浦賀へ向かう。
二年前に走った三浦海岸から三崎への三浦国際マラソンで苦しんだアップダウンに継ぐ、登りに苦しんだ。
走り水では皆さん苦しいようで、歩いている方がいるくらい急勾配だった。日頃のトレーニングを思ったら、歩かず走り抜けた。ここでも継続は力なり
観音崎が近づいてきた。岸壁に打ち寄せる波しぶきがミストとなって、湿度をより高めている
見ただけで息苦しくなる
観音崎の灯台を越えると、ようやく折り返し地点
復路
折り返して向きが変わると、途端に元気になる。気はこころ。現金なものですなあ
ある女性ランナーを意識しながら、ラストスパートの時期をうかがう。最初は気にしてなかったのだが、登りや給水所で抜く度に、一生懸命にあっしを抜いていく。最後は彼女をベンチマークにして、ラスト2kmを越えたところから仕掛けて、1kmを切ったところで追いつけないようにスピードを上げた。正直、あっしの顔も上がっていたと思う。きつかったあ
往路は写真をたくさん撮ったりして、タイムが落ち気味だったので、復路は真面目に走ってゴール
「波しぶき 冬の朝霧 トンビ舞う」
海光
ネットタイム1時間51分台、公式グロスタイム1時間53分37秒。
総合順位は、571位/1399人らしい。
家族が出迎えてくれる。二男が後ろ姿とゴールをパチリと撮ってくれた
SL前で表彰式が行なわれた。
海軍カレー これぞ、ぶた饅!
軍艦を背に、青空のレストラン
走ったあとは、選手も応援にかけつけてくれた家族も、お決まりのお楽しみは出店の食い物
横須賀名物の海軍カレーは辛いのと甘いのと2種類が左右に分かれて入っていた 福神漬けが盛り放題なのがうれしい。
この時点でまだ10時台。同じ日に横浜では国際レースが開催されている。せっかく横須賀まできたので、通り道。見学していくことにしよう
桜川橋の畔 馬券場近くはいずこも同じ
小さな飲み屋がたくさん 川からみると2階までびっしり
乗り換えも面倒だったので、横須賀中央から京急に乗り、日の出町駅へ。
ここは通天閣か、浅草の馬券場か。競馬中継の流れている町並みに、ホッピーやもつの店が立ち並んでいる。
桜川沿いに、どこかで見たような、飲み屋が密集したビルがあった。あっしの名前の看板も入れて撮る。1階も2階もリバーサイドはスナックだらけ…。これも黄金町、日の出町の懐かしき昭和の香り
トップ集団
大さん橋にいくと、カメラマンや聴衆が待ち構えている。聞くと、まもなくトップ集団が通過すると云う。
七里ガ浜に本店のあるカレーの名店、珊瑚礁の前で「横浜国際女子マラソン」を応援できた。
なんと、トップ集団に、尾崎、木崎と日本選手が頑張っている。その速いこと、速いこと
結果は木崎選手が2時間26分32秒で優勝!尾崎、マーラ・ヤマウチと続いた。アフリカ、南米の競合を抑えての好成績は素晴らしい。
山下公園まえは、銀杏がきれいな黄金色で輝いている
スポーツをして、スポーツを観戦する。
この日は、走ったランナーすべてに拍手したい。
午後には澄み渡った冬晴れの空が港町の人々を笑顔にする。
都会で汚れたこころを浄化してくれた休日だった
「港町 ヨーコはどこへ 駆け抜けた」
海光
2011年TOTAL RUN 1921.5km
11月25日現在
上野の山のモンブラン
恥ずかしながら、結婚は早かった。この10月で20年経ったのだ。歳月はあっという間だなあ。いろんなことがあった。今となっては、あれもこれも、現在の自分につながってくる。連れ合いもよくぞ逃げ出さなかったもんだ。
子どもたちが祝ってくれた。それがなによりうれしい。
あと何年生きられるものか?
谷中霊園の入り口にある、閑静なケーキ屋。下町の有名なパティシエ、イナムラショウゾウ。その店の一番のオススメが、写真の「上野の山のモンブラン」。収穫の秋だけに、和栗を使ったカスタードは家族に好評だった。
マロンカスタードが珍しい
次の機会には、絶品だという、チョコレートを買ってみよう。
「20年 旅の途中に 栗拾い」
海光
◇パティシエ イナムラショウゾウ◇
東京都台東区上野桜木2-19-8
03-3827-8584
http://www.inamura.jp/
Power Book G4
お馴染みのアップルのマークである
OS9とOSXの両方を使える最後のデュアルモデルなのだ。
2004年に購入した。
当時所属したいくつかの雑誌の原稿をたくさん書いた。
国内は、北は北海道から南は石垣島まで。海外では、アメリカ中南部や香港、中国の取材記事も書いた。
どれも懐かしい。編集記者時代の思い出だ。
i-photoでたくさんの写真も整理した。
i-tuneは画期的なコンポになって、旅先でも活躍した。インターネットラジオのハワイ局は今でも休日の朝を和ましてくれる。昼はボサノヴァ、夜はブルースやjazzを流して、グラスを傾けると至福が訪れた。
オアフ島ノースショアの写真
そんなに高度な使い方はできない、昭和のアナログ派だが、appleだから愉しめたのは間違いない。
Steven Paul Jobsについては、ツイッター上でも各メディアでもたくさん取り上げられている。書籍も目白押し。映画も予定されているという。いまさら筆者が書くことはないだろう。
この稀有な存在、Mr. Steve Jobsは、僕の世界を広げてくれた。
彼と彼の作り上げた世界に出会えた幸運に、感謝する。
Thank you Steve!!
ご冥福を祈る
合掌。。
「苦い実も 美味な魔法で リンゴの木」
海光
さて、次はどの機種を買おうか・・
清澄庭園
深川探索ついでに、清澄庭園へ寄る
江戸時代、ここは下総国関宿藩主久世家の下屋敷だったとか
こんなふうに東京にはまだまだ江戸情緒が残っているのですな
その後、有名な岩崎弥太郎が買収し、岩崎別邸となった模様。大正12年の震災の後、残った東半分を公園とし、東京市に寄贈したとか。昭和54年には東京都の名勝第一号になった。
三菱財閥の創始者、弥太郎。昔の経済人には社会に還元するという高い意識があったのですなあ。
これこそ、noblesse oblige(ノブレスオブリージュ)の精神であろうか。
欲と保身に明け暮れる現代の経営者たちに、爪の垢でも飲んでもらいたいもんだ
「海の町 アサリ飯食う イワシ雲」
海光
さあて、お次は深川の資料館をご案内するとしよう。
深川が日本のベニスだった頃のお江戸へタイムスリップできる愉しい場所。
乞うご期待。。