週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

将軍の梅屋敷

2012年12月29日 | ★江戸っ子エッセイ★

 

 早いものだ

 昨日で会社も仕事納め。年末は訳あって病院通い。ひどい目にあったが、人間どうにかなるもんだ。それでも、新たな年であり、歳は巡ってくるのだ。容赦なく誰にでも平等、それが死に向かうということだろう。悲観でなく、素直に生きとし生ける物の定めと腹を決めてしまえばかえってすっきりするというものだ。

 勤め人で、ここ1年半ほど内勤のオイラは、時間ができると昼間散歩する。坂道を登ったり下ったりも好きなので、お隣の千石、巣鴨地蔵へは時折出掛ける。

 11月のお酉様の時に気づいた。この白山通り沿いの広大な一角は、かの徳川慶喜公が晩年に暮らした屋敷があったという。長生きされたのは知っていたが、こんな会社の傍に住んでいらしたとは、妙なご縁である。

 謹慎を解かれ、この地に移り住んだという。年少の思い出か、水戸の梅をたくさん植えていたので、地元の庶民からは〈ケイキさんの梅屋敷〉と呼ばれていたらしい。

 時に明治30年、慶喜公61歳のこと。

 なお、巣鴨屋敷傍を鉄道が通ることが決まり、騒音を嫌って、終焉の地、小日向(現在の春日)へ引っ越している。

 後に、公爵、勲一等旭日大授章を授けられた慶喜は、明治34年に明治天皇と拝謁している。新旧の天下人の語り合いを想像するのも愉しい。

 大政奉還の決断、徳川軍を残しての敗走、謹慎、いろんな見解がござろう。あーだこーだと論争するより、老年の慶喜公が故郷の匂いを嗅ぎたがったこととか、自動車に乗り、萬盛庵という上野の蕎麦屋に突っ込んだ逸話などをつまみに酒を飲むほうが興がある。

 旧水戸屋敷に近い、巣鴨の地で余生を暮らした慶喜公の感慨たるや幾ばくなりや。

 巣鴨駅から大塚へ向かう線路沿いには、ソメイヨシノが並んでいる。

 ケイキ屋敷の梅が開く空想をしながら、春を待つのもわるくない。

 師走も大詰め。会社の次は、家の大掃除でござる。

 年越しのそばを愉しみに、それまでお医者のいう通り禁酒としよう。

 皆さんも、新春の準備、怠りなきよう……

 
   「天下人獲って獲られて廻る年」 海光

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聖夜の灯り☆

2012年12月24日 | ★江戸っ子エッセイ★

    
    グリーン色のスカイツリーと五重塔(スマホから)

 Happy Christmas
   
  「半月が見下ろす灯り聖夜かな」 海光


 
 12月24日(祝)騒がしかった選挙も終わり一段落の師走、街に聖歌が流れている。いろんな向きも多かろうが、それでも平和にクリスマスイブが祝えることがうれしい。神様に感謝

 年賀状も無事に投函し、ふと夜空を見上げれば、頭のてっぺんに半月が輝いている。

 目の前に転じれば、東京スカイツリーがモミの木色のグリーンのLEDを灯していた。

 浅草寺境内から、五重塔とスカイツリーを撮影。

 同じ場所から、スマホとデジカメで撮った。どちらのほうがキレイだろうか。

  
       デジカメの夜景モードで撮影

 歳のせいだろうか、疲労が抜けない。体の不調に喘いでいるが、これも今は休めとのサインかと、大人しく過ごしている。

 黒い出目金の水槽も水を入れ替え、縞泥鰌とイシマキ貝を入れた。

 水を替えて黒ちゃんが変調をきたして心配したが、いまはスイスイを泳いでいてホッとする。

 今日は擦り切れた衣類やいらなくなったモノを仕分けし処分することにしよう。

 これから、三日続けて子供たちへのプレゼントを探しに街に繰り出す、恋人はサンタクロースならぬ、オヤジがサンタクロースだな

 夕食は丸ごとチキンを焼いて、聖夜を祝おう。

 日々癒しと元気を与えてくれる家族の笑顔に感謝し、一年間健気に働いてくれた体、特に肝臓君を労って飲もう。

 大切な同期から、真心溢れるプレゼントが届いた。

 大寒並みの寒さでも、同期の体温がとても近くに感じられた。

 紫の波という名が素敵じゃないか。まだまだおいらの知らないことがたくさんある。
物書きを目指すものとして生涯勉強を続ける意味を考える。

 岩手の紫波町からの逸品。新年の楽しみが増えた。

   

 皆さんも、心に残るクリスマスを

 Merry Christmas


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平成の歳の市

2012年12月20日 | ★江戸っ子エッセイ★

  

 師走も終盤に入ってきた

 歳のせいか、ジングルベルより、和の風物詩が心がなごむようになった。

 わが町浅草寺境内では、17日~19日まで、年の瀬恒例の行事<羽子板市>が催された。

 肉厚に盛り上がった羽子板は、とても羽つきには使えそうもないけど、絢爛豪華な装いは、福の神を呼び込むのに十分であろう。

 押絵の羽子板が出始めたのは江戸の隆盛、文化文政の頃だと伝わる。歳の市として現在の原型となったのは、明治中期とか。

 本物のスカイツリーの灯りに、ツリーの絵の入った手ぬぐいが輝いている。

  

