週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

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紅玉忌

2011年07月26日 | ☆文学のこと☆

           


 7月23日、後藤竜二氏の一周忌、紅玉忌が行なわれた。  

 あさのあつこ代表の元、書き手や版元など関係者合わせて総勢約40名が聖地中野に集った。

 後藤竜二氏の著作を読み、語り合う。研究会形式の追悼だ。

 次世代を担う書き手の発掘と育成に心血を注ぎ、季節風という組織を束ねてきた、稀有な作家はこのような研究会として集まることを望んでいるのではないか、という委員の発言に誰もが無言でうなづく。

 この度課題とされた作品は3作。

 傑出した作品群には、作者が訴えたかった一貫する真と芯があることが読み取れる。


     1 真田十勇士 猿飛佐助 
   
 イノウエミホコ氏がレポート。
 
 猿飛佐助を読んで、ロックと称した。児童文学において、その分かりやすさが大切だと云う信念の人ならではのコメントに感嘆する。まるで難解な外来語も、氏にかかると電子辞書で翻訳されるがごとき、明快なインスピレーションをみせる。「他者からの支配を拒絶するリベラルな精神もまた、反逆と情熱のロックスピリットだ」と痛快だ。そして、後藤氏が楽しんで書いたと会場からも声があった猿飛佐助。その小気味いいほどの文体から、音読した時のテンポがロックだと云うもう一つの解釈も述べられていた。混迷の世だからこそ、取捨選択するのは自分でしかないと云いきる、その歯切れのよさはまさにロックンロール!  
 後藤氏の文学ロック魂を受け継ぐものが、ここにいるのだ。


     2 尼子十勇士伝 
 
 横澤彰氏がレポート。
 
 後藤竜二を私淑する横澤氏は、後藤氏を「個」と「連帯」を書いてきた作家と云い切る。一人ひとりの生き方や思いがあってこそ、はじめて連帯する意味が生まれる。かつて講談で語り継がれてきた、山中鹿之助。われに七難八苦をあたえたまえ、の名言で有名な鹿之助は主君に対し、絶対的な忠義を尽くした。ただ、鹿之助を調べるほどに、ゲリラ的な戦法にあたり、後藤氏も感情移入しにくく、苦労されたという。現代も変わらない、乱世に、後藤氏が生きていたらなんと云うか。彼を知る誰もが聞きたいことであろう。尼子を読んだ横澤氏は、「信義、つらぬけ」と云うに違いないと締めくくった。


     3 白赤だすき 小〇の旗風

 今本明氏が「小〇の旗風はベルバラを凌げたか?」と題したレポート。
 
 日本の一揆とパリの革命を比したことを後藤氏が語っていた話が興味深かった。毎度、新橋界隈の紳士淑女たちで話題になりつつ、わが国で革命が起きない不思議。それは不思議でもなんでもなく、隠された歴史の中に答えがあったのだ。
筆者は今回この作品を一夜で読み、たいへんショックを受けた。卒論で論じた、差別されるものの中に、またたち現れる差別。権力と権益に立ち向かう民の中から生まれる疑心や裏切り、大衆革命の困難。史学を学びながら、その肝心、要諦を何も踏んでいなかったことになる。己の無知と怠慢をかみ締める。

 それとは別に、読中読後に、鮮明な映像がみえた。
 太平洋の大海原と壮大な空に向かい、棒術を模した棒踊りを舞う若者たちの姿が頭に浮かぶんだ。
 北野武監督の「座頭市」のラストシーン。
 時代劇に西洋の踊り、タップダンスを持ち込んだ斬新な手法には、新鮮な驚きがあった。
 機会があったら、ぜひ北野武氏に東北の百姓と漁民の土着してきた者の強さ、熱いドラマを再現してほしいと思った。
 彼でなくては小〇の映像化はまことに陳腐なものになるだろう。

 いみじくも、1992年に吉橋通夫氏が訃報に際して書いた最後にこうある。
 
 「万吉たちが抱いた『民百姓の天下をつくる』夢は、140年後の今日、実現しているのだろうか。『生まれた村で、あたりまえに働きながら人らしく生きたい』との願いは、かなえられているのだろうか。」
 
