週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

豪奢な食事。

2015年03月21日 | ★江戸っ子エッセイ★



 如月に部署異動してからというもの、すっかり行動範囲が変わった

 まさしく、チェ~ンジ!!

 このところ、豪華なランチばかりで体脂肪と体重が増えている。ヤバッ!

 写真は銀座の裏路地、知るヒトぞ知る店菊川。

 元新宿の大手百貨店の外商マンの先輩にゴチになる。

 こんな贅沢してバチがあたるんやないか。

 神様、仏様。真面目にお仕事頑張りやす! 

 静かなランチタイム。

 二階の和洋折衷のテーブル席。

 閑静な室内で、大人しい紳士が連れた奥様と娘さんと会話した。

 こんな風情だからこそ、生まれる出会いもある。

 家族で昼間の銀ブラランチ。

 なんて素敵な光景だろう。 



 別の日は、新橋でライバルだった版元の先輩とランチ。

 復帰祝いだと焼き肉をゴチになる。

 ああ、ありがたや。

 散り散りの版元と代理店の旧い仲間との春の幹事を頼まれた。

 ガッテンですぜ、K兄。



 変わり果てた渋谷の街でも、長い付き合いの広告マンと昼飯。

 サラダバー、ドリンク付きの火鍋。

 仕事もプランベートも、毎日が楽しい。

 経営者の厭味もここまでは届かないわけだ。

 この自由な時間が永く続けばいい。



 これは上野アメ横のアーグラー。

 前職の版元の頃から20年近く通う、インドカレーの老舗だ。

 部署が変わっても会いたいと言ってくれる代理店マンUさん。

 5段階中の4の辛さが人生の深淵を教えてくれる。

 やっぱりここのサグチキンとナンは絶品だわ。

 それにしても、30代前半まで軽く平らげた量が重く感じる。

 胃の容量からじじいになっているのか。



 オヤジの街、新橋の旧い駅前ビルにある立ち飲み屋。

 先輩が連れて来たかったと言っていた店。

 ビールも抜きで、いきなり純米酒。

 小粋なツマミと、三種の酒で1,000円とはリーズナブル。

 そういえば、雑誌に紹介していたヤツでやんすね。
 


 風味、味わいの違う、吟醸と純米に酔う。

 空腹の胃に、贅沢な時間だ。

 このまま銀座八丁目に流れ、やはり旧いビルの地下街へ。

 ここはおいらが先輩をお連れした。

 半世紀続ければ、それはすでに骨董だ。

 女将さんの笑顔も、立ち振る舞いも国宝級。





 夜の銀座へ出勤前の若いお姐さんが食事をとっている。

 一種味なツマミと言ってよかろう。

 ガス灯の街の夜は豪奢なもんだ。




【縄のれんふわりと薫る猫の恋】哲露

 
 つづけて外苑前の夜。

 出版界に長く君臨する兄貴との会合。

 外回りになって、やっと仕事するチャンスがきた。

 会社では無頼で通っている兄貴。やはりカッコいい。

 男は見た目より色気だ。

 キビナゴを、琥珀が霞む純米の燗で流し込む。

 そしてブリの焼き物があればほかには何もいらない。

 兄貴は見た目もチャーミング。誤解なきよう。
 


 博覧強記の業界通と語らう夜は、この瞬間にも思い出となる。

 花見会の約束を交わしたが、後日ブッキングがあった、哲っちゃん、ゴメンとのメール。

 沖縄に移住計画を立てている兄貴。

 そんな兄貴の家で、いつか古酒を傾けるのもわるくない。

 怒濤の日々が続くが、再会したRUNの成果が少しずつ出てきた。

 バリバリ仕事して、食べて飲めるってのは男っぷりが上がるというもの。そんなわけないか。

 決して高級でない食事だが、大切なヒトとの会合は僕の宝物。

 日常を真摯に生きることこそ文学に通じる、そう信じて今宵も飲むのだ。

 染井吉野が待っている。

 明日の小説のために、夕暮れの一杯は欠かせない


お山の寒桜!