 派手な流行ものも見ていて愉しい。商売人の掛け声と、道行く人の笑顔が、木枯らしの寒さを一時忘れさせてくれる。

 邪気を跳ね返すといわれ、女の子の成長を祝う風習がなんとも長閑で豊かな発想ではないか。

 封建の歌舞伎役者の絵が、さながら現代では韓流スターに早代わり…、とか。

    

 たまたま訪れた外国人客が、ビデオやカメラを撮っている。

 彼らにはどんな風物に見えたことだろう。

 こうした古い慣習こそ、美徳と財産であることを振り返るゆとり。ぜひ政を司る人に思い出してもらいたいものだ。

 うわべの贅と華美の毎日じゃ、所詮市井の民のことはわかりゃしねえって。

 残念な浮世の憂さを晴らして、そろそろ年越しのそばのことでも考えよう

  
   「板のなかこぼれる笑みや歳の市」 海光

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横須賀の潜水艦

2012年12月16日 | ★江戸っ子エッセイ★

    

 昨年についで今年も横須賀に行ってきた

 第37回目を迎える、〈よこすかシーサイドマラソン〉だ。

 戦艦三笠が停泊する、三笠公園に選手が集まってくる。

  

 当日の気温は9.2℃、湿度45%、北風4.7mと、昨年のモンスーンのような蒸し暑さに比べて、非常に快適な天候に恵まれた。

 昨年苦労した分、観音崎へ向かう走水のアップダウンも、精神的には大分楽に走りきることができた。走り込みができず、調整不足ゆえ、左膝の痛みがぶり返した。それでも、21.1kmという距離はどうにか走り続けられる距離なのが嬉しい。

  
  

 家族と横浜地区に住む、句会仲間が応援に来てくれた。

 沿道の応援もどこか長閑で、海風が優しく背を押してくれる。

 ゴール間近のラストスパートに、息子が気付いてくれたようだ。

 走り終えた後の、ビールと点心がうまいこと!

    
  

 仲間の案内で、米軍の戦艦と、海上自衛隊の潜水艦を見学にいく。

 現役の潜水艦を見るのは、親子ともども初めてだ。

 横に厚みがあって、かつて映画で観たUボートとの違いにびっくりする。

 当時は水上移動がほとんどだったが、現代は海中での走行が多いという。

 こんな中で絶対死にたくないな。

     

 痛めた脚を引きずりながら、ドブ板通りまで散歩した。

 看板に横文字が目立つ。海風が流れる道が整然とキレイな印象を受ける。

 スカジャンや軍モノの店を冷やかして歩く。

 さすが、横須賀。小泉元首相の写真が飾ってあったり、Barで騒ぐアメリカ人の陽気さに、日帰り旅の醍醐味を感じた。

 マラソンの旅、訪れる街での発見が新鮮。また来年も来たいと思わせる街だ。

 これから、マラソン、駅伝のシーズンを迎える。

 新年の新宿ハーフマラソンまで、少し走り込みをしたいと願う今日この頃である

 
     「走り水陽溜まり温しドブ板道」 海光

 
 

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権勢の果て、六義園。

2012年12月07日 | ★江戸っ子エッセイ★

  

 師走に入った。

 日中のポカポカ陽気が一転、陽が沈むと寒風が吹いてくる。体調を崩している方が多い。気をつけないとね。

 会社帰り、巣鴨と駒込の間にある、六義園に寄ってきた。

 ライトアップされた紅葉狩りに繰り出そうという魂胆だ。写真は夜桜でなく、照明をあてた楓。白色等で照らされてスマホのシャッターではこれが限界。ごめんなさい。

    

 この庭園は、綱吉の時代、側用人の柳沢吉保がしつらえたものだという。明治に入り、やはりあの人岩崎弥太郎が買い上げ、昭和13年に東京市へ寄贈した。

   

 吉保が側室のために作った茶室は、吟花亭といい、吹上浜から登ったところにあったらしい。

 広大な庭地といい、大樹や滝、別邸、茶室、島の管理には膨大な費用と、呆れるほどの人手がかかったと思う。それも文化といってしまえばそれまでだが…。

 当時の権勢に思いを馳せる。

   

 人の気を惑わすと云われる、水香江があったり、竹林の風に当たったり、池を回っているだけで飽きさせない。

 人工的な幻想の景観も綺麗だが、鏡面のように写りこんだ紅葉が見事だった。

 先ほどまでは池に細波がたっていたから、きっとここだけ風が当たらないように工夫されていると察せられる。

   

 スマホの夜景モードではこれが限界だが、見えるだろうか。

 大きな湖面に映える紅葉は、黒い鏡のようにあちらの世界へ誘う。

 心のシャッターを切って、胸奥に仕舞っておきたい。

   

 寒風吹き荒ぶ庭園は、体を冷やす代わりに、精神の静謐を教えてくれた。

 熱燗がやけに沁みる師走の夜である。


   「ハラハラと落つる楓や池の月」 海光


  

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