 核による、遠大なる人体実験に子供たちを晒してはいけないのだ。1000年に一度という未曾有の震災を体験した今、この言葉が重く、筆者を含む現代に生きる大人に呼びかけているように思えてならない。

                   

 冊子「思いをことばに」。
 
 後藤さんが講演したときの講演記録、機関誌などに寄せたエッセーなどを収録したもの。北海道子どもの本連絡会が、その活動を活かして約40年間の後藤氏の軌跡を1冊にまとめた。

 せいの氏が云われた、後藤歴という重み。筆者は皆無である。ただ、季節風に入会し、同人の言動に触れることによって、後藤氏の分身が迫ってくるように感じている。
 後藤氏の長年の執筆への精力、季節風を生み育てた胆力、子供たちに言葉と勇気を伝える忍力、そして優しさ、その偉業が筆者の中で日増しに大きくなっていく。

 合評会や研究会の後、同人が口をつく。書く勇気をもらった。筆者も感じてはいる。ただ・・・

 なぜ、こんな苦しいことをするのか。葛藤の日々が続く。創作の苦しみは知っていたはず。でも、書き手は己のみ。才があるかなきか、より書き続ける苦しさに耐えられるのか。喜びはその先に待っているのだろうか。答えは、きっと、書き続けることからしか見つけられないのだろう。

 後藤竜二氏にめぐり合った、ご縁を信じて・・・

 合掌。

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みちびき祭り

2011年07月23日 | ★江戸っ子エッセイ★

  
                    みちびきまつりの行なわれた五重塔そば 
                     富士小学校の代表たち

雲ひとつなく晴れ渡った7月17日のこと。

東日本大震災犠牲者のご冥福を祈るため、「みちびきまつり」を追悼行事として行なった。
このお祭りは、裏観音にある浅草花柳界のお膝元、みちびき花の辻商店街入り口にある、導引地蔵尊の供養で、毎年芸者衆が舞いを奉納する儀式。

炎天下の2時ごろ。
筆者の次男を含む、地元小学校の子供たちが力いっぱいソーラン節やけんか祭りの踊りを披露。

法要後の4時。
創作踊り「花の道 花の舞」を振袖さんたちが舞った。
寺所縁の天女をイメージし、踊りの師匠、藤間章作さんと花柳輔太郎さんが振り付けをした創作である。

何かをする、動くことが大切なんだな、そう思った。

鎮魂の踊りと舞いははたして天まで届いただろうか。

              「けんかまつり!」

              振袖さん

             「夏の空 天まで届け 天女の舞い」
                         海光


              浅草寺本堂    
              柳とツリー

境内から眺めるシミのないブルーのグラデーションに、スカイツリーがそびえる。
名物だったクレーンも残りあとわずか・・・

暑中見舞いよろしく、柳の枝葉が時折吹く南風にたなびいてわれを主張する。

おつかれさんのご褒美は、冷たい氷菓子。

学校につくまではお預け。溶けちゃうよ、と急ぐ姿は一仕事やり終えた顔でいっぱいだった。

この子らの未来を明るく照らす大人になりたい。

23日は季節風創設者の後藤竜二氏の紅玉忌。

子供たちに希望を与える書き手が集う。

自分の存在意義を確認させてくれる同人たちとの再会が愉しみだ

             

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再出発

2011年07月22日 | 呑み屋探訪(新宿、四ッ谷界隈)

          ブラックニッカハイボール
          ハツ刺し
          子袋刺しのカラシ和え

超大型の台風一過、ここ数日過ごしやすい日が続く
散歩やRUNもじつに爽快、いい気分だ。
ここ新宿思い出横丁を覗いたのは、8日花金(死語かい)の猛暑日
久しぶりに広告のプロである友人とモツでも、と「宝来家」へ足を向けた。

