【あめ・のち・ともだち】
著:北原未夏子 絵:市居みか
2015/6/5 国土社刊 初版第一刷
ついに本物の夏が来た
そのタイミング、まさに満を持した感で、期待の新人、北原未夏子がデビューした。
同人季節風に入会したての頃、彼女の印象は柔らかな口調で、朗らかな笑顔の女性というものだった。
ところが、合評が始まると、そのおっとりとしたイメージからは想像もつかない独自の視点で鋭く的確を言い得ていた。
沢山のプロ作家がひしめく同人の中で、とっくに世に出ている存在のように映った。
仕事柄、毎月多くの出版物を目にするが、
自分の本を出すということが、いかに重労働で時間のかかるものだと改めて思い知る。
準大手の取次が、版元が、書店が加速度的に無くなっていく時代。
再販制の名の下、過剰に、無駄なものが多いのも事実だ。
時間はかかったが、北原は本物だ。
季節風で描き続けたモチーフは、段ボールに、小さな頭にきっと沢山詰まっていることだろう。
大器は晩成、ゆっくりでいい。
平和ボケの民を尻目に不穏な政治情勢の真っ只中だ。
未来へ向かう子供たちの心に、ごく自然と寄り添うことのできる稀有な書き手だと思う。
出版界は激動の時代なれど、目指すものを見失わなければ、本物は残る。
自戒を込めて、書き続けることの大切さを学んだ。
同世代の先輩の笑顔が、本当に嬉しい。
北原さん、おめでとう。
初出版のお祝い会には、業界の重鎮、編集者、大勢の仲間が集まった。
新宿52階の高層からの眺め。
忘れられない思い出の夜景だな。
オレンジからブルーに色を変えた東京タワーが祝福してくれたようだった。
【鬼灯や友のやくそく忘れない】哲露
オレンジ、橙色といえば、このほおずきの季節でもある。
涼を求め、七夕、朝顔、鬼灯と下町は祭りが続く。
浴衣は着ているものより、見るもののほうが涼しい。
伝統の行事や季節の風物を書くのも、何気ない日常を描くのも、作家の大切な仕事だと思う。
どこにでもある日常の機微を、見失いがちな世の中だ。
友達と交わした約束のために、流した涙は甘さもしょっぱさも一生の宝になる。
信じることができるって、幸せなことだよ。
北原さんの本に、気付かされたこと、子供たちが忘れませんように。
雲ひとつない青空が眩しい。
お陽様が元気だ。
梅雨明けはどうなったのか。
今月25日は、両国からつづく、伝統の大川の花火。
浴衣に、うちわ、夏の涼は、家族の大切な行事なのだ。
この日ばかりは、受験も、仕事も忘れ、楽しみたい。
皆さん、水分と塩はしっかりと。
今年の夏は一度きり。
ご自愛くださいませ
【うばかわ姫】
著:越水利江子
2015/7/10第一刷 白泉社刊
招き猫文庫
小暑を過ぎたというのに、例年になく涼しい
天の川から溢れたのか、しとどに濡れるお江戸の夏が続く。
そんな折、地元東武ビルの書店にふらっと立ち寄った。
あった、あった。
同人の大先輩、越水の待望の一般文庫デビュー作が並んでいる。
そういえば寄稿された文芸誌【読楽】の感想を書いたのは、2014年の幕開けだった。
http://blog.goo.ne.jp/tetsu-local/s/%C6%C9%B3%DA
こうして一冊の本になるまでの月日を思うと、駆け出しはホント途方に暮れてしまう。
文芸誌の段階ではもちろん、お話しはプロローグでしかないと思っていた。
新刊だ、新鮮な気持ちで頁を捲る。
文庫特有の黄がかった軽い用紙の手触りが心地いい。
一度読んだはずの文章だ。
それがまるで、物語の中の姥ヶ淵の湿り気を帯びるように、私の心を徐々に濡らしていく。
二章の月下の恋に入るともう止まらない。
そして、この作品を読み明かしていくに従い、込められたモノの大きさ、静かなる熱い深淵を前に立ち竦んだ。
物書きの端くれとしての何かが震えだす。
誤解を恐れずに言うと、越水が一般を書いてこなかったことがずっと解せなかった。
児童書の世界では、90冊を越える著作を持つというのに、だ。
生きるとは、苦しみであり、悔恨の繰り返しである。だからこそ、刹那、快と愛を享受できる。
「その御大将を見よ」と言った、豺狼丸の母、お濠の言葉。
「たとえ道の途中で倒れようとも、どこへ向かおうとしていたかを知る者さえあれば、人は笑って死ぬことができる」
これは生前の藤沢周平が漏らしていた言葉と類似する。
娘として、母として、なにより人として懸命に、真摯に生きてきた小説家は、時代物の巨星に通ずる境地に至ったのかと不遜ながら思う。
姥皮を纏った野朱は作者の分身であり、それを感じとることのできる我々の一部でもある。
若気の至りと享楽の奢りは、人を狂わせ堕落させる。
だが老皮を脱いでも再び謙虚に身を投じれば、愛の本質が垣間見える救いもある、
野朱の姿を借りた作者がそう訴えているように感じた。
越水が私淑する山本周五郎の珠玉【つゆのひぬま】を思い出しながら、
いずれ古都の城下に住まいし市井の人々の暮らしを、愛の溢れる筆致で見事描いて欲しい、と切に願う。
さすれば遠からず、宇江佐真理、杉本章子と並び称される日は近いと私は信じる。
「一期は夢よ、ただ狂え。」
この小説を書くために生まれた。そんなものを書ける日がはたして来るのであろうか。
京の姫君、越水のメッセージを、肝に銘じて、私もそろそろ狂いたいものである。
【崖っ淵濡れて踠いて皮一枚】哲露
お江戸の寺町はまもなく、橙色のほおずきで染まる。
利江子姐さん、おめでとう