週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

愛と物語。

2013年10月28日 | ☆文学のこと☆

  
                  本郷 森川別館

 今朝の天気予報によると、どうやら台風シーズンが終わったらしい

 藤原の定理という言葉を初めて知る。二つのハリケーンが同時に進んで天候が予測不能の状態を意味する専門用語だとか。

 悩ましかった台風27号と28号のことだ。

 その効果のほどか杞憂を背に、わが同人「季節風」の大会が本郷の老舗旅館で開催された。

 総勢約100名の物書きが、地を走り、空を飛び集まった。

 北は北海道から南は熊本まで日本全国津々浦々。

 さらには韓国、イタリアからこの大会のために。

 なんとグローバルなことか。

   
             玄関前の受付

 ガラガラッー! と滑りの良い引き戸を開けると、受付がある。

 愛の物語分科会の受付は私が担当。

 続々と集まる同人、編集者、銭、銭、銭。。

 まだ払っていない皆さん、会費はちゃんと、お願いしますm(__)m

   
                       2Fの廊下
 
 この廊下の奥、地下に降りて、三部屋をぶち抜いた部屋で総会が開かれる。

 愛の物語分科会の合評部屋はこの突き当たりの「ながら」。

 古畳の和室で、この日のための生原稿を持ち寄る。

 各々の作品をより良くしようと、遠慮会釈ない率直が飛び交うのだ。

 じつに、恐ろしくい。

 受付が延びたので聞けなかったが…。

 たぶん、あさのあつこ代表の号令が発せられたことだろう。

 この瞬間、泊り込み二日間に渡る合評会がスタートする。

   
           天寿と加賀鳶

 初日の合評後は、宴会場と化した大部屋で三々五々唾を飛ばして語り合う。

 「海光さんッ、今年も持ってきましたよ」

 振り返ると、秋田美人が白木の「天寿」を掲げていた。わざわざお声をかけてくださる。

 う、うれしいじゃないか! 

 井嶋さんの微笑が輝き、将軍さまに献上するような箱が眩しい。

 釣り名人のご主人さまからの毎度の差し入れに恐縮しつつ、今年もありがたく頂く。

 ぐびッ! ひと口ふくむと、

 煌びやかな酒精、磨かれてなお野趣を失わない滴に安物に慣れた舌が洗われるようだ。

 やっぱり旨かったな。

 井嶋さま、ご主人さま、ありがとうございます。今年も堪能です。どうもご馳走さまでした!!

 で、結局のところ、お開きになったのは明け方の3時30分。

 座布団に埋もれた、あの韓国のひと、風邪引かなかったかな?

  
                 季節風の編集委員

 委員長のいとうさんの司会で、各分科会の担当から推薦作が発表される。

 愛の物語分科会と呼ばれて、水川さんが立ち上がる。

 素直で心のこもった感想だった。

 まったく意識してなかったのだけど、推薦作に選んでいただいた。

 評は割れたし、名手が長編だった。たまたま回転する的に当たっただけだと思っている。 

 世話人は、愛の伝道師、古都のプリンセス、越水利江子さん。

 北のおきゃん、雪国の俳人、土山優さん。

 お二人の愛は、ほんまに深かったな。

 越水さんの一言。

 姐さん、いただきました!

 参加メンバーの忌憚のない率直な意見と、真摯な眼差しは忘れまい。

 大会へ参加して4年目。

 ただ一ついえるのは、やはり万里の道も1歩から、ということ。

 1歩ずつ着実に進むしかないんだね。

 愛の物語の皆さま、二日間本当にありがとうございました。

   

 なやさんの発案で待っていたのだが、メンバーはてんでバラバラ。

 残っていた同人とパチリ! 

 本郷通りのカフェに入った。

 2Fの窓、赤門と銀杏並木を背景に、越水さんと赤城さんが並んでいる。

 イタリア在住の才女佐藤さんと、洋平大兄。

 金色の滴と泡が肉体の疲れと、興奮した精神を爽快に癒してくれる。

 なんて幸せな時間なんだろう。


  「古畳 銀杏の匂い 秋の暮」 海光
 

 最後に、高橋秀雄さんはじめ運営に携わった皆さま、

 委員長のいとうさん、副委員長の工藤さん、本当にお疲れ様でした

 



 *補足

  越水さんが私のことをブログで書いてくだすった。

  右袖のブックマークに、越水さんのブログがあります。

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国体の騎士!

2013年10月22日 | ★江戸っ子エッセイ★

 
           台東区リバーサイドセンター体育館

 今年は国体が東京で開催。わが町台東区でも競技が行われた

 マイナーなフェンシングを一躍広めた太田選手。

 その世界一の奥義を見ようと、隅田川沿いの競技場へ出向いた。

   
     国体フェンシングの競技場

 ここは、バスケ、バレーボール、剣道、相撲、卓球場から夏のプールまで様々な施設が混在する。

 区の施設だから、トレーニング室の、ランニングマシーンやらなんやら250円で使い放題なのだ。

 春先の花粉症の時期や梅雨時に、このマシーンで走ったりする。友人は、ダンベルや筋肉増強マシーンで鍛えるマッスルクラブに入っている。ほぼ、その後の飲み会のためのサークルらしいのだが……。

 私が休会中の太極拳の師範が、ここで指導もしたりしている。

 先日の体育の日には、この隣のサッカー競技場で、50m走を測ってもらった。

 カラダを動かすのは至極気持ちいい。

  