巷ではワラから発生した国産牛が叩かれているが、そんなことに構ってなどいられない。
子供にはともかく、大人の男には生肉が必要なんだ

ということで、冷えたサッポロラガーとハツ、子袋の刺身を発注!
ネギと醤油をたっぷりと振りかけ、食す。

一瞬で、古代からの野生が蘇り、肉となり血となり、細胞のひとつひとつが活力を帯びた気がするよ

          男は黙ってサッポロラガー
          トコロ天

天草の涼が、灼熱で火照ったカラダを優しくクールダウンさせてくれる。
この時期の天然ものの冷たいお通しは、舌と胃をさっぱりと洗ってくれたようだ。

宝来家自家製のキムチ漬け、定番のとろけるモツ煮、ポテトサラダは安定した味でいい箸休めである。

初めて来訪した広告マンK氏のため、肉脂が凝縮したカシラと鮮度よし柔らかいタンを塩で焼いてもらう。
生の刺身にはない、濃厚な肉汁が噛みしめるたびに黄金色に溢れ出してきた

          カシラとタンの塩焼き     
  

岩手盛岡市大慈寺町のあさ開の銘酒、「水神」を頼む
良質の米のまろやかな旨味を残した、純米大辛口はただ辛いだけでなく、冷酒なのに香りも豊かだ。
この店のどんな料理とも相性が合う。
東北の岩清水を連想させる辛い端麗は、ノド、食道をなめらかに通過していく。

2本空けてしまった。
さすがに岩手の銘酒であり、名水である。

広告マンはこのタイミングで、秋から再出発するという

長年培ってきた人脈の深さと広さ、未来への予見、沈着ぶりは筆者より若いのに熟成して感嘆していた。
この日は、盛夏の熱に絆されたたのか、出る言葉に情熱がほとばしり、その冷静な目が輝いて眩しかった。

彼の未来はそのたえまない研鑽がある限り、揺るがないと信じる。

最後は冷滴で汗をたっぷり纏う、ブラックニッカのハイボールでノドを潤しながら、語りつくせぬ思いを語り合った。

この夏は、素敵な夜がつづく


           「果てぬ夢 水神様に語らいで」
                         海光

           

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炊きたてに海宝漬

2011年07月20日 | ★江戸っ子エッセイ★

           三陸海宝漬

      「炊きたてに 海の豊穣山と盛り」
                         海光



豪奢が満載である

岩手県釜石市にある、中村家の一品。

その名も、「三陸海宝漬」。

東銀座のアンテナショップで見つけた。
いつかTVか、雑誌で見たちょっと贅沢な海の宝である
炊きたての白米にたっぷりとのせてほお張った

あわびの適度にコリッとして、でも柔らかい食感、イクラの粒の豊穣汁、樺太シシャモの卵の舌触り、春に摘んだめかぶのトロトロ、ネバネバが口の中でふくよかに広がる。
太平洋の畑の恵みがギュッと濃縮した感じだ

大海原は気まぐれで時に無情であるが、長く生命を育む紺碧の土壌である。

この海宝漬は、震災で3月4月と出荷が止まっていたが、5月から販売を再開した

岩手で働く人々の一助にもなる。

三陸の海の幸をこれからも愛していきたい。

海の豊穣が詰った三陸の宝は、東北の酒にもぴったりだ。

ちょっぴり贅沢な海宝漬。
機会あれば、皆さんもぜひ、ご賞味を。。

 

 

◇三陸海鮮料理「中村家」
岩手県釜石市鈴子町5-7
http://www.iwate-nakamuraya.co.jp/

2011年TOTAL RUN 1068.3km7月20日現在  

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真の強さとは・・

2011年07月19日 | ★江戸っ子エッセイ★

           朝日新聞19日付朝刊

日本が歓喜に沸いた海の日から一夜が明けた

筆者も3時起きで観たライブな興奮そのままにFBやツイッターで報じた。現地ドイツ、日本中から発信された声は膨大であろう。
アメリカでも女子のプロスポーツとして最高の視聴率を記録したとか
政治でもプロスポーツの世界でも女子の飛躍は目覚ましいものがある。

前半戦のアメリカの波状の攻撃。
世界ランクNo.1の実力そのものの猛攻。ただ、決定力に欠けた。
あれだけの攻撃、シュート、優勢であったはずなのに・・・
運がなかった。神が味方しなかった。それだけか。。
「Why?」