2015年03月17日 | ☆文学のこと☆



 上野恩賜公園なう、じゃないけど弥生に入り再び立ち寄った

 春の気配に枝が思いっきり背伸びしたように花を広げていた。

 皆さん、大寒桜はいまが満開の見ごろでやんす。

 日本、欧米、中国、etc、etc。

 世界各国の平和の民がシャッターを押している。

 カメラよりスマホが多いのは当世風。 

 


【薄紅の花は上野か浅草か】哲露

 
 上野の清水の舞台の前でも咲いている。

 染井吉野まであともうすぐだが、長閑な陽気に誘われて来てみてよかった。

 公園では早速区画割りがしてあった。

 気が逸るってこういうことか。

 15年前に地元の版元にいた時には、昼間から交代で場所取りをしたもんだ。

 そういえば、そん時にとんでもないタイアップのトラブルが勃発して花見どころでなくなった。

 それもこれも懐かしい思い出だわ。

 

 大川(隅田川)に黄色い花が賑やかだった。

 1月は看病と自身の病でほぼ走れなかった。

 こんな花に出逢えるのもランニングの効果のひとつか。

 だが、いくら走っても体脂肪が落ちない。体重も落ちない。

 たったひと月で、筋肉量が大分落ちた。

 しばらく辛抱して、筋肉を育てないといかん!



 谷中霊園の手前の大雄寺。

 彰義隊が戦った地。

 ここに幕末三舟の一人、高橋泥舟が眠っている。

 尊敬する山岡鉄舟の義兄で、槍術と書の名人だった。

 その昔の下町には、カッコいい大人が多かった。

 鳥羽伏見の戦いにも加わり、幕府に恭順を説いて、晩年まで慶喜の信任も厚かったと云われる。

 こんな生き様ができようか。

 目まぐるしい日常を言い訳に、平凡なサラリーマンは今日も平和にモルトを傾けるのだ

 


ポークに酔った夜!?

2015年03月08日 | ★江戸っ子エッセイ★



 仕事のリズムが外回りに戻り変わった

 いや、元に戻ったということか。

 両国にある第一ホテルで、取引先とランチと洒落込むのも、その特権の一つ。

 前菜のハムも野菜もこだわった自然食。

 