 フェンシングには「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3種類の競技がある、なんてこの日初めて知った。

 冒頭と、三枚目の写真、右手が東京選出太田選手の雄姿だ。

 ルールを読んでも、よく判りにくかったが、ランプがつく前に関係者が拍手する。

 スピード感溢れる剣さばきは、素人にはまさに目にも止まらない速さである。

 太田選手だけでなく、東京には代表選手がいて、物凄く強い。

 仲間の選手が2人勝ち抜いたエペの予選では、太田選手がオール負け。こんな姿を見られたのもご愛嬌というか、観客として貴重な経験だった。

 さすがに、決勝になると気合が入ったのか、スピードと技が段違いであった。

 東京圧勝の優勝だが、全国にこれだけのフェンシング人口がいるのに驚いた。

 世の中、まだ知らないことだらけなんだな。

 知ることによる精神喪失を、知恵の悲しみというが、 未知の知識がまだ残されていることは、生きる上で希望なのかもしれない。

 この記事を書くのに時間を要している間に、天野祐吉さんが亡くなられた。

 新聞を読むと、天野さんは千住のお生まれだったらしい。彼岸に旅立たれてなお親近感が湧く。

 やなせさんに続く訃報に、ショックを隠せない。

 朝日新聞のCM天気図を読むのは、 水曜日の朝のささやかな楽しみであった。

 権力と温い時代を切り取る辛辣を含んだコラムは、親しみやすく、肩の力を抜いた文体で書かれており、秀逸で、朝の清水であった。 

 天声人語でも取り上げられていたが、あまロスならぬ、天ロスにしばらく陥りそうだ。

 週末は物書きの合宿。

 あさのあつこ代表の元、本郷に同人約100名が集結する。 

 未熟で微力ながら、書き続ける。それしか仕方あるまい

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巨星逝く。

2013年10月17日 | ★江戸っ子エッセイ★

巨大なハリケーンとともに、やなせたかしさんが大往生でこの世を去られた。

生前、西原さんにこんな風におっしゃったようだ。

やなせさん 「いいですか、西原さん。人生は満員電車に乗ってるようなものです。自分の席がなくても、頑張って乗っていれば、いずれみんな降りるから」

西原さん  「遅咲きのやなせたかし先生らしい言葉でした」

よく勘違いされるけど、早生まれの僕は昔から同期より物覚えが悪く、しかも人見知りで、勉強でもスポーツでも何かをモノにするまで物凄く時間がかかって苦労した。そんな僕みたいなもんには、天の恵みのようなお言葉だ。

戦争に父上を奪われ、実の母親と離れ、その後成人されてからは多種多彩なお仕事をこなされてきたようだ。

創作するものが勇気をもらえるのは、アンパンマンはじめ、やなせさんの作品群はきっと子供たち、大人たちに未来永劫続く光であり続けるだろうこと。

やなせさんの愛に溢れた誠実さ。

及ばぬことは承知なれど、私も行灯の小さな灯りほどでも読者の心を照らせるよう努力したい。 

「アンパンマン生きているから笑うんだ」 海光

やなせ先生、たくさんの笑顔をありがとうございます。永い間、本当にお疲れさまでした。

合掌。

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名刹の浮世絵。

2013年10月04日 | ☆文学のこと☆

     

 かつてこの地は、海辺であり、泥の海に囲まれていた

 待乳山は、真土と書くのは、この山だけが土で出来ていたからだとも伝えられる。

 待乳山小学校は私が通った学校。聖天さまの由来などその当時は興味なかったが、聖天の地は、池波正太郎氏の生誕の地として碑が作られている。 

 なまじ時代小説なぞ書いてみると、そのご縁を感じるから不思議なものだ。

 脇に流れる山谷堀は、猪牙舟に乗った旦那衆のお遊びの通勤路。私の生誕の地、新吉原へ通じている。

 この寺に常時お供えしてあるのが大根。

 二股が根本で引っ付くことから良縁成就、夫婦和合の象徴として、砂金袋の巾着とともにこの聖天さまのシンボルとされる。

 毒素を廃し、煩悩を清め、商売繁盛の願いにつながる誠にありがたいお寺なのだ。

 今年の10月18日(金)~11月4日(月祝)までここで「浮世絵展」が開催されるという。

 関東の三聖天、浅草寺の子院であり、浅草七福神の毘沙門天を祀る。

 広重も鳥居清長、清親など多数の浮世絵師が描きとめた風景はまだいくらかの面影は残っている。 

 封建の時代、浅草寺や大川を一望できるここからの眺めはさぞ壮観だったことだろう。

 待乳山聖天HP (http://members2.jcom.home.ne.jp/matuti/

 先週は、逢坂剛氏の「池波正太郎の小説作法」を聞きにいった。場所はご存じ、池波正太郎記念館。父君の中山氏が挿絵を描いていた関係から、子供の頃から池波邸にお邪魔してたようだ。

 団子坂に暮らした際は、歯を磨く森鴎外も見えたとか。そこには現在、森鴎外記念館が建つ。

 小説家のデビュー前後の話は、目指すものとしてスイッチが入るなぁ。

 もう10月。頑張らねば。。

 話し戻って、浮世絵展。

 聖天さまには、成就橋というのがある。そこを渡ると風流な庭園も見られる。

 過ごしやすい秋の散策にぴったり。

  「汐香る聖天山や都鳥」 海光

 ぜひお出かけあれ
  

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