筆者の個人的な感想だが・・・
それは、なでしこジャパンが自然に発していたオーラではないのか

文字通りの死闘を勝ち抜いたドイツ戦、確立したプレースタイルで強さを見せ付けたスウェーデン戦

闘う者のみが感じる、なでしこジャパンが帯び始めたあきらめないという、オーラ
そのプレッシャーがアメリカチームの心の焦りとプレーの誤算を招いた。
それが、正しく運ということなのだと思う

奇跡とも違う、闘いの中で培ってきた目に見えない力そのものが運を呼び込んだのだ。

二度の先制ゴール。勝ったと思ってしまった者の驕り、追いつかれた者の焦燥感。

敗者の側に立てば、勝敗の結果は非情だ

PK戦に入る瞬間は、なでしこたちに貫禄のオーラがまとっていた

侍の斬り合いでいうところの勝負はすでに見えていた、ということだ。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

決戦後のこと

笑顔のなでしこジャパンに、茫然自失のアメリカチームから一人の選手が歩み寄ったのが印象に残った。

そう、181cmのワンバック選手だ

アメリカでプレーしていた、今回MVPの澤選手の元チームメイトである。

意気消沈する自軍の中で、冷静に、淑女的に、敗者が勝利を称える姿に心打たれた。

本音は分からないが、その行動が素晴らしい

勝利を信じていた、それを失ったばかりの人間に中々できることじゃないよ、ホント。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時は遡ること数十年前

1980年のバルタスロールで行われたUSオープンの死闘

優勝パットを決めたジャックニクラウスへの賞賛に沸く観客の渦中、一人アウェイの青木功が最後のパットに入ろうとしていた。
その瞬間。王者はその大きく広げた手で、観客のざわめき、興奮を鎮めることに懸命だった。

真の強さとは、こうしたフェアで、冷静沈着な精神にこそ宿るのではないか。

勝者、敗者は時々の運。
人の関心は常に勝者に向きがちだが、敗者の姿勢にこそ学ぶべき要諦があるのではないのか。

一夜おいて、ワンバック選手の言動に、真の強さを見た気がするのだ。

とはいえ、澤選手、なでしこたちの決して恵まれてこなかった環境の中での努力を称えたい。

世界一。金メダル。そしてともに闘った仲間。
生涯の中でも、かけがえのない財産となったろう

彼女たちを支えたすべての人の苦労もいくらかでも報われたのではないか。

絶えまぬ努力とこのヨロコビは、君たちの胸の中の、永遠のトロフィーだ。

前を向け、過去を振り返るなと人は云う。一理あるだろう。

だけど、過去の努力を積み重ねてこそ夢は形になったのだ。

過去と現在と未来はつながっている。
決して今だけ、刹那では結果はまやかしでしかない。

努力を継続すること、あきらめないこと、折れない心を身をもって教えてくれた。

おめでとう、なでしこジャパン

ありがとう、なでしこジャパン

あなたたちの姿勢に、まっこと、学ぶこと多し、です


            「なでしこの 汗と笑顔で金メダル」
                           海光

2011年TOTAL RUN 1068.3km7月19日現在  

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身の丈とは・・

2011年07月16日 | ☆文学のこと☆

身の丈・・
高慢と謙虚双方が跋扈するこの世の中に、なんて素敵なフレーズだ。
今この時の日本人の心に響く、等身大の言葉ではないだろうか。

             
 
               
              「みのたけの春」志水辰夫著

   「みのたけの 食と酒さえ満ち足りて」 
                               
  海光
 

「みのたけの春」
      志水辰夫著・集英社刊
      装丁菊池信義・装画小山進
      2008年11月10日第一刷発行
 
筆者と同じ、出版社で働いた経歴を持つ志水氏の書き下ろしである。
 
「弘法山に筋雲がかかると雨が降る」
 
 三省庵の師柳澤宋元の娘みわが話す
この言葉にして情緒があふれる。
物語はそのみわから渋々晴れた日に傘を持たされた主人公榊原清吉が、諸井民三郎と待ち合わせて、学友の武川庄八を見舞いにいくところから静かに始まる。
 三人とも剣術の道場、尚古館の学友でもある。八井谷峠から日本海まで一帯に広がる山からの土地が北但馬、その中心が清吉の住む貞岡である。
天領時代の名残で貞岡領とも呼ばれるこの地は、生野銀山、算出が減り、今では石見銀山にその地位を預けている。ただ、養蚕に活路を見出したため、
かろうじて往時の体面を保っているといえるのだ。
 