 これは大塚人参のスープ。

 大塚っていっても、山梨県の緑豊かな土地のこと。

 添加物も生クリームも入らないのに、甘くてスムージー。

 大地の恵みをそのままいただく。



 そして、これが話題のヘルシーな豚肉、ノンメタポークだ。

 これが目当てで訪れたわけだが。

 脂肪が少ないのに、赤身はとても柔らかくジューシー。

 フォークで押すと、肉汁が溢れてくる。

 千葉大学とさる企業が共同開発した発酵飼料で育った豚からとれる。

 糞の臭いを抑えるために与えたところ、抗生剤も投入せず、健康でビタミンB1の豊富な豚が出来たらしい。

 タレをかけずとも、塩胡椒だけで十分。

 噛むほどに甘い黄金の汁の香りが鼻孔を抜ける。

 ご飯もパンも進むが、ああ、赤が飲みたい。

 ランチなので我慢したわ。



 野生のベリー、マンゴーとエスプレッソのアイスも絶品だ。

 こんな贅沢、バチが当たるんとちゃうか。



 同じ週末。

 今度はそのポークをしゃぶしゃぶでいただいた。

 いろいろと選べるお出汁だが、豚肉を味わうために、シンプルな昆布出汁と鶏ガラ出汁にした。

 サッと湯を潜らせるだけで、ふっくらとした食感だ。

 舌が肉のまる味を受け止め喜んでいる。



 脂っぽさがないのに、甘みはしっかりと残る。

 乳酸菌、納豆菌、麹菌、発酵する食材は生き物の腸に届いて、健康な肉体を作るという証明なんだろな。

 この発酵飼料は、牛にも魚にも野菜にも応用できるらしい。

 現在は鳥で試験中とか。

 私のチームがお手伝いすることで、世に広まれば、人のためにもなる。

 これは夢のある話しだ。

 いざ明るく前向きになれる材料があるってのはハッピーだね。

 世情を嘆いても、簡単には変わらない。

 身近なところから元気を発信していこう。

 仲間と気炎を上げ、ポークに酔った夜の風は優しかった。
 



 食にまつわる仕事が目の前にある関係で、幕張の食の祭典Foodexにお邪魔した。

 しばらくぶりの海浜幕張駅は、イベントで通った昔とは景観が一変していた。

 まったく、6年ぶりに歩くと、街の変貌にはビックリさせられる。

 日本各地の食、世界各国の食を目と舌で堪能。

 脂ののったブリやチョコレートコーティングされた黒にんにく。

 イタリアのチャンピオンがカットする極上の生ハム。

 樽から注ぐマコンビラージュに、カベルネ、とろりとした舌触りのラム酒、本場ベルギー、ドイツのビール。

 得体の知れないペルーのクソ甘いリゾット風、南国のバナナ、高級なふりかけ。

 中国茶に、スペインのイケメンが淹れるエスプレッソ。

 もう胃の中が、すでに東京オリンピックの前哨戦だ。

 しかし、リーゼントの決まったスペニッシュのウィンクには、おっさんもやられたね。



 おじいちゃんと孫娘のコンビが実演するタイ料理は、料理の鉄人さながらの臨場感。

 この可愛い女性が、20分の間に、トムヤムクン、話題のマッサムカレー、Fried ヌードルの三品を作る。

 真ん中のお姉さんは実況中継。

 マッサムカレーは辛くないのに香ばしい、不思議な新感覚カレー。

 このトムヤムクンのスープが旨かった。

 旨かったと伝えたら、お土産にペーストをくれた。

 コップクン クラップ!



 こんな人もいた。

 街は驚きと発見に満ちている。

 そう実感した2月のひと月だった。

 春は近いな


【髪を切り風の温さに春感ず】哲露

 

 

 



 

  


アメリカンスナイパーに想う。

2015年03月01日 | ★映画★

 

 話題の映画【アメリカン・スナイパー】を観た。

 クリントイーストウッド監督作品。

 許されざる者から私のなかで彼の印象が変わった。

 イラク戦争に異を唱えた彼をして撮らしめた映画だろう。

 国家を、仲間を、家族を守るためにライフルの引き金を引くクリスカイル。

 だが打たれたアラブ人の少年と女性もまた何かを守るために身を投じたのだ。

 この出来事に直視することを避け、クリスは160人以上の敵(仮想)に銃弾を打ち込み続ける。

 派兵の合間の休暇。

 戦地で伝説と呼ばれる彼は家族の元に帰る。

 守るべき場所安堵すべき場所に戻れたはずなのに、かつて信じた正義感の歪みが真っすぐな青年だったクリスの心を蝕んでいた。

 はたして、その荒んだ精神に安息する場所はなかった。

 仲間も、弟も、クリスをヒーローと称える。

 その言葉がさらに彼を孤立へと押しやる。

 妻であるタヤも、傀儡と化したクリスを心配し、心に訴える。家族の希望が絶望に変わった瞬間である。

 もはや、クリスには戦場だけが唯一存在価値を確かめられる場所なのだ。

 しかし同じその場所で、もっとも敵に狙われる存在にもなっていた。

 この作品に現実を知る事の大切さを痛切に教えてもらった。

 正義とは? 愛とは? 生きるとは? 守るべきは国家なのか? 家族なのか? 友なのか? 

 そして、自分とは何者か?

 クリスはヒューマンな心を取り戻すことができたのだろうか。

 敵の敵は己であり、仲間であり、家族であり、国家だ。

 彼が引き金を引くことは、即ち己を、仲間を、家族を、国家を撃つことになる。

 この大いなる矛盾に偽政者は目を瞑ったまま、命令を下す。

 自らを晒さない偽政者はいつでも高みの見物。

 ベトナム、ニューヨーク、アフガニスタン、イラク、魂の叫びが増えるほどに、憎しみと哀しみの連鎖は続く。

 戦争はスポーツでも茶番でもない。

 こちらの正義はあちらには殺戮であり、向こう側の理屈はこちら側の怒りと悲劇になる。

 それが戦争というものではないのか。

 そこには本物の勝者などいない。

 本当の強さとはなにか。

 善良なるアメリカ人が正しいのか、清く生きようとしてもアラブの人は悪なのか。

 肌の色を識別することに無頓着であってならない。

 そして、福島を中心とした国家の、利権者たちの横暴と傲慢を、もう一度私たちは直視すべきではないのか。

 COREDO室町の劇場に訪れた人で、スクリーンは満席だ。

 エンディングで知る。これは実話なのだ、と。

 子供が親より早く死ぬ、この現実こそが人類の損失であるならば、オトナは潔くならなきゃいけない。

 哀しみと絶望の連鎖を絶つことは人類には不可能なことなのか。

 鈍く乾いたライフル銃の音がいまも私の胸に響き残っている。