 京都を中心に尊皇攘夷が叫ばれる時代。
民三郎と手附代官代行格の新村格之進との浅からぬ宿縁。公儀の侍のプライドに翻弄された郷士民三郎だが、物語が進むにつれ、それも単純な話しではなく民三郎の血の濃さゆえのものだと思うようになる。
 格之進を斬り付けて、民三郎とその兄弟の命運が激しく変わる。長女かよ、次女なえ、又八、文吉は若さを理由に、てんでばらばらに里子に出された。

人別帳が存在した時代。

 郷士の入山衆。
肝胆相照らす仲である。
 
 この蠢く時代に、神官石渡孝臣、中村久作は尚古館を出て、都を目指す。長州勢の言葉に誘われ、若者として行動せずにはいられなかったのだ。
入山衆の出自は、山陰一帯を支配する戦国大名尼子氏一統と云われる。山中鹿助が尼子勝久を擁し、宿敵毛利に戦いを挑んだ。
貞岡から二十里西南、播磨上月城において、天正六年(1578年)入山衆は鹿之助に馳せ参じ戦った。二百年続いた尼子氏は滅亡。
入山衆は但馬、因幡の鉱山に潜む。異説では入山衆そのものが鉱山の開発に携わった一族なのだとも云われる。
 毛利が狙い、秀吉が直轄天領とする肥沃な鉱山を土地に持つ宿命か。
 盟主格橘川家を中心に結束を誓う入山衆。
主従でなく寄り合いとして入山講が誕生する。清吉の一家もこの講のおかげで助かる。
 そしてこの事件の始まりの四年前の安政六年。この田舎村に宋元がくる。
 江戸の流行り病「ころり」から逃れ逃れてきた宋元だったが、この村で皮肉にもころりにかかり妻を亡くしてしまう。世を儚み、酒に溺れる宋元。娘みわと弟子の存在がかろうじて、生きながらえる宿亜を残したのだ。
 仙寿寺尭海和尚との酒飲み。二人にとって酒と漢詩と午睡を愛すことがすべてだった。
 回りの若者と一線を臥した清吉の心も平静ではいられなかったに違いない。ただ、母と家を守る、この一念をぶれることなく、清吉は坦々と、家を尚古館、三省庵を守るのだ。
 
 尚古館館長橘川雅之は次から次へと弟子が去るのを見守るのみ。
斉藤国弥は幕閣、侍大将として、石渡たちと農兵を説得にあたる。
 
 そして、民三郎は「惨めに生き長らえるより雄々しく死ぬ」この言葉を残し、橘川師範の弟、京都高倉忠政の元、京都に暗躍し、果ては捕らえられたすえに、人を殺め、脱獄してしまう。  
 
 入山衆の二十年、三十年先、公儀が改めざるを得なくなるような死に方を目指した民三郎。そして、清吉は自ら、民三郎と決着をつけようと、死を賭して、長女かよの住む、羽倉、杵島家へ向かった。
子を宿した尚吉とみわは、二男文吉を呼んだ兄との間で葛藤するが・・

 家から母の眼を暗ましてまで持ち出した二寸長い刀を捨て、竹やり(真竹)で最後の戦いに挑む。十四歳で熊を殺した、名人忠兵衛の再現である。
覚悟を決めた俊才は巧妙に、柔軟に民三郎と対峙する。小さな鳥居を利用して、槍先に全ての念をこめる。

 一突きで終った。苦しみながらも清吉の手によったことで、運命を受け入れた民三郎を、逆手に持ち替えた刀で止めを刺す。

 霧、闇、わずかな濃淡、夜気が動く・・
深い自然の描写が、そこかしこに流れ、読み手の前に静謐な気がたゆたう。

 著者は1936年高知生まれ、作家デビューは40代。
志水氏に勇気をもらい、筆者も精進しようと思う。

 前作、秀作「青に候」からはるかに飛躍した時代物の傑作である。



  

ご愛読感謝のご報告

ついに、gooブログ開設1年半にして、3万人突破
本日のカウント 訪問者「30210IP」閲覧「49591PV」

これもひとえに皆様のご愛読の賜物。
本当にありがとうございます

まだまだ続けて参りますよ~

どうぞ末永くご贔屓によろしくお願いします

2011年TOTAL RUN 1038.3km7月16日現在 

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熊づくし!

2011年07月14日 | 呑み屋探訪(新宿、四ッ谷界隈)

            エクストラコールド

7月猛暑日
同期Sの誕生日祝いにかこつけて、中附の同期5人で暑気払いと集った。

このブログでもお馴染みの、四ッ谷荒木町「方舟」(http://www.ceory.co.jp/)。
渇ききったノドとカラダに、氷点下のビールの滴が沁みわたる。
火照った五臓六腑に、一瞬氷ったような強烈な一撃が食道を下り始める
いや~、氷点下の実力、改めて乾杯

この日は同期のオーナーHが我々の夏ばてを気遣ってくれての特別コース

なんと・・・

「くっ、くま~。そう、熊肉だ」

三重県伊勢のホテル取材で、鹿肉のローストをいただいたことがある。
地元浅草の洋食屋で、蛙のフリッターを食したこともある。
中国大陸で、鳩の素揚げに、ラクダのコブも・・・

ラクダのコブの臭さを除けば、どれも地の酒に合う美味、珍味であった。

「熊! くま! クマ!」

まさに初体験である。
しかもフルコースときた。

ご覧のメニュー

1 熊肉入りの茶碗蒸しと枝豆の前菜
2 囲炉裏の炭火で焼いたナス田楽と熊田楽
3 シンプルな塩コショウのみの熊ステーキ
4 とんかつ、ならぬ、「くまかつ!」
5 箸休めに、「熊の酢の物」
6 熊汁
7 熊肉の炊き込みご飯

                                          熊カツレツ

これでもか、と云う、くま、くま、くま三昧・・・

精がほとばしる、野生をこれだけ頂けるのもひとえに、オーナーの実力

実験台、結構。

なんとも贅沢な夏の夕べである。
筆者的には、熊汁が気に入った

野趣の滋味が豊か、野卑でありながら品格がある。
北陸の山を生きた野生の灰汁も、馴染みのある味に深化している。

冬の熊鍋が今から楽しみだ

      「冷酒なめ マタギ気取りで熊料理」
                         海光


マタギになった気分で、熊と北陸4県の大吟醸を飲み放題とばかり堪能した。

飲んだくれの夏の夕べは永いzzz     

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夏祭り!

2011年07月12日 | ★江戸っ子エッセイ★

     
    「ほおずき市」で賑う浅草寺境内

7月最初の夏祭り
浅草寺境内では「ほおずき市」、合羽橋本通りでは「下町七夕祭」が開催された。

季節の風物詩を愛でること、これは大切なことなんだ。
部活に行った長男はさておき、次男を連れて、猛暑の中、地元の夏の風物詩に今年も行ってきた。

     

           「町娘 汗ひとしずく浴衣かな」
                          海光

           
 
 

猛暑なんのその、売り子の姉さん、兄さんたちの呼子があちらこちらで威勢よく響く。
若旦那風に、老舗のお嬢さん風。涼しげな浴衣姿が夏らしさをいっそうかもし出す

いやぁ、江戸の夏
いいですなぁ。

      

今日この日に参ると、四万六千日祈祷したことになると云う、誠にご都合主義な江戸っ子の祭事
いつの時代も、神頼みってのはありがたいもんなんだな。
景気よく、パンパンッと、参ろうではないか

       合羽橋本通り商店街
       

さて、続いて、道具街で全国的にも有名な合羽橋。
ここで毎年「下町七夕まつり」が盛大に行なわれ、上野近辺まで屋台やら出店が軒を連ねる。

この炎天下の中、よく人が出てますな。
地元民としては、ありがたいこって

昨年は民主党の柔ちゃんに遭遇、その模様はブログでもご紹介済み、あれからもう一年経ったんだなぁ。

通りの日陰に逃げながら、ビール片手に、カキ氷やら水饅頭やら買い食いして歩く。
お行儀わるいけど、こんな日はごカンベンを



 

        「炎天で 冷え瓜がぶり合羽橋」
                          海光

               涼しげな葛饅頭 

和太鼓の演奏に、真夏のフラメンコ、ハワイアンソングに、フラダンス
そこかしこで夏祭りを盛り上げるイベントが繰り広げられている。

猛暑なのに、皆さんとても楽しげだ。
祭りの笑顔って素敵だ。
一生懸命さがそのまま額の汗となり、光って美しい。

スパイシーなカレーナンドッグで小腹を満たし、冷えたキュウリの一本漬けでさっぱりする。
JA群馬のトコロ天、天草の香りが口につめたく広がった

同じく群馬の高級手作り味噌のてんこ盛りに挑戦。
500円でこの量は、なんだか申し訳ないくらい。
カットしたキュウリに、この味噌をつけて、特製マッコリをいただいた
田舎味噌は塩も効いてるが、大豆本来の甘みが醗酵して味わい深い。
いい買い物をした。

紙芝居や、あめ細工に食い入る、子供たちの視線は昭和の頃となんら変わりない。

子供たちの未来を守るのは、大人の責任。

夏祭りの子供たちの笑顔を忘れずに、もうひと踏ん張りがんばらなきゃ、ね

          

2011年TOTAL RUN 1005.3km7月12日現在  1000km突破

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手作り冷蔵カーテン!

2011年07月09日 | ★江戸っ子エッセイ★

               

         「節電を 愉しむ夏や涼とどめ」
                     海光 

7月猛暑日
近所の日用品屋で冷蔵カーテンなるもの覗く。

みんな売り切れ、筆者も暑さ切れ

そこで、ふと思い立って、こんなことをしてみた

         

家にあった新しいゴミ袋をジャバラに切る、切る、切る。
印刷所にあるカーテンのようだ。

それで件の冷蔵庫の中の写真。

家人、子供たちが頻繁に冷蔵庫を開けっぱなし、冷たい飲み物を取り出す。
なんか気になっていた。

エアコンや冷蔵など、暑い最中に、冷気を生み出すものがより電気消費量が高いと云う。

これで多少は冷気を封じ込め、冷蔵庫の節電に貢献できれば。。

そんな夏のある日の出来ごと。

覚悟の夏。それでも大好きな夏。

工夫して夏を愉しもう

エアコン入れずに、扇風機と南部風鈴で涼をとり、このブログも更新中

これから合羽橋七夕祭りに出掛けやす
また麦酒かい?

いやいや、太極拳もあるし、今日は夕方RUNの予定
汗を流して我慢するのだ

明日は隅田川リバーセンターのプール開き

一年ぶりの屋外プール、楽しみだなぁ



2011年7月9日現在 TOTAL958.3km

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涼感、四川冷やしソバ

2011年07月05日 | 呑み屋探訪(銀座、新橋、築地界隈)

                     四川冷やしソバ

           「夏夕べ 酔うても辛い冷やし麺」
                                          海光

7月1日(金)。
雨こそ降らねど、不快指数120%の梅雨の週末

ふた月ぶりに新橋の旨い四川を食いに、四季保坊を訪れた。

全そ連の反省会と、次回の打ち合わせを兼ねての幹部会。

ランチビールを我慢した、と云う会長(エライ!)。
辛い四川料理にご満悦のご様子

懐かしいどっちが料理ショーで紹介された、四川冷やしソバをいきなり発注!
いや~、これが最高でござった

こちらの定番、花山椒が効いた激辛マーボが霞むほどのタイムリーな旨さ。
お昼の75%がこの注文だという。
「オアシズ」大久保 佳代子似のママが嬉しい悲鳴をあげるほどの人気だと云うのも頷ける
  *大久保さんもご来店したようで写真があったのが笑えた。

   
          冷製ピータン豆腐                 甕だし老酒

   
               家郷巻き                  蜂の巣炒め

        四川麻婆豆腐

郷に入れば郷に従え。
早速、甕だしの老酒をストレート、続いてロックで煽る。
ボトルが3本軽く空いた

大陸版お好み焼きと云うべきか。
家郷(ふるさと)巻きがタマネギの甘みを纏い、少年の頃に戻ったようなデジャブーな味・・
まっこと、癖になります。

青苗炒め、焼きビーフン、水餃子、焼きワンタン、土鍋ご飯・・・
どれも手抜きなしの一品がさそう。
ここに来ると、つい食べ過ぎてしまうのが難点。
なんとも至福な四川の夕べ

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ、飲み足りない呑み助たちは、烏森を徘徊
偶然入った昭和の匂い漂う、Barで、スコッチを少々・・・
往年の名車のミニカーが並び、サザン、ジュリーと懐メロが流れる純情なる時を過ごす。

筆者20代。
ロンドンーエジンバラ間の車窓からの眺めが浮かぶ

ディーゼルで走る寝台インターシティ125で飲んだ無名の正宗は、ロンドンの街角で買い求めたごく安いスコッチ。
2段ベッドで供になったスコットランド人と飲み明かした深夜特急の夜。
いみじくも、烏森のSLが若く、苦い思い出を包み込んでくれる。

あの柔らかい香りと、深い琥珀色の味は忘れない

ピリッと引き締まったエジンバラの空気に触れることができた、新橋SLナイト

次回の全そ連の夏の句会、おおよそ決まった。

皆さん、乞うご期待。。

      
          「烏森 琥珀を嘗めて旅にでる」
                            海光


         
        丸いアイスが入ったハイランドモルトとチェイサーソーダ



◇「四季保坊」(新橋)◇

東京都港区新橋2-9-16 米倉屋ビル
03-3503-4560
http://www.shinbashi.net/shop/200312

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予期せぬ贈り物!

2011年07月03日 | ★江戸っ子エッセイ★

            

                「上方より 下りし友の夏便り」
                          海光 

ある猛暑の日、冷えた麦酒を楽しみに帰宅すると、家人から宅急便が届いていると知らされた
お中元を贈られるほど、会社での地位は偉くないので(笑)、なんだろう、はて。。

見ると、送り主は知った名だった。
先日、
隅田川と皇居を一緒に走った尼崎に住む友人からの荷物
  *ブログ「東京日和」に記した。

正直、「?」。。

開けてみると、なんとびっくらこいた、あっしの愛称ネーム入りのRUNウェア

自然と顔がほころんでしまう

意表を突いた、こんな贈り物ならいつでも大歓迎だ。

世間では恒例の贈り物の季節。

封建の頃、上方からの酒や物資は船便で下りものと重宝された
現代ではくだらないものは、遜った意味で使う言葉だが、実は下りものは珍重なものの代名詞。
まさに、このウェアは最上級の下りものである。

同じ日に会った友人の箱も同封されていた。
おいらが渡せってことね
OKってことで、早速東京に住む友人に連絡。
今月22日に再会を誓った。

いつもはぴったりしたMサイズが好みの筆者だがLでもシルエットがタイトでグー

いつか、3人でレースを走ろうと書いてある。

いいね

大台に乗る前に、9月開催「マウイマラソン」あたり、一緒に旅したいなぁ

名前を入れたり、発送してくれたり、こちらを思って行動してくれた、その気持ちが何よりの贈り物だ。
昨今切ない話しが多い中、こうした心の通い合いが嬉しい。

気はこころってやつ。

ありがとう、友人I

もちろん、あっしは一緒に走るぞ

てか、もう着ちゃって走っちゃったもんね~

問題は運動不足のJさん、ね・・・

走るのって、何か、スゥイッチが入るきっかけが必要だ、と思う。
まぁ、これがいいチャンスかもしれないね。

一応、口説いてみやす


2011年7月3日現在 TOTAL933.3km

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